【白熱8000字】これからの採用には「マーケティング思考」が必要だ

2019/4/22
労働力不足が叫ばれる昨今、競争優位性の源泉となる優秀な人材をいかに獲得するかは、企業にとって死活問題だ。採用競争がますます激化するなか、企業には採用戦略の大幅なアップデートが求められている。
その一つが、採用に「マーケティング思考」を取り入れること。
去る3月28日、Indeed × NewsPicks Brand Designのコラボレーションによって実施された『採用戦略ブートキャンプ』は、「マーケティング思考×採用戦略」を学ぶための1日特訓プログラムだ。
Indeedは、「オウンドメディアリクルーティング(OMR)」(自社の運営するメディアを軸に、高付加価値人材に直接メッセージを発信し、共感を喚起することで人材獲得につなげていく能動的リクルーティング手法)を提唱している。

求職者・企業の双方にとって“良い採用”を実現するためには、企業がオウンドメディアを活用し、主体的に適切な情報発信をすることで自社の透明性を高め、求める人材からの共感を得ることが必要であるからだ。

そして、それを実践する上でポイントとなるのが、マーケティング思考だという。
今回コーチを務めたのは、事業の最前線でマーケティングを担ってきたCMOや、マーケターとしての経験を生かして急成長企業の採用責任者を務めているトップランナー陣。
そして、数百人の応募者のなかから抽選で選ばれた参加者は、大企業のCHRO(最高人事責任者)をはじめ、スタートアップの人事担当役員など、採用市場にリアルに向き合っている33人。
リポートの前編では、3人のコーチが披露した知識を余すところなくお伝えする。
マーケティングとは何か。それを定義するのは難しいのですが、私は「価値の交換」だと解釈しています。
その上で、マーケティング戦略は「市場を定義」して「価値を定義」し、「価値を創造」して「伝達する」という4つのプロセスから総合的に策定しています。
では、それぞれのフェーズで何をするのか、具体的にお話しします。

STEP1 市場の定義

まず初めに行うのは「市場の定義」です。定義する上でシンプルに考えるコツは、誰が競合なのかを考えること。
たとえばベンチャーなら、競合は同じようなベンチャーなのか、もっと規模の大きなメガベンチャーなのか。それとも金融など違う業界も含めるのか。
自分たちはどの人材市場で戦っているのかを定めます。
市場を決めたら、誰が顧客(=ターゲット)で誰が顧客でないかの境界線を引きましょう。
市場の規模と市場の成長性、競合環境、自社の能力と親和性などを考え、自分たちはどの人材プールを狙い、誰と競合するのかなどを明確にしていきます。

STEP2 価値の定義

次は、自分たちの顧客に提供できる価値を定義するために「あるべき姿」を定義して、それを地に足をつけたメッセージとして語るために、あるべき姿から逆算した「語るべき今」を考えます。
たとえば、あるべき姿が「市場ナンバーワンレベルの高待遇を得られて、市場価値の高い人材として活躍できる」とした場合。
今の時点では必ずしもそう言い切れないなら、「こんな優秀人材と一緒に切磋琢磨(せっさたくま)できるから、最終的にはこんな姿になるよ」という語るべき今を設定するんですね。
ここで間違いがちなのが、あるべき姿を会社のミッションにしてしまうこと。
たとえば、英会話スクールのあるべき姿を「世界一の英会話教室になる」にしてしまっては間違いです。
ここで定義するのは、あくまでも顧客に提供する価値。顧客にとって世界一の英会話教室であることは価値にはなりにくいですよね。
顧客の価値は、2軸4象限の図で考えるとわかりやすくなります。横軸に「機能的なのか情緒的なのか」の軸を起き、縦軸に「実利があるか・ないか」の軸を置きます。
たとえば、業務用のネジに必要なのは、情緒的な価値ではなく実体があって機能的な「実利価値」です。
逆にミネラルウォーターの場合は、機能価値や実利価値ではほぼ差がつかないので、100%情緒的な価値での勝負になります。地球に優しいペットボトルに共感してもらったり、爽やかでおしゃれなイメージを構築したり。
おもしろいのはエナジードリンクで、国内外で価値の置き方が違うんですね。日本は配合成分などの実利価値を訴求しますが、海外で訴求されているのは「挑戦する人を応援する」といった情緒価値なんです。
これをHRで考えると、実利価値は採用条件で保証価値は働きやすさ、共感価値は会社の理念やビジョン、評判価値は入社することがステータス、などが当てはまるので、どの価値を前面に出して勝負するのかを決めましょう。

STEP3 価値の創造

価値を定義したらそれを実現させるために、人事制度やコミュニケーションの取り方、Webサイト(オウンドメディア)などで形にしていきます。
場合によっては、価値に応じて人事制度を変える必要も出てくると思います。
また、情緒的な価値を定義した場合は、次の「価値の伝達」のフェーズで広く認識してもらい、実現していくことが多くあります。

STEP4 価値の伝達

最後はようやく広告宣伝にあたる「価値の伝達」です。
伝達には5つのステップがあり、「気づいてもらう」「覚えてもらう」「好きになってもらう」「深く知ってもらう」「選んでもらう」という流れで実行していきます。
よくやってしまう間違いが、会社の理念を語るところから始めてしまうこと。これは最後のステップ「深く知ってもらう」にあたるんですね。
まずは自分たちの存在に気づいてもらうことから始めなければ、顧客に価値は届きません。そして、情報にあふれた今の社会では、そもそも気づいてもらうことが難しいのです。
次は自分たちを覚えてもらい好きになってもらうのですが、ここが広告宣伝の中で最難関ポイントです。なぜなら、顧客の記憶を書き換えていかないといけないから。
記憶を書き換えて好きになってもらうために重要なのが、顧客の心を動かすことです。
たとえば、高級ブランドのテレビCMで商品名は言わずに世界観だけを伝えているのがありますよね。その狙いは、人の感情を動かすことなんです。
ここまでの3ステップにしっかりと力を注げば、伝えたい人に伝えたい価値を届けられると思います。
ぜひ、市場の定義から価値の伝達まで4つのプロセスを思考することで、採用成功につなげていただけるとうれしいです。
私はマーケティングとは極端に言うと「顧客を特定して顧客ニーズを理解し、売れる仕組みを作っていくプロセス」だと考えています。
これを採用に当てはめると、まずは「採用ターゲットと採用基準」を明確にして、「ターゲットとなる人はどんな会社に入りたいのか」を定義することから始めます。
ここは、会社視点ではなく候補者視点で考えないといけません。その上で、ありたい組織像を表現。現実とのギャップがある場合は実態を変えるべきか、などの議論をすることが大切ですね。
このマーケティング思考を持って採用広報の戦略を考えていくのですが、私が他社の採用担当者からご相談を受ける中で感じている、4つの誤解についてお話しします。

誤解1 目的ではなく打ち手から考える

まず1つ目の誤解は、目的ではなく打ち手から考えてしまうこと。
たとえば、これまで私は何十人もの社長さんや採用担当者から「メドレーがやっている“入社理由ブログ”と同じようなものを自社でもやりたい。どうやって運用しているのか教えてほしい」と相談されました。
入社理由ブログとは、「私がメドレーに入社した理由」を社員がリレー形式で紹介するブログで、累計50万PVを超えています。ただ、ブログは目的ではなく、あくまでも目的を達成するために活用する打ち手のひとつ。
つまり、戦略のために必要な打ち手が入社理由ブログだったのならやるべきですが、安易に他でうまくいった事例をやろうとすると失敗します。
そもそも必然性のない仕事を増やすだけなので、うまく運営できないし、目的が何なのかもわかりません。
打ち手を考える前にやるべきことは、ターゲットと採用基準を設定し、会社の現状と訴求点・改善点の整理をし、組織変革などをすること。
まずはこの流れに取り組んで、初めて打ち手を考えるフェーズにたどり着くのです。

誤解2 会社概要資料で候補者に説明する

2つ目の誤解は、会社概要資料を用いて候補者に事業内容や市場、社員数などを説明していることです。
これは完全にアウトではありませんが、会社視点で語られた資料よりも、候補者視点でストーリーを作った資料のほうが、明らかに訴求できます。
具体的にどう作るのかというと、私はこの4つの項目から候補者視点の資料を作っています。
最初の「取り組む課題やサービスの魅力」は会社概要資料でも説明できますが、聞き手は背景知識や課題意識がはるかに少ないことを意識しないといけません。
たとえば、メドレーは医療の事業を展開しているので、社員であれば医療に対する課題感や可能性はある程度わかるようになっていますが、候補者は同じように理解していない。
なぜ医療の領域なのかを市場規模や課題、社会的意義などいろんな視点で説明することで、他の業界に比べても医療がおもしろいことを理解してもらう必要があるのです。
次に「市場での競合優位性」は、漠然とした市場規模を伝えてもあまり意味がありません。
たとえば、医療は40兆円のマーケットがあるのですが、そのなかでメドレーはどこに位置しているのか、全体像を見せながら説明する。加えて、そのサービスは本当に優位性があるのかを競合他社も含めて説明していくのがポイントになります。
そして「それを証明する実績」を提示する。市場や競合優位性の話が素晴らしかったとしても、実態が伴っていなかったら「なんだかすごそうだったな」で終わってしまいます。
とはいえ、スタートアップの場合、現時点では実績を説明できないことが多いかもしれません。その場合は、今自分たちはどのフェーズにいるのかを示すことが大切です。
最後の「文化や価値観、待遇や環境」は、会社概要資料にあまり書かれていない部分ですが、候補者が一番気にするところのひとつです。
ポイントは、文化や価値観をきちんと話した上で、自分たちに合う人・合わない人をちゃんと伝えること。これは双方のミスマッチを防ぐ大事な役割を担います。

誤解3 採用担当だけが採用活動をしている

3つ目の誤解は、採用担当だけが採用活動をしていること。
これでワークしている会社はあると思いますが、これからの時代、採用担当はプロジェクトマネジャーとして事業部の採用活動を支援する立場になるのが理想的だと思っています。
どの会社も「人が大事」と言いますが、人事はバックオフィスの一部で経営層に入っていないケースがほとんどです。
最近ようやくCHRO(最高人事責任者)のポジションが日本でも出始めてきましたが、まだまだ人事・採用担当の社内外におけるプレゼンスは低いですよね。
本当に人が大事なら採用活動は全社で取り組むべきで、人事部や採用チームだけが取り組んでいると他社にどんどん負けることになります。
人事の役割は、どんなチームや体制をつくり、どんなコミュニケーションを取っていくのかを考えて支援すること。経営レベルで作った戦略を実行できる人が増えるのが理想です。

誤解4 入社後のことは採用広報に関係ない

4つ目の誤解は、入社後のことは採用広報には関係ないと思われていることです。
少し前までは確かにそれでよかったのですが、個人が簡単に情報を発信できる今は「ウソ」がすぐにバレます。
というのも、候補者は今までは採用広報が出した情報のみを得ていましたが、今は従業員や退職者が発した情報から幅広く会社を知るケースが圧倒的に増えているからです。
この動きは今後確実に増えていくので、いかに入社した人の満足度を高めるか、活躍してもらうかが採用広報にとっても大事なポイントになります。
それが、未来の採用力につながっていくので、決しておろそかにしてはいけない部分だと考えています。
私はこれまで、300社以上のWebマーケティングのコンサルティングをしてきました。多くの企業を支援するなかで鍵となったキーワードは、「カスタマー視点」と「アクションよりもプランニング」と「組織力・オペレーション構築/運用力」の3つ。
その後、採用に関わりはじめると、この3つは採用でも鍵を握っていることに気がつきました。
そこで今回は、カスタマー視点の実現とプランニングの仕方、それから具体的な採用アクション場面での施策の作り方についてお話しします。

カスタマー視点を実現させる

まずは、カスタマー視点の実現についてです。
どの会社のどの職種の人でも、「顧客のために」「ユーザーのために」と言いますが、マーケティングにおいては実態が異なることがよくありました。
この違和感の正体は、顧客の行動や思考、感情を時系列で見える化した「カスタマージャーニー」が企業視点の設計になっていることだったんですね。
採用でも同じように、これからは企業視点からカスタマー視点への転換が必要です。
そもそも、最終的に自社の社員になってもらうことを前提とした設計はおかしいので、カスタマーありきの考え方に変えるべきだと思っています。
そこでご紹介したい思考法が、「コンセプトダイアグラム」です。これは、会社都合で一方通行のフローではなく、カスタマーの態度変容を考えるための手段。
縦軸には会社を知らない状態から、ぜひ働きたいと思うまでの「企業に対する共感度の変化」を、横軸には自身のキャリアにモヤモヤしていた状態から、目指すキャリアが具体的になる「キャリアイメージの変化」を見える化していきます。
「転職を考えていない」かつ「その会社を知らない」状態から、どうすればカスタマーが会社への興味を持ちはじめるのか。どんな気持ちになったら行動が変わっていくのかなど、態度変容を起こすためのプランを決めていきます。
このフローを使うと、企業視点から脱却して、カスタマー視点で考えられるようになるのでオススメですよ。

重視すべきはアクションよりもプランニング

次は、「アクションよりもプランニング」について。
これを説明する上でわかりやすい失敗例が、「うちの会社もオウンドメディアをやろう」「ミートアップをやったほうがいいよね!」「構造化面接を導入しよう」と、目的なく施策から入ってしまうことです。
結果、単発的な施策になる上に、人事や現場の負荷ばかりが増えてしまう。
大切なのは、施策を考える前に目的や優先度をプランニングすること。
これもコンセプトダイアグラムを活用して、カスタマーにどんな態度変容を起こしてもらいたいのか、その態度変容にはどんな施策が必要なのかを考えていきます。
たとえばカスタマーが「ナイルの話を具体的に聞きたい」状態になるには、「社名検索で上がってきた記事を読んで興味を持った」「テックブログを読んで書いた人に会いたくなった」という態度変容を起こしてもらう必要があるとします。
すると、施策は「ブログを書くこと」になるかもしれません。
細分化して洗い出していくと「ブログを更新する」という施策になりがちですが、どのフェーズのどの態度変容に必要なブログなのか、何を伝えて気持ちを動かすブログなのかは違うはず。
それを見極めるためにも、しっかりとプランニングする必要があるのです。

採用アクションは、アトラクトと見極め

最後に、実際の採用アクションについてお話しします。
人事にはオウンドメディアやテックブログ、ミートアップ、適性検査、面接官育成などやらないといけないことがたくさんあると思います。
それを全部人事でやるのは大変ですし、何から手をつければいいのか悩むこともありますよね。
僕は、採用活動で人事がやるべきは、シンプルに「アトラクト(魅力づけ)」と「見極め」の2つだと考えているんですね。
それを各選考ステップで分けて定義するのですが、具体的に何をしているのかをお伝えします。
まずは、選考前から選考中、オファー、内定承諾までの4つのフェーズごとに「目的」と「アトラクト施策」「見極め施策」を考えます。
たとえば、選考前は事前に会社への理解があったほうがいいので、目的は「事前の企業理解」とします。
次にその目的のためのアトラクト施策を考えます。
ナイルの場合は「自分たちは何者か」を伝えるために事業部ごとにまとめ記事を作っていて、たとえばエンジニアとしてスカウトした人には、エンジニアチームの記事を事前にお渡ししています。
また、知らない会社の知らない人の面接を受けに行くのは、心理的ハードルがあると思うので、面接担当がどんなキャリアでどんな考えを持つ人なのかをまとめた記事も一緒にお渡ししています。
選考中のフェーズになれば、目的を「キャリアイメージ」として、アトラクト施策では事業部の取り組みをまとめた記事や社内制度などを伝えています。
勉強会や研修は、社内の人からすれば日常なのでわざわざ記事化しないかもしれませんが、社外の人は知らないこと。カスタマー視点で考えると、より心理的ハードルを下げる施策につながると思います。
このタイミングでの見極め施策としては、入社後の業務を1時間くらい疑似体験してもらっています。業務理解につなげてもらうのと同時に、弊社もスキルマッチの見極めができていますよ。
これらをフェーズごとで取り組んでいるのですが、私がやっているのは採用広報ではなく「狭報」なんですね。
ナイルを広く知ってもらう活動ではなく、来てほしい人に対してのコミュニケーションを優先しています。
ただ、これらをやり切るには、経営レイヤーでの意思決定ができないと難しいですし、経営者や現場が「採用は人事の仕事」と思っていたら進みません。
これからの人事に必要なのは、プロジェクトマネジャーとして経営からの理解を得て、全社をハンドリングしていくスキル。
まずはその第一歩として、企業視点からカスタマー視点に転換し、アクションではなく緻密にプランニングしていくことで経営者からの揺るぎない理解を得ることだと思っています。
3人のコーチによる白熱のセッションに引き続き、【後編】ではイベントに参加した企業のCHRO/人事責任者たちによる実践編。「マーケティング思考×採用戦略」ワークショップの全貌をお届けする。
(編集:呉琢磨 構成:田村朋美 撮影:岡村大輔 デザイン:堤香奈)