【覇権争い】岩政大樹分析、勝負強さを持つ「優勝チームの条件」

2019/11/1
J1リーグは、いつも最後にドラマが待っている。1シーズン制になった2005年以降の12シーズンのうち、最終節に優勝クラブが決まったシーズンは実に9回(2015〜16はセカンドステージ制)を数える。
そのリーグ優勝に向けて大きな意味を持つのが「ラスト5試合」である。

Jリーグ史上、唯一のリーグ3連覇を遂げている鹿島アントラーズで(いずれも最終節での決定だった)、中心メンバーとして活躍した岩政大樹はその日々を、「とにかく苦しかった」と言った。

「ラスト5試合」にある極限の戦いの内実とそれを乗り越える力とは。勝負強さとも言い換えられるそれは、いかにして作り上げられるのか。岩政大樹が、「ラスト5試合」にある極限の戦いを紐解く。

「残り5試合まで」と「5試合以降」

J1リーグも残り5試合。
今年も混戦のまま最終節を迎えそうな展開です。どのチームも絶対的な力を示すことができておらず、優勝チームの勝ち点は70を下回るでしょう。
勝ち点1差に肉薄する鹿島アントラーズ(勝ち点56)、FC東京(56)、横浜F・マリノス(55)はもちろん、4位のサンフレッチェ広島(51※)、5位のセレッソ大阪(49)、そして3連覇を目指す川崎フロンターレ(48)まで、6つのチームが優勝の可能性を残していると言えます。(※残り試合が1つ少ない)
残り5試合は、それまでのシーズン(29節)とはまた違う戦いが幕を開けます。本当の優勝争いは今からです。
ここまでの29試合はある意味で“自分たち”ばかりを気にしていればいい状況です。リーグ戦とは、どこかのチームが勝ち点3を取れば、どこかのチームは勝ち点を得られないようにできていますから、全体の勝ち点は常に同じような分布で進んでいきます。
優勝を意識するなら、順位を気にする必要はなく、自分たちが「試合数×2」の勝ち点をあげられているかどうかを基準にシーズンを戦っていけばいい。1つの試合の結果に一喜一憂しすぎず、”着実な歩み”を考えるべきです。
特にサッカーにおいては1点の重みが非常に大きく、ひょんなことから結果が変わってしまうことが少なくありません。「良い試合をしたのに負けた」ということも「悪い試合をしたのに勝った」ということも頻繁に起こります。
そのときに、何を良しとし、何を良しとしないのか、という視点が”着実な歩み”に関わる重要なポイントで、そこにチーム、あるいはクラブとしての明確な哲学がなければいけません。
哲学とは、日々の取り組みであったり、チームの戦術であったり、あるいは組織としての価値観であったりします。
それは残り5試合でも同様です。
ただ、これからは「他のチームや周囲の状況を否が応でも気にしなければならない」という「別の戦い」の始まり。
極論すれば、大きなことを成し遂げる“最後の紙一重”を超える瞬間まで、心の底から自分たちを信じ切ることができるか否かが、「勝負強さ」の全てになります。
選手の日々の努力も、チームの戦術も、スタッフやサポーターの関わり方も、全てひっくるめたものがサッカークラブの哲学で、それら全てを持って向かっていくのが、ここからの戦いになるのです。
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1度目のリーグ優勝と2連覇以降の違い

私は、プロに入った最初の3年間タイトルを取ることができませんでした。鹿島の歴史の中で3年はとても長い。決して許されない結果でした。しかし、今思えば心の底から信じ切るだけの根拠を作り出せなかった。当然の結果でした。
翌年、4年目の2007年のリーグ優勝は、最終節を8連勝で迎えたことが大きかった。勝ち続けた勢いと、1ヶ月前に逃したナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で吹っ切れた覚悟とが、信じ切るときに邪魔をする「不安」を抱かせる間を我々に与えず、駆け抜けることができました。
ただ、このとき(優勝する)自信があったか、と言われるとあまり覚えていないんです。そうした不安も自信も頭になかったし、考えていなかった。
ただ“次の試合”に向かうことができていたのだと思います。
翌年からのタイトルはまた違いました。今度は「“終盤戦の勝負”になれば自分たちのものだ」という自信がありました。
不安は自信とセットなのでしょう。いつも不安はありましたよ。ただ、なんというか、「自分たちが勝ち取るはずだ」と思い込もうとすれば思い込めてしまう強さがありました。
それには鹿島というクラブが勝ち取ってきた歴史と自分たちが勝ち取った経験が根拠となっていたはずです。
「自分たちは勝てる」
周囲はよく「1位のチームにはプレッシャーがかかる」と言いますが、僕たちは1位に立つことが一番心地よかった。終盤で1位に立てば、もうおれたちのものだと思っていました。
写真:Takamoto Tokuhara/アフロ
結果的に、今年の優勝争いも、そうした伝統的に哲学を持つクラブと、それを持ち始めているクラブだけが残りました。

上位3チームに必要な「説得力」

昨シーズンまでの主力が何人も抜けながら首位に立つ鹿島アントラーズは、まさにクラブとしての哲学がどこよりも確立されていることが大きい。勝ってきた歴史は今年も終盤戦に信じ切ろうとする選手たちを助けてくれるでしょう。
対戦相手も自分たちも、あるいはその周囲も含めて「鹿島は勝負強い」なる意識が染み付いていますから、プレッシャーのかかる終盤戦に、不安よりも自信を持って挑んでいける。その歴史の力は大きなアドバンテージです。
ただ、今のチームには懸念もあります。鹿島が“リーグを制した”のは2009年以来ありません。2016年にJリーグチャンピオンになったときはプレーオフを勝ち上がってのもので、リーグ戦の勝ち点自体は3番目でした。
フラットに一発勝負で結果が出るカップ戦とは違い、1年間の継続の中での紆余曲折を総まとめでマネジメントしていくリーグ戦においては、“自分たちのスタイル”に対する説得力が必要です。
その点、この終盤の勝負どころで、怪我人が続出していることも含め、立ち返る場所が若干ながらおぼろげになってきている印象があります。
最終的には、メンバーが揃ったタイミングで、漠然としたものであったとしても、スタイルがバチっとハマる瞬間をどこで掴めるか。不確定要素が多い残り5試合ではあります。
2位のFC東京は、もともと素晴らしい選手を数多く擁した力のあるチームでしたが、優勝経験を持つ長谷川健太監督(ガンバ大阪/2016年)が指揮するようになった昨年から、ひ弱なイメージを払拭。ついに“本当の優勝争い”に足を踏み入れました。終盤戦でも、自分たちを信じ切るために、その説得力となりうる長谷川監督の存在は大きいと思います。
初めての優勝争いには不安が付いて回るもの。デリケートになるのは致し方ありませんが、今年は序盤戦の貯金がありました。そしてラグビーワールドカップの影響で組まれた8試合連続でのアウェーロードも残り2試合。
前節のヴィッセル神戸戦が1つの山だったと思いますが、見事に3対1で下し、その山を超えました。貯金こそ無くなりましたが、貯金を使い果たしながらも、優勝をあえて意識して、優勝争いのプレッシャーを感じながら戦ってきた経験はプラスに作用するでしょう。ホームに帰ったときに勢いを増す可能性は高いと思います。
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ただ、”初”というものは手にするまで不安が拭えないものです。最近の戦いも、攻撃面のバリエーションこそ増やせてはいますが、引いた相手を崩し切る回数、質は充分とは言えません。
守備から入るスタイル自体は、プレッシャーのかかる試合であってもスムーズに入りやすく、優勝争いの終盤戦向きだとは言えます。しかし、ここは残り5試合で何試合先制点を取れるかが大きくなるでしょう。私たちの2007年のように、勢いをつけるような結果がこのあたりで生まれるか。ラッキーボーイの存在も1つのカギとなりそうです。
その点、勢いを増しているのは3位の横浜F・マリノスです。ポステコグルー監督が打ち出す明確なスタイルで、ついにここまで来ました。就任1年目の昨年は残留争いに巻き込まれましたが、ブレずに選手たちに自らのサッカー哲学を植えつけることに成功し、結果にまで結びつけてきました。
今のマリノスの強みは「このスタイルで優勝したい」と選手たちが思えていることでしょう。彼らの強固で明確なスタイルもまた、選手たちが勝負所で自分たちを信じ切る源となりうるレベルのものだと思います。
ボールを保持しながら前線のスピードある選手たちでかき回してゴールに何度も迫っていくスタイルは圧巻です。守備においても明確に高いライン設定を打ち出しています。
対峙する相手からすれば、マリノスがどんなことをしてくるかが明確なわけですが、その対策が単調になっては思う壺。さらに小手先で変化を加えようとしても、その明確なスタイルの中でトレーニングを重ねているマリノスの選手たちのスピードについていけず、押し切られてしまいます。
ただ、残り5試合の中ではスタイルの明確さゆえに落としてしまう勝ち点もあるかもしれません。特に、そのスタイルを体現する上で重要な役割を担っている選手が欠ける状況もなきにしもあらず。そのときにもスタイルを貫くことはやめないはずで、明確な戦術が優勝するために裏目にでる可能性はあります。ここはどちらに針が振れるでしょうか。
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勝ち続けなければならない3チーム

広島、セレッソ、川崎は全勝するほか優勝への道は残されていないでしょう。全勝したとしても勝ち点はそれぞれ63、64、63にしか伸びません。上位3チーム全てが勝ち点を落としてもらわなければならないわけで「他力本願」と言えなくもありません。
とはいえ、私はいつも思っていましたが、Jリーグとは1年間で同じ相手とは2回しか戦わないリーグ戦です。ほとんどが他のチームの結果によって左右される“他力”なのです。上位3チームとは違い、全ての試合に勝たなければいけないので、例えば同点で試合が進んでいった場合の試合の進め方はリスクを負っていくしかありませが、それで実際に勝ち続けていけば、何かを起こせるだけの力は3チームともあると思います。
川崎と広島は2日に直接対決。また、 ACLの関係で連戦となる週がありますから、まずはここを全勝して、優勝争いに割って入る権利を得られるか、が最初の勝負となります。
セレッソも直近2試合は残留を争っている相手との対戦。勝ち切るのが非常に難しい相手、そしてタイミングです。ここをくぐり抜けることが第一関門です。
冒頭で書いたように、29節までは他のチームの状況を考える必要のなかった戦いでした。しかし、残り5試合からは、それぞれの目標に向かって試合に対する目的が微妙に変化していきます。
4、5、6位のチームからしたら、試合開始から試合終了まで、なりふり構わず勝ち点3を取りにいくしかありません。
上位3チームは、当然勝ちにはいきますが、同時に「負けては絶対にいけない」という状況でもあります。勝ち点を1でも拾っておけばまだ今後に可能性は残りますから、“スコアが動く、動かない”状況、あるいは流れを見極めた上での最適なバランスを見つけながら戦う必要があります。
前のめりではつまづいてしまい、後ろ髪を引かれた中ではあと数センチが届きません。
移り変わる状況の中で一喜一憂で大きな揺らぎを作ってしまったら隙が生まれます。
ほんの少しで誰かが勝ち取り、ほんの少しで誰かが手放す。その機微を掴めるのは誰でしょうか。来週、本稿に登場するチームがどこか楽しみです。
(執筆:岩政大樹、デザイン:九喜洋介、松嶋こよみ、写真:アフロ)