【図解】そうだったのか!あなたの未来を変える「論文」の全て
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科学論文のほぼ全ては英語で書かれており、読みこなすには科学英語や専門知識の体系的理解など、きちんとしたトレーニングが必要。さらに、書くとなったらまた別次元の準備(研究で成果を出すことや自分の研究を分野の文脈で位置付けることなど)とトレーニングが必要となる。研究者になるためには大学院で5年ぐらいかけてこのような科学論文リテラシーを学ぶのである。よって、一般の方々から見れば読みにくくて当然であり、その価値を見極めるのは非常に困難と言わざるを得ない。一方で、科学研究者側もその価値を一般の方々とどうにか共有するために四苦八苦しているのが現状である。一つだけ言えるのは少なくとも研究者側はこのギャップを埋めるために努力し続けることだと思う。
もう一点。arXivは物理学分野から始まったので、私が院生の頃には既にarXivで論文を読む習慣があった。なので、既に(玉石混合から石を弾ける)リテラシーの備わっている研究者がジャーナルにわざわざお金を払う必要があるのか疑問。一方で、arXivには査読前の論文も掲載できるのでクオリティコントロールの問題があるが、一般に低クオリティの論文をarXivに掲載すると、研究者の間で即刻信頼が失われ評判が落ちるので普通はやらない。この辺りは研究分野によってカルチャーが変わるようである。論文や研究者評価の仕組みは、 Twitterに例えると分かりやすいです。
論文をツイートに例えましょう。引用とはつまり、「リプ」(RTでもいい)。リプ数が多いツイートほど、影響力のあるツイートと言えますよね。同様に、引用件数が多い論文ほど、影響力のある論文と言えるわけです。
有名研究者とは、要はインフルエンサーです。多くの人がその人の研究をフォローしているので、多くの引用(リプ)がつきます。
でもTwitterの世界には、リプやRTを稼いでインフルエンサーに成り上がりたいばかりに、パクツイをしたりフェイク情報を流したりする輩がいるわけです。残念ながら、学問の世界にもそういう輩がいるんですね。
んで、そのようなデマ論文を防ぐ仕組みが「査読」です。ツイートみたいに誰でも勝手にポストしていいんじゃなく、内容を精査し、必要ならば修正をした上で論文誌に掲載されます。でももちろん時間がかかる。それはこのまとめ記事が指摘する通り。
で、最近は「新しい論文発表の仕組み」なるarXivが登場し、このサイクルが劇的に短くなったわけです。しかーしarXivはTwitterと同様に審査がない。誰でもやろうと思えばパクリ研究やフェイク論文を掲載できちゃいます。arXivは確かに「知の共有」に革命をもたらしつつあるのですが、その正確性をいかに担保するかが課題と言えましょう。
なにかにつけ新旧の二項対立という構図に落とし込んでしまうのがNews Picksの悪癖のように思いますが、「知の共有」については、(他の多くと同様に)単純な新旧二項対立では語れません。両者が共存しているのが目下の現状です。スピーディーな知識の拡散にはarXivが用いられますが、信頼される情報ソースとして、旧来的な論文誌の役割がなくなることは、すぐには無いと思います。誤解を招きそうなところを補足します。
・インパクトファクター
計算式を見ればわかりますが、あくまで「学術誌」の指標であり、論文の指標ではありません。ただし結果として、論文に箔をつけているのが残念ながら実状です。
テレビの視聴率だけで評価できる時代が終わったように、インパクトファクター以外の指標を作ろうとする動きはあります。論文単位であれば、SNSやニュースサイトの引用数を算出する「オルトメトリクス」があります。他には、研究者単位で被引用数の指標となるh indexもあります。こちらはGoogle検索で簡単に出てきます。
・論文数の推移
「論文をバンバン出しても引用されなければ価値がない。論文数だけで比較するのはナンセンス」という意見が出てくるかもしれません。残念ながら被引用数(トップ1%論文数)でも日本は低下しています。
https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2015/RM238_42.html
・日本の競争力低下の原因
他の要因として、効率を重視するあまり本質的な研究に割く時間が少なくなっていることが指摘されています。
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/column/15/032700107/060900010/
「私が日本の弱点だと思うのは「ムダを省く」という掛け声が大きすぎるということです。教員もただただ忙しそうに働き続けなければならず、研究者が考えを深める時間がないような社会になっている気がしますね。運営費交付金を削って、その分、うまく効率化して研究を進めるという名目で働かされ続けているわけです。
こうした環境では本当に重要な研究ができません。そうした負のスパイラルから抜け出して、余裕を持って研究するという学術社会をつくっていかなければ、日本のサイエンスはダメになる一方だと思います」
研究者の方と話をしていると「会議が、書類が……」という声をよく聞きます。
・arXiv
物理分野では以前からありますが、生命科学に限ればやはり学術誌に掲載されてナンボ、という世界です。
個人的にはオープンアクセスを推進してほしいです。5年前におもしろい議論があったので載せておきます。
http://scienceinjapan.org/topics/20140326a.html