【コトラー来日講演】マーケティングと営業はどう違うのか

2019/10/17
10月10日(木)にNewsPicks主催で開催された「Kotler Award Japan 2019」。マーケティング4.0時代にふさわしい優れたマーケティングを行う企業や団体を表彰する授賞式ではフィリップ・コトラー氏本人が来日し、約150人の観客を前に講演。そこで語られた、マーケティングの進化とは。

人は誰でもマーケッターだ

人は誰かの行動を変えたいと思うとき、マーケティング的な思考を無意識にするものです。つまり、誰もがマーケッターと言えるでしょう。
マーケティングとは具体的にどういうことなのか。まずはマーケティングの歴史から振り返ってみましょう。
旧約聖書のアダムとイブの話を思い出してください。蛇が、知恵の木になるリンゴを「このリンゴはとてもおいしいよ」とイブに語りかけます。これは「勧誘」という営業活動です。
その結果、イブとアダムはリンゴを口にして、エデンの園を追放されてしまいます。蛇がリンゴの「営業」をしたことで、エデンの園はなくなってしまったのです。それほど営業というのは、古くから人類の生活に存在していました。
では、マーケティングはどうでしょうか? まずはマーケティングと営業の違いを明確にしておきましょう。
営業は「すでにつくられているものを売る」行為です。マーケティングが営業と違うのは、「つくる」ところから始める戦略的な行動だということです。それが営業とマーケティングの決定的な違いです。

マーケティングの誕生は20世紀

何もないところからニーズを掘り起こし、商品を設計、生産し、販売するのがマーケティングです。営業や販売よりずっと守備範囲が広いといえます。
マーケット自体は昔から存在していましたが、マーケティングという概念が生まれたのは20世紀になってからです。需要に対して何らかの働きかけをして、需要を喚起するというのがマーケティングです。
供給側の論理で考えるのとは違い、ものやサービスを顧客に届ける際に何に影響を与えればいいのかを考えるという論理です。
それは、どれくらい需要があるのか、どういう要素に需要があるのか。その需要の背景は何かなのかを考えるようになりました。
当初、エコノミストたちは、この「需要の理論」に対して懐疑的でした。需要は価格によって決まるもので、価格が低ければ低いほど需要は増えるものだと考えていたのです。
確かに価格は需要を左右しますが、それだけが需要を喚起したり、影響を与えるものなのでしょうか。
例えば営業力や広告宣伝、割引、物流なども需要に大きく影響するはずです。特にマーケティング創成期は、広告宣伝、営業活動などが注目されるようになりました。しかしながら、それらを裏付ける科学的な立証はされていなかったのです。
私が「現代マーケティングの父」と呼ばれる理由はそこにあります。1967年、76年に発表した著書で、私は科学的なアプローチでマーケティングを分析し、その効果を初めて実証しました。

マーケティングは科学であり芸術である

マーケティングには科学的な要素だけでなく、芸術性も必要です。
私自身がマーケティングに興味を引かれたきっかけも、広告宣伝でした。そして、多くの学生が「30秒コマーシャル」をつくりたいと、マーケティングを学びに来るようになりました。コマーシャルを通じて、商品を買うことを勧誘したり、誘導できるという仕事が非常に魅力的だったのです。
優れた広告の一例として、フォルクスワーゲンが1959年から行った「Think small」と「Lemon」があります。ここでいうLemonとは英語のスラングで、ポンコツを意味します。
小さいクルマの魅力を訴え、今も優れた広告として歴史に残るフォルクスワーゲンの「Think small」キャンペーン
ポンコツを意味するLemonをキャッチフレーズにするという斬新なアイデアが評判を呼んだ広告
彼らはまず「小さく考えよう」と、新しい価値観を提案。そして自社の車に「Lemon」というキャッチフレーズをつけ、どんな小さな不良品も見逃さないという姿勢をアピールしました。
これは一種のジョークで、大型のアメ車が全盛だった当時の米国で、「小さくて完璧なクルマ」であることを伝えるメッセージでした。このフォルクスワーゲンの広告は、歴史に残るすばらしいものとして、今でも語り継がれています。
このような優れた広告宣伝がある一方で、そうではない広告もかなり多いのが実情です。30秒のコマーシャルは、顧客にフラストレーションを与えることも珍しくありません。また、すでにクルマを3台持っている人は、クルマのコマーシャルを見ても、新たにクルマを買うことはないでしょう。
しかし、それがマスマーケティングです。

ターゲットをセグメントし、価値を提案する

マーケティングのメリットは、新しい理解を開拓していくことにあります。
マーケティングは「マーケットのターゲット化」と、自らの価値を提案する「バリュー・プロポジション」の2つからなります。第一に顧客を知り、定義することで、ターゲットとなる市場をセグメントします。そして、独自のポジショニングで差別化を図り、価値を提案することが大切なのです。
マクドナルドを例に考えてみましょう。マクドナルドには多くのバリュー・プロポジションがあります。チェーン展開していること、低価格でおいしい食事を届けること、楽しい食事ができる場所というのもありそうです。
さらに分析を進めると、独居老人のような高齢者、ティーンエイジャー、そして子どもを持つシングルマザーなど、ターゲットによって伝えるべきメッセージが違うことが理解できます。
現代においては、リーチしたい顧客は多種多様であり、そのターゲットに応じた異なる価値提案が必要です。
そこで、ターゲットに合わせたEメールを送り、適切な価値提案をする「マーケティングオートメーション」というソフトも活用されています。また、SNSという新しいメディアを使ってリーチする方法も盛んに行われています。

SNSはマーケティングで機能するのか

しかし、数あるSNSのどれが効果的なのか、どのような使い方をすれば効果があるのか、そしてSNSには本当に効果があるのか、という疑問もあります。
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は、その疑問を実際に試すことで答えを見つけました。
ご存じのように、P&Gは大量のデータを元に潜在顧客を見極め、大勢にアプローチするマスマーケティングの企業です。彼らは予算の35%を使い、SNSが効果的に機能するかを検証し、その結果として、SNSは彼らが期待するほど機能していないと結論づけました。マーケティング予算に占めるのSNSの比率も35%から20%へと引き下げています。
これは多くのマーケッターや企業にとって、デジタルをどう使いこなすかということへのヒントになると思います。

カスタマージャーニーで喜びの体験を提供

市場を取り巻く環境が大きな変化を遂げる中、マーケティングでは新しいコンセプトが生まれています。そのひとつが「カスタマージャーニー」です。
例えば、クルマを購入する際、メーカーや車種を知らないというのが最初の段階です。そこからブランドを認知し、リサーチし、ディーラーに足を運び試乗して購入に至ります。
このそれぞれのステップをジャーニーとしてマッピングし、顧客とのタッチポイントとして捉えます。広告を見た、ダイレクトメールを受け取った、セールスマンと話した。そういったすべてがタッチポイントとなります。
カスタマージャーニーで十分なタッチポイントを設定することは、非常に重要なことです。
ディーラーのセールスマンの対応が良くなければ、それは顧客にとってよい体験にはならず、ジャーニーのステップが進みません。
つまり、体験こそがマーケティングのキーであり、差別化のポイントということ。一連のカスタマージャーニーの体験で満足できる喜びを顧客に与えられることが何よりも大切なのです。すばらしい体験をした顧客は、クチコミという形でそのすばらしさをほかの人々に語って広めてくれるでしょう。

マーケティング4.0の先のストーリーを描く

このようにマーケティングの世界では、次々と新しいことが起きています。
すでに理論が確立して変化することのない幾何学とは違い、マーケティングは2、3年に一度のペースで新しいストーリーが生まれています。
その新しいストーリーに斬新なインスピレーションや最新の情報を加えて発表する。まさに、今、そのための本の執筆に励んでいるところです。4.0に続く、新たなマーケティングのストーリーをぜひ楽しみにしていてください。
(編集:久川桃子 撮影:白川啓一 デザイン:黒田早希)