「子どものため」ならなんでも先生の仕事なの? 学校現場がいそがしすぎる理由を聞いてみた ──教育研究家・妹尾昌俊×サイボウズ青野慶久
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「前からやっていることだから」「子供のためになるから」
よく耳にする2つのセリフ。
しかし、これを誰が口にするかで大きく状況は変わる。
僕は相当ひねくれ者なので、管理職から言われると、「じゃあ、犠牲になれということですか?」と平気で言い返したりしてしまう。
ものすごく嫌がられるが、これまで口にする人がいなかったようなので、管理職も以前よりはだいぶ一考するようにはなってきた。
決して良いことではないが、現場の感覚がないとやむを得ないのかなとも思うので、現場レベルで改善しようと努力するだけ。
しかし問題なのは、現場の教員がこれらを口にすること。
この2つのセリフは、実は子供達のためにではなく、自分達教員を守るために吐かれることが非常に多い。
どちらのセリフにも背後には「だからこれまで通りでいいよ」が隠れている。
これでは働き方改革どころか教育も変わらない。
本気で働き方や教育を変えたいのであれば、まずは教員自身がリスクをとって変わる覚悟を決めること。
「自分の仕事が誰かや何かにとって替わられる」と既得権益を守るのではなく、自分の意識を変えて、これまでの仕事を見つめ直し、いらないものを削って、新たな取り組みにチャレンジする。
記事の内容は、本質までにはたどり着いていないと思うのが正直なところ。先生自身が受け身だから変わらない、
先生自身がこの課題を解決しよう!と学校全体に働きかけないと。
自分ごとの領域が狭いのか、
責任を履き違えているのか。
校長のせいにしたり、文科省のせいにしたり。
保護者は敵ではないし、
優先順位付けて先生の作業工数のキャパシティを説明して
同じ目標を掲げて協力させていけば、
保護者の不安も
先生の過労も調整していけるはず。
仕方なくない問題だ教師は親ではない。兄弟でもない。友だちでもない。 ガキ大将でもない。だが、その. すべてでありたい。
この業界ではとても有名でステキな言葉だと思っています。
実現を目指せば、そりゃ多忙と言われる状況にはなりますね。