コトラーが語る、何を守り、何を変革する企業が勝ち残るのか

2019/11/15
NewsPicks主催「Kotler Award Japan 2019」で来日したフィリップ・コトラー氏。「マーケティング3.0」では、機能だけでなく精神的満足感や収益性と企業の社会的責任の両立をうたい、「4.0」ではデジタル経済における顧客の自己実現を主張している。デジタル化やソーシャルメディアの普及で社会が大きく変わろうとしている今、企業は生き残るためにどのように立ち回ればいいのか。“マーケティングの父”と評されるコトラー氏に伺った。

世の中をよくする「良い社会の実現」に目を向ける

──コトラー先生のマーケティング理論では、2.0から3.0で大きな飛躍がありました。機能などの製品中心から、顧客の精神的満足や企業の社会的責任に目を向けるようになった背景を改めて教えてください。
 私は「common good(良い社会の実現)」に大きな価値を置いています。人は、世の中をよくすることに常に意欲的でなければなりません。
 官と民が協力して、世の中をよくしていくべきです。影響力のある大企業は一歩踏み出して、より良い世界を作る責任を果たすべきだと私は考えます。
 ビジネス側にも、このような責任の意識が広がっているように思います。
 単純な慈善活動だけでなく、ゴミ問題や資源の再利用、エネルギー効率や消費者が満足するようないい製品作りにいそしむようになってきました。
 そして、我々消費者も企業を見る時、企業が何を提供しているかという「価値提案(value proposition)」だけでなく、その企業が大切にしている理念、つまり、金儲け至上主義なのか、世の中をよくしようとしているのかといった点を、自分たちで見極める必要があります。
──マーケティング4.0ではデジタル経済の進展によるマーケティングの目指すべき方向を提示されました。特にデジタルと現実世界の統合におけるカスタマージャーニーの重要性を述べられています。この1~2年で、コトラー先生が提唱されていたマーケティング4.0は浸透しているとお考えですか?
 マーケターはみんな、新しいマーケティング4.0に興味津々です。デジタル化が進み、ソーシャルメディアが普及し、世界は大きく変わりましたから無理もありません。
 今の消費者は、企業について何でも知っています。インターネットで何でも調べられますから、もう単純なセールスマンの出番もあまりありませんね。
 その上、消費者自身も情報の発信源になっています。自分の意見を何百万人もいるフォロワーと共有することができます。
 今、注目されている影響は、製品の価格ではなく口コミです。これはとても影響力があります。人は、商品のうたい文句よりも、信頼する人が製品についてどう発言するかに注目しています。
──コトラー先生が特に注目している事例があれば教えてください。
 P&Gがソーシャルメディアを活用するために、多額の費用を投入し、何が有効で何が有効でないかを調査したことは興味深いことだと思います。デジタルマーケティングを活用しようとしている企業は、多額の費用が必要になることに備えておかなければなりません。

マーケティング5.0はIoTの影響を受ける

──既に4.0の次なる5.0を準備中と聞いています。どのような方向性になる予定ですか。
 5~10年後に、さらなる変化が起こることが分かってきました。IoTの時代となり、冷蔵庫や車、街灯といったものにセンサーがあふれるでしょう。ロボットの導入によって、例えば、冷蔵庫の中にある食材で足りないものを把握し、私たちに知らせることもなく食料品店と通信して、ドローンでその食材を送ってもらうといったことが起こるでしょう。マーケティング5.0のテーマは、テクノロジーが与える影響です。
 ロボットのお手伝いさんを想像してみてください。新聞を取ってきてくれたり、服にアイロンをかけてくれたりするのですよ。
 さらに、VRで実際に体験しなくても、その体験が味わえ、冒険することもできます。医師にとってVRはとても有益で、人間の体の内部をより近い距離で観察できるようになるでしょう。
 世界は新しいものを取り入れ、変わり続けます。マーケターは、来るべき新しい世界にどう対応すべきか考えなければなりません。

マーケティングは人とつながるためのツール

──Kotler Award Japan 2019のスローガンは、「経営にマーケティングの力を」です。マーケティングは経営や社会にどんなインパクトを与えるポテンシャルがあるのでしょうか。
 ブランド構築の観点で考えた場合、私たちは一人ひとりが皆ブランドです。
 あなたのことも、もっと知れば、あなたというブランドを知ることができるでしょう。どんな組織も企業もブランドをうまく管理したいと思っています。
 例えば、東京も多くの旅行者を誘致したいと考える一つのブランドです。マーケティングの可能性の一つに、キャンペーンがありますね。その時、マーケティングの対象を選び、対象が欲しいものを理解し、それを提供しようとするでしょう。マーケティングを通じ、対象とつながりたいと考えますね。マーケティングは個人やグループ、もっと言えば全人口とつながるためのツールなのです。
 実際、11月にアメリカで大きなキャンペーンを行う予定でいます。民主主義について再認識してもらうためのキャンペーンです。私たちは民主主義の国に住んでいるという基本的なことを忘れがちになっていることを危惧しています。
 他にも、世の中がもっと平和になってほしいという思いがあります。平和に関するマーケティングの活動にも携わってきました。人々にもっと知ってもらいたいことはたくさんあります。

ブランドに柔軟性を持つ

──ロングセラー商品に関するご意見を聞かせてください。世界には商品名やパッケージが同じでも、ずっと売れ続けている商品があります。めまぐるしく変化する時代の中で、ロングセラー商品が存在する意味とは何でしょう。
 企業や商品が浮き沈みする中で生き残ってきたのですから、ただ漠然と続いたわけではありませんね。
 例えば、コダックのような企業は、約150年の歴史がありましたが、映像産業の衰退によって倒産してしまいました。しかし、ライバル会社の富士フイルムは、映像産業が衰退し市場が縮小した時に、豊富な技術力を生かして、美容産業や医療産業に商機を見いだしました。狭い視野でなく、広い視野をもって機会を見つけたのです。これこそがブランドの柔軟性です。
──ここにある大塚製薬のカロリーメイトは日本を代表するロングセラー商品の一つです。医療関連事業のノウハウを生かして開発され、発売から30年以上が経過してもなお、「バランス栄養食」をコンセプトに売れ続けています。
  先ほど、試飲しましたが、とてもおいしいですね。元々医療用だったものを、忙しい一般消費者向けに応用したのも素晴らしいアイデアです。
──この秋、より飲みやすい味にニューアルしました。結果を求めるビジネスパーソンのパフォーマンスを支えるアイテムになりそうです。
 時代の変化に合わせて、常に製品を改善できるよう備えていることが重要です。日本にしかないのが残念ですね。グローバルに展開することを考えてみてはいかがですか。
──コトラー先生は88歳というご高齢にもかかわらず、精力的に最先端のマーケティング理論を発表し続けています。健康を維持し、最高のパフォーマンスを出し続ける秘訣を教えていただけますか。
 私は生涯にわたって学び続けています。
 マーケティングだけでなく、ビジネスや世界の仕組みなど、新しい知識にワクワクします。常に学んでいるから、心を若く保つことができます。また、そういった新しい学びによって、専門の分野もアンテナを張りながら発展させることができます。
 最近は、資本主義や民主主義の真価を問うことにも興味を持っていて、最近出版された著書『Advancing the Common Good: Strategies for Businesses, Governments, and Nonprofits(良い社会の実現に向けて:経営、政府、非営利団体の戦略)』では、既存のシステムの中で、果たして良い社会の実現は担保されているのだろうかといった疑問を投げかけています。
 何かを選ぶ際に消費者のみなさんに考えてもらいたいのが、それが果たして良い社会の実現につながっているものか、あるいはただ単に私益のためのものなのかということです。
 過去のいかなる労働運動も市民権運動も良き社会を実現させようと起こったものです。世の中をよりよくするためにどうすればいいか。
 今こそみなさんにも考えてもらいたいと思います。
(編集:久川桃子 翻訳、構成:狩野綾子 撮影:稲垣純也 デザイン:九喜洋介)
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