「ポケモン」✕「ハリウッド」。グローバル映画市場への挑戦とは

2019/6/27
ゲーム・アニメ・マンガ作品の実写映画化と聞けば、期待と同じくらい、はたまたそれ以上の「不安」の声を想像するかもしれない。映画『名探偵ピカチュウ』もまた、公開まで様々な声が入り混じっていた。
しかし蓋を開けてみれば、世界43カ国で配給され、6/23時点で興行収入は4億2,500万ドルを突破(出典:Box Office Mojo)。子どもだけでなく、幅広い世代が一緒に楽しめるということで、米映画批評サイト「ロッテン・トマト」では、観客の82%がポジティブという高評価だ。
新しい領域に挑戦し続け、7月12日には『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』の公開も控えている株式会社ポケモン。映像事業について、映像企画部シニアディレクターの片上秀長が語る。

ポケモン実写映画プロジェクトはいかに進んでいったのか

ポケモンの映像作品といえば、まずは毎週のTVアニメや夏の映画を思い浮かべる人が多いだろう。『ポケットモンスター 赤・緑』の世界的ヒットにより、深く幅広いファン層が生まれ、ファンを中心に映像作品を楽しむ人が増えていく。かつてはそのような色合いが強かった。
その一方で、株式会社ポケモンが手掛ける様々な事業の中でも、「ブランド認知」という観点において映像事業のポテンシャルは極めて高く、たとえばゲームの販売が行われていなかった国や地域でも、初めにアニメを通じてポケモンの魅力に触れ、ぬいぐるみを部屋に飾って楽しんだり、ゲームをプレイしてみたいと願う新たなファンを生み出す原動力となる。
魅力ある映像作品を作り、世界中に届け、ポケモンブランドの新たな可能性を生み出す。株式会社ポケモンの映像事業は、新たな挑戦を見据えていた。
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© 2019 Pokémon.
「株式会社ポケモンがレジェンダリー・ピクチャーズとともに、初の実写映画を制作する」
センセーショナルなニュースは瞬く間に世界を駆け巡り、様々な反応を呼び起こした。
監督のロブ・レターマンはこれまでの実績もさることながら、元々アニメーション会社で脚本を担当し、アニメに知見が深い。監督自らが世界中を飛び回り、作品に相応しいクリエイターを集め、プロジェクトは進んでいった。
「ポケモン初の実写映画ということで、多くのクリエイターが『やってみたい!』と声をあげてくれたそうです。おかげで、実現に向けての良いイメージが湧きました」
そう話すのは、今作でプロデューサーを務めた映像企画部シニアディレクターの片上秀長氏だ。
もちろん、集結したクリエイターたちがそれぞれに異なる成功体験やこだわりを持つなかで、一つの作品を作り上げていくのはたやすいことではない。
ましてやポケモンの世界観は原作のゲームをはじめ、様々な接点を通じて20年以上かけて築き上げられてきたものだ。映像作品として面白みのある新たな表現を模索する姿勢と、守るべきところを丁寧に両立させるための調整は自ずと難易度が高まる。
企画段階から映画作りに必要なキーパーソンと作品に求めるゴールイメージを意見交換し、完成に向けてブラッシュアップを促し続けた片上氏の功績は大きい。

コミュニケーションの透明化が成功をもたらした

「多くの関係者を橋渡しする際は、私の意見というより、『映画としてより多くの人に見てもらうためには』という観点からの意見を述べながら、その都度、適切なコミュニケーションの手法を模索しました」(片上氏)
制作サイドとのコミュニケーションで、もっともこだわったポイントが「透明化」だ。言語の壁や商習慣の違いもあるなかで、原作サイドがどう思っているのか、特にクリエイティブな部分については率直に伝えることに留意した。
「私はずっと映像畑でキャリアを積んできましたが、株式会社ポケモンに入る前に、米国とのやり取りが多い企業に在籍していたことがあります。
その経験を踏まえ、家族のようなコミュニケーションが取れる関係性を目指しました。弊社側の意見を私が取りまとめる機会も多くありましたが、ここぞという部分ではロブ・レターマン監督に弊社代表の石原と話してもらったりとか」(片上氏)
実際、映画版ピカチュウの最初のデザインは、監督が直接、石原氏への提案を行っている。
「あるとき、仮編集された映像についてロブ監督から『どうしても自分から説明したいことがある』と。正直なところスケジュールは厳しい部分もあったのですが、直接の対話のほうが熱量が伝わるし、その場で改善策の意見を交わしたほうが認識のブレも少ない。
それは石原も望むところだったので、対面のミーティングをセットしました。監督の日本滞在時間は12時間もありませんでしたが、かなり密にやり取りをしましたね」(片上氏)
最高のプロデュースを目指してとことんこだわる。これも株式会社ポケモンらしいやり方なのだ。

「ポケモン」ならではの面白さ

映像ビジネスの世界でキャリアを積んできた片上氏。ポケモンに惹かれた理由は何だったのだろうか。
「当時、直接石原さんに会う機会をもらって、映像事業に力を入れていくこととか、そのときの構想とか、色んなお話を聞いてワクワクしたことを覚えています。話すうちに『いつから一緒にやれるんだろうか』という流れになって、なんだか自然に(笑)。
私にとっては、日本発で世界規模の映像作品に携わる、というのが一つの大きなテーマだったので、そこから先はあまり迷わずに決めました。シンプルに、やってみたいな、と思えて」(片上氏)
こうして移籍した片上氏が感じたのは、映像作品をメインに据えた会社と株式会社ポケモンでは、ビジネスの出発点だけでなく、ユーザーとのコミュニケーションのあり方も違う、ということだ。
映画の視聴者は制作者からのメッセージを一方的に受け取るが、ゲームにはインタラクティブ要素がある。
「人によって好きなポケモンが異なるように、ゲームには、その人なりのコミュニケーションがあります。制作者が意図していない遊び方をする人もいるし、キャラクターについても、『このトレーナーが好きだったのに、アニメではさほど出てこない』ということもあるでしょう。
原作ゲームのファンだけに向けて映像を作るわけではありませんが、ファンの皆さんを失望させず、かつ、より楽しい体験を提供したい。
『アニメを見て、さらにゲームの世界が好きになった』とか、『またゲームをやりたくなった』。そう感じてもらうためにどのような映像作品を作っていくべきか、まだまだ勉強中です」(片上氏)

ポケモンを通して、グローバルに挑戦する

1998年に公開された『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』は、日本で制作された映画として最高の海外興行収入を上げたポケモンの代表作だ。本年7月12日に、その3DCGリメイク作品『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』が公開される。
「各地でファンも増え、欧米や南米、最近ではシンガポールやタイなどのアジア圏でもポケモン映画が上映されるようになっています。今だからこそ、自信を持ってお届けできるストーリーを3Dで表現して、どんなふうに良いインパクトを与えられるか、ということを突き詰めています」(片上氏)
ゲームでは3D表現が当たり前になり、3DCG主体の映像作品も増えてきた。これまで2Dアニメーションが中心だったポケモンにとって、これは大きなチャレンジだ。
さらに片上氏は、ポケモンで映像の仕事に携わることの意義を次のように語る。
「制作主体が日本なのか米国なのかに関わらず、ポケモンの映像作品はすべて、世界中で視聴されることを前提にして作られます。
言葉にすると当たり前のように感じられるかもしれませんが、これは作り手にとって本当に価値のあることで、大きな作品に関わるチャンスがたくさんあります。
それと同時に、難しい問題に直面する機会もたくさんあります。世界で通用する素晴らしい作品を作ること自体がすでに生半可なことではありませんが、一方で内容や表現の中にそれぞれの文化圏でネガティブに受け止められるものがないかを注意深く見ることも必要です。
ハンドジェスチャーも、親指を立てて『グッド』を表現しているはずが、違う国では異なる意味合いになったりすることもありますから」(片上氏)
株式会社ポケモンには、“Think Globally, Act Locally”というスローガンがある。
「先ほどの話は、言い換えれば『グローバルのプロデュースを最初に考え、それを地域に合わせて最適な形で提供していく』ということ。株式会社ポケモンは、そういう仕事ができる稀有な企業です。
プレッシャーよりもワクワク感の強い人、そして映像事業で挑戦したい人が、魅力を感じてくれるような環境であり続けたいですね」(片上氏)
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:砂田優花)