【対談】世界を獲るための「ニッチトップ」戦略論とは?

2019/8/23
1980年に米国企業の日本法人として生まれたフェローテックホールディングスは、分野によっては知らない人はいないという、グローバルニッチトップだ。

「磁性流体」「サーモモジュール」など、普段私たちが聞きなれないBtoB領域の製品を、エレクトロニクス産業から自動車産業、家電産業まで、さまざまな業界に提供しており、グローバルでトップシェアを誇る。

「我々の技術は、日常の至るところに潜んでいる」と話すフェローテックホールディングス副社長の山村丈氏と、元オリンピアンであり、現在はスタートアップ企業の支援や、アジアの国々との選手指導を通した交流を行う為末大氏に、“世界で戦うための技術”と、ニッチトップであり続けるためのマインドについて語り合ってもらった。
「宇宙開発」で生まれた素材が日常で活躍
為末 フェローテックホールディングス(以下、フェローテック)は「磁性流体」で世界トップシェアだとお聞きしました。ただ、それがどういうものなのかまでは存じ上げず……。
 名前から、磁力が関係するんだろうなとは想像がつくのですが。
山村 ざっくり言うと鉄の粉が混ざった液体で、磁性微粒子、それを覆う界面活性剤、そしてベースになる水や油など、磁性流体は3つの素材が混ざったものです。
 だから磁石が近づくと磁力を帯びて、そこだけ固くなるようなイメージです。
為末 映画『ベイマックス』に登場する「マイクロボット」を思い出しました(笑)。鉄の塊を動かしていろんなかたちを作るような。
山村 磁性流体は非常に面白い性質を持っています。ぱっと見ただけでは、ただの黒い液体なのですが、磁石を近づけると磁性流体自身が磁力を帯びるようになる。そして、磁石を離すと、また普通の液体に戻るのです。
為末 普通の磁石とは違って、磁力を出したり、出さなくなったりを切り替えられるということですね。そんな物質があるんですね。どういう用途で使われるんですか。
山村 もともと1960年代、NASAが月を目指していた頃に、宇宙特有の課題を解決するために研究開発されたものです。
 宇宙は無重力ですので、燃料供給も、重力のある地上と同じようにはいきません。しかし、燃料に磁性流体を混ぜてみるとポンプを使わなくても、燃料の供給ができるようになります。
為末 すごく面白い話ですが、それだけ聞くと、かなり特殊な環境でしか出番がないように感じます。
山村 実はそうでもありません。たとえば、当社のかつてのヒット商品であり、使用例の一つとして「コンピュータシール」というものがあります。
 パソコンのハードディスクにはスピンドルモーターという回転部分が組み込まれていますが、そのモーターの中の部品です。
 回転部分があるということは、通常、どれだけ頑張っても完全に密閉することは難しく、細かなゴミが混入する可能性があります。
 しかし、ゴムのパッキンの代わりに磁性流体を使用することで、真空を保ちながら高速回転を伝えることができるわけです。
為末 ハードディスクの中に使われているということは、僕もきっと、コンピュータシールのお世話になっていたんでしょうね。
山村 おそらく(笑)。コンピュータシールは、開発後しばらくの間、世界中での独占販売権を取得していました。
 我々だけが作って、売れるという状況でしたが、残念ながらこの製品は現在は需要はなくなってしまいました。
 現在、磁性流体を活用した「真空シール」は、当社の代表的な製品の一つであり、半導体製造装置向けのものが主力で、グローバルシェアは65%に達します。
為末 すごいですね。まさにニッチトップ。アスリートの世界では、筋肉が緩んだ状態から硬くなるまでの時間が短く、かつ硬くなるほど身体能力が高いとされます。
 普段は液体だけど、磁力を帯びた部分だけが固くなるという話ですから、磁性流体に親近感を覚えますね(笑)。
 フェローテックは磁性流体において、世界トップのノウハウを持っている。だから、その特殊な性質をもとに、どんな製品に応用が可能かを探していくんでしょうか。
山村 おっしゃる通りです。「こういうふうに使えるのでは」というところから、磁性流体の改良に取り組むことが多いですね。
 回転体で言うと、この10年ほどで釣具のリールで、防水やリールの回転を滑らかにするために利用されはじめています。
 あるいは、自動車の車載用のスピーカーや、4Kテレビのスピーカーなどにも、放熱・密封という観点から磁性流体が使われ、音質の向上に役立っています。
為末 そんなにいろいろな分野で応用が利くんですね。
山村 国内の自動車であれば車載用スピーカーはほぼ我々が100%、グローバルで見ても約90%のシェアです。
 さらに、最近ではスマホのリニアバイブレーションモーター内にも磁性流体が注入されています。
為末 まったく知りませんでしたが、僕たちは磁性流体に囲まれて暮らしていたんですね。
シンプルな機能だからこそ限りなく応用が可能
為末 ニッチトップの世界では、メーカーはどんなマインドを持っているのでしょうか。
 商品開発に取り組むといっても、きっと、今日明日に売るためのものを開発するわけではないだろうし、「今これだけシェアが取れているんだから」と、油断したらあぐらをかいてしまうのではないかと想像しますが。
山村 かつてのコンピュータシールにしろ、現在のスピーカー用途にしろ、「今売れている製品もいつかはなくなる」と考えておかねばいけません。
そして3年後、5年後に何を売るのかという議論を常に行うことが重要です。
為末 先を見据える際、「ここなら独占できそうだ」という部分を見つけるのですか? それとも、これまでがたまたまそうだっただけでしょうか。
山村 たまたま、というわけではないですが、「とにかく必死に生き延びなければいけない」というマインドがそういう結果を生んでいるのだと感じます。
為末 なるほど。「必死に生き延びる」というのは、実は結構王道だと思うんですよね。おそらく、どんな企業も実践している。ただ、要はそれがきちんとワークしたかどうかが、すごく大きいんじゃないかという気がします。
山村 先ほど、車載スピーカーのお話が出ましたが、自動車において、もう一つ弊社の「ニッチトップ」を支える製品があります。
高級車向けのシートの温度調節装置で、「サーモモジュール」という製品が使用されています。
サーモモジュール/提供:フェローテックホールディングス
為末 サーモモジュール。磁性流体と一緒で、初めて聞きました。
山村 サーモモジュールの特性は、電流を流すとサーモモジュールの片方は冷却し、もう片方は加熱するという仕組みになっています。
為末 シートを冷やすのに使えるということですか?
山村 はい。サーモモジュールの場合、これまでの冷却装置と比べて、ずっと小さくできますし、静かで振動もありません。
 現在、身の回りに熱を発する物は無数にあって、製品の小型化に合わせて、ごく一部分だけを冷やしたい、つまり「局所冷却」のニーズが高まっている。
 それだけサーモモジュールの出番があるということです。しかも、サーモモジュールは電流を流す方向を変えるだけで、冷却される面と加熱される面がひっくり返るという特徴があります。
為末 冷ますだけじゃなくて、温めることもできるんですね。今、お話を聞いていて、サーモモジュールは、アスリートの「ウォームアップ問題」も解決してくれるのではないかと思いました。
 室外で冬に行うスポーツ、たとえば駅伝やマラソンなどは、選手はウォームアップをした後にベンチコートを着て、出番までしばらく待機しなければなりません。
 あのコートの保温性を高められたら、みんな大喜びですよ。
山村 面白いアイデアですね。最近、ウェアラブルはトレンドですし、いずれ我々のサーモモジュールがその温度管理のお手伝いをできたらいいですね。
為末 現在だと、車のシート以外にどんなところで利用されているんですか。
山村 冷たい空気を作り出す用途では、クーラーボックスやワインセラー、あるコンビニチェーンのコーヒーメーカーに使われるミルクサーバーの部分などです。
 冷却によって意図的に水滴をつくることもできるので、マイナスイオンを発生させるために、エアコン、空気清浄機、ヘアドライヤーなどにも搭載されています。
 光通信ネットワーク用のレーザーダイオードを一定の温度に保ったり、DNA増幅器の温度調整をするなど、冷ます・温めるの両方が可能なサーモモジュールだからこそ、可能な用途もあります。
為末 シンプルな機能だからこそ、身近なところからハイテクまで幅広く活躍できるんですね。磁性流体と合わせて、身の回りにフェローテックの技術が至るところにあったとは。
 アスリートは体を回復させるために「アイスバス」を行います。つまり、練習後に熱を持った体を冷やす。
 本当はそこからまた温めて、また冷やして、と交代浴をやるのが一番なんだけど、面倒くさくてそこまでやらない選手も多い(笑)。
 でも、サーモモジュールを使った服で同じような効果が得られれば、これはすごいですよ。東京オリンピックまでに開発は間に合いませんか?
山村 ご依頼いただければ、ぜひ取り組みたいですね(笑)。
「当たり前を愚直に」 周りに流されないニッチトップの精神
為末 今日はかなり勉強させてもらいました。日本のメーカーで、これだけ多方面に応用の利く技術を持った、グローバルなニッチトップがいるとは。
山村 我々は「米国で生まれ、日本で育ち、中国で拡大」と言っていますが、他社に先駆けて中国に進出し、高品質で、安価な製品を世界中で売る体制を築いたことが、現在の基礎になっています。
為末 なるほど。「ニッチに飛び込んで、独占すると強い」ということは教科書にも書いてある。
 でも、ほとんどの場合、そこに行くまでに諦めて、平凡なプレーヤーになってしまう。
 フェローテックがブレイクスルーしてから、今に至るまで、どうやってその地位を守ってきているかというのは、非常に興味深いですね。
山村 高い技術や経営戦略があったうえで、やはり最後は「絶対にやりきる」という信念ですね。
為末 やはりそうですか。もう一つ、世界で戦ううえでは、スポーツでもそうですが、「情報とどう付き合うか」も重要なのではないでしょうか。
社会に置いていかれないように、情報をとりあえずたくさん取るという選択肢もあるけど、情報の波にのまれて自分の立つべき場所がわからなくなる危険性もある。
たとえば、陸上において「○○理論」に基づいた新しい走法が出てきた。すると「これこそ走りの神髄だ」なんて言葉が周囲から聞こえてくる。
それを取り入れると、自分が積み重ねてきたものを失うことになるんだけど、心が弱っているときは、あまり考えずに飛びついてしまうんですよね。
山村 なるほど。「みずからの課題は何なのかを認識したうえで、ちゃんと対策を立てる」
 そんな当たり前のことを愚直にやれるかどうかが、周りに流されず、トップを目指し続けるために必要なんでしょうね。
為末 やっぱり「自分を知る」、ということがベースになりますよね。自分を知らずに目の前だけ見ていると、最後まで突き抜けきれない。
 同じ技能を持っていても、「どうせ自分は○○しかできないんだ」と考えるか「自分は○○でやりきるんだ」と考えるかで、結果は全然違ってくるでしょう。
 フェローテックの技術が、いずれアスリートの活躍を後押ししてくれるような、すばらしい製品を生み出してくれるとうれしいですね。
(執筆:唐仁原俊博 撮影:依田純子 デザイン:國弘朋佳 編集:海達亮弥)