スターゲーマーのTFueは、所属するプロeスポーツチーム「FaZe Clan」を提訴した。選手への報酬分配方法を、法廷闘争によって見直させようとする動きだ。

自身の所属チームを訴えた理由

ビデオゲームのプロプレイヤーたちが競うeスポーツ市場は急激に成長し、10億ドル規模に達しつつある。人気や報酬の面でも、そのうち従来のスポーツに対抗できるようになるのではないかとの期待が高まっている。
しかし今のところ、NFLやメジャーリーグの選手が得ているような自由を手にしているゲーマーは、まだそう多くはない。
eスポーツのプロプレイヤーの場合、スポンサー契約や出演契約を結んだら、所属チームと報酬を分配しなければならないことがほとんどだ。しかも彼らは、ソーシャルメディアでスターにならねばならない。その意味では、普通のNFL選手よりも大きなプレッシャーがかかっている。
そんな状況を現在、ある法廷闘争が変えようとしている。「TFue」のゲーマー名で知られるターナー・テニーが5月下旬、所属チーム「FaZe Clan」を相手に、自身のビジネスチャンスを違法に制限したとする訴えを起こしたのだ。
この訴訟によれば、両者が結んだ雇用契約では、テニーが稼ぎ出す報酬の大半を得る権利がチームに与えられている。チームとしてのブランド契約についてはその報酬の80%が、テニーの出演料はその50%が、テニー自身が獲得したスポンサー契約は報酬の50%が、FaZe Clanの取り分となっているという。
FaZe Clanはこの訴えに対し、契約内容のほとんどはチームが強制したものではなく、前経営体制の下で取り決められたものだとコメントを発表した。
また、テニーがFaZe Clanと契約中に稼ぎ出した数百万ドルのうち、チームが得たのはわずか6万ドルであり、チームは選手により有利な条件での再交渉を何度も試みてきたとしている。

「eスポーツ新時代の契約を」

今回の訴訟をきっかけに、競技としてのゲームについての話題や、今や大金を生み出すものとなったeスポーツの現状に、業界の構造や選手保護の仕組みが追いついているのか、といった議論が広がっている。
FaZe Clanのリー・トリンク最高経営責任者(CEO)は、同社はすでに、2019年現在のeスポーツ界により適した契約、つまり選手たちが生み出した収益が彼らの手により多く渡るような新しい契約に取り組んでいると語る。
トリンクCEOは「何カ月も議論を重ねて作った新時代の契約書が、実際に私のデスクに置いてある」と語り、テニーと契約を結んだ2018年4月とは業界の状況が大きく変わっているという認識を示した。
「我々は、このビジネスがこの先どうなっていくのかに焦点を当てて考えようとしている。だから、変化を待つのではなく、自分たちが主体となって、実際に変化を起こしていくつもりだ」
何が問題なのかを理解するには、eスポーツの経済構造を理解しておく必要がある。
トーナメントで優勝すると、チームなどの組織や選手たちに賞金が入ってくるが、それはこのビジネスのひとつの側面でしかない。
もうひとつ収益をもたらす大きな要素が、コンテンツ制作だ。Amazon傘下のTwitchや、Google傘下のYouTubeといったサイトで公開される動画やライブストリーミング映像が、何百万、何千万もの視聴者を集めている。

ソーシャルメディアのプレッシャー

eスポーツに詳しい弁護士であり、ゴードン・ロー・グループのマネージング・アトーニーを務めるアンドリュー・ゴードンは「世界トップの選手になったとしても、フォロワーがおらず、コンテンツを作っていなければ、そこまでの収入は得られない」と説明する。
そこが、ソーシャルメディアを使わなくても大金を稼げるNFLスターのトム・ブレイディとは大きく異なる点だという。
「ソーシャルメディアでコンテンツを公開していなくても、トム・ブレイディならスポンサーがつく」と、ゴードンは言う。「eスポーツは、さまざまな意味でスポーツではあるのだが、選手はインフルエンサーやコンテンツ制作者でもなければならない」
今年度は5000万~1億ドルの売り上げを見込んでいるというFaZe Clanは、所属ゲーマーたちが視聴者を惹きつけるサポートをとくに得意としている。テニーは、これまで数々の大会で優勝してきているが、ゲーム界のメガスターになったのは動画のおかげだ。
彼が人気ゲーム『フォートナイト』のプレイを配信するストリームは、Twitch上で最も多くの人が視聴した動画となっており、同じゲーム界の有名人で「Ninja」の名で知られるタイラー・ブレヴィンスよりも多くの視聴者数を誇っている。
テニーがプロとしてどれだけ稼いできたのか、正確なところはわかっていないが、FaZe Clanの共同創設者リチャード・ベングトソンは、今回の訴訟を受けて公開した動画の中で、その額は数千万ドルにのぼっているとほのめかした。
テニーがFaZe Clanと契約した2018年4月当時、彼の知名度はそれほど高くなかった。6カ月契約、3年間の自動更新という条件で署名したという。
米オンラインメディアの「Blast」が最初に公開し、FaZe Clanも認めたその契約内容は、FaZe Clanがテニーに月2000ドルを支払い、テニーがもたらした収益は両者に分配するというものだった。
この分配率は、かなりFaZe Clanに有利なものになっている。この業界ではごく普通のことだが、ここまでのものは珍しいのではないだろうか。
分配契約(テニーの取り分/FaZe Clanの取り分)
・チームが獲得したブランド契約 20%/80%
・テニーが獲得したブランド契約 50%/50%
・ゲーム内でのスタンプやグッズ売上 50%/50%
・出演料・ツアー参加報酬 50%/50%
・トーナメント賞金 80%/20%

「選手にとって非常に不利な状況」

テニーは、提訴後初めてYouTube上に公開した動画コメントで、自分は同じような契約を結んでしまった他の人たちのために立ち上がった、と語っている。
「私は、eスポーツコミュニティの正義のために戦おうとしているだけだ。若い子たちが搾取され、うまく利用されている。こうした契約は許されないし、二度とこんなことが起こってはならない」
これがどれだけ大きな問題なのかについては見解が分かれているが、eスポーツチームの力が強すぎるという点では、業界の意見も一致している。
自身の法律事務所では選手とチーム、両方の代理人を務めているというゴードン弁護士は「チーム側は優秀な弁護士をつけて、ありとあらゆる条件を盛り込んだ30ページにもわたる契約書を用意しているが、その相手はたいていがティーンエイジャーや20代前半の、それまで一度も契約書を読んだことがないであろう若者たちだ」と指摘する。
「選手にとって非常に不利な状況になっている」
一部のeスポーツリーグは、従来のスポーツリーグのような形式に自分たちを持っていこうとしている。
そうしたなかで、選手たちにスポーツスターたちが恩恵を受けているような制度(組合や団体交渉、厳正な給与構造)を用意するのか、それとも、音楽やエンターテインメントの世界に倣い、若いクリエイターが権利や収益の大部分を得るような契約にして彼らを有名にしていくのかは、業界として決断する必要があるだろう。

選手に外部のエージェントを

eスポーツの世界における大きな問題のひとつに、ほとんどのチームが選手のマネージメントも行なっているという点がある。
FaZe Clanが新たな契約内容についてテニーの合意を得ようとする一方で、トリンクCEOは2019年に入ってから、所属選手たちに対して外部の代理人をつけるよう勧め始めたという。今回のような事態を避ける役に立つので、選手にとってもチームにとってもそのほうがよい、と同氏は語る。
それは、トリンクCEOが言う「新時代の契約」の一環だ。
FaZe Clanは、ゲーマーたちがエージェントやマネージャーを見つける手助けをするのに加えて、収益の分配率についても見直していく。
チームが選手たちに獲得してきたブランド契約の場合、今までの80%ではなく、20%をチームの取り分とするという(テニーとの契約から6万ドルしか得ていないというFaZe Clanの主張は、ブランド契約2社分の取り分を20%まで下げたからという話だ)。
さらにFaZe Clanは、収益の内訳についても細かく検討していくとしている。Twitchの売り上げから無条件に一部を差し引くようなやり方はやめ、ストリームの種類を区別していく方針だ。
今後は、所属ゲーマーがTwitchで得たドネーションやサブスクライブ収益から一定のパーセントを差し引くことはしないという。トップ・ストリーマーともなれば、その収益は毎月数万ドルにはなるだろう。
「ドネーションなどは非常に個人的なものなので、差し引くべきではないと考えている」とトリンクCEOは語った。

まずは自分の実力を示すこと

チームの側からもたらされる変化は限られている。今後はゲーマーたちにも、NFLやNBAのような完全に独立した組合や、集団交渉で金額を決める給与構造が必要となるだろう。
ただし、プロスポーツの世界同様、新進のゲーマーたちも自分が条件のよい契約に値する選手であることを証明しなくてはならなくなる。そう語るのは、法律事務所ESGローの創業パートナーであるブライス・ブラムだ。
「スポーツ界における新人の大多数がそうであるように、eスポーツ選手も実績がなければ大きな契約は結べない」とブラムは言う。
「市場での価値を高めるには、まずはこの世界に入る足がかりをつかみ、最初の契約で自分の価値を証明する必要がある」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Eben Novy-Williams記者、翻訳:半井明里/ガリレオ、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.