注目を集めるリーダーは、その注目と同じくらい、さまざまな人たちから批判の的になる場合がある。投資のリターンを求める株主たち。よりよいサービスを求める顧客たち。仕事の報酬をさらに求める従業員たち。人生の選択を問題にする同僚たち。
しかし、彼らにとっていちばんの厳しい批判者は、間違いなく「自分自身」だろう。
自己批判は、うつなどの病状と結びつくこともあるが、これからする話は、なんらかの病状に限ったものではない。
スペインのバルセロナを拠点にして、企業や個人を相手にマインドフルネスのコーチを務めているカシア・オルスコはこう述べる。「強いリーダーと言われる人たちは、『自分の感情を常にコントロールし、常に自制し前進する』ことを物事をやり遂げる最良にして唯一の方法と見出しがちだ」
企業や部門やクリエイティブ・プロジェクトのトップたちは、従業員や同僚や家族に思いやりを示すのが得意な人が多い。しかしこと自分に対しては、友人に話をするように語りかけることはなかなかできない、とオルスコは語る。
「要するに、仕事をしているあいだずっと、自分が自分にとってのいちばんの親友や支持者でいるか、それとも、消極的な審判者や最大の批判者でいるかという問題である」と、オルスコは説明する。
自分にとって親友であるか批判者であるか、どちらのアプローチを選んだかは、「ほかの人たちをリードする際に影響する」というのだ。
では、味方を率いて仕事を前に進めるリーダーはどちらを選ぶべきなのだろうか。答えを見つける第一歩が、「セルフ・コンパッション」と呼ばれる、一つの簡単なマインドフルネスことでの実践だ。

なぜマインドフルネスなのか

アメリカやヨーロッパ諸国では、マインドフルネスが「仕事で感じるストレスの解消法になり得るもの」として効果が認められつつある。さらにマインドフルネスは、いま求められている「より思いやりのある人間中心のリーダーシップスタイル」にも調和し、「弱さを認めることは、真の強さを示すものだ」という認識とも結びついている。
自分にあまり辛くしないほうが賢明だと頭ではわかっていても、やってみると実践は難しい。特に、優秀とされてきた人にとっては、難しく感じる場合が多い。しかし、このハードルを乗り越えれば、人間としての成長や創造性の向上といったすばらしい見返りがある。また、人前で話すのが怖いといった、一見厄介な問題にも対処できるようになるとオルスコは話す。
オルスコは、コーチングを始める前にはテレビ局のプロデューサーとして働いていた。自分自身のマインドフルネスの実践を通じて、人のマネジメントについて多くのことを学んだという。テレビ時代のリーダーシップスタイルといえば「完璧主義で、ミスを一切しないというものだった」とオルスコは述べる。よい結果は生み出したが、ストレス度の高い環境であり、周囲の人々も幸せではなかったという。
現在のオルスコはリーダーたちに、「ミスを避けようと努めるのはいいが、失敗が致命的なことだと思いすぎない文化をつくろう」とアドバイスする。そうした文化はチームを、リラックスして創造的な、開かれたものにするというのだ。
「わたしが一緒に仕事をするリーダーたちは、『自分は厳しくないはずだ』『そんなに現状はひどくない』と述べがちで、『よいリーダーは常に強くあるべきで、常に答えを持っていなければならない』と話すのだ」とオルスコは語る。
「リーダーたちは、強くなければならない、と大きな重荷と責任を背負っている。しかし、抱えすぎた自責やプレッシャーが自分の体調やチームの士気に悪影響を及ぼす可能性についてはあまり想像できていない」

自分を追い込むことの問題点

「強くあれ」というプレッシャーは、男性と女性とで表れ方が少し違うのではないかと、オルスコは述べる。
男性のリーダーは、成功した強い人間でなければならないという社会的なプレッシャーを受けていることによって、周囲に威圧的な態度に表れてしまうことが多い。それに対して女性のリーダーは、大げさな人、ヒステリックな人だとレッテルを貼られないよう、感情を隠して穏やかそうに見えることを強いられているという。
常に強くあるために、「ネガティブな感情を受け入れよう」と前向きに捉えられないリーダーは多い。しかし一時的には頑張り抜くことができても、結局ほかのところに否定的な感情を押し込むことでしかない、とオルスコは述べる。例えば、燃え尽きや体調不良、従業員や家族へのストレスの押しつけ、解放感を得るためのアルコールや薬物の使用などの逃避があげられる。
ポジティブだろうと、ネガティブだろうと、自問自答は誰しもが行うものだ。自分との精神的対話のなかで、自分に語る方法を変えるだけで、幸福感が大きく変わり、効果が次々と広がることがあるとオルスコは語る。
「セルフ・コンパッションは、こうした感情があってもいい、という場を作り出す。”今日は最低の気分だ”と感じても大丈夫だし、それを解決する答えを持っていなくてもいいのだ」とオルスコは述べる。こうした感情にすぐに向き合うことは、リーダーとしての本当の強さの表れであり、そうすることでほかの人により共感的になれることもあるという。「自分に対して弱さを認めることができない人は、他人の弱さを許せないものだ」

頭でわかっても、実践は驚くほど難しい

セルフ・コンパッションを実践するとどうなるのかを教えてもらうため、私はSkypeでオルスコに瞑想を指導してもらった。初めに教わったことは、「瞑想をする人はまず大好きな人のことを考えて、好意と前向きな考えをその人に集中させる」ということだ。
一種の繰り返しのフレーズを心の中で言うワークも行った。大好きな人の平和と幸せを願うのだ。パートナー、子供、親、親友などを思い浮かべるとやりやすい。
オルスコはその後、その対象を、友人、親類、同僚などに広げるように述べた。まだ難しくはなかった。次に、知らない人、通勤の途中でたまに見かける人、ニュースで目にする人など、対象をさらに広げるように言われた。これもまだ簡単だった。
最後に、その愛や激励と称賛の言葉を、自分自身に向けるように言われた。それまでは指示された通りにやれていたのに、この命令はあまりに難しかった。自分に起きた変化わたしは泣き出してしまった。

ひとりで実践できるセルフ・コンパッション

私はオルスコにコーチしてもらうことができたが、コーチングを利用できない人が、セルフ・コンパッションを実践し体験する方法がある。
オルスコは、①データを集め、②試してみて、③それから徐々にのめり込むという3段階をすすめている。期間は2週間だが、それでやめる必要はない。
1. 内面の対話を自覚する
自分にどのように語っているのか、それをどう感じているのかを、折にふれて書き留めるようにする。心の中で記憶しようとするよりも、実際にメモにするほうが効果がある、とオルスコはいう。1週間後には、内なる独白についての、目に見える記録ができている。
2. セルフ・コンパッションのための休憩時間をつくる
人はみな、難しい感情を抱えることがある。そんな時に(会議中などなら直後に)、その感情に寄り添い、受け入れ、それでいいのだと認める時間を作るようにするのだ。
「私だけが悲しいと思うこと、悲しさを感じることを恥じることによる苦しみの増幅連鎖」を回避するためには、「共通の人間性」という考え方が役に立つとオルスコは提案する。つまり、苦しみを感じているまさにその時に、世界中でたくさんの人が同じことを感じているのだ、だから悲しみを感じることは自然で、恥ではないと自分に言い聞かせるのだ。
3. セルフ・コンパッションの引き金になるワンフレーズを作る
「大丈夫」「それでいい」といった簡単なものでもいいし、もっとニュアンスがあるものでもいい。フレーズで重要なのは、近しい友人や子供を慰めるときに言うようなものにすることだ。ストレスがあるときに、その言葉を心の中で自分に言うようにする。
少なくとも最初のうちは、3段階目を難しいと感じる人がいる。そういう人たちは、「自分自身に厳しすぎる内なる監督者」が強力なのだ。つまり、懸命に働くべきだ、ペースを落としてはならない、とわたしたちをたしなめる自制心のことだ。
そんな時には、深呼吸と自分自身をタッチすること(胸やおなかに手を置くこと)で自分をなだめる方法が効果的だ、とオルスコは提案する。
これですべてが解決ということにはならないだろうが、強力な助けになるだろう。マインドフルネスの前提には、「何が起きているのかにいったん気がつけば、変えるための極めて大きな一歩を踏み出しているのだ」という考え方がある。
オルスコは、キャリアの最初のころ俳優だったが、ほとんど演技ができない配役に大きなストレスを抱えていた。そのころセルフ・コンパッションが自分にあったら、その体験は違っていただろうと同氏は語る。
「いまは、ストレスがあると、『自分はストレスを感じている。それでいい。受け入れていこう』と唱える」とオルスコは述べる。「ストレスを受けない、という必要はない。わたしはただの人間であり、それでいいのだ」と語った。
(執筆:Cassie Werber、翻訳:緒方 亮/ガリレオ、写真:Deagreez/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.