行列ができる人気店がM&Aを決意した理由とは

2019/4/25
人手不足、外国人労働者問題、消費税増税など、外食を取り巻く環境はますます厳しくなっている。そんな中、外食業界では、M&Aという新たな選択肢による成長が注目されつつある。「金子半之助」創業者・金子真也氏、「つじ田」創業者・辻田雄大氏、そして両者のM&Aを手がけたスパイラルコンサルティング代表・太田諭哉氏が外食M&Aの新潮流を語り合う。

修業仲間で親友同士のつじ田と金子

金子  私の店「金子半之助」は祖父の名前に由来しています。祖父は日本調理師一心会の2代目会長も務めた和食の職人。その影響で子どもの頃から外食の道に進むことは決めていました。修業を経て、28歳で独立。仕出し弁当屋からスタートして、天ぷらめしの金子半之助をオープンしました。
1978年、東京都文京区生まれ。料理人の家系に生まれ、祖父・金子半之助に預かった閻魔帳をもとに完成させた粋で豪快な江戸前天丼で、20代で「金子半之助」を三越前に開業。国内はもとより海外出店も精力的に進めている。
 中学からの親友の辻田は修業仲間でもあり、自分より先に独立してラーメン店を経営。その姿を見ているうちに、自分も店舗のない仕出し弁当屋だけでなく、実際に店を構えたいと思ったのが、天丼屋を始めるきっかけでした。
 祖父からもらったノートにあった「秘伝の江戸前の丼たれ」を使った天丼屋はオープンしてすぐに行列店に。勢いに乗って、次々に店舗を拡大することができました。
辻田 私が「二代目つじ田」をオープンしたのは25歳。31歳のときにはアメリカにも進出しました。
1978年、東京都生まれ。高校卒業後、居酒屋を運営する子会社を任され、25歳で独立してラーメン店「つじ田」をオープン。2011年にはアメリカ・ロサンゼルスに進出し経営者としての手腕を発揮する。
 もともと会社を大きくしたいと思っていたわけではなくて、下の人間が育って店長を任せられるようになると、自分がすることがなくなってしまう。それで新しく店を出すというのを繰り返していたら、いつの間にか店舗が増えて大きくなっていたという感じです。

「会社を売るって、なんですか?」

辻田 M&Aに興味を持ったのは、「つけめんTETSU」さんが2014年に、会社を売却したと聞いたのがきっかけです。「会社を売るって、どういうことだ?」と、すごく驚いて(笑)。
赤坂アークヒルズ店にある「成都正宗 担々麺 つじ田」。つじ田の担々麺専門店として、女性からも人気だ
金子 ちょうど同じ頃、金子半之助を買いたいというオファーがいくつか舞い込んできました。「ちょっと待ってください、天丼を売るならわかるけど、会社売るってなんですか?」って。TETSUさんの話もあって、「そうか、会社を売るということが世の中にはあるんだな」と。
辻田 実は、私は、その頃「このままでは、まずいかもしれない」と感じるようになっていたんです。国内だけでなく海外にも進出して、はた目には順調に見えていたと思います。でも、自分の中では、そのペースにどこか無理を感じ始めていたんです。
金子 私も辻田も昼夜構わず猛烈に働くやり方しか知らない人間です。しかし、世間の流れはそうではなく、労働基準法も厳しくなってきました。自分たちのやり方が限界に来ているのかもしれない、そんな気持ちがありましたね。
カラリと揚がったサクサクの天ぷらは、職人の技が光る品。金子半之助が入る赤坂アークヒルズ店には、担々麺 つじ田と並び、グループ店が4軒並んで出店する
  そこで、TETSUさんの M&Aを仲介したスパイラルの太田さんを紹介してもらって、「会社を売る」とは何かをレクチャーしていただくことにしたんです。

2つの会社を合わせて売る

太田 最初は辻田さんだけでいらして、「TETSUさんは15億円で売却したので、それ以上の金額で売りたい!」と(笑)。売値の相場は、一般的にのれんの償却期間である5年をベースに営業利益の5倍程度とお伝えしたら、「まだ、足りねぇわ」と言って、そのときはお帰りになられました。
 さらに1年くらいして、お二人でもう一度いらしたときから、具体的に今回の話を進め始めました。
1975年埼玉県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、安田信託銀行株式会社(現・みずほ信託銀行株式会社)に入行。2001年に公認会計士に合格し、監査法人トーマツ入社。株式公開支援、証券取引法監査、会社法監査の経験を経て、2003年に現・株式会社スパイラル・アンド・カンパニーを設立し代表取締役に就任。また、2019年4月よりM&A専門のコンサルティング会社株式会社スパイラルコンサルティングを始動し代表取締役に就任。
辻田 15億円以上と言ったのは、具体的な売値の希望額があったわけではなくて、単純にTETSUの小宮一哲さんに負けたくなかっただけ(笑)。
 そのときに、売り上げが大きくなれば、売値の相場も7〜10倍になるかもしれないと言われたことで、金子半之助とつじ田を合わせて売却することを考え始めました。
太田 お二人は非常に仲がよく、当時から海外の出店も一緒に会社をつくってやっていました。そうであれば、合わせて会社の規模を大きくするほうがM&Aで高く評価されるかもしれないと、アドバイスをしました。
 もちろん、一概に合わせて売却したからといって高く売れるとは限りません。「つけ麺は欲しいけど、天丼はいらない」と値段が下がるケースも考えられます。
 しかし、今回の場合は、両社の生い立ちとお二人の将来を見据えて、合わせて一緒に買ってくれる買い主を探してみることにしました。
金子 私は経営のプロであるよりも「レストランター」、つまり外食経営の専門家でありたいと思っています。売却に関しては太田先生にお任せして、バラバラでも一括売却でも、いいほうに一任するとお伝えしました。
辻田 プロ経営者が入れば、働く環境が整って従業員がもっと幸せになれる、という太田先生の言葉には、はっとしました。きれいごとではなく、従業員や取引先が守れるなら、という気持ちは大きかったですね。
太田 専門業態の外食系上場企業がほとんどない中、TETSUさんが上場を飛び越してM&Aを実現したことは、業界にとってかなりセンセーショナルだったはずです。
 IT業界では10年ほど前からM&Aが活発でしたが、その流れが今の外食で起きていると感じます。

世界で勝負できる外食ブランド

太田  当初、30億円で検討していた最低売却額を50億円に設定。複数企業からオファーがあり、入札でプライベート・エクイティ・ファンドのアドバンテッジパートナーズと交渉をすることになりました。結果的に、希望額以上の価格で売却、条件面でも非常に良い結果が得られました。
 M&Aが成功した理由はいろいろありますが、一番の理由はどちらの店も行列ができる人気店だったということ。売り先を探している最中も積極的に出店を続け、成長性が評価されました。海外にも出店し、世界で勝負できるブランドだというイメージを打ち出せたのもよかったと思います。
金子  太田先生から、勢いを止めずにどんどん出店してくださいと言われて、思い切って出店を続けました。
太田  最終的にアドバンテッジが出資して、おいしいプロモーションを設立。おいしいプロモーションが買収し、その後、二人がそれぞれ約10%ずつ再出資しました。

再出資してファウンダーとして協力

金子 最初に辻田が太田先生を訪ねてから3年、M&Aの準備を始めてから2年経っていました。
 売却が終わった後は、ほっとしたと同時に改めてやる気スイッチが入りましたね。まだまだ自分たちはやれる、と。これからもさらに勉強して、もっと働きたいという思いが強くなりました。
辻田 僕はのんびり暮らすほうがよかったんですけどね(笑)。金子が「もう一回やろう」と言うから、しょうがないな、という感じで。
 でも、一度やると決めたらからには、全力でやります。さらにつじ田や金子半之助を伸ばしていくにはどうしたらいいのか。ファウンダーの立場から協力していきます。
  一方で、僕自身も新しい経営者がどう会社を成長させていくのか、ノウハウを勉強させてもらっています。
太田 向上心が強いお二人には、売却後の会社の成長を中の人間として経験することがプラスになると思い、私から再出資を提案しました。
 買い手にとっても、特にスタート時のファウンダーからの支援はメリットが大きいだろうという判断もありました。もちろん、こういう形がベストかはケース・バイ・ケースです。
「NextStage」というのが弊社のスローガンですが、これはM&Aの仲介という一時点だけでなく、その会社やオーナーのNextStageをつないでいくという思いを込めています。そういう意味でも、今回の辻田さん、金子さんの一連のM&A、再出資は、次の成長に向けた支援になったと感じています。

M&Aで従業員の生活が守れた

金子 これまで自分たちは「お客さまを喜ばせること」しか考えてきませんでしたが、プロ経営者の「組織をつくる」「ルールをつくる」という手腕を目の当たりにして、学ぶ点が多いことは実感しています。
辻田 自分たちのペースであのままやっていたら、どこかでダメになっていたかもしれない。きれいごとではなく、M&Aで従業員の仕事や生活がきちんと守れたことが一番よかったですね。
金子 個人的には、M&Aをしてから出会う人が変わったというのは、強く感じますね。海外ではM&Aは一般的なので、企業売却を一度経験していれば、起業家として見られます。会話が変わるし、紹介される人も違う。
辻田 そうですね。ただ、自分たちとしては、あくまでも「レストランター」であるという部分は変わらないし、こだわっていきたいと思っています。

外食なら日本は世界で勝負できる

金子 飲食店経営という視点で考えたとき、日本は世界にもっと目を向けるべきですよね。今の日本はあらゆる面で中高年や高齢者向けになりがちです。もっとこれからの時代をつくる若者が元気な国、アジアなどを見ていったほうがいい。
辻田 外食業界は3Kで厳しいイメージが強く、人手も集まりにくい世界です。でも、裏を返せば、そこにチャンスがある。そう考えると、チャレンジする価値が高い業界だとも言えますよね。
金子 私は、最後までAIが進出できないのが外食だと思うんです。人から人への温もりがあるのは、やっぱり強い。それに「おいしかった、ごちそうさま」と言われる喜びややりがいは、ほかに代えがたいものがあります。
太田 日本の外食業界は、働き方改革、人手不足、外国人労働者、消費税増税と問題山積で、かなり状況が厳しいです。では、次のステージはどうしていくべきか。それはやはり、海外進出だと思います。
 金子さん、辻田さんも、今は国内ではなく、台湾、中国、アメリカなど世界に出店をしています。それが未来を見据えた外食の経営スタイルとなっていくでしょう。
 外食は、日本が世界で勝てる数少ないコンテンツ。味もサービスも優れた日本の外食であれば、世界でトップを取ることもできるはずです。
 今、ITや金融という業界に注目している人たちも、日本が外食で世界を凌駕(りょうが)すれば、外食業界の魅力に気づいて集まってくるかもしれませんよね。
辻田 業界の活性化のためにも、まずはNewsPicks読者のような人たちに、外食は世界で戦えるコンテンツだと知って欲しいですね。

店主なのか、起業家なのか

金子 先日、北京で金子半之助をオープンした際、ファウンダーとして現地でインタビューを受けたら、あっという間に私のやるビジネスに投資したいという出資オファーが3件もありました。日本も、これからはそういうやり方で外食業界をビジネスとして育てていくべきです。
辻田 今の日本には、そういう文化がなさすぎますね。
太田 目の前のお客さまだけを相手にする店主になりたいのか、起業家として大きくなりたいのか。外食経営者としてどちらを目指すかで、事業戦略が大きく違ってきます。
 それを踏まえた上で、外食業界のM&Aで成功には、お二人のようなレストランターとしての情熱が絶対に必要だと感じます。
(取材:久川桃子 撮影:よねくらりょう デザイン:國弘朋佳)