意図的に「不便さ」を生むルールで、街を刺激せよ

2019/10/31
江戸時代、魚河岸が置かれ五街道の起点だった日本橋は、水陸の要所として全国から人が集まり大変な賑わいを見せていた。しかし明治維新以降、東京の都市構造は変わり、日本橋はバブル崩壊後の1990年代後半には金融・商業の両面で中心性を失っていった。
そこで、かつての賑わいを取り戻すべく始まったのが、三井不動産が行政や地元とともに推進する「日本橋再生計画」だ。「残しながら、蘇らせながら、創っていく」を開発コンセプトに、ハードとソフトの融合した街づくりを推進している。
では、そもそも「街づくり」とはどうあるべきか。三井不動産の日本橋街づくり推進部長・七尾克久氏と、さまざまな場作りの実績を持つ、建築家の谷尻誠氏が、今後も変化を続ける日本橋を舞台に、「街づくり」について考える。

人が「街づくり」を始めると、街らしさがなくなる

谷尻 街は本来、肉屋や魚屋、家などが混ざり合ってできていました。だけど、人が「街づくり」をすると、「ここは飲食、ここはオフィス」と整理し始める。整理すると施設という「箱」はできても、街らしさはなくなります。
だから僕、「街」はつくれないと思っていて。意図的にいい意味での「カオス」を作れたら本来の「街」に近づきますが、人が介在するとどうしても管理や運営のしやすさに寄っていく。
新しい「施設」を作るのもいいけれど、すでにあるものをもう一度見つめ直し、丁寧に紡いでいくことが街づくりにつながると思っています。
七尾 日本橋はかつて魚河岸があり、路地で多くの商人たちが商いをしていた歴史があります。路地が街の賑わいを生んでいたわけです。
「日本橋再生計画」では、そうした界隈性の維持を目的に、既存の路地の維持・美化等に取り組み、歩いているとうなぎを焼くいい匂いがして、小さな立ち飲み屋に入ると「おかえり」と言われるような、「歩いて楽しい環境づくり」をしています。
利便性の高い大型再開発だけではない、街の個性を生かした在り方を目指しているんです。
日本橋再生計画のキーワードのひとつ「界隈創生」の一例。路地の維持・整備や、ビルのリノベーション等による路面店舗活性化等にも取り組む。
谷尻 いいですね。今はスマホで何でも情報が手に入る時代ですが、だからこそ個人がおすすめするモノや体験が選ばれる。整理されきっていない個人商店の体験ができるのは、すごく「街らしい」ですね。
再生計画以前の日本橋はどうだったんですか。
七尾 私が三井不動産に入社して数年がたった1990年代後半は、金融危機の影響で商業街としても金融街としても日本橋の街の勢いが減退し、街から一気に人がいなくなったタイミングだったんです。
ランチを買う場所は三越の地下だけで、北風が吹いたら空き缶が転がる音が響くような寂しい街になっていたんですね(苦笑)。
そこで、日本橋にかつての賑わいを取り戻そうと、官民地元が一体となって始まったのが「日本橋再生計画」です。開発コンセプトは「残しながら、蘇らせながら、創っていく」。
大きな商業施設が増えたイメージかもしれませんが、三井本館のような歴史的建造物や街の人の繋がり・コミュニティの維持を図るような「残す」活動も行っているんですよ。新しく何かをつくることよりも「残すべきもの」を選び、守るほうが難しい気がしています。
また、高速道路によって失われてしまった水辺の景観や、ビルの屋上に追いやられていた福徳神社等、地域にとって大切な資産を蘇らせていくことにも取り組んでいます。
谷尻 昔から日本橋にあるものと、新しいものをうまく共存させられたら、いい意味での「カオス」になりますね。
七尾 私自身、高層の再開発ビルばかりの街は面白くないと思うんです。もちろん、商業とオフィスとをフロアで分けた複合施設も作っていますが、それだけで「賑わい」は取り戻せません。
地元の方の意見もお聞きしながら、昔からあるものと新しいもの、ハードとソフトをうまく融合させて、「これからの街」を育てていきたいと思っています。

「外」を活かす、「影」の設計が賑わいのカギになる

七尾 谷尻さんが街をつくるとしたら、どんな建物や場を設計しますか?
谷尻 僕は全部外にします。
七尾 外?
谷尻 はい。僕は、いつかホテルを経営したいと思っているんですが、ホテルを設計するなら、食事も入浴も寝るのも、全部外の空間でできるようにする。そんな体験、誰もしたことがないから、もしできたら忘れられない場所になりますよね。
商業施設も風が通り抜ける、全部が「外」の施設にしたら新しい。外で食べる料理は美味しいですし、寒い中で温かいコーヒーを飲むのもいい。気候と体験がリンクすると、より強い思い出になるので、全部快適にするのではなく、多少の「不便さ」のある場を作りたいです。
七尾 斬新ですね。でも、たしかに猛烈に暑いときと寒いときはのぞいて、商業施設の飲食店はテラス席のほうが賑わっていますよ。
谷尻 そうなんです。だから建物の設計以上に「影」の設計が重要なんです。影を設計すれば、必ず人はそこに居座って、食べたり話したりし始めます(笑)。今は影がないから室内を求めますが、影があって風通しがいい場所なら居心地がいいですよね。
七尾 9月にオープンした「COREDO室町テラス」でも、大きなガラスの屋根の下に緑豊かな広いオープンスペースを作っています。
普段はそのスペースにテーブルと椅子を並べているんですが、朝から想像以上に多くの人がコーヒーを飲んだり、パソコンを開いたり、思い思いに過ごしていて。まさに外の「影」に人が集まる証拠ですね。
COREDO室町テラスには、約1500㎡もの広々とした屋外空間「大屋根広場」がある。
谷尻 それから、「道」の在り方も変えたいです。今は道と施設は明確に分かれていますが、昔は人が行き交う道の真ん中に屋台があって、商いも行われていました。道と場所が一体だったんです。
七尾 たしかに、昔は夜になると路地の真ん中に焼き鳥屋がテーブルを出して、そこで飲んだりしていましたよね(笑)。
谷尻 これは、クライアントに「道を場所にしよう」と提案をするとき、僕がいつも使っている絵なんですが……。
七尾 (谷尻さんが見せたiPadの画面を見て)まさに、これは江戸時代の日本橋を描いたものです。「熈代勝覧(きだいしょうらん)と言って、街の目標というか、街の原点のような、大切な絵ですね。
熈代勝覧(部分) ベルリン国立アジア美術館
Photo AMF / DNPartcom/ © bpk/ Museum fürAsiatischeKunst, SMB / JürgenLiepe
谷尻 そうなんですか。日本橋が描かれているとは知りませんでした。これこそが街のあるべき姿で、いろんなものが混ざり合った「外」ですよね。
僕、タイのカオサン通りに行ったときに、ストリートがクラブ状態で、お店は道路と一体化していて、「なんてカオスで素晴らしい街なんだ」と思ったんです。
日本も、道と施設をいかに「分けないか」を考えるのが大切で、それを作れたら人が集まって賑わう「街」になると思います。

心地良い「不一致」が、足を運ぶ理由になる

七尾 今の日本橋は、高速道路が走っていて空が見えないし、川沿いも歩けません。
今後の川沿いの開発と合わせて、高速道路の地下化やオープンスペース作りなどを段階的に進めていくのですが、谷尻さんの話を聞いていて、人が集まるスペースと飲食や物販などのスペースは混在させたほうがいいかもしれないと思いました。
2040年、高速道路が地下化され、水辺の整備を行われた日本橋の予想図。「水都再生」も日本橋再生計画のキーワードのひとつだ。
谷尻 ショッピングモールのようにひとつの場所に全部揃っていたら、人はわざわざ街歩きをしないですよね。揃っていない不便さが街歩きにつながり、新しいお店や人との出会いにつながるので、「快適な不便さ」をいかに作るかが鍵だと思います。
そして、人が驚いたり感動したりするのは、思い描いていた予想と違った瞬間です。
たとえば、僕らはオフィスと食堂が一体化した「社食堂」を作って一般に開放しているのですが、通りすがりの人がカフェだと思って入ってくると仕事をしている人がいるし、仕事の打ち合わせをしようとオフィスに来たつもりがご飯を食べている人がいる。
七尾 今日も、私たちが話している横でランチをしている人がいますね(笑)。
写真の向かって右奥がオフィススペース。一般のお客様が自由に入れる食堂「社食堂」とオフィスがシームレスにつながっている。(撮影:伊藤徹也)
社食堂 東京都渋谷区大山町18-23 B1F、営業時間:11:00〜21:00(20:30LO)、定休日:日曜・祝日
谷尻 そうなんです。通常なら、目的とエントランスの先は一致しているので、図書館のようなエントランスをくぐれば図書館があり、病院のようなエントランスをくぐれば病院があります。予定通りです。
だけど、目的とエントランスの先が違っていたら、忘れられない体験になる。この不一致をいかに心地よく作っていくかが大切で、それが足を運ぶ理由になります。
ただ、不一致を作ろうとすると反対されます。「社食堂」のときも、セキュリティはどうするのか、仕事中に食事の匂いがするし、うるさかったら集中できないなど、みんなから反対されました。
でも「そんなの無理だ」と反対されるものこそが、新しい価値だという証拠なんですよ。みんなが賛成するものはすでに世の中にあるから、反対されるくらい違和感のあるものこそ、僕が作るべきだと思っています。
七尾 たしかに、今の時代は時間や場所を超えて簡単に人とつながれますから、意外な体験や予期せぬ出会いがないとわざわざ街に出かけないかもしれませんね。
不便さで思い出したのですが、私がよく行く日本橋の立ち飲み屋さんは、とにかく狭くて満員電車のように混んでいるんです。立って飲むから疲れるし、混んでいるから周りの人とぶつかることもある。
だけど、隣の人との距離がとても近いから「お仕事何されているんですか?」「これ食べます?」と自然に会話が生まれます。まさに、不便さが新しい出会いと体験を生んでいますね。

あえてwifiがない街、を作る意味

谷尻 「毎月wifiがなくなる日がある街」や「エアコンを使わない街」など、禁止事項のある街づくりとかもすごくいいと思いますよ。
数人で集まっているのにみんながスマホを見ている「もったいない」シーンは、世の中にごまんとあります。でも、wifiがないと不便だけど、スマホを見ないことで確実にコミュニケーションが生まれますから。
七尾 不便なコミュニケーションということで思い出すのが、日本橋の祭ですね。
橋を中心に大きな祭が2つあって、私も神輿を担ぐのですが、そのときは数百人の人たちが6時間くらいスマホから離れて神輿を担いでいます。知らない人でも共通体験をしているから話をたくさんするし、それが街の面白さを増している。
谷尻 銭湯やサウナが注目されるのも同じ理由だと思います。人はスマホから離れざるを得ない場所にいくと、自然とコミュニケーションを取る生き物ですから。
七尾 銭湯は原始的な社交場ですからね。ただ、エアコンを使わない街はハードルが高いかなあ(笑)。
谷尻 でも、日本橋が「エアコンを使わない街」宣言をしたらすごくサスティナブルだと思いませんか。健康な食が豊富で木陰があり、車が入らない路地がたくさんあって子育てもしやすいとなると、人が集まってくると思いますよ。
「エアコンを使わない」と聞くと不安かもしれませんが、湿度をコントロールすればいいんです。海外などで、気温が高くても湿度が低いと意外に快適に過ごせると感じた経験をお持ちの方も多いんじゃないでしょうか。アレです。
広島県尾道市に作った「ONOMICHI U2」という複合型ホテルは、エアコンに頼らずに湿度をコントロールしています。だからエアコンの風で寒いということがなく、その心地良さは外の環境に近い。
さらに、「ONOMICHI U2」はもともと物流倉庫だったのですが、「建物自体に手を加えない」というルールで設計しました。古い建物の外見を変えず、中身だけを変えていくと、昔の風景が残っているのに新しさが混ざった、見たことのない風景になる。この違和感は、ジャズのセッションに似ています。
谷尻さんが手がけた「ONOMICHI U2」。古い建物をそのまま生かしているので、外からは物流倉庫のように見える。photo-Tetsuya Ito / Courtesy of ONOMICHI U2
外からは想像できない「ONOMICHI U2」の内観。自転車ごと宿泊可能なサイクリスト向けホテルを主軸に、レストラン/ベーカリー/ライフスタイルショップ/サイクルショップなどを擁したサイクリストフレンドリーな複合施設となっている。photo-Tetsuya Ito / Courtesy of ONOMICHI U2
七尾 考えてみれば、「残す」という選択肢も幅広いですよね。ただ「残す」ということもあるだろうし、時代に合わせたリデザインを図るという選択もある。先ほども言ったように、「残す」ということはゼロから何かをつくるよりもクリエイティブで難しいことだと痛感しています。

人が混ざりあうことで、日本橋に何が生まれるのか

七尾 最後にお聞きしたいんですが、谷尻さんは日本橋にどんなイメージを持っています?
谷尻 基本的に、「管理された場所は便利だけど人をダメにする」と思っているので、不便で知恵を絞って生きなきゃいけない環境に身を置くことにしているんです。
それで、日本橋のように整備された「都会」にはあまり縁がないと思っていたんですが、今日、江戸時代の日本橋とは縁があるとわかりました(笑)。日本橋には素晴らしい原風景があるのだから、昔の良かった部分を抽出して、現代の新しい要素と合わせていくと、もっと魅力的な街になると思います。
「地域共生」の一環として地域連携で開催する「日本橋 桜フェスティバル」は、エリアの一大イベントとなっている。
七尾 日本橋は都会で、敷居が高く近寄りにくいという印象を持たれがちですが、実は義理人情や「粋か野暮か」といった下町の要素も残っています。
もともと江戸時代に地方商人が集まって賑わった場所だから、隣近所はもちろん、外から入ってきた人とつながるのが好きな土地柄でもあるんですね。
実際、製薬会社や医療関係の企業が集まっていることから、5年前に「ライフサイエンス」をテーマに産業創造を推進する取り組みを始めたところ、国内外から多くの人が集まって、日本橋の人たちと混ざり合い、オープンイノベーションの機会も生まれつつあります。
この動きは、健康長寿や社会課題の解決に結びつくのではないかと思っています。
製薬企業を中心とした「産業創造」を強化するため、ライフサイエンス・イノベーションを産官学で推進する「社団法人LINK-J」を2016年に立ち上げ。日本橋をライフサイエンスの聖地とすることを目指している。
谷尻 街ぐるみで、いろんな人が混ざり合って新しいものを作り出せるのは、下町ならではの魅力ですね。しかもそれが社会課題の解決につながるなら、本当に素晴らしい。
ぜひ、ちょっとした「不便さ」を生むルールで街を刺激して、快適な不自由さや目的との不一致から新しい体験をつくり、江戸時代のように人で賑わう街に育てていってください。
(執筆:田村朋美 編集:大高志帆 撮影:露木聡子 デザイン:岩城ユリエ)