いまの時代の教育は子どもたちに「任せる」ことから --- 葛原 祥太
コメント
注目のコメント
「信じて、任せて、認める教育」本当に大切だなって思います。
記事は小学校の文脈で書かれていますが、中等教育でも高等教育でも教師は、このマインドセットを持って欲しいな。
僕の場合は「信じて、任せて、委ねる」という感覚です。「任せる」が一つのキーワード
浮き輪の例非常にわかりやすいです。
環境に不適応を起こした人が、再び環境へ適応できるようになる為に行う取り組みのことをリハビリテーションといいます。
ちなみに、子どもの場合、過去に環境に適応した事がなければ "再び" という意味の "リ(re)" がつかず "ハビリテーション"と言います。環境へ適応できるようになる為に行う取り組みという事です。
教育もある意味、ハビリテーションと言えると思いますがここのところ教育に限らず、様々な場面で
"環境が人に適応し過ぎている"
事が問題になっているようです。
日々高齢者の方の話を聴いていると、「昔は子供のうちに病気や事故で死んでしまう事もよくあった。だから子供はどこの家でも沢山いた。」
という話を聞きます。
きっと現代よりも保護が足りない事で命を落としてしまった子供がいたのではないかと推測します。
ですが、今は海や川、プールで命を落とすことは減っており、絶対に避けなければいけない事になっています。親や学校の先生の保護のお陰だと思います。
少子化も進み、一家に子供が1人か2人となるとなんとしてでも命を守るというのは自然な事です。
その結果として、自分の命を守る術が身につかないのは自然な流れでもあると思います。
記事より
今、社会に、そして子どもたちに求められている教育とは「信じて、任せて、認める」教育なのではないでしょうか。
"「信じて、任せて、認める」教育"
しかし、"失敗は許されない教育"...
僕の両親は学校の先生ですが、先生への要求が昔と比べて高まっている話を聞くことがあります。
昔は海や川で遊ぶ子も多かったかと思いますが、今は遊ぶものが増えたことで、家で遊ぶ子が増えて、泳げない子も増えていると思います。
泳げない子供が30人も水に入ったら大変です。
学校の先生は、泳ぎを教えるどころか、命を守ることで精一杯なのではないかと思います。
そう考えると単に学校の先生が、「信じて、任せて、認める」教育ができれば良いというだけでは解決できない、なかなか難しい問題ではないかと思います。
一人一人の子供に泳ぎを教えるのは個別指導が必要なので、親がプールに連れて行って教えたり水泳教室に通わせたりする事が必要ではないかと思います(^_^;)生徒が先生より劣っているという深層心理から解放されている教職員の方はどのぐらいいるのでしょうか。
たまに「うちの生徒はそのレベルに達していないから。(やり方は変えずに今まで通りにしたい)」というセリフをはく方がいます。
これは先生が生徒をマウントしているんですよね。
自分(先生)以上に生徒を育てなければ、日本は劣化していくだけなのに・・・。
話しは違いますが、第4次安部内閣も平均年齢高すぎですね。小泉進次郎さんが入閣したとは言え、40歳代ゼロですからね。
閣僚にふさわしい人材がいないのでしょうか?