価格の低下とサンクコストのおかげで、現在の市場を支配しているエネルギー貯蔵技術の優位が続きそうだ。

価格の大幅低下と市場のリード

クリーンなエネルギーというビジョンを抱く人たちは、世界には現在のものよりも優れた電池が必要だと主張してきた。懐疑的な消費者に向けて電気自動車を売り込み、再生可能電力で送電網を動かすことのできる電池だ。
にもかかわらず、未来の──少なくとも今後10年の──電池は、ほぼまちがいなく、これまでの電池と変わらないだろう。
リチウムイオン電池の性能はさほど高くないが、市場において圧倒的なリードを築いているため、競合技術は追いつくのに苦労する可能性がある。現在計画中の新しいリチウムイオン工場が今後5年で相次いで操業を開始するため、そのリードは拡大の一途をたどると見込まれる。
中国、アメリカ、タイなどの新工場で大量に生産されるリチウムイオン電池は、価格をさらに下げるだろう。すでにリチウムイオン電池の価格は、2010年と比較すると85%も下落している。
そして電池業界からすれば、数十億ドル規模に上る工場への投資は、別の技術を導入するのではなく、リチウムイオン技術に微調整を加えて少しずつ改良していく強力なインセンティブになる。
スタートアップの多くは現在、リチウムイオン電池と真っ向から競合するのではなく、リチウムイオン電池のアップグレードに重きを置いている。
マサチューセッツ州を拠点とするアイオニック・マテリアルズ(Ionic Materials)のライセンス戦略担当シニアディレクターを務めるエリック・タージェズンは「リチウムイオンがいずれ淘汰されるとは思っていない」と語る。
アイオニックは、しばしばリチウムイオンの後継候補として名前が挙がる「全固体電池」の完成を目指す企業の一角をなす。全固体電池では「可燃性の液体」を排除できる。こうした液体は、ノートパソコンや自動車に搭載されたリチウム電池の発火原因になりうるものだ。
しかしアイオニックは、リチウムイオン電池に取って代わろうとしているわけではない。
同社のポリマー電解質は、既存のリチウムオン電池の内部で機能する設計になっている。つまり、新たに操業する予定のリチウムイオン電池工場は、高価な新設備を購入しなくても、アイオニックのポリマー電解質を使えるということだ。
「リチウムイオンに対してなされてきたこれまでの投資を考えれば、人々がそれを窓から投げ捨てて、またゼロからやり直すとは思えない」とタージェズンは述べる。

「きわめて汎用性の高い技術」

充電可能なリチウムイオン電池技術が世に出てから、すでに数十年になる。こうしたリチウムイオン電池は、1970年代にエクソンモービルの研究者が発明し、ソニーが1991年に商用化したものだ。
基礎となる電池は、液体の電解質を通じて、帯電したリチウム原子(イオン)を陽極と陰極のあいだで行き来させることで機能する。これまでは、陰極の材質──コバルト、ニッケル、マンガン──をさまざまに変えることで、電池が保持できるエネルギー量を増加させてきた。
コードレス電話のような一般消費者向け電気製品の内部からスタートしたそうした電池は、いまや電気自動車に使われ、送電網にも接続できるようになっている。
「きわめて汎用性の高い技術だ。そのため、価格が安くなるたびに、さらに多くの需要分野が開拓される」と語るのは、ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス(NEF)でエネルギー貯蔵研究部門を率いるローガン・ゴールディスコットだ。
ブルームバーグNEFによれば、リチウムイオン電池パックの価格は、2010年には1キロワット時(kWh)あたり平均1160ドルだったが、2018年には1kWhあたり176ドルまで下がり、2024年には100ドルを下回る可能性があるという。
こうした継続的な価格の下落と、性能改良の組み合わせにより、新たな市場が開かれる可能性は高い。
ただし、リチウムイオン電池が万能だと誰もが確信しているわけではない。
一部の大手自動車メーカーは、航続距離の長い電気自動車を可能にする画期的技術を切望している。おそらく、1回の充電で500マイル(約800キロ)を走れるのなら、電気自動車の導入に乗り気でない消費者も、路上で電力切れになる心配はないとようやく納得するだろう。
たとえばトヨタ自動車は、電池事業に139億ドル(約1兆5000億円)を投じている。所有する全固体電池の特許数と特許出願件数は、ほかのどの企業よりもはるかに多い。

大規模貯蔵には新技術が必要

再生可能電力を大規模に貯蔵する必要性から、リチウムイオンに代わる電池技術が求められる可能性もある。
テスラやダイナジー(Dynegy)などの企業は、すでにリチウムイオン電池を送電網に接続し始めているものの、そうした電池設備は通常、4時間しか電力を供給できない。
アメリカの元エネルギー長官アーネスト・モニスは、2月にブルームバーグが行ったインタビューのなかで、その種の短時間のエネルギー貯蔵は、再生可能電力の大規模な統合には役立たないだろうと述べた。
先ごろ、電池研究への投資をもっと増やすべきだとする報告書を共同執筆したモニスは、現在の電池設備は「1日、1週間、1か月、1シーズンというレベルでは対応できないだろう」と話す。「だからこそ、別のアプローチが必要だ」
フライホイールやフロー電池などの多くの代替技術がリチウムイオン電池に追いつけていない現状のなか、市場はますますリチウムイオン電池で満足するようになっている。
たとえば、カリフォルニア州のプリマス・パワー(Primus Power)は、25キロワットの電力を5時間にわたって生成できるフロー電池を提供している。
プリマス・パワーのトム・ステピエン(Tom Stepien)最高経営責任者(CEO)によれば、現在の設計を改良すれば出力を7時間か8時間まで向上できるという。フロー電池は、電力が必要なときに電池のセルに電解質を流すという仕組みで機能する。
「リチウム電池は短距離走者だが、フロー電池はマラソン走者だ」とステピエンCEOは言う。
だが、なじみのない技術に賭けるよう潜在顧客を説得する難しさについては、同氏も認識している。プリマスは現在までに、自社システムを30基配備しているが、そのほとんどはここ3年で配備したものだ。
「リチウムのほうが金になる。大流行しているし、現代の誰もが求める確実性がある」とステピエンCEOは言う。

「大規模な改良の余地がある」

リチウムイオン電池の市場に顧客が留まっている結果、「リチウムイオン電池には、漸進的な進歩だけでなく、大規模な改良の余地がある」と主張する起業家たちも登場している。
シラ・ナノテクノロジーズ(Sila Nanotechnologies)の創業者でCEOのジーン・ベルディチェフスキーの手のなかにある粉末は、粉炭のように見える。だが、同氏によればその粉末は、リチウムイオン電池のエネルギー貯蔵量を20%以上増加させる可能性を秘めているという。
ベルディチェフスキーCEOは「リチウムイオンが、あらゆる(エネルギー)貯蔵を掌握できることは間違いないと私は考えているが、そのためには新たな化学的性質に踏み込む必要がある」と語る(なお、筆者が取材に訪れたシラのサンフランシスコ本社では、駐車場にテスラの新車があり、「I❤Li-ion(アイ・ラブ・リチウムイオン)」と書かれたナンバープレートを掲げていた)。
シラが開発したシリコンベースの粉末は、陽極の改良に使われる。シリコン(ケイ素)は原子レベルだと、最もよく使われている陽極材質であるグラファイト中の炭素よりも、多くのリチウムを保持できる。つまり、シラの製品を使った電池は、より多くのエネルギーを貯蔵できるということだ。
同社はこれまでに1億2500万ドル(約139億円)の資金を調達しているほか、この技術の開発に関してBMWグループと提携を結んでいる。
ベルディチェフスキーCEOは、リチウムイオン電池メーカー各社が新しい工場を建設し、リチウムイオン電池の価格も下がり続けていることから、まったく異なる電池アーキテクチャを提供する競合企業は、市場に切り込むのに苦労するだろうと述べた。
ブルームバーグNEFのデータによれば、全世界のリチウムイオン電池の製造能力は、電気自動車の生産拡大の後押しを受け、過去5年だけを見てもほぼ3倍になっている。現時点で製造能力は302.2ギガワット時(GWh)に達しており、今後5年で、さらに603.8GWhの製造能力を持つ工場が操業を開始する予定だ。
「現在の製造規模は、途方もなく大きい。世間はその点を見落としていると思う」とベルディチェフスキーCEOは言う。
「膨大な投資が行われており、われわれはそのレールに乗ることができる。このレールに乗れる人は、『われわれはこのレールをすっかり変えるつもりだ』と言っている人よりも、明るい未来をつかめる」
原文はこちら(英語)。
(執筆:David R Baker記者、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.