サラダでなく、ライフスタイルを作る

ジョナサン・ニーマンによれば、スイートグリーンを立ち上げた当初、店内をさまよっていた客が多いことに問題を感じたという(他のフードチェーン店もぶつかる壁だ)。
それは一度に多くのゴールを追求し過ぎた結果だった。
客は頭上のメニューボードを見ながら、すぐに選択しなくてはならないが、オプションが多すぎる。一方の店員たちは、そうした優柔不断な客たちにも笑顔で対応すると同時に、できるだけ俊敏にサラダを準備していく必要がある。多すぎるオプションと客の列が進まないことで売り上げは落ちる。
ニーマンはそのダラダラ進まなかった列を、スイートグリーンの過去として葬ることにしたという。「私たちのブラックベリーのキーボードだ」と、タッチスクリーンの誕生と同時に消滅した、あの押しにくかったキーに例えた。
そんなスイートグリーンの未来はどこへ向かっているのだろうか。答えはアップル、ネットフリックス、アマゾン・ウェブサービスだ。
スイートグリーンがビジネスの目標設定を改め、より大きな野望を抱くのはこれが初めてではない。
ニーマン、ナサニエル・ルー、ニコラス・ジャメットが、大学卒業後すぐにスイートグリーンを立ち上げたとき、彼らの野心は大学のキャンパスほどだった。デリの高カロリーなサンドイッチに慣れていたジョージタウン大学の学生たちのために、ヘルシーかつ手早く食べられる選択肢を与えることだった。
競合との差別化を図るために、名のある建築事務所に依頼して古いハンバーガー店をリノベーションし、第1号店をオープンした。野菜は一般的なルートではなく、地元のファーマーズマーケットから仕入れた。
翌年、彼らは小売業の厳しさを学んだ。まず、彼らが借りた物件には配管設備や電気、冷蔵庫用のスペースがなかった。さらに、12月にサラダを買う人がほとんどいないことも予測できていなかった。家族や友人からかき集めた最初の資金37万5000ドルはすぐに底をついた。
彼らの元クラスメートらは大手投資銀行などでバリバリ働いていたのに対し、「私たちは店の配管をどうしようかと頭を抱えているだけだった」と、ルーは振り返る。「誰も私たちがなんでこんなことをしてるのか理解してくれなかった」

創業時の孤独が強めた、3人の結束

孤独だったが、それが逆に3人の結束を強めた。「私たちは互いにリスクを共有していたから」と、ルーは言う。
そして、スイートグリーンは軌道に乗り始めた。小さな店はすぐに利益を出し、3人は2008年までに75万ドルを調達して2号店をオープン。彼らのビジョンがサラダショップを越えてライフスタイル・ブランドを築くことに変わるまで、そう長い時間はかからなかった。
2011年、彼らはスイートライフ・ミュージックフェスティバルを開催したほか、学校で栄養について教えるプログラムも作った。「スイートライフ」ブランドの始まりだ。ニーマンは当時、ワシントンのシティペーパーにこう語っている。
「私たちはフィットネスやアパレルなど、健康的でバランスの取れた楽しいライフスタイルに関するものなら何でも取り組んでいきたい」
2013年には2200万ドルを調達し、フードチェーン大手への道も見えてきた。スイートグリーンはその後の4年間、メキシコ料理のファストフードチェーン「Chipotle」やスムージーチェーン「Jamba Juice」などで何十年もの経験のある人たちの助けを得て、60店舗以上に拡大した。
この頃、スイートグリーンの取締役メンバーのスティーブ・ケイスは、メディアに対して「うちはヘルシーなChipotleだ」と語り始めた。
だが裏では、ニーマンはケイスにその比較はやめてほしいと言っていた。スイートグリーン創設者たちのビジョンはいまやもっと大きなものになっている、と。ニーマンとケイスは最終的に「ヘルシーなスターバックス」という言い回しで落ち着いた。
スイートグリーンは2017年秋までに、従業員3500人を抱えるまでに成長。オーガニックのルッコラやほうれん草などサラダ用のグリーンを、毎月3キロ以上配給するサプライチェーンも築いていた。
そのまま順調にいけば、IPOとなる展開は見えていた。設立から10年、ついに苦労が報われる日も近かった。だが、スイートグリーンは違う道を選んだ。
ストックオプションを持っている幹部たちには残念なことに、創業者の3人はIPOという安易な戦略を避けた。彼らの目標はもっと野心的なものになっていたのだ。

新たな「テック軍団」が描く未来

この1年、スイートグリーンの本社には新しいタイプの社員が入ってきている。
アマゾンのデータサイエンティストとして働いていた人、ウーバーで製品開発を統括していた人、スターバックスやドミノピザなどフードチェーン大手でデジタルを専門に担当していた人たちなどだ。
こうした「テック軍団」がスイートグリーンの明日を築いている。
それは、顧客それぞれの腸内細菌とつながったり、ブロックチェーンを通じて各農家の作物の鮮度や味をトラッキングしたりする、フードプラットフォームを築くことだ。
それは、客が地元の野菜を試食しながら、デジタルキオスク端末、またはタブレットを持ち歩いている従業員を通じてサラダを注文するようになるプラットフォームだ。あるいは実店舗そのものが必要なくなるかもしれない。
アマゾンがサーバーを貸し出すことができるなら、スイートグリーンだって同じようにサラダカウンターを貸し出し、シェフと配達ネットワーク、サプライチェーンをつなげられるのではないか──創業者の3人はそんな未来を描いた。
しかし、スイートグリーンの誰もがこのビジョンを受け入れたわけではない。
2017年終わり、同社が2億ドルを調達してテック企業への転換を図ると宣言する前に、幹部や取締役の一部はその戦略について性急で大胆過ぎると警鐘を鳴らしていた。店舗の事業や収益性に集中すべきであり、投資家たちもIPOに期待していると、説得しようとした。

「テック企業宣言」で去った幹部たち

創業者の3人はそうした懸念を認識しながらも、自分たちの意思を通した。「私たちは資本集約型ビジネスであり、当時の私たちには現金がほとんどなかった。使い切っていたんだ」と、ニーマンは言う。
「私たちはリスクプロファイルを変え、戦略を根本から見直した。(他と同じことをする)コピー・ペースト的なモデルを捨て、フード業界のナイキやアップル、スポティファイになりたいと思った」
言い換えれば、創業者たちは外食産業における企業と顧客の行動様式を根底から改革したいと考えたのだ。
ルーは、時代遅れになるのを恐れたと語る。
「スイートグリーンの店舗の前にはいつも列が並んでいるから、順調だと思って、見えなくなってしまうことがある。大半の投資家たちも『すごいよ、5000店ぐらい建てるべきだ』って言ってくる。でも私たちがやっているのは、時代に合わない店を次から次へと建てているだけだと気づいたんだ」
2017年12月、テック企業への転換に反対していた最高執行責任者(COO)のカレン・ケリーがスイートグリーンを去った。その後すぐにバイスプレシデント4人が辞め、
2018年春までには創業者と最高財務責任者を除いてすべての幹部がいなくなっていた。
それから1年余り。スイートグリーンは現在、新しく100店舗をオープンする準備を進めている。ただし、ニーマンによれば、さまざまな「実験」をする場としての店舗になるという。

「体験」と「実用」2つのゾーン

2018年、スイートグリーンはサラダをオフィスビルやコワーキングスペースまで届けるデリバリーサービス「アウトポスト」を開始し、150か所へ配達している。
また年内にヒューストンとデンバーに進出する際には、大きな旗艦店と小さな店舗、そしてデリバリー注文に特化したキッチンといった、3つの異なる形態を組み合わせていく予定だ。
そうした旗艦店の内部は「体験」と「実用」の2つのゾーンに分けられるという。フロントには「テイスティング・バー」を設け、客が地元の生産者たちの話を聞きながら、サンプルのサラダを試食できる(気に入ったサラダがあれば、デジタルキオスク端末またはタブレットで注文する)。
バックサイドは、その店舗から、モバイルアプリから、あるいはウーバーイーツなどの配達サービスから入ってきた注文を、次から次へと作っていくサラダ工場になる。
スイートグリーンによれば、このように顧客体験を製造工程から切り離すことはスピードアップとカスタマイズにつながるという。
客はネットフリックスをサーフするように、さまざまな素材の無限の組み合わせの中から、自分好みのレシピをスクロールできる。そしてマシンラーニングのアルゴリズムがユーザーそれぞれの食に関するプロフィールを作成していくだろう。
このような創設者3人によるシリコンバレー的なレトリックやブランディングは、会社や自分たちをより魅力的かつビジョナリーに見せようとする表面的な試みにすぎない、と捉える人もいるかもしれない。
まだ30代前半の彼らは、典型的なフードチェーンを作って売却するのは退屈で芸がないと考えているのだろう、との印象を受ける人もいる。
ルーは普通にIPOをする出口戦略を「ハムスターの回し車みたいだ」と表現し、魅力的でないことを認める。「新しい店舗を次々とオープンして、より多くの客を呼び込むことが成長の物差しだなんて」

誰もが「テック」を名乗る時代

リブランディングを図る企業はスイートグリーンだけではない。
植物性のマヨネーズを作ったことで知られるフードスタートアップ「Hampton Creek」は社名を「Just」に改め、「わが社はたまたまフード業の仕事をしているテック企業だ」としている。「わが社のビジネスに最も近いのはアマゾンだ」と公言する同社は、2億4700万ドルを調達し、ユニコーン企業の評価を得た。
また、ソフトバンクが104億ドルを出資するコワーキングスペース「WeWork」は3月、社名を「We Company」に変更し、新たなミッションは「世界の意識を高めることだ」とした。
では、2019年のテック企業の定義とは何なのか。ひとつ言えるのは、自らテックを名乗ることにより、確実に評価額を引き上げ、さらには、より実りのあるIPOのために上場時期を待つことも可能になるだろう。
「私たちは、テクノロジーとはつねに進化しているものだと考えるように教え込まれてきた。だからそれは未来であり、テックに投資するのはつまり、未来に賭けるということ。サラダに賭けるのではなく」と、ベンチャーキャピタル「Bullish」の共同設立者マイケル・デューダは言う。
「サラダを売る企業の価値がXであるのに対し、テック企業がその何倍もの価値があるとしたら、どっちのストーリーを売り込むかは自明だろう」
だがルーは、単に企業価値を上げるためにテック企業のレトリックを使っているのではないと語る。
「私たちがサラダを『コンテンツ』と呼ぶのを変だと思う人たちがいる。そんなふうに表現した人はこれまでにいないって。でも、とくに社内では、こうした言い回しが人々のマインドを変えるのに役立つ。この小さな呼称の変化が、私たちがビジネスを進化させていることを人々に理解してもらう助けになる」
もはやソフトウェアやハードウェアを売る企業だけがテックではないと、ジャメットは言う。「テクノロジーとは何かを実現するための手段であり、プロダクトではない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Burt Helm/Editor-at-large、翻訳:中村エマ、写真:franckreporter/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.