Saikat Chatterjee and Trevor Hunnicutt

[ロンドン/ニューヨーク 30日 ロイター] - 日々5.1兆ドル(約552兆円)の取扱高を擁する外国為替市場で、相場が一瞬で急激に動く「フラッシュクラッシュ」が発生する頻度が高まっており、通貨当局を大いに悩ませている。

    突然かつ急激で、多くの場合また急に値を戻す相場変動は、世界の通貨市場において、もはや日常茶飯事となっている。頻発するのはニューヨーク時間の午後5─6時、現地の為替ディーラーが店じまいを始め、東京がまだオープンしていないために取引が薄くなるため「ウィッチングアワー(魔の時間)」と呼ばれる時間帯だ。

    今年に入ってから起きた2度の大きなクラッシュでは、それぞれ円とスイスフランが乱高下した。為替レートは、貿易、投資、世界経済にとっての重要性が高いため、1度の大規模な変動によって金融の安定が脅かされることを政策当局者は懸念している。

「問題は、これがニューノーマル(新常態)なのか、それとも炭鉱のカナリア的なものなのかということだ」と、国際通貨基金(IMF)のファビオ・ナタルッチ金融資本市場局次長は語った。「発生頻度も高まっており、将来大規模な流動性ストレスイベントが起きる予兆という可能性もある」

ナタルッチ次長は、クラッシュまでの数日前には流動性のひずみ(売買注文の不足を指す用語)は明らかだったと指摘。IMFでは次のクラッシュがいつ来るかを予測するための監視ツールを開発していると語った。

状況の深刻さを裏付けるように、中央銀行総裁や市場関係者が出席するニューヨーク連銀の為替市場関係者のフォーラムでも今年、フラッシュクラッシュの話題は頻繁に取り上げられている。

業界全体で為替取引が自動マッチング化したことを受けて、値動きが多く、激しくなったという点で、銀行と政策当局者の見解は一致している。つまり今後も、クラッシュが起きるリスクが極めて高いということだ。

「私たちの悲観的な見解は、為替市場においてこうした技術の比重が高まりつつあり、監視を強化していく必要があるということだ」と主要10カ国(G10)の中銀関係者は匿名で語った。

とはいえ、当局はまだ非常ボタンに手をかけているわけではない。ナタルッチ次長は、フラッシュクラッシュがこれまで企業や家庭の資金調達コストを増大させた証拠はないと指摘し、急いでなんらかの規制で対応する前に、問題を調査することは理にかなっていると述べた。

すでに為替市場では「ミニ・クラッシュ」が2週間に1度程度発生している、とコンピューターシステムによる為替自動取引を提供するプラグマによる調査で判明した。

この種のクラッシュでは、ある通貨の値が急激に動いたかと思うとまた即座に値を戻し、それと同時に売値と買値のスプレッドが突然大きく広がる。そして、大半のケースでは数分後にスプレッドは狭まる。

<緊急停止ボタン>

為替取引の大半は人間の代わりにアルゴリズムとして知られるコンピューターシステムによって行われており、銀行のコスト削減と取引執行のスピードアップに貢献している。

スムーズな取引を行うために、アルゴリズムは取引数量を小分けにし、流動性が高いプラットフォームを探す。

しかし、市場の状況変化によって問題も起きる。たとえば取引量が突然激減したり、英国がブレグジットの延期を検討した際のように通貨の乱高下が起きたりした場合、アルゴリズムは取引を停止するようにプログラムされていることが多い。

匿名で取材に応じた中央銀行関係者2人は、そのような「緊急停止ボタン」が急激に流動性を下げると語った。

あるデータによると世界に70以上の取引所が散在する中、常に変動する外国為替相場はアルゴリズムに依存しているため、システムによる取引停止が広がると取引量は急速に低下し、相場の変動幅がより大きくなる。

今年最初のフラッシュクラッシュは1月3日発生。東京市場が終わった後で、円がドルに対して急騰した。たった7分間で、対豪ドルで8%高、対トルコリラでは10%高となった。

2度目のフラッシュクラッシュは2月11日に起きた。スイスフランが乱高下し、ほんのわずかの間、ユーロとドルに対して不可解な急騰を見せた。

オーストラリア準備銀行(RBA、中央銀行)のレポートによると、ウィッチングアワーに複数のフラッシュクラッシュが起きている。また、2016年10月7日のアジア市場の序盤で英ポンドが数分間で1.26ドルから1.14ドルへ9%暴落したのも、取引が薄いこの時間帯だった。

RBAによるフラッシュクラッシュの分析では、アルゴリズム取引戦略が「増幅器」となって発生したと結論付けている。

人間のトレーダーであれば、そのような嵐の中でチャンスを見出し、暴落した通貨に買い注文を入れるということができる。これは相場が落ち着く要因にもなる。しかし、今やそれができるトレーダーの数が少なすぎる。

2004年、すべての為替取引は人間の手で行われていた。現在、電子取引プラットフォーム、EBS上で行われる全取引のうち最大7割はアルゴリズムによって行われている。

銀行は常に予算削減の圧力にさらされており、さらに金融危機後の規制により為替取引コストは過去にないほど高くなる中で、さらに余分な員を雇ったり、既存スタッフを深夜シフトに回す兆候は見られない。

それどころか、休日など取引が薄くなることが予測できる時間帯には、取引を控えるところも一部出てきている。

一方、システム取引は今後さらに市場を支配するとみられる。

プラグマは、特に新興市場でノンデリバラブル・フォワード(NDF)取引を行うためのアルゴリズム運用を始めた、と同社のカーティス・ファイファー最高業務責任者は言う。こうした流動性の低い新興市場通貨のエクスポージャーをヘッジするためのデリバティブ取引は、これまで、電話を利用するボイス・トレーダーが中心だった。

「スポット取引が一般化し、収益が縮小した現在、銀行における為替取引は厳しいビジネスだ」とスマート・カレンシー・ビジネスのシニアコンサルタント、ジョン・マーレ―氏は語る。「さらに、以前より資金が必要なうえにリスク選好度も低いことから、銀行は自己勘定売買を行うデスクもなくしている」

<行動規範は助けになるか>

通貨の動きを理解し、それに影響を与えようという政策当局者の試みは、統制がなく、民営で分散化した外国為替市場が持つ自由な特性によって阻まれている。

中銀と民間セクターによって策定された「グローバル外為行動規範」は、公正で適度に透明性の高い外国為替市場の促進を目的としているが、法的拘束力はない。

極端な値動きを抑える対策が導入された株式市場と比べ、外国為替市場については、当局者がまだ議論を重ねている段階にある。

フラッシュクラッシュは、ニューヨーク連銀が主催する業界団体、為替市場委員会での2度にわたる直近会合と、5月開催された中銀と民間で構成する「グローバル外為市場委員会」(GFXC)の会合で取り上げられた。

「このフォーラムでフラッシュクラッシュとその誘因を理解し、グローバル外為行動規範をどのように適用すれば、公正で効果的な外国為替市場がつくれるのか考えるのは重要だ」と、GFXCの議長を務めるニューヨ-ク連銀の市場グループ責任者サイモン・ポッター氏はロイターに語った。

外為市場で、劇的かつ長期的な乱高下が起きた場合、中銀は為替介入することで、その緩和を試みることは可能だが、議論を呼ぶだろう。

「大半の中銀にとって、第1の使命は価格の安定、そして第2の使命は金融の安定だ」とピクテ・アセット・マネジメントのシニアエコノミスト、ニコライ・マルコフ氏は語る。

「日中の動きで起こる大きな値動きが、金融の安定に悪影響を与えたり、銀行間の流動性を逼迫(ひっぱく)させたりしない限り、中銀は展開を監視するが、日中の動きに反応するべきではない」と付け加えた。

また、そういった対応は高くつく可能性もある。

英財務省によると、1992年の英ポンド危機で同国は自国通貨を守るために33億ポンドを投じ、さらにそれは無益な試みだった可能性がある。

「これまでのフラッシュクラッシュが市場流動性の枯渇によって起きたことを考えると、中銀がその発生を防げるか疑問に思っている」と 米金融大手バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)のシニアストラテジスト、ニール・メラー氏は言う。「こうした問題に取り組まない限り、同じような価格変動は起き続けるだろう」

(翻訳:宗えりか、編集:下郡美紀)