【対談】デジタル化の時代、バーニーズ ニューヨークが「実店舗」に見出す価値とは?

2019/9/30
 ECが発達し、たいていのものはネットで買える現代において「触れてみなければ良さがわからない」ものの代表格が洋服だ。経済産業省が発表した平成30年の「電子商取引に関する市場調査」によると、アパレル分野のEC化率はおよそ13%。まだまだ9割近い洋服がリアルで買われていることになる。アパレルブランドが高額な賃料を払ってまで店舗を持ち、洋服を提案することの価値はどこにあるのだろうか。
 六本木や新宿、銀座など国内に6店舗を構えるNY発のスペシャリティストア「バーニーズ ニューヨーク(BARNEYS NEW YORK)」のPRチームマネージャー矢野考太郎氏と、ファッションやアートにも造詣が深く、デザイン思考という概念を啓蒙・実践してきたデザインディレクターの石川俊祐氏に話を聞いた。

100年続く「店舗」の価値

石川 実は先日、結婚式の準備のために、滅多に着ないスーツを探すために新宿の「バーニーズ ニューヨーク」へお邪魔したんです。
 リクルートとファッション領域で新規事業開発を行うため、ニューヨークにある本国のバーニーズへも行ったことがあるのですが、そこではスタイリングのアドバイスもしてもらえました。誰もが洋服の選び方をわかっているわけではないので、店舗は個々人が自信をつけるためにも意味のある場所だと感じましたね。
石川俊祐/ロンドン芸術大学Central St.Martins卒。Panasonic Design Company、英PDD Innovations UK Creative Leadを経て、IDEO TokyoのDesign Directorとして立ち上げに従事。その後、BCG Digital Ventures Head of Designを経て、現職。D&ADやGood Design Awardなどの審査委員を歴任。著書に『Hello, Design 日本人とデザイン』など。
矢野 そうだったんですね。ありがとうございます。「バーニーズ ニューヨーク」がアメリカでスタートしたのが1923年。まもなく100周年を迎えます。最初はビジネスウェアのディスカウントストアで、2代目3代目と続くなかで現在のような商売へと発展しました。日本では1990年、新宿に1号店がオープンしたので、来年で30周年です。
 一つの特徴が、自分たちを「スペシャリティストア」と呼んでいることです。百貨店ではなく、基本的にはファッションに関連した洋服や雑貨、ジュエリーを中心に扱う。あくまで「専門店」なんですね。だから、お客様のニーズに対してなんでもお応えできるスペシャリストが店舗にそろっているというわけです。
石川 「スペシャリティストア」と聞くと、一般の方からすれば少しハードルが高く感じてしまう部分もありますね。一方で、じゃあ間口の広いファストファッションだけでいいのかというと、そうではない。
 ただでさえ、ファッション業界にとって厳しい時代です。百貨店も同じように苦戦しているなかで、「バーニーズ ニューヨーク」として、店舗を通じてどんな価値を伝えていくのかはこれからすごく重要ですね。
矢野 たしかに大きな店舗を構えること自体がすごく難しい時代だということは実感しています。石川さんが言う通り、今までの商売だけでは通用しないと思いますし、それが正しいとも思っていない。だけど、店舗がなくていいのかといえば、そうではありません。
 むしろ、今こそ我々にとっての店舗の価値を問い直し、若い方にもファッションの魅力を感じていただかなければならないと考えています。
矢野考太郎/2001年バーニーズ ジャパンに入社。新宿店メンズスーツフロアでセールスアソシエイトとして経験を積み、2006年よりPR担当に異動。現在はPR業務全般のマネジメントのほか、イベントや商品の企画・立案にも携わる。
── 矢野さんは、今の時代、店舗にどんな価値があるとお考えですか。
矢野 店舗は一点一点のアイテムに触れるだけではなく、ブランド全体の「空気感」を感じていただく場所です。
 だから「バーニーズ ニューヨーク」では、駅ビルへの小型出店のような形態はとっておらず、建物一棟や商業施設としてのメインテナントでなければ出店できない決まりになっています。店舗全体をプロデュースできるからこそ、その立地や空気感、接客によって世界観を表すことができ、お客様にも気持ちよくお買い物していただける。そんな考え方が根底にあります。
 たとえば、10万円のスーツはネットで気軽には買えません。店頭での接客も含めた空気感があってこそ、スーツに10万円を払う説得力が生まれるのではないかと思うんです。
石川 僕は、今の時代に実店舗の価値を考えるためには、店舗だけでは見えない部分があると考えています。
 なぜわざわざ店舗へ行くのかといえば、そこでしか体験できない、手に入らないものがあるからですよね。EC中心で販売するD2C(Direct to Consumer)という文脈が話題になりましたが、アメリカへ行くと、スーツケースを売っている「アウェイ(AWAY)」や「オールバーズ(ALLBIRDS)」という靴のD2Cブランドも、最近ではみんな店舗を構えています。
 D2Cと聞くとECだけでいいんじゃないかと思うのですが、彼らも実際にポップアップをやってみると実物に触れたい顧客がたくさんいるということがわかった。今ではD2Cブランドの戦略も大きく変わっていっています。
 結局、ブランドが伝えたいストーリーやエクスペリエンスの一環としてリテールがあるわけで、オンラインとオフライン、それぞれの良さを考えながら融合させていく必要があるということなのでしょうね。

「世界観」と「体験」をデザインする

── 「バーニーズ ニューヨーク」において、店舗があるからこそ伝えられる価値ってなんだと思いますか。
矢野 高級なものだけを扱っていそうだと思われるかもしれませんが、創業一家はブランドを説明するために「Taste, Luxury, Humor」という言葉を使っています。
 独自の味があって、ラグジュアリーながらも、ユーモアがなければ「バーニーズ ニューヨーク」らしくはないし、高いものをただ並べるだけでは面白くない。我々はこうした空気感のことを「BARNEYS AIR」と呼んでいます。
 こういう着方もありなんだと感じるディスプレイとか、クスッと笑っちゃうようなウィンドウとか、何かしら“人間臭い”部分をもうけているので、一度来てもらえば、気構えるようなお店ではないとわかっていただけるはずです。
 たとえば、今日石川さんに着ていただいたジャケットも、実はスポーツ素材にスーツの生地の柄をプリントしている商品です。
 こういうユーモアが世の中にあるということを知っていれば検索もできますが、お店で触れないとなかなか出合う機会がないと思うんです。六本木店を見て、石川さんはどう感じましたか?
石川 そうですね、「ユーモア」はすごくとっつきやすい要素で、ここからバーニーズの世界観が広がりそうだと感じました。
 ただ同時に、このスーツも手に取れば面白さがわかるのですが、顧客でなければ触れるところまで到達しない。一度でも店舗を訪れればファンになるかもしれないのに、まだバーニーズを知らない若い方も多いんじゃないでしょうか。
── もっと広い層にバーニーズのユーモアを届けられる、と?
石川 そうです。外から入った時に目が行く一角には、当然服が並んでいますよね。だから、まだまだ洋服の印象が強い。それに、バーニーズ ニューヨークの特性でもある高級感が伝わる一方で、それが入る人を選ぶようにも感じます。
 たとえばアップルストアって、高級品を売っているのにそんな印象はないじゃないですか。ブランドを毀損せず、誰もが入りやすい。気軽に入ってみたら、実はすごくラグジュアリーだったという見せ方もありだと思うんです。
 それに、店の外やデジタル領域までコミュニケーションを延長し、店舗へと旅するような導線を引いてもいい。バーニーズを知らない方や、服を探しているのではない方にも何かしらの発見・体験ができるような仕組み──それこそ美術館じゃないですが、これまでのアパレルとは全然違うリテール体験を生み出す仕掛けがあれば、新しい顧客に対してもリーチができるような気がします。
矢野 なるほど。それが石川さんの「デザイン思考」なんですね。今の「バーニーズ ニューヨーク」では8割くらいがリピーターのお客様なのですが、もっと気軽に店舗に立ち寄って、我々のことを新しいお客様にも知っていただきたいという思いは当然あります。お店の外に「ユーモア」を伝えていくことにも、本腰を入れていきたいですね。

ファッションのテイストを身につけるには?

── ちなみに、石川さんはなぜ洋服を探しに「バーニーズ ニューヨーク」へ行ったのですか?
石川 いいものがありそうだな、と。僕は質がいいものはもちろん好きですが、天邪鬼だから「ラグジュアリー」と聞くと少し敬遠してしまう部分もあって、百貨店では扱っていないようなブランドを扱っているところに探しに行きたかったんです。
 カチッとしすぎないサマースーツを探していたなかで自然とたどり着いたので、僕のような人間にもバーニーズ ニューヨークが提案する「ユーモア」が自然と広まっているのかもしれないですね。
 実は、自分の結婚式で招待客に「服装は自由で」と言ったら、みんなから困ったと連絡が絶えなかったんです(笑)。僕自身も普段着ないスーツを着ようと思うと、困りましたね。これでいいんだっけ。無理に頑張ってると思われないかなと。
矢野 お店にいらっしゃるお客様からも、そういった声は非常に多いですよ。バーニーズ ニューヨークとしては、そういう時にこそ店舗を使っていただきたい。お洋服を生業にしているので、プロとして率直な意見を言わせていただきます。
 お客様のなかには、お洋服が好きな方ももちろんいらっしゃいますが、お立場上、仕立ての良い服を着なければいけない方もいらっしゃいます。「こんな時は何をどう着ればいいの?」と相談していただくこともよくありますし、常連のお客様ほど、私たちの使い方が上手いんです。
石川 僕は10年近くイギリスにいたのですが、イギリスでは競馬に行くなら競馬のためのオシャレがあって、みんなそれを楽しめるんですよね。
 日本ではオシャレを楽しめる人と楽しめない人がはっきり分かれているような印象で、オケージョンに合わせて洋服を楽しむ文化というか、自己表現としてのファッションが浸透していないのかもしれません。
 海に行くならオシャレや自己表現を楽しんで、たとえば柄物のハーフパンツを穿いていけるのに、スーツの時や、友達の家にお呼ばれした時に素敵な洋服を着ていこうというムードにならないのはもったいない。
矢野 ストアには、そういった文化や楽しみ方を知っていただくという役割もあります。
 私も時折お店に立っていますが、最初は目を合わせていただけない方ばかりです(笑)。でも、何かのきっかけで、どんな服を探しているのか、どんな悩みを持って来てくださったのか、お話をうかがう。そうやって話をすることは、私たちにとってもお客様を知り、売り場や商品のセレクトを考えるヒントになります。
石川 店員さんとしては、ウェルカムなわけですね。ラグジュアリーな雰囲気に怖気づかず、販売員をもっと活用していいと。
矢野 もちろんです。最近、20代の若いインフルエンサーの男の子たちをお招きしてストアを案内したのですが、ECが当たり前になっている彼らは、やっぱり最初、躊躇するんです。
 だけど話しているうちに打ち解けてきて、最終的に好きな洋服が見つかって購入してくださる方や、再度来店してくださる方もいました。お店でも、もっと気軽に、自由に楽しんでいいんだということが伝わったのではないでしょうか。
石川 僕も10代の頃は背伸びして「コム・デ・ギャルソン」みたいな面白くて高い服ばかり買いに行っていたのに、最近はスーツを着る機会もほとんどないし、なんとなく洋服がユニフォーム化してしまっているように思いました。
 バーニーズ ニューヨークでいう「ユーモア」の提案みたいに、もっとアパレル業界全体から「ファッションは楽しいんでいいんだよ」というストレートなメッセージが出てくれば、何かのきっかけで、日本のファッションに対する価値観や状況はひっくり返るような気がします。
矢野 そうなると嬉しいですね。ファッションには着こなすためのスタイルもありますが、着崩すユーモアも必要です。そうやって色々な服やアイテムに触れ、試行錯誤するうちに自分なりのテイストが身につくわけですから、まずは「楽しむこと」がスタートなんですよね。
(編集:宇野浩志 執筆:角田貴広 撮影:後藤渉 デザイン:黒田早希)