第3の規律「労働意欲」を隠せない時代のチーム論

2019/9/18
2019年7月、最強チームを学ぶ日本最大級のカンファレンス「People × Team Experience」が開催された。「日本組織の未来を考える──日本的組織運営とチーム論」と題し、一橋大学大学院 経営管理研究科 教授の楠木建氏と、メルカリ取締役社長兼COOの小泉文明氏、アトラエ代表取締役の新居佳英氏という日本の未来を担う経営者の二人によって、令和時代の組織の価値についてディスカッションが行われた。

「日本的組織運営」とはなんなのか?

楠木建 これから議論を進めていくうえで、「日本的組織運営とチーム論」というお題に対する現状認識をすこしお話しします。
 まず「日本的組織運営」という言葉自体が、考えてみるとうさんくさいんですよ。また、この言葉が出ると決まって年功序列や終身雇用の話になる。でもそれらは戦後の復興期から高度成長期の間のみに見られたものなんです。
一橋大学大学院経営管理研究科教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。
 実は戦前の日本の民間企業は、アメリカよりも短期雇用型で労働資本の流動性が高かったんです。
 特に年功序列って、論理的におかしいですよね。能力や実績ではなく、社歴や年齢に応じてポストを与えていくなんて。ところが、まさに高度成長期のような、経済成長するための好条件が揃った状況下においては、非常に低コストかつシンプルな評価システムで、しかも社員は長期的なキャリア設計ができる。
 つまり、組織運営におけるある種のイノベーションだったんですよね。換言すれば、当時の日本企業の経営に年功序列や終身雇用があまりにもフィットしすぎてしまったがゆえに、それが“文化”として定着してしまったわけです。
 でも、高度成長期が終わって40年以上が経ち、とっくにフィットしなくなっているし、たかだか30年程度しか機能しないものを「日本的企業文化」などとは到底言えない。というのが僕の認識であり、議論の大前提です。
新居佳英 たぶん今おっしゃった「日本企業」とひとくくりにしたときに、それらの問題点を持つ組織でイメージされるのは、主に製造業を中心とした、ヒエラルキー構造が強固な、上意下達の組織体系だと思うんです。
1998年に上智大学理工学部を卒業後、当時未上場のベンチャー企業であったインテリジェンスに入社。2001年7月には自ら設立した子会社の代表取締役社長に就任。2003年に同社を退社し、株式会社アトラエを設立。現在に至る。アトラエでは、『世界中の人々を魅了する会社を創る』をビジョンに掲げ、全ての社員が誇りを持てる組織と事業の創造に徹底してこだわっている。なお、アトラエは2016年6月に東証マザーズに上場、2018年6月には東証一部に市場変更している。
小泉文明 戦後復興期には「護送船団方式」という言葉もあったように、多くの企業が計画経済的な大きな力に引っ張られていた当時はそれが正しい企業のあり方だとみなされていた。
2003年、早稲田大学卒業後、大和証券SMBC株式会社(現 大和証券株式会社)入社。投資銀行本部にて主にインターネット企業の株式上場(IPO)支援を担当し、ミクシィやDeNAなど数多くのIPOを実現させる。2007年、株式会社ミクシィ入社。社長室長、経営管理本部長を歴任し、2008年に取締役執行役員CFOに就任。2012年、同社取締役を退任し、アカツキ、フリークアウト、ラクスル等の社外取締役・監査役などスタートアップ企業の経営に関与。2013年、株式会社メルカリに入社し、2014年に取締役就任。2017年より現職。
楠木 そうですね。「日本企業」と言うとき、高度成長期は、似たような会社が同じ方向に向かっていた。ところが今、例えばメルカリと三菱重工を比べたら、同じ日本の上場企業でも全然違う。要は、もはや日本企業という集合名詞で捉える意味はほとんどないんです。
新居 高度経済成長期の日本が作っていた組織というのは周りを塀で囲って「塀の中にいれば社員の幸せは長期にわたって保証します。その代わり会社の言うことを聞きなさい」というものでした。だから本人の意に沿わない異動や転勤も受け入れざるを得なかった。と同時に、会社は「塀の外に出たら守ってあげられない」「危険だよ」とも言い続けた。言ってみれば『進撃の巨人』みたいな世界ですよね。
 でも、実は本来の会社組織ってそうじゃなくて、真ん中にビジョンやフィロソフィ、ミッションがあって、それに共感した人がチームを組んでビジネスをやっていくものなんだと思うんです。
小泉 環境に応じて企業がどう変化してきているのかを捉えるべきですよね。これだけグローバル化が進み、人材も奪い合いになり、競争していくために変化を急がなければいけない今は、各企業が各々のミッションで自らを引っ張らなければならない。
楠木 だから「年功序列が崩壊した」とか言うんですけれど、そうじゃなくて本来あるべき姿に戻っただけだと考えたほうがいい。
小泉 今後、変化のスピードはさらに速くなっていくはずなので、これにどうやって組織の戦略をアジャストしていくのかを僕らは考えなければいけないですよね。

ますますチームが個人のパフォーマンスを左右する時代に

楠木 「いい組織、悪い組織」と言ったとき、多くの場合その「組織」とは会社のことを指しますよね。会社というのは個人の集合体であって、その個人と会社の中間にチームというものがある。
 チームとは「普段一緒に働き、相互依存関係を認識できる集団」であるから、結局、人が組織の良し悪しを判断する基準は、8割方はチームにあるんじゃないかと思うんです。そのチームをベースに組織のあり方を考えているのがアトラエではないかと。
新居 うちは60人ぐらいしか社員がいないので、会社自体が一つのチームみたいなものなんです。そういう意味ではエンゲージメントを高めやすいとか、価値観を共有しやすいというメリットはありますね。
 一方でおもしろいのが、製造業が中心だった高度経済成長期は先輩が答えを全部知っていて、それを後輩たちがいかに早く習得していくかが重要だった。つまり上の人に聞けば何でもわかる時代だったわけですが、今の時代は個人がクリエイティビティや独創性を発揮しなければ勝てない。なおかつ変化も激しいので、経験から答えが導き出せないケースも山ほどある。
小泉 昔は上司が情報をたくさん持っていて、下に行くほど情報が少なくなったんですよね。そうなると現場での意思決定もできないし、スピードも出ない。
 だから僕らは社内で情報の流通を確保することが大事だと思っていて、例えばメルカリでは基本的にSlackの全チャンネルをほぼオープンにしているんです。すると、誰がクリエイティビティを発揮するかわからない状況でも、誰かが、あるいは誰もがクリエイティビティを発揮できる可能性が生じる。
 そうやって僕と同じくらいの情報を持っている社員をどんどん増やして、彼らが自発的に、自分の仕事にプライドを持って向き合える環境を整えています。
楠木 情報技術が発達する前は、組織レベルの構造の設計が個人のパフォーマンスを左右する大きな要因になっていたと思うんです。ところが情報技術が発達すると「いい構造」がコモディティ化して、誰でも設計できるようになった。
 そうなると、いよいよパフォーマンスの規定要因が組織レベルからチームレベルに移ってきたんじゃないかなという実感があります。
新居 僕らも「自律分散型組織」という言葉を使っていて、要するに一人ひとりが能動的に、当事者意識を持ちながら同じビジョンに向かって知恵を出し合っていけるような組織を作っていかないといけない。これこそが、今多くの日本企業がぶつかっているチームとしての壁だと思うんですよ。
小泉 うちの場合は、それをグローバルなメンバーでやろうとすると、逆に組織の透明性が仇になるというか、個人として動きやすいぶんだけコミュニケーションミスが発生するケースもあって、ただの放任主義みたいになっちゃうんです。
 そこが悩みどころではあり、いわばトライ&エラーの連続なのですが、それも変化に対応していくためには必要なことだと思っています。

パンドラの箱を開けていこう

楠木 僕の仕事場は会社ではなく学校なのですが、インターナショナルスクールなので講義は英語だけでやっていて、毎年20カ国以上から生徒が集まるんです。そういうクラスを運営していると、カルチャーギャップやコミュニケーションミスがあったとしても、結局「いいチーム」のあり方は世界共通なのかなと思うんです。
 だからメルカリのようにいろいろな国の人が集まるようになってくると、ますます本当の意味でのチーム力を育てるにはどうしたらいいか、という点にフォーカスしやすくなる。
小泉 僕らもP&GジャパンやGEヘルスケア・ジャパンのようなグローバル企業でHRをやっていた人を採用して、彼らのスタディを相当研究してるんです。経営者がHRにコミットしていかないとどんどん組織が停滞して、気付いたときには取り返しがつかないことになっていくので。
 まだ何が答えかわからないんですけど、「変え続けたい」という思いは一貫してあります。
新居 たぶん、メルカリは従来の日本の大企業とは違うやり方で大きくなろうとしているので、その意味ではロールモデルがほぼない状態だと思うんですよ。
小泉 だからこそ、社内のエンゲージメントを測定できるアトラエの「wevox」もそうだと思うんですけど、分析してファクトをちゃんと押さえなきゃいけない。僕らは自前のテックチームでピープルアナリティクスをしているんですね。だからサーベイも自分たちで設計しているんです。
楠木 新居さんのアトラエも「働きがいのある会社」ランキングの小規模部門(従業員25−99人)で1位でしたよね?
新居 もともと我々は組織のエンゲージメントを測る「wevox」というツールを出していて、その「wevox」でもアトラエのスコアが1位なんですよ。でも、それって自社のサービスだから説得力がないじゃないですか。だから「Great Place to Work® Institute Japan(GPTWジャパン)」に測定してもらったところ、ありがたいことに1位をいただきまして。
小泉 ただ、経営者にとって組織を分析することって、一番怖いんですよね。なぜなら自己否定になる可能性があるから。
新居 パンドラの箱を開けちゃう感じがある。
小泉 でも、僕はメルカリという船の船頭として箱の中身を知っておかなきゃいけないし、そこで生じている変化にも対応しなきゃいけない。
新居 結局、健康管理に気をつけている人ほど人間ドックも受けるし、ジムにも通うし、体組成計にもしょっちゅう乗るんですよ。
 でも、自分が不健康であると薄々勘付いている人は、人間ドックに行きたがらない。なぜなら異常が見つかるのが嫌だから。なおかつ人間ドックは受けたから健康になるわけじゃなくて、悪い結果が出たら改善努力をしなきゃいけないし、ひどい場合は医者にかかることになる。
 企業も同じで、調子がよくないときほど、パンドラの箱に蓋をしておきたいという感覚になるんですよね。

ミスを許容し、ムダなストレスを排除する

小泉 僕は、日本のHRはプライドが高すぎると思っているんですよ。要は、HRというだけで「みんなの人生を背負っているから失敗しちゃいけない」みたいな考え方に侵されすぎているんじゃないか。それで施策が遅れて、組織が世の中の変化に追いつかず保守的になってしまうくらいだったら、プライドなんか捨てて、もっと失敗していいと思うんです。
 僕がHRに言ったことはただ一つ、「HRのPDCAを、プロダクトを作るぐらいに回してほしい」ということだけ。プロダクトって、ABテストをしていきながら毎日のように改善されていくんですけど、そのノリでいいんです。むしろどんどん変えたいから、人事施策でもABテストをやりたいぐらいなんですよ。
楠木 たしかに従来の日本の大企業では「間違っちゃいけない」「初めから完全じゃなきゃいけない」という考え方が支配的すぎて、いろんなものを阻害していたのですが、特に人事はその弊害が大きいかもしれませんね。「社員に対してABテストなんて失礼だ」みたいな。
小泉 でも、結果としてうまくいけば、組織全体がハッピーになるんです。僕は一度、朝のオフィスにサラダとフルーツを用意してみたんですよ。「みんなの健康にいいかな」とか「朝早く来るようになるかな」とか仮説を立てて。
 でも、2週間ぐらいデータを取ったら、むしろ出社時間がすこし遅くなっていた。結局、社員はサラダを求めて朝早くは来ないんですよね。
 まあ、これはしょうもない事例ですけど、そういうことをしていかないと社員のモチベーションを測れないし、とりあえずチャレンジをたくさんすることが大事かなと。

労働市場からのプレッシャーが組織を変える?

楠木 僕が今、企業の経営の質を上げる大きなチャンスだと感じるのは、人手不足によって労働市場の規律がついに組織にも及んできたということなんです。
 順を追って説明すると、まず競争市場においては、会社はお客さんに商品を買ってもらえなければダメで、次に資本市場では、会社は株主に価値を提供しないとダメだという規律が働いていたわけです。
 ここに、労働市場から第三の規律が入ってきた。つまり、人をきちんと使えない会社は撤退を強いられる。これは本当にいいことだと思うんですよね。
新居 今は情報を仕入れやすくなっているので、有名企業であっても「この会社、働く場所としてはよくないんじゃないか?」ということに、学生さんも含めてみなさん気付き始めているんですよね。それが、日本の企業にとっていまだかつてないプレッシャーになっている。
小泉 「隠せない時代」と言ったら変かもしれませんが、僕らが就活していた頃はほとんど情報がないから、なんとなく企業のブランドや給料の額で選んでいましたからね。もちろん、働くうえで給料は大事ではあるんですけど、それよりもむしろその会社のフィロソフィが問われていて、それがない会社は評価されなくなってきている。
楠木 ただ、世の中の企業が全部メルカリとかアトラエみたいになったら、それはそれでイヤな社会なのかなっていう気もするんですよ。
小泉 メルカリが鉄道や水道事業をやり始めたら、きっと最悪ですね。
楠木 だから当然、かっちりした事業をかっちりとやっていく会社も必要で、それこそがその会社のビジョンでありバリューであるということをきちんと発信すれば、それに共鳴する人たちが集まってくる。
新居 まさにマッチングの話なんですよね。僕は、日本の企業にはポテンシャルがあると思っているので、労働市場からのプレッシャーがきちんと作用して、このタイミングで変わることができれば、日本はもう一回強くなれると信じているんです。
楠木 本当にその通りですね。よく「構造がおかしいから改革が必要だ」と言われますが、「構造改革は結果にすぎない」と思います。でも、本当の改革者は構造改革を待たないはずなんです。つまりチームレベルで自分たちがいいと思うことをやってみて、そこで成果が出たあとに、初めて構造が変わるというのが正しい順番なんです。
 なので、まずはみなさん一人ひとりが好きな会社で好き勝手に働いていただきたい。
(編集:中島洋一 構成:須藤輝 デザイン:九喜洋介)