変わる竹芝エリア。東京湾を巡りながら新時代の東京を考える

2019/5/8
今4つもの大型再開発が進み、東京で注目を集めているエリアのひとつが浜松町・竹芝エリアだ。JR東日本が、2020年春、「WATERS takeshiba(ウォーターズ竹芝)」を開業するほか、複数の大型プロジェクトが進行中だ。この竹芝から船で出発し、東京湾をクルーズしながら “水辺の魅力”や“まちづくり”について語る船上トークセッション「JR東日本presents 水都まちづくりセッション」が3月23日に開催された。

ゲストは千葉工業大学・八馬智教授、JR東日本「WATERS takeshiba」プロジェクトメンバーの片桐暁史、モデレーターにはNewsPicks CCO 佐々木紀彦が登壇した。
NewsPicks CCO 佐々木紀彦

進化し続ける竹芝エリアの水辺の歴史

 冒頭に、JR東日本「WATERS takeshiba」プロジェクトリーダーの花倉伸治から浜松町・竹芝エリアの変遷が語られた。
現在の竹芝エリアは東京湾の一部だった。この後、関東大震災で陸上交通網が壊滅し救助が難航したことから、東京港の本格的な建設が進められるようになる。緑部分は浜松町駅、水色の枠部分は「WATERS takeshiba」予定地(以下同)
1958年~1970年に掛けて、東京タワー、首都高速道路、東海道新幹線、モノレールの開業、当時の国内最高の高さを誇った世界貿易センタービルの建設などが進み、浜松町が日本の最先端だったと言っても過言でない時代
汐留貨物場が再開発エリアに。平成元年には竹芝エリアの貨物線も全廃。一部、貨物線跡地を活用しながら東京湾岸を結ぶ「ゆりかもめ」が1995年に開業している
平成〜令和時代にかけて、浜松町・竹芝エリアでは「WATERS takeshiba」を始めとする多くの再開発が同時進行中。新しい水辺のまちづくりが始まっている
東京湾クルーズ、最初のセッションは“ドボクマニア”として知られる八馬教授が登壇。世界や日本の土木観光の面白さ、水辺と都市の関係について、マニアックなトークで会場を大いに盛り上げた。

「ドボク」に着目すると様々な“背景”が見えてくる

八馬 インフラストラクチャーは、地域の成り立ちや文化を知るための強力な手がかりになると考えています。そのシステムや施設には、その土地の自然の脅威や地域の課題が色濃く反映されているので。
  日本では、ドボク構造物を鑑賞するムーブメントが2007年頃にあり、その頃にいろんなドボクマニアがつながりました。
 彼らと話していて感じたのが、ドボクを楽しむ共通の入口は“鑑賞”だけど、そこから社会の成り立ちやシステムとの関係性に関心が移っていくことです。つまり、「見える」ものを通じて「見る」ことを実践しています。
 なぜなら、ドボクには「どうして、そういう形にしたのか?」という理由が必ずあるからです。そこを深掘りしていくことが、鑑賞の最大の面白さだと思います。
 例えば、東京湾クルーズからも見えるレインボーブリッジ。レインボーブリッジは、横の長さが短く、吊橋としては寸詰まりで、構造的合理性の観点では整った形とは言えません。
 これは、航路の幅を維持しながら限られた土地の中で構造物を収めたため、結果的に中央径間に比べて側径間が短くなったのです。航路の高さを確保するために、巨大なループが橋の両端にあります。
 時間も距離も余計にかかるループを疑問に思う人もいるでしょうが、一定の勾配で高さを稼ぐためにわざと長く造っているという意味があることを知るだけで、なんだか愛着がわいてきませんか(笑)。
 ドボクというのは世間的に負のイメージが強くて、とかく批判されやすい。でも、レインボーブリッジのループは、車、鉄道、船、飛行機、様々な立場の都合を考慮してつくられています。
 つまり、ドボクを評価するには、誰かの都合だけを考えるのではなく、「みんなの都合を同時に考えてつくられている」という部分にフォーカスすることが必要です。
 また、港の眺めの特徴として、工場などの生産施設が隣接し、流通・物流の拠点となる倉庫群があり、人を寄せ付けにくい風景になっています 。これは港が“都市のバックヤード”だからという背景があるからなんですね。

東京の水辺はバックヤードからバルコニーへ

 現代都市が成立していく過程で水辺で産業が発達する一方、人々の暮らしと港は、どんどん切り離されていきました。都市のバックヤードである港には、人が立ち入ることができなくなっていったからです。
 現在のウォーターフロント開発は、切り離されてしまった水辺と人の暮らしを取り戻すものと言えるでしょう。
 70年代から80年代に住宅、オフィス、商業などを別々にゾーニングした幕張新都心や横浜みなとみらい21。
 90年代に世界都市博を呼び水に企業を誘致して開発を進めようとしたが世界都市博の中止で空地が残ったお台場。
 造船工場や発電所だった水辺を、住宅やオフィス、商業がミックスされた計画で、2000年代から急速に開発が進んだ豊洲。
 どれも、都市のバックヤードとしての水辺を都市のバルコニーへと変貌させるものと言えます。人々の暮らしが水辺に戻り、そこから文化や歴史が育まれる。人目に触れないバックヤードから、人が水と向き合って暮らしを楽しむバルコニーになる。
 都市の豊かな暮らしが水辺に広がっていくイメージです。
 そういう歴史を踏まえて、「WATERS takeshiba」プロジェクトもそうですが、今、生活者のための空間というのが、すごく重視されるようになっています。また、地域性を育むというのが、都市開発のひとつのキーワードになります。
 ただ、東京の水辺は、ほとんどが埋立地です。産業を支える場所として埋め立てられた新しい土地なので、地域文化をつくり出すための地理的・時間的要因があまりない。
 そこで「水辺の楽しさ」という要素を加えることで、日常の暮らしの場であり、観光やアクティビティが楽しめる場所という地域性を育み、プロジェクトも水辺の価値も上がっていくと期待しています。
 これまで、まちづくりで役割を担えなかった水辺が、時代の要請に応えてその在り様を大きく変容させ、これからは文化や歴史を作る日常の場へと変わっていくはずです。
 東京の都市開発は運河を埋め立てたり、水辺に背を向ける方向だったのですが、これからは水辺に人が向き合っていく時代になる。そんなふうに東京の水辺が変わっていくのは、ドボクマニアの僕としても楽しみです。
台場やガントリークレーン群、豊洲、水門を通り、その後は浜離宮恩賜庭園とウォーターズ竹芝の計画地をゆったりと巡った

注目すべき水辺開発の事例は

佐々木 東京の水辺の開発を考える上で、世界の事例というのも参考になると思うんですが、そのあたりいかがでしょうか。
八馬 海外の水辺のまちは、やっぱり「水辺に目が向いているな」というのを感じますね。歴史的な水辺をうまく現代に取り込んで再生し、共存しています。
 例えばオランダは海面より土地が低く、水の怖さにすごく敏感であり、かつ水辺を楽しむ文化的親和性も高い国です。
 水辺にあるオープンカフェでも、目の前にある運河との間に柵がなかったりします。水辺に柵がないのって、最高ですよね。
 アムステルダムでは、運河に住むハウスボートが人気です。アジアの水上生活には低所得者のイメージがありますが、ここのハウスボートはれっきとした住所もあって、ライフプランも充実した人気の物件になっています。また、観光客向けのホテルとしても使われています。
佐々木 日本では規制があって、柵のない水辺も水上生活も難しいでしょうね。
八馬 確かに今はできなくても、これから変えていくという可能性はありますよね。
片桐 私も海外の水辺の開発事例はいろいろ見てきましたが、ニューヨークのブルックリンは面白いですね。昔のものを生かしながら、水辺をうまく使ったまちづくりをしています。
 ニューヨークでは、ハリケーン対策のグリーンインフラとしても水辺を活用。長期的な視点で都市の価値を高めているな、と感じます。
佐々木 日本でも水辺の倉庫街を活用する動きがありますよね。
片桐 倉庫は用途を変えやすいですからね。空間が広く、自動車のアクセスもいい。ポテンシャルがすごく高いので、その地域が盛り上がれば、全然違うものとして倉庫の価値は上がっていきます。

竹芝が、これまでどこにもなかった水辺の街へ

佐々木 竹芝という水辺は、東京のほかの水辺と比べるとどんな特徴があるんですか。
片桐 まずは、山手線を中心とする陸路と、浅草から羽田までの水路の交通の結節点ということです。
 もうひとつが、防潮堤に囲われ水面が非常に安定しており、初心者向けの水上アクティビティにも適しています。
 3つ目が、このエリアは都心にありながら浜離宮が目の前にあるなど、豊かな自然が広がっており、東京湾のゆりかごと言えるほど多様な生物が生息している、自然豊かなエリアでもあるということです。
 この心地よさ、水辺の潤いを生かしながら、暮らし、アクティビティ、文化が生まれる空間を創り出していきたいですね。
八馬 そういう場所で生まれる新しい水辺の街がどうなるのか、ワクワクしますね。
片桐 ありがとうございます。そのために、いろいろなアイデアを社会実験しながら試しているところです。
 まずは、水上タクシーなど多様な舟運と鉄道、車、レンタサイクルなどの陸上交通をシームレスにつなげて、より快適で便利な移動を実現していくこと。
 例えば、羽田空港から船で直接、竹芝のホテルに移動してチェックインするようなことができれば、お客さまへの特別なおもてなしにもなると思います。
 船には非日常的な感覚があるので、クリエイティブな会議を船上で行うのもおすすめです。
 休日はもちろん、オフィス街に近い場所だけに出勤前や仕事帰りに、サップやカヌーのような水上アクティビティを気軽に楽しんだり、船上シアターで水面から映画を見たりするなど、夢は膨らみます。
 また、東京湾の多様な自然を生かすべく、竹芝を東京湾の環境再生の拠点として位置づけ、大人や子どもたちの環境学習の場にすることも考えていけるといいですね。
 まだまだアイデアベースですが、広くみなさんからも意見を募って、ユニークなまちにしていきたいと思っています。これまで、東京のどこにもなかったような、暮らしを豊かにする水辺のまちを竹芝に生み出していきます。
この後、参加者から竹芝の水辺開発にさまざまなアイデアが寄せられ、登壇者と活発に意見を交換。新しい水辺のまちづくりをテーマに、おおいに賑わいを見せた。
 大規模な開発ラッシュが続く東京湾岸エリア。人々の暮らしが根づき、観光スポットや文化の発信地としても新しい魅力が期待できる。一歩進んだ水辺の豊かさを求めて生まれ変わる未来の竹芝への期待に胸を昂らせながら、東京湾を一周するクルーズセッションは幕を閉じた。
(編集:奈良岡崇子 撮影:北山宏一)