ファントム・オートは、自動運転タクシーの実用化を待つ間、フォークリフトやトラックを遠隔操作しようとしている。

4000キロ先の無人トラックを操作

ベン・シュクマン(25歳)は2月の4日間にわたって、カリフォルニア州マウンテンビューにあるファントム・オート(Phantom Auto)のオフィスに現れ、暗い部屋に並べられたコンピューターの前に座り、ハンドルを握って運転を始めた。
シュクマンがシリコンバレーでハンドルを切ると、約4000キロ離れたジョージア州アトランタの無人トラックがセミトレーラーを連結し、倉庫内をけん引した。7つの州を隔てた場所からトレーラーをバックさせ、ローディングドックや駐車場に入れた。
「われわれは、トラック運転手ですらお手上げの難しい操作もこなせた」
ファントム・オートは2017年、自動運転車のビジョンと現実のギャップを埋めるために立ち上げられた。建設工事、悪天候、路上での緊急事態など、自動運転車に搭載された人工知能(AI)を混乱させるような状況で、人が介入するための遠隔操作技術を提供している。
ファントム・オートのソフトウェアと移動体通信によって、訓練を受けたオペレーターが車の操作を引き継ぎ、困難な状況を切り抜ける仕組みだ。
そのファントム・オートが事業を拡大し、物流に進出しようとしている。フォークリフトや配達ロボットのほか、倉庫や集配センターでトレーラーを動かす「ヤードトラック(コンテナ牽引用作業車輌)」などの遠隔操作技術を提供しようとしているのだ。
ファントム・オートは4月18日、ベッセマー・ベンチャー・パートナーズが主導する資金調達ラウンドで1350万ドルを集めたと発表した。これまでに調達した金額の合計は約1900万ドルだ。

進まない自動運転タクシーの実用化

ファントム・オートの新事業は、自動運転車業界に対する幻滅がどれほど大きくなっているかを表している。100億ドル以上を投じ、何年もかけて開発してきたにもかかわらず、自動運転車はいまだに一般利用のめどが立っていない。
ファントム・オートの当初の戦略は、自動運転タクシーのギャップを埋めることだった。しかし、自動運転車による配車サービスはテスト段階からほとんど前進しておらず、セーフティードライバーなしで走行することはめったにない。人間2人が前の座席を占拠していることさえある。
アルファベット傘下のウェイモは、アリゾナ州フェニックス郊外で少数の顧客に対して制限付きの配車サービスを提供している。通常、ロボットカーが機能しなくなったときのため、セーフティードライバーが運転席に座り、万一のときに介入できるよう、遠隔監視も行われている。
公道で乗客を運んでいるスタートアップは事実上ほかにいない。つまり、ファントム・オートの遠隔操作技術はほとんど需要がないということだ。
ファントム・オートは、複数の大手自動車メーカーと技術販売の契約を結んでいると述べる。自動運転タクシーが実用化された際に、人が遠隔操作で問題解決にあたるためだ。
共同創業者のエリオット・カッツは「文字通りすべての大手メーカーと話をしている。われわれがしていることの性質を考えると、彼らにできることとできないこと、サービス展開の具体的なスケジュールについて、かなり詳細な話し合いが必要だ」と話す。
「彼らは近いうちにサービスを展開すると言うが、彼らの言葉はすべて虚偽だ」

建設業や鉱業にも可能性を見出す

ファントム・オートは、しばらく生き延びる手段として、物流への参入を決意した。自動運転業界では「遠隔操作という応急処置」の提供者でさえ、応急処置の戦略が必要なのだ。
ヤードトラックやフォークリフト、運搬車両は、技術を売り込むための早道となる。比較的スピードが遅く、乗客を運ぶことがなく、公道の交通に対処する必要がないためだ。
カッツは、建設業や鉱業にも可能性を見出していると述べる。これらの業界では、自動化技術や遠隔操作技術が強く求められている。専門のオペレーターを見つけるのが難しく、多くの場合は現場近くに暮らしていないためだ。
カッツによれば、ヤードトラックの顧客には、全米に数十の流通センターを持つ小売企業も含まれているという。ファントム・オートは、遠隔操作技術でアラバマ州、オハイオ州、オレゴン州と瞬時に切り替え、1カ所からすべての顧客にサービスを提供できる。
もしファントム・オートあるいはライバルがこのビジョンを実現できれば、産業車両オペレーターの労働力プールが拡大し、その形も劇的に変わるだろう。
初期段階のスタートアップに特化したグーグルのベンチャーファンドは2018年、遠隔運転機器を開発するスコッティー・ラブズ(Scotty Labs)に対する600万ドルの出資を主導した。
ボルボ建設機械も3月、スウェーデンで5G移動通信ネットワークを使った遠隔操作ホイールローダーのテストを行うと発表している。
ボルボ建設機械のバイスプレジデントとして北南米の顧客サポートを担当するスコット・ヤングは「われわれの業界では人材が不足している」と話す。「そのため、われわれはこの仕事を、ある人材プールに持ちこんでいる」
ヤングによれば、オンラインゲームをする若者たちは、すでに遠隔でチームプレイする方法を習得している。そのため、未来の重機オペレーターは、トラック運転手よりゲーマーのほうが多くなる可能性もあるという。

熱狂的なゲーマーもテストに参画

実際、シュクマンも典型的なヤードトラックの運転手ではない。シュクマンは独学のロボット研究者兼プログラマーで、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に通っていたころは熱狂的なゲーマーだった。「リーグ・オブ・レジェンド」の攻略ガイドを書いたこともあり、オンラインで400万回以上も閲覧されている。
シュクマンは2年前にファントム・オートの一員となり、遠隔操作コンソールの開発とテストに協力している。ほかの遠隔操作者は、自動運転車メーカーのセーフティードライバーから転身した人がほとんどだ。全員が約2週間の訓練を受け、遠隔操作でスラロームコースを走行するなど、一連の課題に合格しなければならない。
シュクマンは3カ月前まで、本物のヤードトラックに乗ったことさえなかった。3カ月前、ファントム・オートの顧客であるオランダのテルベルグ・グループ(Terberg Group)が、自社のトラックに遠隔操作システムを搭載するため、カリフォルニア州に1台持ち込んだのだ。
シュクマンは1日かけて本物のトラックで基本的な運転と高度な操作を練習したあと、遠隔操作コンソールでの練習に戻った。違和感がなくなるまでに2週間ほどかかった。
「実際の運転と遠隔操作を行き来して強く感じたのは、確かに違いはあるが、必ずしも遠隔操作の方が難しいわけではないということだ」
ファントム・オートが公開したハイライト動画では、シュクマンが驚くほど狭い場所にバックで車両を入れている。シュクマンによれば、コンピューター画面のほうが、トラックのフロントガラスより視界が良好だという。
倉庫業を担うファントム・オートの顧客のほとんどは、現在のトラック運転手たちに遠隔操作を教えようとしている。すでに訓練を終えた運転手もいる。
「彼らも最初は少し緊張しているが、2週間が経つころには、限られた人にしかできない高度な操作をこなしている」とシュクマンは話す。
カッツによれば、ゲーマーとトラック運転手のどちらが優れた遠隔操作者になるかはまだわからないという。「われわれが最も強調したいのは、たとえ離れた場所で画面の前に座っていても、これは現実だということだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Ira Boudway記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:phantom.auto)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.