イニエスタが語る、成功のフィロソフィー「一人ではなにもできなかった」

2019/7/31

イニエスタが日本サッカー界に語ること

 アンドレス イニエスタ──スポーツには明るくないという方も、その名を一度は聞いたことがあるだろう。
 世界屈指の名門クラブ「FCバルセロナ」のミッドフィルダーとして数々のタイトルを獲得し、スペイン代表として4度ものワールドカップに出場を果たした誰もが認める世界最高峰のプロプレーヤー。2018年7月、彼が日本のJ1クラブ・ヴィッセル神戸へと移籍したニュースは世界中で驚きをもって伝えられた。
 巧みなプレーとその模範的な性格で、サッカー界のゲームチェンジャーとして活躍するイニエスタ選手は、今、日本に何を伝えようとしているのか。イニエスタ選手を世界で最も尊敬されるプレーヤーへと導いた、成功のフィロソフィーとは。
 7月1日、イニエスタ選手を“CEO(Chief Evangelistic Officer:最高理念伝導責任者)”として迎え入れたリブ・コンサルティング関厳代表取締役のインタビューに本人が口を開いた──。
 イニエスタ選手はサッカー界の常識を塗り替えてきた「革新者」だと感じています。体格は大きくなくとも、テクニックやポゼッションを磨き、自身の哲学を貫き通すことで新しいスタンダードを生み出し続けてきた。そんなプレーにいつも勇気づけられています。
イニエスタ 常識を打ち破るためには、自分が何を目指しているのか、自分がどんな存在で何が強みなのかをしっかりと自覚する必要があります。
 例えば、私はボールを受ける前に常に考えるようにしてきましたし、プレーを先読みして相手よりも早く行動を起こせるように準備をしています。
 サッカーは地上でプレーするスポーツですから、身長が高くなくとも、自身の特徴やスキルをうまく活かせば結果を出すことができる。常に自分の特質を最大限活かすプレーを心がけています。
 弱いところに目を向けるのではなく、自分の特徴を活かし、スキルを磨き続ければ新しい道が拓けるということですね。
 我々リブ・コンサルティングは「“100年後の世界を良くする会社”を増やす」という理念でスタートした会社です。
 これまで、コンサルティングは大企業だけに必要なものと思われてきました。しかし、今は若い人がどんどんベンチャーを立ち上げる時代。高い理想像を掲げているベンチャーには、「人・情報・知恵」など外部のサポートが必要な点がたくさんあります。
 未来をつくる若い人たちをサポートし、自分たちも未来をつくる一員になりたいという思いを持って、ビジネスを展開しています。
 私たちもイニエスタ選手のように、新しいスタンダードを作り出し、業界の常識を打ち破る「革新者」でありたい。そんな思いで、今回イニエスタ選手を“CEO”にお迎えしたのです。
イニエスタ 私は常々、好きなことやパッションを感じるもの、それを共有できる人たちと同じ時間を過ごし、時にはサポートし合い、成長を続けたいと考えています。
 これは新しい時代を切り拓く若いベンチャーの人たちをサポートすることで成長したいと考える、関代表取締役やリブ・コンサルティングの思いと重なります。業界は違いますが、私たちのビジョンには共鳴するものを強く感じました。
 光栄です。長年、バルセロナで活躍されたイニエスタ選手が、日本のJリーグという新しいフィールドを選んだのはどんな理由だったのでしょうか。
イニエスタ 私が最もパッションを感じることはサッカーですが、常に新たな挑戦を求めてきました。日本に来ることを選んだのは、今の自分にはこれまでとまったく違った経験や環境が必要だと感じたから。今も挑戦者として、新たな体験に日々、ワクワクしています。
 世界のレジェンドとなってなお、ベンチャーマインドを持ち続けていられるのですね。
 イニエスタ選手は次世代育成への思いも非常に強いとうかがっています。最近、ご自身のサッカーアカデミーを立ち上げられましたね。
イニエスタ 「イニエスタ メソドロジー」のことですね。5歳から12歳までの子供たちにサッカーとはどんなスポーツかを知ってもらい、スキルやテクニックだけでなく、ひとりの人間として大切な価値観やチームワークの重要性を学んでもらっています。
 人材育成は、成長のためのすべての土台になるものです。サッカーであれば、ルールを守り、相手チームや周りで支えてくれている人たちへのリスペクトを怠らないと教えること。そして、才能を発揮できる自由な環境を整えること。
 これらを大切にすれば子供たちを成長させることができますし、素晴らしい環境がシナジーを生み、よりよい結果を生むことにもつながります。
 おっしゃる通りですね。私も人材育成はすごく大事だと思っています。一人ひとりが能力を伸ばすことで、チームや会社、ひいては日本という国がより高いレベルに到達することができる。イニエスタ選手が、育成でとくに重視しているポイントはありますか。
イニエスタ まずはサッカーを好きになり、練習やプレーを楽しむことです。その上で、サッカーができる喜び、サッカーに対するパッションを自身のプレースタイルで表現することが大事だと思います。
 サッカーもベンチャー企業も、チームで成果を出す点が共通しています。チームで成長し、結果を出すために必要なことはなんだと思われますか。
イニエスタ それぞれがチームメイトのことを把握し、ハードワークすることです。私はミッドフィルダーですが、自身のポジションだけでなく、ディフェンダーはどんなプレーをするのか、フォワードはどういうプレーヤーなのかについてもしっかり学んできました。その上で個人のハードワークが大事です。
 チームは個人の集合体です。ですから、一人ひとりが自身の限界を超えることで、はじめて目標を達成することができるのです。
 私がいいパスを出すことはもちろん大切です。しかし、そのパスが活きるかどうかには自分以外のチームメイトの動きが関係してきます。チーム全員のよい動きがあってこそ、単なるパスがキラーパスになるわけですから。
 パス一つをとっても、それがチームにとってより意味のあるものにするためにはどうすればいいのか。一人が考えて動くだけでなく、チーム全員が考え、ハードワークすることが最も大事だと思っています。
 そして、そのためには個人も組織も新しいチャレンジを続け、成長し続けなければなりません。
 キラーパスを出せる司令塔の存在だけでは限界がある。チームとして全員が成長し、汗をかくことが大事ということですね。
 私たちはコンサルタントとして、サッカーでいうと俯瞰した位置から見た視点で、自分たちだけではなかなか気付けないパスコースを探し、それを企業の成長につなげていくためのアドバイスやサポートをしています。そして、実際にお客さんと一緒に現場でも汗をかいて動いていく。
 イニエスタ選手は、本当にお人柄が謙虚ですよね。勝利を貪欲に追い求めることと、周囲に対するリスペクトをうまく両立させていらっしゃる。
イニエスタ まずは、自分自身にリスペクトを持つことがスタートラインです。その上で、今の私があるのは、両親や周りの環境のおかげであったと強く感じます。一人では何もできなかった。周囲と協力することで、はじめて物事は達成できるんです。
 一人でできることは本当にわずかなので、助け合うことは自分のためでもあり、他人のためにもなる。
 これはスポーツに限らない、私の人生におけるフィロソフィーです。これからも、このフィロソフィーを貫いて生きていきたいと思っています。
 イニエスタ選手のヴィッセル神戸への移籍は、今後、日本のサッカー界が大きく成長する絶好の機会だと感じています。「外部の知」を取り入れることで、より成長の機会を増やし、そのスピードを上げ、未来をつくるというのは我々が目指しているところ。イニエスタ選手は日本サッカー界に何を伝えたいですか。
イニエスタ まず、日本のサッカーは高いレベルにあると思います。以前から日本代表のことはよく知っていましたが、緩急をつけた連係プレーができ、俊敏な選手がそろっている。90分走り続けられるフィジカルもあります。昔から、日本のサッカーが好きなんです。
 Jリーグでも、相手チームの選手を抜いて置き去りにすることは容易ではありません。試合に勝つのも、決して簡単ではない。
 私自身にとっても、今は挑戦の毎日です。チャレンジングな日本での経験によって、選手としてもう一段階、成長できると確信しています。
 私にできることがあるとすれば、ヨーロッパの舞台で長年プレーしてきた経験、スペイン代表としての経験、数々のタイトルを勝ち取ってきた経験を伝えることでしょうか。私のプレーから得られるものがあるとすれば、どんどん学んでほしい。
 私自身もサッカーを楽しみ続け、ベストのプレーを見せられるように日々、努力しています。
 トップ選手として、長い間、モチベーションを維持する難しさもあったと思います。思うような結果が出ないときに心がけていることはありますか。
イニエスタ サッカーは結果がすべての世界です。勝利のためには、自分のフィロソフィーやアイデアを貫き通せないこともあります。貫いたとしても、それで良い結果が出るとは限りませんし、良い結果を出すにも時間がかかります。
 ただ、時間をかけてやっていけば、いつかかならず結果がついてきます。すぐに自分のフィロソフィーやアイデアを捨てたりせず、しっかり持ち続けることが大切です。
 結果が出ないと、「これでいいのだろうか」と不安や疑問が浮かんでくるものです。難しい状況のときこそ、どのように信念を持ち続け、やっていくかが試されます。長い時間をかけて努力が実を結んだときというのは最高ですね。
 最後に、イニエスタさんがプロフェッショナルとして大切にしていることをお聞かせいただけますか。
イニエスタ 常にハードワークすること。規律やルールを守り、監督やチームメイト、相手チーム、支えてくれるファンに対するリスペクトを怠らないこと。ディテールにおいても最善を尽くすこと、でしょうか。
 私は子供のときから一つひとつのパスやパスを出す際の相手のポジショニング、味方のポジショニングに気をつかってきました。そういうディテールの積み重ねが自分を成長させてくれましたし、試合での勝利やタイトル獲得という実績につながったと感じています。
 ただ、これらは考えているだけでは意味がありません。実際に行動に移すことがいちばん大事です。
 ありがとうございます。イニエスタ選手の存在は、今後の日本のサッカー界にとって、大きな意味を持つことは間違いありません。これは経営の世界でも同様で、自分たちがどこを目指すのかを考えるときにベンチマークとする会社や憧れの姿があるとそこに行き着くスピードが上がるんです。
 日本のサッカーも、ベンチャー企業も大きな可能性を秘めています。日本からグローバルユニコーンと呼ばれるような企業が登場し始めた今、私たちもベンチャーコンサルという新しいスタンダードをより多くの企業に届け、共に未来をつくるチャレンジを続けていきます。
 今回、イニエスタ選手を“CEO(Chief Evangelistic Officer:最高理念伝導責任者)”として迎え入れたリブ・コンサルティング。
 その背景について、関代表取締役は「ベンチャーを憧れの場にして、若い『本流』がもっと入ってくる世界にしたい」と狙いを語る。
 「2012年7月の創業から7年。当時の日本経済は六重苦と言われ、昨今のベンチャー企業が活躍する時代とは大きく異なる状況にありました。
 そんな中、我々はベンチャー企業向けコンサルティングというこれまでなかったスタイルを貫き、時間はかかりましたがビジネスも成長軌道に乗ってきました。日本社会全体においてもベンチャー企業をサポートする環境が強化され、イノベーションを促進する土壌も整いつつあります。
 しかし、私は今、強い危機感を抱いています。
 10年後、日本のベンチャー企業が世界でより高い存在感を示すためには、もっと多くの若く優秀な世代が、ベンチャーで挑戦したいと思える状況が必要です
 まだまだ社会においては傍流に見えるベンチャー企業が、世の中の“当たり前”となるように。
 世界で新しいスタンダードを生み出してきた『本流』であるイニエスタ選手の力を借りながら、『10年後の常識を大きく変えていく』ための挑戦なのです」(関氏)
(構成:横山瑠美 編集:樫本倫子 写真:宮崎健太郎 デザイン:田中貴美恵)