(ブルームバーグ): 三菱UFJ銀行の南里彩子執行役員は、1998年大みそかのことを今でも覚えている。NHKの紅白歌合戦で1年の出産休業を終えた人気歌手、安室奈美恵さんが、観客から「お帰りなさい」と歓声を受けていた。結婚が決まっていた南里氏は、自分が出産を経て職場に戻ったとき同じように歓迎してもらえるのだろうかと考え涙が出たのだという。

男女雇用機会均等法施行から12年たっていたが、国内の大企業には女性管理職で子育てと仕事を両立しているロールモデルはほとんどいなかった。南里氏は、部内の飲み会やゴルフに積極的に参加し、「男社会で一緒に闘おう」と意気込んでいた頃で、当時の上司が、将来子どもを産んでも同じように働くつもりかと尋ねてくることに反感すら抱いていた。

28歳で結婚し、2人の娘に恵まれた。出産後、働き方は180度変わった。以前、職場の飲み会終了まで使えていた自分の時間は、保育園のお迎えや家事、食事の準備に充てることになった。

「予測できる仕事を全て前倒しでこなしても、同僚の助けは必要となる」と痛感した南里氏が向き合ったのは、ただ手伝ってもらうことではなく、周囲に積極的に関わってもらうことだった。作業を一定程度進めてから仕上げをお願いしたり、急ぎでない案件に先回りして手を打ったりするなど、「舞台回しの訓練を重ねた」ことで、同僚一人一人の立場に配慮する重要性を学んだ。

昨年、三菱UFJ銀行として2人目の女性執行役員となった南里氏は、自身の経験をマネジメントスタイルに反映させている。その一つが、コミュニケーションの場を終業後の飲み会としないことだ。

飲みニケーション

飲みニケーションという言葉が広く認知される日本企業では、今も職場の仲間が声を掛け合って飲酒をする機会は多い。飲みニケーションを題材にした論文がある会津大学の山内和昭上級准教授は、飲酒を共にすることで本音を語れて親近感が持てたり、商談がしやすくなったりすることから大事なコミュニケーションツールだと語る。

今月1日からは働き方改革関連法が大企業を対象に施行され、健康管理や過重労働防止の観点から労働時間管理が義務化された。しかし、仕事後に上司と行く飲み会についての規定はなく、山内氏は、酒を介することで上司が部下の不満を知り、問題解決の糸口をつかむことが可能になるとして、今後も職場における飲酒機会の重要性は変わらないと述べた。

南里氏は、この慣習に挑んだ。「サッカーは、制限時間内に試合を決める。私もフィールドで時間内に判断をする勝負をしようと思った」として、部下から飲みに誘われたときには、「あなたのことは最大限考えているけれど、違った形でアプローチさせてほしい」と伝えた。3月まで在籍していたコーポレート・コミュニケーション部では、就業時間内に仕事に必要なコミュニケーションを取り、仕事の後は家族や友人、職場以外の人と過ごすことを勧めた。

京都外国語大学国際貢献学部の根本宮美子教授は、飲み会文化は、日本の雇用制度、年功序列賃金、長時間労働と密接に結び付いていると語る。遅くまで時間を共に過ごすことで仲間意識を高めるほか、自分が上司や仲間からどう見られているかの情報収集の場でもあると指摘した。

上司がいる会議では言えなかった本音を語る「第2の会議」に位置付けられることもあり、参加できない子育て中の女性や外国人とは情報共有ができず、多様性が生まれにくいと指摘。時間内に仕事を終えて帰宅した人の業績をたたえ、評価につなげることで残業しても意味がないとの意識を植え付ければ、本来は不要となるはずの慣行だと根本氏は語った。

人材育成コンサルタントの田原洋樹氏は、南里氏の発言には、時間の使い方を提言する意図があったとみる。金融機関で講習を行うことも多い田原氏は、銀行の収益構造が変わる中、飲み会で親しくなった上司に引き上げてもらうより、社外交流や資格取得の勉強に時間を使いスキルアップを図りたい若者が増えたと感じている。会員制交流サイト(SNS)で情報交換をする方が効率的と考える向きもあり、「上司と部下とのコミュニケーションを見直すべき時期に来ている」と述べた。

チャレンジ係

南里氏は、飲み会を控える試みは「実験」であり、「うまくいけば、皆にも勧めようと思っている」と述べた。今のところ効果は定かではないが、社内のつき合いに参加できずわだかまりを抱えていた育児中の男性部下から、気が楽になったと言われたのは励みになっている。

「大それた変革者にはなれないけれど、小さな変化のきっかけを作ることは女性役員としての役割かもしれない」と南里氏は語る。「再創造イニシアチブ」を掲げ構造改革に取り組む同行だが、南里氏は自分たちを変えていくことは意外と難しいと感じており、「皆で同じことをしていては組織は変わらないので、自分を新しいことへのチャレンジ係と位置付けている」と笑顔で語った。

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