人事はもっとクリエイティブな仕事に変われる

2019/6/11
どんな職種、仕事にもテクノロジーが浸透していく中、人事部門はその速度が遅い印象がある。「HR(Human Resources)テック」という言葉が流行しているものの、まだ属人的でアナログな人事業務を進めている企業が大半だろう。

各個人に自由と責任を与えた多様な働き方が求められる時代、就労人口の減少に伴って優秀な人材確保が今以上に必要な時代、人事部門にはどのような改革が必要なのだろうか。ビジネス特化型SNSのリーディングカンパニー、リンクトインの日本法人トップである村上臣氏と日本IBMで20年以上、人財や組織変革およびワークスタイル変革のコンサルティングを手がける石田秀樹パートナーが語り合った。
ビジネスSNSが生み出すエンゲージメント
──LinkedInは、「ビジネス特化型SNS」という新領域を開き、新たなビジネス情報のプラットフォームを生み出しました。
村上 私たちが描く世界観は、ビジネス、ビジネスパーソンの情報を「ソーシャル化」することによって、人と人をつなぎ、エンゲージメントを強め、ビジネスの質とスピードを上げることに貢献することです。
 LinkedInはビジネスに特化したSNSですから、ユーザーが発信、受信する情報はビジネスで使えるものに絞られているので、おのずと効率的で自分の仕事に役立ちやすい。
 特にパーソナルな情報は、現在のタイトルやミッションだけでなく、前職の情報や強みも分かりますから、その方の理解が深まります。名刺管理ツールでは、その時の所属会社、部門、連絡先情報しか分かりませんので、限定的、時限的なんですよね。そこがLinkedInは大きく違います。
 誰かとコラボレーションしたいときに、社内であっても社外であってもLinkedInを使えば、ジャストフィットな人材を選びやすくなるわけです。初めてお会いする人でも、その人がLinkedInを使っていれば事前に豊富な情報にアクセスできるので、話が弾みやすい、議論がしやすくなりますしね。
 例えば今日なら、石田さんにお会いするのは初めてなので、LinkedInをのぞいてみたら登録されていたので、「IBMなのに人事コンサルティング?」と意表を突かれて。コンピューターやAIのイメージが強いので、その中でどういうご経験や考えをお持ちなのかと、関心は高まっていました(笑)。
石田 ありがとうございます。あまり知られていないんですが、IBMはハードやソフトだけでなく、戦略コンサルティングやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、スタートアップの支援など、かなり幅広い活動をしているんです。その中でも、私は20年ほどテクノロジーを活用した人事部門や人財・組織変革に関するビジネスに携わっています。
 お会いする前に調べていただいて光栄ですが、IBMでもLinkedInの活用は進んでいるんですよ。
「IBM」の3文字は頼れるブランドなんですが、弊社の人事部門からはその看板に頼ることなく、「パーソナルブランディングを意識して活動してほしい」と言われています。なので、LinkedInの情報を充実させることと、積極的な情報発信が求められていて、「Enhance your personal branding with LinkedIn(LinkedInであなたのパーソナルブランディングを強化しなさい)」と。グローバルでかなりのヘビーユーザーではないでしょうか(笑)。
個の時代に個を生かせないタレントマネジメント
──ただ、日本国内ではビジネス特化型SNSの流れに乗れていない企業も多いのではないでしょうか。
石田 村上さんの方が当然、詳しい領域ですが、海外企業の人事部門に比べて日本はSNSを活用することに及び腰。いや、SNSだけでなくデジタルテクノロジー活用が遅れていると思います。
 日本企業の人事部門は、アナログで属人的。「聖域化」しやすい領域になっている傾向が強い。その結果、デジタルテクノロジーの活用や業務改革など新しい取り組みが進みにくい傾向にあります。
 加えて、必要最低限の”IT”リテラシーを身につけるだけではなく、更には、”デジタル”リテラシーを身に付けていかなければならないと感じています。知らない、見えていないというのは、大きな痛手かと思います。失われたXX年と言われかねないですね‥‥。
 大半の経営者は、「経営にとって人(従業員)が一番大事」と言いながら、採用や最適な人材の配置や育成など人材周りの取り組み強化が進んでいないと感じています。
 企業が戦略としてどんな人材が今後必要になるのか、一方で従業員おのおのがどんな「Will」を持っているか。労働人口の減少が明らかになり、さらに人材の流動化が進むことが必至な中、優秀な人材を確保し、活用することを通じて、持続的な成長を担保するために、今、人事部門は本当に変わらなければならない。
 そのためには、やはり、デジタルテクノロジーの活用は重要だと思っています。テクノロジーの力を借りて自動化できるものは自動化して、ルーティン業務の手間を減らす。情報の可視化によって戦略的な人事や育成が可能になる。人事はもっとクリエイティブになれる幅が広いと確信しています。
村上 おっしゃるとおりだと思います。LinkedInも活用が進んでいるのはスタートアップです。優秀な人材を確保しにくいから、あの手この手で何にでもチャレンジしている。一方で、大企業はまだまだ。
 日本の大企業ではそもそも、「ソーシャル禁止」とひとくくりにされ、TwitterやFacebookと同じ存在として扱われています。各個人の情報発信をリスクと考えるのではなく、それぞれが発信することで他社、他者とのつながりが生まれビジネスが広がる、ビジネスの芽が生まれると考えてもらえるように苦心しています。
経営にコミットできていない人事部門
──こうした人事部門の課題が根強く残るのには、どのような背景があるのですか。
村上 大きく2つあると思います。1つは、経営との接点が薄いことです。
石田 日本の人事は、決められたとおりに採用や労務などを幅広くこなすジェネラリストが多く見受けられます。欧米では、人事の中でも専門性を持ったプロがいて、みなさん明確なKPIを持って経営にコミットしている。ここに大きな違いがあります。
村上 CPO(Chief People Officer)やCHRO(Chief Human Resource Officer)を置く会社もまだ少ないですし、人事担当の役員がいても、実際にどれだけ経営にコミットできているでしょうか。毎年の異動や採用といったルーティンワークの域を超えていないことが大半のような気がします。
石田 IBMでは隔年に一度、CXO(経営層)を対象にしたサーベイをグローバルで実施していて、その中でCEOに対して、「普段よく話している相手は誰ですか?」という設問があり、尋ねた結果、普段からよく会話しているCXOは、CFOに続いて、CHROが第2位だったのです。
 ところが、別の質問で、「難しい局面下において意思決定を迫られたときに相談する相手は誰ですか?」を聞いたところ、CHROは、かなり下の方にランクされました。
 普段、頻繁に話しているのに、いざというときに遠くなる。これは、経営からの期待を十分くみ取った行動を取っていない、提言、提案やポジティブな意見を経営参謀として発言できていないことを意味しています。
村上 なるほど‥‥。それを聞くと、経営側も、人事は言われたことをやる存在というイメージではなくて、ビジネスパートナーであるという認識を持つべきなんでしょうね。必要な人材を集めるには、どんな人を求めるのか明文化した経営のメッセージが必要。人事のトップも入れて、まずその認識を合わせるのが大事だと思います。
「ビジョン・ミッション・カルチャー・バリュー」は有効なツール
 そのためのツールとして有効なのは、「ビジョン」「ミッション」「カルチャー」「バリュー」だと私は考えています。
 ビジョンはなりたい姿でいいのですが、他は行動につながる形にしないといけません。例えばミッションは「世界平和」のような粒度では具体性がないので、進捗(しんちょく)を測れてビジネスをドライブできるステートメントであるべき。
 そして、特に現場に影響するのはバリューで、日々の意思決定で困ったときに正しい意思決定ができるツールじゃないといけないと思うんです。
 しっかり練り込まれていれば、各事業部で必要な理想の人材像が明らかになってきて、それが社内にいるのか、いなければ探さないといけないというパイプラインができたり、育成プログラムを作ったり、具体的な施策になっていきます。その一歩手前ができていないのではないか、できても浸透できていないのではないかというのが私の考えです。
石田 確かにそうですね。私は人事が経営と縁遠いと思える、もう1つのポイントは、中期経営計画書ですね。どの企業においても、「何をして儲けるか」「何に投資するか」は書いているんですが、「その事業を成功させるために、どんな人が必要であるか」「そのような人材をどう確保するのか、どう育てるか」といった人に対する記述がほとんどない。
 結局、ビジネスを動かすのは人なのに、ものすごく違和感がありますね。この点からも経営と人事の連携が希薄な印象を受けるんです。
──もう1つの大きな理由とは、何ですか。
村上 日々の膨大な管理業務で手いっぱいになっているせいで、決まったことしかできていないことです。石田さんがおっしゃるとおり、人事はルーティン業務が多いから、忙しい。そうすると、テクノロジーを活用しようとか、ビジネスSNSを広げようとか、そこまで頭も手も回っていない。
 今の日本は、かなり売り手市場ですよね。もうブランドだけでは優秀な人材は確保できません。
 複数の選択肢から選ばれるためには、ビジネスパーソンとのリレーションを作り直さないといけないんじゃないかなと思います。マスメディアや人事部はいいことを言いますが、ソーシャルな時代だと真実は明らかになりますから、社内の人の声を実際に聞こうとLinkedInを使ってOB訪問するような流れもあります。
 中途採用に関しても、長い時間軸で継続的なリレーションを作っておいて、興味やタイミングが合ったときに、いい人材がミスマッチなく採れるようにする動きも必要になってくるでしょう。ただ、日々の業務に忙殺されて、なかなかできていない。
「Co-Creation」で人事をアップデート
──人事に「経営視点」と「テクノロジーの活用」が欠けている、というのが課題認識ですね。IBMに人事コンサルティングのイメージはありませんでしたが、その人事×テクノロジーという組み合わせで、石田さんは、どのように“強み”を発揮しているのですか。
石田 テクノロジーを理解しているのは強みですが、IBMのテクノロジーを売るために、私どもはコンサルティングサービスを提供しているわけではありません。
 AIでも、IBM Watson一辺倒ではなくマルチAIを推進しており、例えばGoogleのAIを活用しているプロジェクトもあります。どのような課題があり、それをどう実現を図るかが極めて重要であり、あくまでも、テクノロジーは戦略を具現化する“手段”であるので、自社製品にこだわってはいません。
「強み」ということでは、「人材マネジメント領域における専門性」と「経営=マネジメント」を深く理解していることが一番のポイントだと思っています。
 経営側の視点をもって、従来の人材マネジメントの“在り方”を否定する場面もあれば、人事の現場で変革活動を実践しようとすると、人事業務の中身を理解していないと人事部門の担当者との会話が成立しません‥‥。
 それから、IBMならではのユニークで貴重な経験知が存在します。外資100%出資企業ですが、日本で事業会社として80年以上の歴史があります。グローバル共通のポリシーを持ちつつ、日本の商習慣、労働慣行を理解しながら日本になじんできた希少な経験があります。
 こうした経験は、自社の事業特性を鑑みたグローバルオペレーションを強化する、あるいは、現有事業を再定義し、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を通じて、付加価値を創出し、持続的成長を加速させるなど、特に、変革を必要としている日本企業にとっては興味深い点だと思います。実際に、多くの経営者の方から、「日本企業は、こうするべきだ」という助言を一番求められますね。
 グローバルレベルで事業を運営しているIBMの組織ガバナンス、情報共有および活用、人材マネジメント、特に、後継者育成管理に代表されるタレントマネジメント、ノーレイティング評価制度・フィードバック、マネジャー育成、人材属性情報の活用、AIをどの業務に、どのように生かしているのかなど、実際にオペレーションしているからこそ得られた知見に期待されることが多いです。
 ですが、それはあくまで一事例であり、IBMの事業特性、狙っている組織風土の醸成などに起因する取り組みであると説明しています。
 他社の模倣だけでは変革を推進することはできませんので、お客様の経営状況、人的課題の状態、将来要件を鑑み、一緒に作り上げること(=Co-Creation)を提案しています。
村上 人が関わることは会社のカルチャーと密接に結び付いているので、他社のいい事例をそのまま適用するのは無理ですものね。
石田 ただ、私どもに相談いただける企業の多くは、経営陣が非常に強い危機感をお持ちで、人事部門に対する要望が高い。「”守る”ことだけではなく、将来起こりえる人的課題に対して、自らイニシアチブを取り、経営参謀としての役割を果たすことを通じて、経営貢献する『人事』へと変貌してもらいたい」という強い想いを持っているCEOが大勢存在します。
 自身で変われないのであれば、組織の力学を考慮し、外から人事部門を変えた方が良いかもしれません。これから先のビジネス要件を一緒に考え、その要件に応じる人材戦略の具現化を、テクノロジー活用の視点をもって一緒に検討してほしいというリクエストをいただくケースが多いですね。
 今、魅力的な人材は、どんどんスタートアップ企業に流れる傾向が顕著になっています。将来の事業運営に必要な人材を定義し、戦略的な人材パイプラインを構築することが不可欠です。あらゆる情報がソーシャルメディアで大量に流通している現状をむしろチャンスと捉え、攻めの「人事」へとアップデートする必要がある。
 それを私たちはご支援したいと思っています。日本企業の人事部門をもっとイノベーティブに、クリエイティブにしていきたいと思っています!
村上 共感します。私も人事部門は大きな変革の可能性を秘めていると思います。私たちは情報のオープン化やつながりという立場に立って、日本の人事部門のお手伝いができればと思っています。
(取材・編集:木村剛士 構成:加藤学宏 撮影:森カズシゲ デザイン:砂田優花)