コンサル化するデザイン会社? “UX”企業の野望

2019/8/29
デジタルトランスフォーメーションという言葉が飛び交っているが、本当にユーザーに選ばれ続けるデジタルプロダクトはなかなか生まれてこない。

その理由をグノシーやマネーフォワードのUI/UXを担当したことでも知られるデザイン会社・グッドパッチCEOの土屋尚史氏は「ユーザー起点で体験を設計していないからだ」と言う。

企業のデジタル化を支援するコンサルティングファームは、UI/UXデザインの機能を手に入れようと、デザイン会社を買収する動きが加速。

世界的にUI/UXの重要性が増すなか、デザイン会社でありながら3回の資金調達を行い、今なおスケールし続けるグッドパッチの狙いとは。土屋氏に伺った。

日本でデジタル化が進まない理由

──日本ではなかなか進まない企業のデジタル化ですが、土屋さんはこの現状をどう見ていますか?
 レガシーな仕組みと考え方を持つ大企業ほど、早急にデジタル化を進める必要があります。そして組織やビジネスモデルを根本から変えていかないと、このさき生き残れないのは周知の事実。
 企業はDigital or Dieの二者択一を迫られています。
 だけど、ほとんどの企業でデジタル化は進んでいません。なぜなら、「先端技術を使えばビジネスを変えられる、イノベーションが起こせる」と思われているから。
 AIやIoTなどの技術に目がいきがちですが、技術とビジネスをつないで本当にイノベーションを起こすようなプロダクトやサービスを作るには、ユーザー体験の設計が必要不可欠なのです。
 海外では以前から、ビジネスにはデザインが持つ「ユーザー起点」の思考が必要であるという考えが広まり、ビジネスと技術、ユーザーをつなげるためのUI/UXデザインを重視したプロダクトが作られるようになりました。
 最近、日本でも大手企業がデザインの重要性を認識し始め、コンサルティングファームが戦略から実装まで一気通貫でデジタル化を進めるためにデザイン会社の買収を始めています。
 ただ、両者の文化は全く異なるため、うまくいっているという話はほとんど耳にしません。
──なぜ海外では早々に企業のデジタル化が進んだのに、日本はこれほど遅れているのでしょうか。
 海外は人や組織の流動性が高いので、「何かを変える」ことに抵抗がないからです。
 でも日本の場合、人の流動性がかなり低く、特にレガシーな大企業は「定年まで勤め上げる」という終身雇用の考えが最近まで根付いていましたよね。
 流動性の低い企業では変わることに抵抗がありますし、何十年と同じ会社にいる人が意思決定者として居座り続けている傾向もあるでしょう。
 そうなると、意思決定者が現役だった時代にはインターネットもスマホもないわけなので、現在の消費者が求める真のニーズも、デジタルもわからない
 だからデジタル化が進まないのです。

ビジネスとデザインの隔たりをなくす

──デジタル化を推進するにはUI/UXが必要で、グッドパッチはUI/UX に特化したデザイン会社として2011年に創業されました。日本ではかなり早いタイミングだと思うのですが、どういった経緯だったのか教えてください。
 もともとシリコンバレーのスタートアップが作るプロダクトのUIの素晴らしさに衝撃を受け、「これからの時代のプロダクトは、ユーザーがずっと使い続けるUIが重要になる」と確信し、グッドパッチを創業しました。
 当時から、現地のスタートアップの創業メンバーにはデザイナーがいて、デザインを重要な差別化要素だと認識してプロダクトを作っていた。
 だから最初のβ版から「ユーザー体験」が重視され、直感的に使えるようなUIが設計されていたんです。
 一方当時の日本は、使いやすさは二の次で、機能を盛り込めるだけ盛り込んでプロダクトを世に出すのが主流。
 最終的な「見た目」をきれいにするデザイン会社はあっても、ユーザー体験を設計するデザイン会社はありませんでした。
 そんな社会を変えるために、僕らが創業からずっと続けているのは、ビジネスとデザインの間にある隔たりをなくしていくこと。
 クライアントのビジネスの根幹から関わり、プロダクトのビジョンを一緒に作って、それを実現させるためのUI/UXデザインを設計する。
 クライアントが作りたいサービスをそのまま作るのではなく、ユーザーインタビューの結果に基づいて、ビジネスモデルから提案することもよくあります。
 しかも、単にプロダクトを作るだけではありません。
 そのプロジェクトが終わってグッドパッチがいなくなった瞬間に、ユーザー視点でサービスを生み出せなくなるようでは意味がない。
 だから、グッドパッチの文化や考え方をクライアントのプロジェクトメンバーにインストールし、それが組織全体の文化として根付くところまでを「デザインパートナー」としてサポートしています。
 最終的には、クライアントにインハウスのデザインチームを持ってもらいたいから、自社サービスであるデザイナーに特化したキャリア支援サービス「ReDesigner」を活用して「人」の支援もしていますよ。

組織力で勝負するデザイン会社

──グッドパッチは一般的にイメージするデザイン会社とは大きく異なります。どのような組織作りをされているのでしょうか。
 特徴は2つあり、1つは個人戦ではなくチーム戦でクライアントのプロジェクトに取り組んでいること。
 通常、デザイン会社は1人の“スタープレーヤー”の看板に頼っているケースが多いのですが、“見た目”のデザインから“体験”のデザインまでデザイナーの仕事が広がっている今、すべてのデザインを1人のデザイナーがこなすのは不可能です。
 クオリティを高めるにはチーム内での壁打ちが必要ですし、1人に頼ってしまうやり方は属人性を高めるため企業にとってはリスクでしかない。
 だから、創業以来ずっと数人のチームでプロジェクトに取り組んできました。
 もう1つはナレッジを共有し、蓄積する文化が確立されていること。
 属人性を完全に排除することはできませんが、成功体験や失敗体験を含めて常に全員にシェアする仕組みを作ったことで、学習する組織が出来上がりました。
 だから、どのプロジェクトに誰がアサインされても、高いクオリティでのプロダクト作りと組織文化変革ができる
 この再現性ある組織を作ったことで「デザイン会社はスケールできない」という業界の常識を破って、スタートアップ的な成長も実現させています。
 というのも、デザイン会社は労働集約型でスケールしにくいビジネスモデルといわれており、規模拡大や急成長しないのが一般的なんですね。
 だけどグッドパッチは、デザイン会社でありながら3回の資金調達をして150人規模の組織まで拡大させてきました。これは世界的に見ても珍しいこと。
 しかも、ベルリンやミュンヘン、パリにも支社があり、グローバルでの最新ナレッジもシェアしています。
ベルリンのオフィス
 こうした組織力によって、UI/UXデザインでクライアントのビジネスに影響を与え、組織文化変革を実現させているのです。

あえてスタートアップの仕事をする理由

──グッドパッチはグノシーやマネーフォワードなどスタートアップの仕事をすることで成長しています。なぜ大企業ではなくスタートアップだったのでしょうか。
 創業当時、デザイン会社はスタートアップをクライアントにするのではなく、大企業の実績を作って自分たちのブランドバリューを上げるのが一般的でした。
 でも僕は、それが本質的ではないと思っていたんですね。大切なのは、そのアウトプットで成功したのかどうか
 関わった時点では名も無いスタートアップだったとしても、僕らが関わることで成長にドライブをかけられるなら、その方が圧倒的に価値は高い。
 実際、グノシーはそこからヒットしましたし、その次にお手伝いした当時10人規模だったマネーフォワードも、僕たちがお手伝いしたあと事業が大きく成長して、その後IPOを果たしました。
 その結果、大企業の新規事業部の人たちから連絡が来るようになり、グッドパッチは成長路線に乗りました。
──コンサルティングファームがデザイン会社を買収する流れとは逆に、グッドパッチがスタートアップに投資し、ハンズオンでデザイン提供していくことも検討しているそうですね。
 グッドパッチは、これまでもスタートアップと共に成長してきました。
 正解がないといわれるスタートアップ投資ですが、グッドパッチにはグノシー、マネーフォワード、Unipos、FiNCなどの事業に可能性を見いだし、デザインパートナーとして同じ目線でUXを作り上げてきたという実績があります。
 また、私自身もこれまで常にマーケットをにらんで、グッドパッチの経営判断をしてきました。UI/UXに特化したのも、スタートアップで盛り上がるベルリンに支社を出したのも、そうです。
 起業家同士だからこそ、わかることがあります。
 きちんとマーケットフィットしていて、コアなバリューをつくるエンジニアやデザイナーを自社で持ち、ファウンダーに情熱がある。
 そういったスタートアップであれば、グッドパッチがUXを共につくりあげることで、成功に導けるという自負があります。
 これまでもグッドパッチはクライアントにデザインでコミットしてきましたが、資金を投資することで、さらにパートナーとしてそのコミットを強めていきたいと思っています。
──他のデザイン会社からは想像もできない意思決定で拡大を続けているグッドパッチですが、今後、どのような進化を遂げようとお考えですか?
 既にグッドパッチにはデザイナーの他に、ビジネスデザイン、デザインストラテジスト、エンジニアも在籍しており、一気通貫でデジタル化支援をする体制が整いつつあります。
 コンサルティングファームがデザイン機能を持つことはあっても、デザイン会社がコンサルティングの機能を持っているケースはあまり聞いたことがないですよね。
 これからの社会には、ビジネスとテクノロジー、生活者をつなぐ「UI/UXデザイン」が必要不可欠であり、グッドパッチはそこに高いアドバンテージがあります。
 ユーザー視点でプロダクトを作る企業はまだまだ少ないのが現状だからこそ、デザインを使って新たな価値を創出し、あらゆる業界の企業を変革していきたい
 デザインの価値は、社会で暮らす全ての人の生活を良くし、幸福度を上げることにあります。
 ユーザー視点を持たず選ばれない“負のソフトウェア”をなくし、より良い社会をつくるために、デザインの力を証明したいと思っています。
(構成:田村朋美、編集:野垣映ニ、写真:小池大介、デザイン:田中貴美恵)