【コトラー×高岡×入山】日本のマーケティングの何が問題か

2019/11/1
「KOTLER AWARD JAPAN 2019」で開催したTHE UPDATE特別編。テーマは「日本のマーケティングの何が問題か」だ。NewsPicks・佐々木紀彦をモデレーターに、ネスレ日本代表取締役社長兼CEO・高岡浩三氏、早稲田大学ビジネススクール教授・入山章栄氏、そしてフィリップ・コトラー氏を迎えて、熱く語り合った。

マーケティング1.0から4.0への進化

佐々木 今日のテーマは「日本のマーケティングの何が問題か」ですが、本題に入る前にコトラー氏のマーケティング1.0〜4.0についておさらいしておきたいと思います。
 マーケティング4.0では、デジタル経済への対応、そして「自己実現」と「他者への共感」が重要と定義されています。
 そういう中で、今、企業に求められているのは、オンラインとオフラインを一体化したマーケティングです。また、これまでの伝統的なマーケティングでは、企業と顧客が縦の関係だったのが、これからは横の関係となり、顧客コミュニティを承認していくことが求められています。

必要なのは経営企画室ではなくCMO

佐々木 これらの知識を踏まえて、日本のマーケティングについて徹底的に議論していきたいと思います。まずは、ずばり日本のマーケティングは何が問題なのか、一言ずつ伺えますか。
高岡 ひとつには、日本企業特有の組織的な問題があります。以前からコトラー教授にも「どうして日本の企業にはCMOがいないのか」とよく聞かれているのですが(苦笑)。
 日本の企業はCMOを置かない代わりに、経営企画室というのがありますよね。外資系ではほとんど見られない部署です。中長期計画の策定や戦略づくりをするなど、いわば社長の参謀室のような役割です。
1983年、神戸大学経営学部卒業。各種ブランドマネジャーなどを経て、「キットカット」受験生応援キャンペーンや新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを提案・構築し、利益率の低い日本の食品業界において、新しいビジネスモデルを追求しながら超高収益企業の土台をつくる。フィリップ・コトラー氏が「日本人で最高のマーケター」と絶賛。
 こういった日本の組織のあり方に、僕は非常に疑問を感じます。経営企画室にいる人は、マーケティングのプロフェッショナルではありません。そんな部署はなくして、CMOを置くべきだというのが、僕の提案です。
入山 僕はマーケティングの専門家ではないので、ちょっと生意気に聞こえるかもしれませんが(苦笑)。実は3、4年ほど前、コトラー教授や高岡さんに「マーケティングとは何か」という質問を直接させていただいたことがあります。
 お二人の答えはたった一言。「すべてがマーケティングになる」というものでした。
 その言葉に、雷に打たれるような衝撃を受けるとともに、非常に深く納得できたんですね。「それはそうだよな」と。現代の複雑なビジネス環境で、重要なファクターはいろいろありますが、会社が生き残り新しい価値を生み出すには、「顧客の問題を解決する」ことに尽きます。それが解決できる価値を提供することで、モノが高く売れて、会社が成長できます。
1996年、慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院から博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。
 顧客の問題を解決することがマーケティングだとすると、企業活動のすべてがマーケティングであり、会社はマーケティングの塊でなくてはなりません。実際、海外の企業はそうなっています。
 それに比べると、日本の企業はいまだにマーケティング2.0くらいで止まっているのではないでしょうか。
佐々木 コトラー教授がマーケティング4.0、さらにこれからは5.0の時代だといっているときに、日本はまだ2.0止まり、ということですね。
1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。リニューアルから4カ月で5301万ページビューを記録し、同サイトをビジネス誌系サイトNo.1に導く。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』『日本3.0 2020年の人生戦略』がある。

混乱する日本企業のマーケティング

入山 僕はマーケティング調査会社の社外取締役をやっていて、そこでわかったことのひとつに、日本企業のマーケティングが大混乱中だということがあります。
 スマホの登場であまりにもカスタマータッチポイントが多くなりすぎて、企業はどうしたらいいのかわからなくなっているんです。どの会社もDMP(データマーケティングプラットフォーム)と唱えていますが、その実、DMPが何だかもよくわかっていない。
 もうひとつ、マーケティング意識の高い海外の企業と日本企業では、あきらかに問題解決への向き合い方が違っているということがあります。海外の企業は、顧客の問題解決を徹底して考えているので、自分たちが何をすべきかが明確にわかっています。だから、調査会社にも、「こういう調査をしてくれ」という具体的なオーダーをしてくるんです。
 一方で、日本の多くの会社は、そもそも顧客の問題解決についてそれほど考えていないので、「とりあえずよくわからないけれど調査してほしい」というノリなんです。
 反対に、調査会社から「こうなのではないでしょうか」という顧客インサイトを提案するような形も多い。これは日本では大手広告代理店が「我々にすべてお任せください」とう方式でやってきたことそのまままです。
 そういう顧客の問題解決への意識が海外と差がありすぎる点をどうしていくか。それがこれからとても重要になってくると思います。

常に進化し続けるマーケティング

コトラー マーケティング1.0〜4.0、さらには5.0というのがありますが、これは必ずしもレベルやグレードを示しているわけではありません。
シカゴ大学で経営学修士号、マサチューセッツ工科大学で経営学博士号を取得した後、ハーバード大学で数学、シカゴ大学で行動科学を研究した。主な著作に『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』『マーケティング原理:基礎理論から実践戦略まで』『コトラーのマーケティング入門』などがある。 2017年には『コトラーのマーケティング4.0 スマートフォン時代の究極法則』を発表。
 マーケティング1.0は、極めてシンプルでプレーンなマーケティング。価格が安い、クオリティが高いというような、合理的な理由を前面に押し出したマーケティングです。
 2.0になると、購買プロセスには合理性だけでは解き明かせないものがあるという前提で、エモーションに訴えかけるマーケティングとなります。
佐々木 高岡さんは、日本企業のマーケティング2.0止まりという問題について、どのようにお考えですか。
高岡 コトラー教授のおっしゃる通り、単純に数字の問題ではないと思います。マーケティングは常に進化しているので、誰も新しいマーケティングなんてわからない。
 技術を含めて新しい現実が次から次へと起こり、それに合わせて顧客の問題も変わっていきます。その変化を捉えられるかどうかが、すごく重要です。
 時代が変われば、顧客の問題も当然、変わっていくわけで、それを常にキャッチしていく能力こそがマーケティングの進化には必要となります。その部分が、日本企業は苦手だと、感じますね。

顧客が「気づいていない問題」に気づけるか

入山 コトラー教授や高岡さんから、顧客の問題解決には2種類あると伺ったことがあります。ひとつは顧客が「わかっている問題」を解決すること、もうひとつが顧客が「気づいてもいない問題」を解決することです。高岡さんはそれを「リノベーション」と「イノベーション」と表現されていました。
 調査会社は、顧客が理解している問題を調べることはできますが、顧客自身すら気づいていないことを見つけることまではできません。
 顧客は、それが問題だとも思っていないし、その問題を解決するなんていうことは最初からあきらめています。その気づいてない問題を見つけることが大切になってきます。
佐々木 顧客が気づいてない問題を発見するには、どうしたらいいんですか。
入山 高岡さんに「顧客が気づいてない問題を発見するなんて、凡人には無理じゃないですか」と質問したら、「いや、そんなことはない。誰にでもできるよ」と言われました。それは、高岡さん自身がグローバルネスレなどで、多様性のある場所を経験してきたから。そういう経験が、問題に気づく目を養います。

バブル期の日本はすぐれたマーケティングの国だった

コトラー 少し日本のマーケティングの歴史を振り返ってみたいと思います。私は1980年に、「ジャパン、それは世界で一番のマーケティングの国」という、日本のマーケテイングをたたえる記事を書いています。
 当時は、ウォークマンを発売したソニーを始め、トヨタ、ホンダなどがアメリカで評判を呼んでいました。日本の車、オートバイ、電子機器などは、どれもすぐれた商品ばかりだったのです。
 アメリカは日本経済の植民地にされるのではと危機感を感じるほどでした。その頃のアメリカはマーケティングもひどければ、自国の商品はもっとひどいレベルでした。
 「生き残るにはもっとマーケティングを磨かなくてはならない」。それが、当時のアメリカの気づきだったのです。つまり、アメリカでマーケティングが重要視されるようになったきっかけのひとつが日本だったといえるでしょう。
 では、日本の現状はどうなのでしょうか。日本の一番の問題は、企業のトップがマーケティングを全く理解していない、ということにあります。彼らは、マーケティングなんていうのは、顧客に何が欲しいかを聞けばいいことだと考えています。しかし、実際はそういうことではない。
 企業の経営に必要なのは、弁護士でも財務の専門家でもなく、CEOにマーケティングとは何かを教授するCMOです。それによって、トップはマーケティングに敬意を払い、マーケティングに積極的に取り組むと内外に強く宣言すべきでしょう。

勝つ戦略をつくるのがCMO

高岡 初めてコトラー教授にお目にかかったときに、「日本はバブルまでは最もイノベーティブな国のひとつだったのに、その後はどうしたんだ」と言われました。
 確かにソニーの盛田さん、パナソニックの松下さん、ホンダの本田さんというのは、戦後すぐの時代のイノベーターでした。彼らはマーケティングを理解していたわけではないでしょうが、彼ら自身が本当にほしいものをつくっていたわけです。
 しかし、彼らの後に続く、プロフェッショナルにマーケティングを理解するマネジメントが生まれてこなかった。そのため、企業のトップがマーケティングをわからないまま、戦略を立てることを別の部署に丸投げしているんです。それでは、「勝つ戦略」は作れません。ですから、まずは経営企画室をやめて、CMOを置くべきだと言っているんです。

多様性の中で顧客にじかに触れる

佐々木 では、これからの日本のマーケティング・リテラシーを上げて、CMOが担える人材を輩出していくにはどうしたらいいのでしょうか。日本はMBA教育が弱いと言われていたり、広告代理店依存という問題もあります。
入山 MBAで教えるのは基本ロジックで、座学になります。もちろん、それも大切ですが、顧客の問題解決をするには、直接、顧客に接することで彼らが気づいてないことが何かを洞察していかないといけません。
 残念ながら、それは机上の座学だけでは、わからないことです。そのためには、高岡さんが経験されたような多様性に身を置いて、洞察力を身につける必要性が絶対あるでしょうね。
 私がいる早稲田大学ビジネススクールはかなり多様性が高いのですが、さらにそういう「洞察力」を高める仕掛けを入れていきたいと思っています。
高岡 日本の教育は、仕組みそのものが同一的・同質的で、受験偏差値に偏っているところが問題だと感じますね。
 僕は、若い頃、ネスレアメリカで1年だけ働いたことがあるんです。英語もほとんど話せず、日本人は僕ひとりだけ。しかし、それでも多様性を受け入れるカルチャーがあって、自分を認めて受け入れてくれたことに非常に感銘を受けました。
 日本は外から来た人を排除するところがある。そういうダイバーシティに欠けている点は、イノベーションはもちろん、マーケティングでも、大きなハンディキャップになっています。
佐々木 最後にコトラー教授に日本のマーケティングへのメッセージをお願いいたします。
コトラー どうして日本はこれほどまでに完成度の高いものを提供できるのか、世界はその秘訣を知りたがっています。日本には豊かな文化、すばらしい美意識もあります。それらをぜひマーケティングに生かしてほしいですね。
 日本には、間違いなくすばらしいマーケティングを行うポテンシャルがあります。まずはみなさんがそれを信じていただきたい。そして、そのようなすぐれたマーケティングに対して、「KOTLER AWARD JAPAN 2019」のような場で、きちんと表彰していくこともとても重要です。そういう取り組みの積み重ねが、よりよいマーケティングを行う基盤となっていくはずです。
(編集:久川桃子 撮影:白川啓一 デザイン:黒田早希)