【注目の世界基準】山本由伸「理想のピッチャー像はない」

2019/10/12
2019年のプロ野球で、最も質の高い球を投げていた投手がオリックスの山本由伸だ。

高卒3年目、21歳の右腕投手は最速156kmのストレート、打者の手元で鋭く変化するカットボールやツーシーム、フォーク、相手のタイミングを狂わせるカーブを高い制球力で操り、防御率1.95で自身初のタイトルを獲得した。

本格的に投手を始めたのは高校1年秋というから、成長の早さに驚かされる。

身長178センチ、体重80キロ。投手として決して恵まれた体格ではないが、一流メジャーリーガーのように高レベルの球を操っている。これまでの日本人投手とは、投げている球の質がまるで違うのだ。

「理想のピッチャー像はないんですよ。自分の完成は見えてないです。完成があるかもわからない」

同世代では甲子園優勝投手の今井達也(西武)、藤平尚真(楽天)、寺島成輝(ヤクルト)がドラフト1位で華々しくプロ入りした一方、甲子園に無縁だった山本は同4位とプロの目利きたちに高く評価されたわけではない。

それがわずか3年で、なぜ、球界トップに達するほど飛躍できたのか。異次元の球を投げられる理由と、その根本にある思考法に迫った。
山本由伸:1998年8月17日生まれ。オリックス・バファローズ所属。2016年、都城高校からドラフト4位で入団。1年目にデビューを果たす。2018年には54試合に登板、4勝32ホールド。先発に転向した今シーズン、最優秀防御率のタイトルを獲得。侍ジャパンにも選出。
今を見すぎるとしわ寄せがくる
──今季は防御率1点台でリーグトップを走ってきました。プロに入団した頃に高卒3年目、21歳でここまでの成長を思い描けていましたか。
山本 いや、変わりすぎてわからないです。
──まさか、ですか?
山本 まさかという感じもないし、計算通りという感じもないというか。何もないですね。今の自分にまったく満足していないので、すごくなったという実感はまったくないです。順調とか、何も思わないですね。
──山本投手のコメントを見ていると、キャリアを中長期的に考えているのかなと想像します。例えば2年目の昨季、「肘への負担が大きい」という理由でスライダーを封印し、代わりにカットボールを覚えて早めに打たせる投球にアップデートしたことが一例です。
山本 自分は尊敬している人がそれほどいるわけではなくて、野球選手の中では一人か二人です。自分の周りで関わってくれている人たちの中で、「先を見てやらないといけないぞ」と言ってくれる人がたまたまいて。そういう出会いで考え方をすごく変えてもらいました。
プロに入ったときからそうだったかと言われたら、全然そういうわけじゃなくて。例えば、1年目は「早く1軍で活躍したいな」という感じでした。
でも、そういう人と出会ったおかげで、自分の野球人生を長く見て、その中で今、「自分がいるところ」と「やるべきこと」を考えると、やることが違ってくるなと気づけました。
今シーズンも1軍でやらせてもらっていましたけど、先を見てやっているという感じです。今を見すぎると、何年後かにしわ寄せが来るというか。今だけを頑張っていたら、先でちょっと苦しむなという感じがありますね。先だけを見ると、逆に今がボロボロだったりする。
いいバランスでやらないといけないですね。
──10代で身体がまだでき上がっていない中、負担の大きいスライダーを過度に投げ続けていたら、野球人生が短く終わってしまう可能性もありますよね。
山本 はい。その年、そのときはめちゃめちゃ抑えられるかもしれないですけど、5年後の自分がどうなっているかはわからないと思っていました。
実際に1年目、それでは肘への負担がしんどくて、1試合もまともに投げ切れていなくて、(投球スタイルを)変えないといけないと思っていたので。いろんな理由が重なって、そのタイミングで徐々に変え始めました。
──なんとなくでもいいですが、今はどれくらい先まで見ていますか。
山本 15年くらい先発ローテーションで回ったピッチャーはあまりいないと思うので、ぼんやりだったら、15年間ローテーションを守りたい。
──35歳まで先発で投げ続ける?
山本 そうです。なかなかいないじゃないですか。
目標? 内容は秘密です
──いないですね。毎年ローテーションを守るのは大変だと思います。
山本 はい。そのために、例えば7年目にどうしたらいいとか、そういうしっかりしたものは見えてないけど、ぼんやりとした目標はあります。
──しっかりした目標は、どれくらいまで立てていますか。
山本 内容は秘密ですけど、5年先くらいにこうなりたいというのがあります。一番近い目標に対して、そのために今の小さい目標がいっぱいあるという感じですね。目標までの道しるべというか。
──今季は左脇腹の筋損傷で、後半戦に数週間の離脱がありました。それをふまえ、来季は1年間1軍で活躍したいですよね。
山本 どの目標を達成するにも、「ケガをしない」というのは一つの要素としてあります。今年はケガをしてしまったんですけど、それでも最小限(の離脱)に抑えられたというか。もっと抑えられたという気持ちもありますけどね。
でもケガを我慢して試合で投げたら、今シーズンの成績はいいかもしれないけど、そのツケがいつ回ってくるかわからないじゃないですか。だから今は我慢するときじゃないなと思うけれど、でもやっぱり1年間戦わないと自分の仕事ができたことにはならない。
1年間ローテーションを守るのは、毎年の目標ですね。これから15年、ローテーションで回りたいので。
──目標を実現するまでの方法を聞かせてください。例えばボールの質を上げようとする際、どういうふうに目指しますか。
山本 例えば球速だったら、160km投げたいとします。でも160km出すことを目指しているのではなく、体のことなど、もっと他のところを取り組んでいます。そういうことを徐々に達成した結果、160km投げられるという形を目指しています。
160kmを目指しているけど、そこを目指していないというか。
──160km投げるためにやるべきことをやっていくことで、結果につながると?
山本 はい。結果として、目標が達成される。
──今季は防御率トップなど飛躍の1年になりました。来年はどうなっていたいですか。
山本 いやあ……それは秘密ですかね(笑)。その目標達成のためにしていかないといけないことがたくさんあるので、その目標をクリアしていきたい。
ピッチングとやり投げの原理
──野球選手で尊敬している人が二人いると言っていました。一人はDeNAの筒香嘉智選手ですか。
山本 そうです。
──1年目のオフ、筒香選手と一緒に自主トレを行いました。山本投手はそこで大きく変わりましたか。
山本 そのときに、すべてと言っていいくらい変わりましたね。
──先ほど160kmのくだりで話していたように、筒香選手はいろいろ理屈付けて、「これをやったら、あそこが変わっていく」と計画的にやっているのですか。
山本 先をすごく見ています。今も活躍しているけど、本当に見ているのは何年か先。筒香さんにも筒香さんの目標がいっぱいあると思うんですけど、そこをすごく見ている。そのために、「こういう考えでやっていかないと、そういう人間になれない」と考えていますね。
自分の今の考えは、筒香さんに教えてもらったり、筒香さんに関わっている人に教えてもらったりしたものです。出会ったときは、ちょっとびっくりました。
──山本投手は自身の投げ方について、1年目は「上半身で投げていた」と話していました。以降、それを改善して「やり投げの原理」で投げ出したのは、1年目のオフの自主トレがきっかけになっていますか。
山本 やり投げなんですけど、やり投げじゃないというか……。やり投げの練習をうまくするまでの、別の練習が実はあって。
やり投げをしても、もちろん技術がアップすると思うんですけど、それだけではダメというか。そこまでの準備の過程がいっぱいあったんですよ。その動作をまとめたのが今の投げ方になっているだけで、やり投げを目指してやり投げをやっているわけでもなくて。
よく「(野球の投げ方と)やり投げは違うだろ」と言われるんですけど、やり投げは遠くに投げるのが目的で、そのための教科書はないじゃないですか。野球もそうで、いろんな投げ方の人がいて、みんな「速い球を投げたい」とか、「コントロール良くしたい」と求めている。
「やり投げは違う」と言う人に、自分の中では疑問があります。「やり投げの投げ方はこうだ」という教科書はないのに、「野球とやり投げは違う」というのは、ちょっとよくわからないですね。
(オリックス・バファローズ公式インスタグラムより)
──「やり投げの投げ方の“この部分”」と、「野球の投げ方の“この部分”」という一部を切り取って、「違う」と言っているのかもしれないですね。
山本 そうです。それまでの土台があるので。
──土台というのは、下半身から力を作っていく、投球における最初の過程ですか。
山本 それもありますし、体の中身もそうです。ゼロから始めて、この3年間で自分の体型もかなり変わっていて。本当に基本的なことの積み重ねをしてきて、今年、「こういう形だ」というのがやっと少し見えたくらいです。本当のものは、まだまだ見えてない。
やっと、ちょっと前進した感じはありますけど、まだまだこれからだなともちろん思っています。
目指すピッチャー像は、ない
──今年6月28日、メットライフドームでプロ初完封した西武戦を取材して、ストレート、カットボール、ツーシーム、フォーク、速いカーブで球数少なく打ち取っていく投球スタイルはメジャーリーグの投手のようだと衝撃を受けました。山本投手はどういうピッチャー像を目指していますか。
山本 ないんですよ、それが。完成は見えてないです。完成があるかもわからない。
──たぶん野球選手に完成はないですよね。
山本 ないけど、その完成を求めていくというか。そういう感じになると思うので、この先もずっと基本的な練習からもっとやっていかないとなって思っています。
──山本投手のスタイルは、明らかにこれまでの日本人投手と違うという印象を受けています。投げている球の質もそうだし、「今スライダーを投げるより、カットボールにしたほうが長く活躍できる」という考え方の若手投手を見たことがありません。
山本 しかもそのカットボールも、たぶん投げ方としては全然一般的ではなくて。どう投げているかは言わないですけど。一般的なカットだと前でヒュッてひねるんですけど、それではなくて。
そのカットボールより、負担がかからない投げ方を練習しています。今でも本当に求めているカットボールではないので、自由自在にボールが操れるようになりたいです。
──打者の手元で、いきなりキュッと曲がりますよね。西武の2年連続本塁打王、山川穂高選手が「こんなカットボールを見たことがない」と言っていました。
山本 一つ言えるなら、あまり手で曲げてないです。
「どうやって投げているの?」とよく聞かれるんですけど、「ここをこうして」と教えてあげたとしても、その人の体ではできなくて。自分の感覚だし、自分がここまでやってきた動作の練習があります。
基本的な動作に見えて、その積み重ねが本当に大事で、それで少しいいカットを投げられるようになったという感じです。
──ボールを離すまでの体の使い方があって、その流れで最後に離すから、人と違うカットボールになっているんですね。「キネティック・チェーン」(運動連鎖)とも言われますが、やり投げの練習は体全体をうまく使うためにやっているのですか。
山本 もちろん。すごく信用している人がいて、トレーニングとか、私生活のアドバイスももらいます。野球や、どのスポーツもそうなのかはわからないけど、トレーニングも正解が決まっていないじゃないですか。だから、信じてやるのがまず大事だと思って。
今はとにかく信じているトレーニングと人がいて、それを信じていくのみと思っています。とにかく深いところに入り込もうとしています。
──速い球は投げたいですか。
山本 投げたいです。
──体が大きくなくても、速い球は投げられますか。
山本 投げられます。もし自分が今、「僕は体が小さいから、速い球を投げられないですよ」と言っていたら、しょうもないというか、あきらめちゃっているので。
もちろん大きい方が、同じ動きをできるのなら物理的に、速い球を投げられると思います。でも、この大きさだからいいこともたくさんあると思うので。そう考えると、大きいも小さいも一緒じゃないかなと思います。
別に自分も小さすぎるわけでもないので、大きい人にも負ける気はしないですね。
──体の柔らかさがSNSなどで評判になりました。先天的なものですか。
山本 いや、別に柔らかかったわけでもないです。
──筒香選手との自主トレで、そういうメニューを練習したのですか。
山本 そうです。1年目のオフシーズンに自主トレを一緒にやらせてもらって、自分で言うのもあれですけど、結構頑張って。実はあの練習も、柔らかさを求めたわけではないんですよ。まあ、この先は秘密かな(笑)。
──可動域?
山本 柔らかさに見えて、強さと言うか。例えばブリッジの練習も、あの映像を見た人は「体が柔らかいね」ってみんな、絶対言うんですよね。でも本当に鍛えているのは柔らかさじゃなくて、強さを鍛えているんです。
──強くなった結果、柔らかく動かせるのですか。
山本 うーん、柔らかいとは違うんですよね。伝え切れないですけど。柔らかければOK……でもないんです。
ピッチングに求める「力じゃない、力」
──求めているのは、力をどうやって最大化して発揮するか?
山本 そうです。いいピッチングをしたいから、やっている練習なので。
ブリッジがきれいにできたらOK……ではなく。それをどうするか、というか。結局は「速い球を投げたい」「いいコントロールで投げたい」というのを求めているので。ブリッジができるのを求めているのではない、ということですね。
──あの映像を見ると、ほとんどの人が「ブリッジがすごいな」と見ちゃうけど……。
山本 はい。「柔軟性がすごいな」で、終了。そうじゃなくて……という感じです。
──「力を抜いた中で、身体全体で力を入れて(投球の)力を作り出していく」と話していました。それは今、話していたようなことですか。
山本 そうですね。力じゃない、力。
──力を抜くのは、投手にとって難しいことですか。
山本 めちゃめちゃ難しいです。しかもマウンドに行くと特に、自然と力を抜いているつもりでも力が入るので。やっぱり観客が見ていたら、自然と力が入ってしまうところなので。そこで対戦している中で、さらに力を抜くというのは、簡単そうでめちゃめちゃ難しいですね。
──どうやって力を抜くんですか。
山本 例えばブリッジとかもそうですけど、そういう練習からですね。今までやってきた練習の自信だったり、技術練習の積み重ねだったりだと思います。
──多くの観衆がいて、普通は力が入りますよね。心のコントロールもうまくするのですか。
山本 冷静に。でも、やっぱり力が入ってしまう試合も多くて。全部が全部できているわけではないので、まだまだこれからという感じですね。
*明日に続く。
(執筆:中島大輔、写真:浅尾心祐、バナーデザイン:九喜洋介)