【京セラトップが語る】変化に乗り遅れるな、挑戦せよ

2019/11/13
1959年、京セラはファインセラミックスの専門メーカー「京都セラミック株式会社」として、従業員28人からスタートした。創業から60年、連結売上高1兆6237億円、連結従業員数7万6863人の日本を代表する大企業へと成長。これは、「誰もやらないこと」に挑戦し続けた結果だろう。
しかし、社長の谷本秀夫氏は、「2000年頃から社内のチャレンジ精神が薄れてきた」と危機感を語る。成長によって、元祖ベンチャー=京セラにも、大企業ならではの課題が生まれたのだ。
そして今、京セラは改めて「攻め」の姿勢をとり、オープンイノベーションや生産性倍増プロジェクトなど、さまざまな取り組みを行うことで、売上高3兆円を目指している。その姿は、まるで創業当時のベンチャースピリットを取り戻したかのようだ。なぜ、京セラは変わることができたのか。激動の時代に見据える未来を、トップ自らが語る。

チャレンジして失敗するより、チャレンジしないことを恐れよ

僕が京セラに入社したのは、社名が「京都セラミック」だった1982年のことです。売上高は約1300億円で、従業員は7000〜8000人と、今の1割程の規模でした。
当時はまだ、創業時のベンチャー精神が息づいていて、僕らは創業者である稲盛から「チャレンジして成功するのが一番だけど、チャレンジして失敗してもいい。一番駄目なのはチャレンジしないことだ」と言われて育ちました。
それから37年の間には、プラザ合意による円高、ブラックマンデー、バブル経済やITバブルとその崩壊、リーマンショックなど、さまざまな出来事がありました。しかし、今ほど不確実性が高い激動の時代はありません。
仕事のスタイルも大きく変わりました。僕が入社したころは、書類や作図は手書きが当たり前。それがワープロになり、パソコンになった。しかし、AIや5G、IoTといった新しい技術が普及するこれからの時代は、パソコンが普及した頃の比ではない、大きな変化が起きるでしょう。
もちろん、AIや5G、IoTによって変革が起こることはわかっていたので、京セラも2017年前後から設備投資と研究開発を積極的に進めています。今期は2000億円まで増やしていく計画で、これは、2017年3月期と比べて倍近い投資となります。
新しい事業領域への積極的な投資は、第4次産業革命とも言える今の波に乗り遅れると、成長どころか衰退しかねないという危機感の表れでもあります。一方で、新規事業が軌道に乗れば、売上高3兆円を目標とすることも視野に入ってきます。
京セラは、直近3年間で設備投資額及び研究開発費を大幅に増加している。
これから成長していく新しい事業では、これまで以上のチャレンジ精神が必要です。僕は社長就任以来、「積極的にチャレンジしよう」と言い続け、チャレンジを引き出す取り組みを進めています。
そのひとつとして挙げられるのが、組織改革です。
新しい事業の柱となるAIや5G、IoTの研究開発において、これまでの京セラの仕組みは最善とは言えませんでした。京セラはもともとフラットな組織でしたが、大きくなるにつれピラミッド型の組織になっていきました。
これは、「高品質の部品を大量につくる」という点では効率的で、作れば売れた高成長の時代には必要な組織形態です。
しかし、部品毎に組織が分かれ、会社全体としては縦割りになった。現在では単品部品に加えて、より高度なモジュールやデバイスが求められるケースが増えている。
このようなニーズに応えるため、センサーや通信、AIといったさまざまな技術を組み合わせながら製品を開発するとき、縦の組織では効率的なマネジメント運営ができなくなるのは明らかです。
そこで、これまで各事業部に紐付いていた研究開発部門を解体して、横串を挿した新組織へと改編しました。また、独立したマーケティング機能を持たせて、市場のニーズや困りごとといった生の情報が得られるようにもしています。
これにより、研究開発部門は、事業部が求める技術や製品をつくるだけではなく、社会の課題を解決する研究開発に積極的に取り組めるようになりました。必要な技術を持った人材を、事業部の枠を超えて社内から集める。プロジェクト毎に精鋭を集めてチームを組むイメージです。
そのひとつの象徴が、ソフトウェア関連の開発体制の強化およびオープンイノベーションの促進を図る研究所として設立した「みなとみらいリサーチセンター」です。ここを中心とした研究開発から生み出された新規事業で、次のステップを目指します。

「一緒に面白いことができそうだ」と思われる京セラになる

研究開発部門はかなり大胆に改革を実行して、風通しも良くなったと思います。次は本丸、事業部の改革です。
まず行ったのは、僕が各事業部の工場を訪ねて「コンパ」を行うこと。
コンパといっても、一般的な意味合いのコンパではありません。上司も部下も関係なくお酒を酌み交わしながら、仕事上の悩みや職場の課題などを語り合う京セラの伝統行事です。社長就任以来、主だった工場はもちろん、事業所などを含めた数十箇所を回りました。
若い世代と話していると、やはり僕らの世代との仕事に対するスタンスの違いを感じます。
僕たちは「食べていくためになんとしても働く」という意識が強かった。今の若い世代は、会社や仕事には執着がなく、「やりたいこと」に力を注ぎたい。ただ、どちらの世代もやりがいを求めているという点では一致しています。
谷本氏は、社長就任以来、全国各地の事業所で「コンパ」を開いている。
そこで、その「やりがい」を引き出す制度として、「新規事業アイデアスタートアッププログラム」をはじめました。これは、社員からさまざまな事業アイデアを募る取り組みで、アイデアレベルのものから、かなり具体性を伴ったものまで、800件以上の応募がありました。
ピラミッド型組織のなかで、埋もれて、声を上げられなかった社員が多かったということでしょう。今は最終審査段階で、将来的には事業化も見据えています。
外部との連携も、社内で新規事業の種を見つけるのと並んで、京セラの成長に欠かせない要素です。常々、言っているのは「京セラとなら一緒に面白いことができそうだ」と思ってもらえるようになること。素材メーカーということもあり、ちょっとお堅い会社だと思われていますからね。
協業における京セラの強みは、広範囲の技術を持っていることです。その代表が、通信技術。
部品事業ではスマートフォンに使用する電子部品を製造し、機器・システム事業では携帯端末や通信モジュールに加えて通信基盤を支える情報通信サービスを提供しています。日本でこれだけ通信に関わる技術を保有している企業は少ない。これが、5GやIoTにおける京セラの強みです。
私たちの技術とベンチャーのアイデアや技術が融合すれば、必ず面白いことができるはずです。

注力分野は「情報通信」「モビリティ」「環境・エネルギー」「医療・ヘルスケア」

協業など外の力も活かしつつ創出していく市場は、先ほどお話しした「情報通信」「モビリティ関連」「環境・エネルギー」「医療・ヘルスケア」が重点市場になります。
たとえば、環境・エネルギー市場。エネルギー産業の利益率は高くありませんが、電力がないと誰もが困ります。
今後、原発を増やすことは難しく、環境問題に対する世界的な取り組みを考えると、石炭などを使った火力発電も厳しい状況になるでしょう。脱炭素社会に向けて、再生可能エネルギーの需要が増えるのは間違いありません。私たちは、そのお手伝いをしていきます。
京セラは1975年から太陽光パネルの研究開発をしていますが、今後、パネルの生産や販売だけを行っていても事業は拡大しません。想定しているのは、電力の自家消費をサポートするシステム・サービス事業の立ち上げです。
FIT(固定価格買取制度)の終了により、電気の自家消費が注目されています。そこで、太陽光パネルや蓄電池で自家消費の手助けをするシステムを構築。IoTを組み合わせることで、システム運用から機器類の監視・保守まで手掛ける予定です。
京セラは太陽電池に加え、燃料電池、蓄電池も開発・製造しています。この三電池を組み合わせたサービス・ソリューションの事業展開を視野に入れ、環境エネルギー事業の拡大に注力していきます。
モビリティ関連市場も、進化が著しい自動車の自動運転に向けて、これからの伸びを期待しています。特に、センサーの塊であるADAS(先進運転支援システム)やコネクティッドカー(通信によってつながる車)は、京セラの得意分野。
AIを搭載し、歩行者や自転車を認識するカメラモジュール、カメラ画像とLiDAR(レーザーを使い周囲の形状や位置、距離などを測定する機器)を一体化し、高度なセンシングが可能なカメラLiDARフュージョンセンサー、ミリ波レーダー用基板などを製造しており、京都大学発のベンチャーであるEVメーカーのGLMとも協業しています。
GLMとの協業で製作されたコンセプトカー。京セラの最新技術がスポーツタイプのEV「トミーカイラZZ」に搭載されている。
しかし、本格的な自動運転を見据えると、車単体の進化だけでは実現できません。死角からの飛び出しなどは、自動車だけのセンサー技術では対応不可能です。
こういった事故を減らすには、信号機などに設置するインフラシステム「路側機」が必要。車から見えない人や物体の情報を、通信で「路側機」に集めて配信する。ここでも、京セラが持つ通信技術が活かされます。

AIとロボットで製造部門と間接部門の生産性を倍増させる

新規事業だけでなく、既存事業の拡大も京セラにとって重要なテーマです。
ただし、これまでと同じやり方ではダメ。京セラの祖業は、社名のとおりセラミックスという「素材」ですが、これらの素材は職人の勘と経験によって製造している部分もあります。しかし数年後、京セラが急成長したときに大量に入社した世代が退職を迎えます。
それまでに、製造技術を若い世代にも伝えなくてはいけない。その取り組みのひとつが、製造部門で取り組んだ「生産性倍増プロジェクト」です。
生産性倍増プロジェクトは、AIとロボットという最先端技術を活用して、生産性を上げて原価を低減させることで、競争力を強化する取り組みです。結果として、勘と経験だけに頼らず、よりシステマティックに製造することができるようになりました。
元々のきっかけはAIの活用です。僕がファインセラミック事業の本部長だった2014年頃、光学部品や半導体に使われる素材のひとつ、単結晶サファイアの製造にAIが使えるかを試してみたのです。
京セラの単結晶サファイア製造には40年近い歴史があるのですが、それでも約10%の不良品が発生します。この数字は決して高くはないのですが、できることなら不良率は下げていきたい。
そこで、数か月かけてAIにさまざまな因子を入力して解析したところ、不良品率が6%に下がりました。数十年かけて下げられなかった数字が、ほんの数か月で4%も改善した。これはもう、人間では叶わないと感じましたね。
単結晶サファイアは、その優れた機械的特性、化学的安定性、光学特性から、エレクトロニクス産業を支える高信頼性部品材料として、近年ますます重要度を増している。
このAIと進化が著しい産業用ロボットとの組み合わせによって、生産性を高めるのが、生産性倍増プロジェクトです。まずは、ファインセラミック事業本部でモデルラインを構築できたので、今後は各部門の垣根を越えて横展開していきます。
製造部門の生産性を上げると同時に、間接部門でも新たな取り組みを始めました。
京セラは製造部門と営業・間接部門などの割合が半々です。製造部門の生産性が倍になっても、その他の部門がそのままだと、「生産性倍増」にはなりません。だったら、製造部門以外の生産性も倍にしなくてはいけない。そんな発想から、「業務革新プロジェクト」をスタートさせました。
調査をはじめると、重複して非効率になっている仕事が何百とあることがわかりました。根底にあったのは、やはり縦割り組織の問題。それぞれの部門が、自分たちの組織に最適化されたIT化を進めていたのです。
わかりやすい例だと、出張時は切符を手配する書類を手書きして総務に提出し、手配してもらう。出張が終わったら経理の別のシステムで旅費精算。出張するだけでも、さまざまな帳票が発生していました。
ほかにも、労働時間は人事が毎月1日から月末で管理していますが、給与は経理が15日に締めます。こういったものは、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)で自動化して一気通貫でやったほうが効率的です。これらを見直すことで、間接部門の事務作業でも生産性を上げている最中です。

激動の時代に求められる新たなリーダー像とは

京セラには、独自の経営哲学と経営手法があります。経営哲学とは、「京セラフィロソフィ」と呼ばれるもので、人間として何が正しいかを判断基準とし、経営理念を追求するための行動指針です。
京セラフィロソフィには、「人間の心の持ちよう」と「仕事をする上での闘争心」という大きく2つのテーマがあり、心の持ちようは、時代が変わっても変わらない普遍的なものです。一方、闘争心は時代によって表現を変える必要がある。
たとえば、新しいことを成し遂げるために、どんなに辛く苦しくても、「絶対に負けない、必ずやり遂げてみせる」という激しい闘志を燃やさなければならない。この考えは真理でしょう。
しかし、「そのために長時間労働も厭わず働こう」という考えは、今の時代では通用しません。そのあたりは、時代に合わせた表現が必要になります。
経営手法としては、アメーバと呼ばれる小集団を独立採算で運営する経営システム「アメーバ経営」が有名でしょう。
部品事業での5〜10人のチームを前提につくられたのがアメーバ経営のシステムです。今後増えていくであろう新規事業の研究開発には、このような少人数でリーダーが責任を持って進めるアメーバ経営が向いています。
一方、コピー機などの機器・システム事業の完成品を作る、数十、百人単位のチームでは、馴染まないケースも出てきました。変えるべきところ、変えずに推し進めるところをしっかりと見極めて、アメーバ経営も時代にあわせて進化させていきたいと思っています。
アメーバ経営のリーダーは、経営者意識を持った人材として成長します。では、これからの時代に求められるリーダー像とは、どういったものでしょうか。
これからリーダーを目指す若手には、世の中の動きや業界の技術的な動向など、さまざまな情報をキャッチして、早い判断と行動を心掛けてほしいと思います。
世の中はめまぐるしく変化しています。そのスピードに乗り遅れず、常に流れを掴み、即時対応していくことが重要です。
ただ、それだけではリーダーとしては不十分です。僕が社長に就任するときに、稲盛から言われた言葉があります。
「専門知識も大切だが、何よりも人格を磨きなさい」
僕なりの解釈ですが、これからの時代のリーダーは、さまざまな技術を持つ人を束ねる能力が必要になる。そこで重要なのは、人間的に魅力がある人、人間力が高い人だということではないでしょうか。
相手の話をしっかりと聞けて、面白いアイデアを出せて、また会いたいと思ってもらえること。そのためにも、稲盛が常々口にしている「謙虚にして驕らず」という言葉を、常に自分の心に留めています。
(執筆:笹林司 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:九喜洋介)