【コンサル新時代】クライアントの課題 < カスタマーの課題

2019/10/31
飽和、成熟、混沌……。こんな社会、経済情勢の真っ只中にいる今、コンサルタントに求められるスキルが変化している。アクセンチュア一筋24年のコンサルタントである中野将志からは、次々とこれからのビジネスに必要な要素が出てくる。

「顧客の先にいる顧客を見る」「コンサル力だけではダメ。デザイン力こそが必要」「イノベーションとは“桁”を超えること」「コンサル+テクノロジー+クリエイティブが強み」「インダストリーデジタル」……。こういった言葉に隠された、中野が目指す次世代コンサルティングチームとはどんな姿なのか。
顧客の先にいる顧客を見る
──コンサルティングファームに求められるクライアントの要望の変化についてお聞かせください。
中野 これまでの日本の大企業は、数十年前に構築したビジネスを継続することに注力してきたように感じます。そして私たちコンサルタントは、誤解を恐れずに言えば、既存ビジネスの延長線に重きを置いてきたように思います。
──これまでのコンサルティングを例えると、どのようなことでしょうか。
例えば、市場(いちば)でリンゴを売っている店が繁盛していたとします。すると他の店もリンゴを売ろうとします。
 最初にリンゴを売っていた店よりも上手く売るためにはどうしたらいいか? より良いリンゴの産地、適正な価格や調達ルート、マーケティング方法などを練り上げて意思決定と実行をサポートすること。それがコンサルタントの価値でした。
──今はその価値はなくなった、と?
なくなったとは言いません。ただ、今話したことは成長市場では価値がありますが、成熟し飽和した市場では増えないパイの奪い合い、過当競争の支援にすぎません。
 プロフィットプールは瞬く間になくなります。成熟産業では、新しい価値や異なる価値を提供しなければ次の成長にはつながらないというのが私の持論です。
──その異なる価値とは何ですか。
先ほどのリンゴの例でお話しますと、「リンゴが売れている」から真似するのではなく、「なぜ顧客はリンゴを買うのか」から考えることだと思います。
 顧客のニーズは「リンゴを食べたい」わけではなく、「甘いものを食べたい」ということかもしれません。では、「リンゴに代わる甘い物を提供すれば売れるのではないか」という発想を提供する。つまり、クライアントの先にいる顧客、「カスタマー」を理解できれば打ち手は変わるということです。リンゴではなくアメを売ることになるかもしれません。
コンサル力だけではダメ。デザイン力こそが必要
──カスタマーが求める商品・サービスを発想・実現するためには、どのような能力が必要なのでしょうか。
「デザイン」だと私は考えています。
 我々はクライアントの課題を解決することを「コンサルティング」、カスタマーの課題を解決することを「デザイン」と呼んでいます。
 私の言うデザインとは、見た目の意匠の話ではありません。カスタマーのペルソナを定義し、カスタマーの課題を見極め、それを解決するためには何が必要か。逆に、欲しくないと思うものは何か。ゲインポイント、ペインポイントは何か。
 こうしたあらゆる要素を、カスタマージャーニーを描きながら考案し、便利で使いやすい商品やサービスに落とし込み、形づくっていく一連のアイディエーションのプロセスのことを私はデザインだと考えています。
 当然、机上でデッサンしているだけでは真に求められているものは生まれません。ターゲットとなる顧客と実際に会い、インタビューやヒアリングを重ねることも必要です。
 さらに生まれたアイディアをビジネスにするべく、収益モデル、ビジネスモデルを定義していく。ここは従来のコンサルティングの得意なところですね。
 アクセンチュアでは、これまでコンサルティングとテクノロジーの専門家がタッグを組みプロジェクトを遂行してきました。しかし今は、多くのプロジェクトにデザインの中核をなすクリエイティブのメンバーが加わっています。
 例えばクライアント企業の顧客に「デプスインタビュー」という手法を実施することがあります。これは、私みたいなタイプには出来ないんです。無意識に仮説を立てて、顧客の話を論理的に整合させて解釈して聞いてしまいます。
 こういったプロセスは顧客の話を素直に傾聴でき、話を引き出せる人材にしかできない。顧客理解1つとってもコンサルとクリエイティブでは違うんです。
業界固有の環境で深化・進化する「インダストリーデジタル」
──他にも昨今のコンサルタントに求められているスキルや特徴がありましたら、教えてください。
特定の業種・業界に特化して、専門スキルやナレッジの上に成り立つデジタル化。私はこれを「インダストリーデジタル」と呼んでいます。
 ひとつ、分かりやすい事例を紹介します。日本郵船様が立ち上げた世界初となる船員向け電子通貨プラットフォーム「MarCoPay(マルコペイ)」です。
 MarCoPayを使えば、これまで現金で行っていた船上での買い物がキャッシュレスになります。給与支払にも対応しているため、自国家族への送金がスムーズかつタイムリーに。自国の家族は、航海中の主の寄港や帰宅を待つことなく、お金を受け取れるようになります。
 実は、主な船員排出国では、十分な与信制度が発達していないなどの理由によって、船員が収入レベルに見合った金融サービスを享受できていない現状があります。船員が主な顧客と考えると、今後のMarCoPayの可能性は大きく広がります。
 MarCoPayの実現には、金融の知識はもちろんですが、海運業の知識、外国籍の船員の生活といった、専門的な領域の知識を有している、あるいは理解する必要がありました。
 言い方を変えれば、このような専門知識と専門知識の掛け合わせ、ここで言えば金融業界と海運業界の知識の融合がなければ、MarCoPayは生み出せなかったということです。
──そう考えると、やはり多様な人材の掛け合わせが重要になってくる。
そうです。ですから、アクセンチュアでも多様な人材を揃えること、ダイバーシティを重要視しています。イノベーションを起こすためには、異分子同士の化学反応が必要です。シナジーの度合は、両者が離れているほど大きくなる。同じ人同士だと量が増えるだけですからね。
いろんなことが出来る人材だけでなく、特定のスキルに専門性がある、特定の領域に専門知識がある、といった人材が必要になっています。
全1万3000人がアイディエーションする
──多様な人材が集まることで、組織体制やプロジェクトの進め方、ワークスタイルも変化したのでしょうか。
変化していますし、変化させています。アクセンチュアではここ4年あまり、アクセンチュア流の理想的な働き方を追求する「PROJECT PRIDE(プロジェクト・プライド)」という社内施策を展開しており、私はこのプロジェクトのリーダーも兼務しています。
このプロジェクトは、長時間労働から脱却し限られた時間で今まで以上の成果を出す生産性向上をさらに進化させる取組みからスタートしました。
取り組み後は2年ほどで、残業時間は1人あたり1日平均1時間になり、離職率は実施前の約半分になるなどの効果が出ています。また、この変化は採用にも大きく貢献しています。そして現在のフェーズでは“イノベーション共創型の働き方”実現に挑戦しています。

──「あなたの才能、アクセンチュアで生かしませんか」ということですか。
そういうことです。タレントは当然各人で異なり、そして我々は国内だけで1万3000人のメンバーが働いている。
 つまり1万3000もの頭脳があり、異なるアイディアを化学反応させられる、ということです。各プロジェクトが必要としているアイディエーションを1万3000人で反応できたら凄いですよね。1万3000人の頭脳集団はなかなかありません。
 PRIDEの取り組みは日本法人で始まったもので、現在は国内のみで展開されていますが、実は世界中のアクセンチュアグループ全体でイノベーション、価値創出、コラボレーションの観点で優れたプログラムを表彰する社内アワードで世界第1位を獲得しました。非常に注目を集めています。
 いずれは各国の拠点にも展開し、世界中のアクセンチュア全49.2万人のアイディエーションを、1つのプロジェクトに生かすような。個人的にはそんな壮大な計画も描いています。
桁を超えるチャレンジ
──金融部門ならではの特徴についても聞かせてください。
我々は金融コンサルティング本部という名の組織ではありますが、金融機関とだけビジネスをしているわけではありません。金融とは簡単に言えば、お金の流れですから、全ての業界において必要な要素。
今日の金融商品の形を変えて全ての業界に私たちが貢献できることがあるので、さまざまな業界とコラボレーションし、新しいビジネスを生み出していこうとの意識が高く、実際、カスタマーの本質的なニーズを満たすために多様な業界ならびにプレーヤーと共にエコシステムを組んでビジネスを進めています。
 金融部門ならではのコアバリューももちろんあります。「桁を超える成長へのチャレンジ」です。「イノベーション」の定義はさまざまだと思いますが、金融部門では「桁を超えること」と定義しています。クライアント企業が毎年5%成長していれば、50%成長できる事業を考える。5%のコスト削減成果ではなく、50%減を目指すといった具合です。
──具体的に桁を超えた、イノベーションを達成した事例をお聞かせください。
すでにプレス発表されている範囲で言いますと、ふくおかフィナンシャルグループ様の「iBank」、伊予銀行様での「AGENT」、第一生命様との「健康第一」などがあります。そのほかにも多くの取組を実施していますが、なかなか公表できないことはご理解ください。
 ふくおかフィナンシャルグループ様の事例では、ブロックチェーン技術も活用した「iBank」という金融サービスプラットフォームを構築しました。これにより地域エコシステムの形成を可能とし、新たなサービスを展開しています。
 若年層を中心に利用者も大規模になり、また、他の銀行への展開も進んでいます。同クライアントでは、「みんなの銀行」という新たな銀行構想を持たれています。我々もこれまでにないサービス、これまでにないビジネスモデル、これまでにない技術でその実現をサポートしています。
 一方、伊予銀行様では「AGENT」という圧倒的な業務効率を実現する仕組みを構築しました。現在各支店に順次展開中です。これはチャットをベースとした仕組みで大半の銀行業務を、「0線完結」(その場で業務を完結すること)するものです。
 シニアなお客様も問題なく活用されています。この仕組みを使えば「銀行=人」となり、銀行窓口で対応するのではなく、銀行員がお客様の元に出向いて顧客サービスを完結することができます。
 支店密度の低い地銀にとっては大変有用です。伊予銀行様では業務効率だけではなく、顧客の真の課題を追求し、従来の金融サービスという概念を超えた取り組みも構想され順次実現されています。
 第一生命様のプロジェクトでは、保険を使わないで済むよう、つまり有事が起きないように未病の状態で改善を促進する、「健康第一」というサービスを展開しています。
 これにより、成約時と有事(保険金支払時)以外での顧客接点確保に課題のあった生命保険会社の状況を打開し、健康増進パートナーとして接点を飛躍的に増えています。生命保険のあり方を大きくシフトするスタートであり、新たな展開が期待できます。
──最後に、アクセンチュア、特に金融部門に迎え入れたいメンバーへのメッセージをお聞かせください。
ここ数年の金融部門でのプロジェクトを振り返ると、本当に多彩なタレントがコラボレーションしていると思います。メンバーのバックグラウンドもまちまちです。私自身、いわゆる良くできるコンサルタントだけでは生まれない価値がたくさんある事を実感させられた数年でした。
 一方、多彩なメンバーたちの共通項もあります。先の「桁を超えるチャレンジ」の続きになりますが、今までにないビジネスを実現したい、スケールの大きい成長を実現したい、といったメンバーが金融部門には集まっています。
 もちろん全てのプロジェクトで達成できているとは言えませんが、達成したい、達成してやろう――。このようなマインドが、これから迎え入れるメンバーに求める要素でもあります。
 我々の仕事はスマートでインテリジェントなわけではありません。ひたらすデータをチェックすることもありますし、何十人にヒアリングすることもある。1日中ビジネス現場を歩きまわるなど、正直、泥臭い業務も多々あります。
 ただ、金融機関が大きく変わろうとし、そしてさまざまな業界を巻き込んで私たちがコラボレーションをリードするチャンスが生まれた今、手前みそですが、こんなに意欲をかき立てられる環境はないと思っています。
(取材・編集:木村剛士 構成:杉山忠義 撮影:竹井俊晴 デザイン:國弘朋佳 作図:大橋智子)