テクノロジーによる消費行動の革新。得をするのは消費者か、企業か

2019/4/12
AI、VR、ウェアラブルデバイスやロボティクスといった新たなテクノロジーを駆使した「新たな消費生活」。そんな消費者を、EYは「スーパーコンシューマー」と呼ぶ。果たしてその正体とは。グローバルのトレンドについて、グローバル・コンシューマー・リーダーを務めるEY USのパートナー、クリスティーナ・ロジャーズ氏に話を聞いた。
EY USのパートナーであり、消費財セクターのグローバルリーダーとして、マーケティング戦略の策定・遂行をするとともに、世界各国での高品質なサービス提供を実現すべくグローバルのセクターチームを統括。EYの他、前職では戦略コンサルティングファームでの経験を有し、戦略的マーケティング、グローバルビジネス戦略などの企業戦略策定などの領域で強みを持つ。Forbes誌では世界で最もポテンシャルの高い女性TOP40に選出。

スマートコンシューマーからスーパーコンシューマーへ

新しいテクノロジーを自由に操り、欲しいものをスムーズに手に入れる未来の消費者たちをEYでは「スーパーコンシューマー」と定義しています。
昨今のデータ化や情報化によって、消費者はあらゆることを知り、知識という「力」を得ました。膨大な情報から好きなものを取捨選択し、意思決定を行い、カスタマイズされた商品を手に入れる現代の消費者は、一見“スマート”に人生を切り開いているように見えます。
しかし、果たして真実はそうでしょうか。そこには消費者の主体的意思は本当にあるのでしょうか。
今年2月にバルセロナで開催されたMWC(モバイル・ワールド・コングレス)や1月にラスベガスで開催された CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に参加し、消費者はAIから発せられる呼びかけやそれを操る企業に、絶えず誘導されているのではないかと感じました。
自分が主導しているつもりが、いつの間にかAIから指示を出されている。このように自主性なく毎日追い立てられ、操られているようなライフスタイルは、人間主導とは思えません。
“スーパー”の前段階にいる現代の消費者は、言うなれば“スマート”コンシューマーでしょう。

生活はどう変化するのか

例えば、「AIコンパニオン」。人間のそばにいて気持ちを理解し、元気がなければショッピングや休憩を勧めるなどのアドバイス。AIが個人の反復しがちな行動や動作、健康状態を判断して、その時々に必要と思われる商品やストレス発散法を提案してくれます。こういうものを、展示会ではよく見かけます。
身体にチップを埋め込んで、改札を通ったり支払いをしたりする技術も増えてきました。特に中国では関心が高いようです。スウェーデンでも、チップを人に埋め込み、交通や支払いの場面でトライアル中と聞きます。
また、携帯端末を使えば一人でできることが多くなるので、引きこもる消費者も増えるでしょう。例えば、端末に自分専用のスポーツトレーナーを持てば、もうジムに行く必要がなくなるかもしれません。食事も他の人と一緒にとらずにテレビを見たり、ゲームをしたりしながらとればよくなります。
さらに、VRや拡張現実、ゲームなどの影響で、今までのように頻繁にレストランやバーに行かなくなるかもしれません。代わりに、気の合う者同士、それぞれの家で集まってVRを介してコミュニケーションするのです。
(iStock/pixelfit)
働き方にも変化が現れるでしょう。朝起きて会社へ行き、夜は家に帰って家族と食事をするといったルーティーンはすでに崩壊しつつあります。決まった職場ではなく、リモートで好きな場所で好きな仕事をしたり、一年ごとに違う仕事に取り組んだりといった働き方もますます増えていきそうです。

標準化・大量生産からカスタマイズへ

これまでの消費者は、大半が似たようなライフスタイルでした。情報も少なく、他の場所で起きていることが把握できません。どんなものがあり、何を求めるべきか知らないのです。他に選択肢がなかったために、大抵の人が目の前の棚に並んでいる大量生産されたジュースを購入してきました。
しかし、今はデジタルの時代です。情報と選択肢を得ることで、未来の消費者の生活は様変わりし、“スマート”コンシューマーから“スーパー”コンシューマーへと進化を遂げるでしょう。スーパーコンシューマーは、棚に並ぶジュースの代わりに、自分の体に不足している栄養素を与えてくれるビタミン入りの飲み物を選ぶことができるのです。
では、スーパーコンシューマーが生まれた社会で、企業はどう対応すべきでしょうか。
まず、こういった消費者のトレンドに、アンテナを巡らせておかなければなりません。そして、これまでと違うスーパーコンシューマーを新しい形で迎え入れる準備を整えておく必要があります。
今までのように一つの考え方や手段で消費者に訴えかけるだけでは足りません。消費者たちの意識の変化をグローバル規模でとらえていかなくては、企業は生き残れなくなるでしょう。
SF小説や映画で描かれる社会は、予想以上に速いスピードで実現すると考えられます。新たに現れるスーパーコンシューマーのトレンドをいち早く把握して、対応していくことが求められます。
スーパーコンシューマーの台頭は世界的な現象となるだろうが、そのスピードや複雑性は国によって違う。日本の消費者の特徴、立ち位置はどこにあるのか。また、日本の企業はどうあるべきなのか。日本の現在地、そして未来について、EY新日本有限責任監査法人のパートナーであり、消費財/小売セクター日本エリアリーダーの右田将徳氏に話を伺った。

1998年にEY東京事務所に入所し、2005年からEYロンドン事務所に駐在。2009年からEY東京事務所/財務会計アドバイザリーサービス(FAAS)に在籍し、消費財業、テクノロジー業などのクライアントへのアドバイザリー業務を担当。現在、クロスボーダーファイリングサービスを統括する他、消費財/小売セクター日本エリアリーダーとして、EY Japanの消費財・小売セクター活動をリード。

日本におけるスーパーコンシューマーの動向

未来の消費者像であるスーパーコンシューマーの世界は、日本においても、予想以上に速いスピードで実現すると予測されます。
ただし、その変化は世界と比べて日本はやや緩やかなスピード、かつ、革新が進む分野に関しても少なからず相違が生じるでしょう。
日本は、安定志向が強く、法令や規制の対応に時間がかかる国です。対して米国は自己責任を原則とする社会ですが、日本は手厚く保護する社会で、消費者もそれを求めています。この違いは、良しあしではなく、各国の社会文化や価値観の相違と言えます。
例えば、Airbnb(宿泊のシェアビジネス)やUber(タクシーのシェアビジネス)のようなシェアビジネスが、米国では急速に普及している一方で、日本では、この相違からまだ十分にその存在感を発揮できていないと考えられます。
シェアビジネスの中ではWeWorkは日本国内の規制とぶつかり合うこともなく浸透し始めていることに注目しています。特に、個人的に興味があるのは、単なるコワーキングスペースだけではなく、世界中を旅しながら働くことができる顧客体験を提供している点についてです。
WeWork はオフィスだけではなく、WeLiveというサービスで居住スペースも提供しており、リモートワークが可能であれば、ニューヨーク、ロンドン、上海など世界中を旅しながら、働くことも生活することもできる仕組みです。
WeLiveの共用スペースには、洗濯機などが並ぶ
すでに欧米ではこのサービスが利用され始めているそうです。日本でも自営業の方や、自由な働き方を推奨する会社に勤めている人であれば、世界中を旅しながら仕事ができるようになるかもしれません。
テクノロジーやビジネスモデルの進展に対して、利便性や快適さを優先し安全性などが軽視されていないか、十分に配慮することは必要ですが、シェアビジネスの例からも分かるように、日本での生活を一変させる可能性を持っています。

消費者生活の変革に日本企業はどう対応すべきか?

クリスティーナの話にもありましたが、企業側としては、消費者ニーズやトレンドの把握が、より重要になってくるでしょう。
その上で、eコマースや決済サービスを有する企業が、有利な立場でビジネス展開をしていくことが予想されます。それ以外の手段でも、テクノロジーを活用した顧客体験の提供などに、厳しい経営環境を勝ち残っていく糸口があると考えられます。
例として、シンガポール国立大学の研究者が開発した「Vocktail」があります。バーチャル技術により、普通の水からカクテルと同様の色、香り、味を生み出すデバイスです。
こういった技術が発展すれば、在庫を持たずに、世界中のワインの試飲が可能となります。また、実際に口にするのは水なので、いくら試飲しても酔うことがない点も大きなメリットと言えます。
出典:Nimesha Ranasinghe, Yan Liangkun, Lien-Ya Lin, David Tolley, Thi Ngoc Tram Nguyen, Ellen Yi-Luen Do, Vocktail: A Virtual Cocktail for Pairing Digital Taste, Smell, and Color Sensations
消費者は、多くの試飲を通じて、好みのワインを探せます。これまでにはあり得ない選択肢が増え、選択そのものを革新する可能性があります。
その一方、企業にとっては、顧客と独自の接点を持ちながら、消費者の嗜好(しこう)データを保有できます。試飲に関する顧客の嗜好は、これまでの決済データなどで把握できるニーズよりもはるかに詳細で具体的なデータなので、その後のマーケティング活動において有用でしょう。
Vocktailはほんの一例です。各企業が自分の強みを生かしたアプローチで、より多様化していく顧客ニーズを的確に把握することが、スーパーコンシューマーが台頭する中での日本企業の目指すべき方向性です。

イノベーションを生み出すユニコーンの育成が重要

未来の消費者像を一変させる新しいビジネスやイノベーションにおいては、ベンチャーの役割が非常に大きいでしょう。
実際に、米国のGAFAや中国のテンセント、アリババなどがスタートアップ企業に出資、買収することで新規ビジネスを取り込んでいます。大企業よりスタートアップ企業の方が新規性の高いビジネスやテクノロジーを創出する上で優れている面があるのでしょう。
スタートアップ企業で、特に社会的なインパクトが大きいユニコーン(時価総額10億ドル以上の非上場企業)と呼ばれる企業数について国際的な比較をすると、中国や米国は100社以上あるのに対して、日本は現在1社のみです。
ユニコーンの数が米国や中国と比較して大きな差のある原因としては、VCなどのリスクマネーの投資規模が大きく下回っていることや、赤字上場などのIPO制度の相違などもあるのは事実です。
しかし、日本においても、LINEやメルカリのように、上場時に7000億円から1兆円を超える成功例も出てきています。
すぐに大幅に数を増やすことは難しいですが、日本においても好転の兆しはあると考えています。経済産業省が進めている「J-Startup」プログラムなど、日本政府としてもユニコーン創出を積極的にサポートしています。また、東京証券取引所においても、IPO制度を含む証券取引所改革を進めており、社会的なインフラもより改善されていく見込みです。
革新的なテクノロジーが次々と生まれ、消費者たちの意識も変わっていく中、日本の強みをいかしつつ、世界で戦っていけるような企業やベンチャーが登場し始めています。将来的に、ユニコーンと呼ばれる企業が日本においても次々に創出される社会になれば、スーパーコンシューマーの社会は、日本においてより早く進展し、むしろ世界をリードすることも可能かもしれません。
(取材:狩野綾子 編集:久川桃子 写真:北山宏一 デザイン:國弘朋佳)
クリスティーナ・ロジャーズは、2019年4月16日に開催されるThe Consumer Goods Forumに登壇予定です。