【レポ】東南アジアの精鋭が示す「イノベーションの多様性」

2019/4/10
 3月13日、東京・大手町にあるNTTコミュニケーションズ本社ビルで開催された「NTT Com Startup Challenge Summit」。昨年、東南アジア3カ国(インドネシア/マレーシア/ベトナム)において、創造的なスタートアップの挑戦を募ったピッチコンテスト「NTT Com Startup Challenge 2018」の上位9チームが集結し、東南アジアにおけるイノベーションの最新潮流を語り合った。白熱した当日のリポートをお届けする。

「知の探索」の最前線としてのアジア

 イベント冒頭では早稲田大学大学院(ビジネススクール)教授・入山章栄氏による、「なぜ日本企業はアジアのスタートアップとのオープンイノベーションを求めるべきか」と題した基調講演が行われた。
入山 2017年、日本から東南アジアのスタートアップへの投資件数は、中国のそれを抜きました。日本のベンチャーキャピタル(VC)や事業会社が、東南アジアのスタートアップにそれほど投資を進めるのは、生き残りをかけた危機感から、イノベーションが不可欠だと考えているからです。
 イノベーションの第一歩は、新しいアイデア、つまり「新しい知」を生み出すこと。「新しい知」とは、「既存の知」と「既存の知」の新しい組み合わせであり、それがイノベーションの根源的な原理です。
 ところが、自分の目の前にあるものだけを見て、その中から組み合わせようとするのが人間。それが、日本企業のイノベーションを阻む原因です。
早稲田大学ビジネススクール教授。慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。
 日本の大手・中堅企業は、同じ業界で何十年も、似たような人材が目の前にある知と知の組み合わせをやり尽くしてきたのです。もはや、そこからイノベーションが生まれることはありません。
 そこから脱出するには、もっと遠くにある知を幅広く探索し、新しい知を見つけることです。これをExploration=「知の探索」といいます。
 知の探索をどんどんやって、知と知をたくさん組み合わせる。そこからビジネスになりそうなものを見つけたらさらに深める。それがExploitation=「知の深化」です。
 日本企業は、どうしても目の前の知を組み合わせた「知の深化」に偏ってしまっている。イノベーションを起こすには、「知の深化」に偏っている軸足を「知の探索」に移していかなくてはなりません。
 その手段が「オープンイノベーション」です。事業会社が自分の業界で新興スタートアップとオープンに連携し、知見を交換する。その有望なパートナーのひとつが、アジアのスタートアップでしょう。
 日本企業とアジアの新興ベンチャーは、年齢層、テクノロジー、投資の供給と需要において補完関係にあり、その両者が組めば非常に優れた「知の探索」になります。
 今後、日本企業がアジアのスタートアップとさまざまな形で積極的につながれば、大きな可能性が広がっていくでしょう。

東南アジアは「マーケットが実験の場」

 続いて、ステージでは「アジアにおけるイノベーションの多様性」をテーマにしたパネルディスカッションが実施された。東南アジア全域のスタートアップに詳しいKuan Hsu氏(KK Fund共同創業者)と、川端隆史氏(NewsPicks/UZABASEチーフアジアエコノミスト)が登壇。「NTT Com Startup Challenge」発起人の杵淵保敬氏(NTTコミュニケーションズ)をモデレーターに迎え、日本とアジアのイノベーションについて語り合った。
杵渕 早速ですが、まずはスタートアップのサービスが東南アジアの暮らしをどう変えたのか、ということからお聞きしていきたいと思います。
慶應義塾大学経済学部卒業、2006年NTTコミュニケーションズ入社。法人営業部、グループ会社を経て2015年に米ノースカロライナ大学経営大学院修了。2015年から同社グローバル事業推進部企画部門。2017年よりアジアにおけるStartup連携施策“NTT Com Startup Challenge”発起人。
Kuan 私は東南アジアのスタートアップへの投資を2012年にスタートしました。当時の各国の状況で言えば、まだスマホが普及しておらず、ビジネスパーソンはBlack Berryを使っていた頃です。街中ではタクシーがつかまらないのは当たり前、オンラインショッピングもほとんど普及していないという時代でした。
 それから10年も経たない間に、東南アジアの環境はまったく様変わりしました。人々の生活にさまざまなテクノロジーサービスが浸透したのです。例えば、今では東南アジアの人口の40〜45%の人々が、何らかのデジタル決済手段を利用しています。
大学卒業後、米国マッキンゼー・アンド・カンパニーにてサプライチェーンマネジメントに従事し、その後米国ゴールドマン・サックスにて情報通信技術セクターのM&A実行業務に携わる。シンガポール移住後、GREEベンチャーズの東南アジア地域を担当。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA/MA修了。
 配車サービスでは、「Uber」ではなく「Grab」が広く普及し、タクシーはスムーズにつかまるようになりました。オンラインショッピングは当たり前になり、さらに旅行、エンタメ、輸送・交通といったインフラに至るまで、BtoC、BtoBの双方で大きな変化が生じています。
川端 2000年〜2006年まで外交官としてマレーシアに滞在していましたが、当時の東南アジアは本当にアナログな生活環境でしたね。今ではまったく異なっています。
 東南アジアは、かつて日本人が段階的に経験してきた各種サービスの進歩の段階を飛び越えて、安価で便利なデジタルサービスが一気に普及しました。さらに、それが富裕層以外にも広く利用されている点も大きな特徴です。
杵渕 そういう変化はどの国が一番大きいのでしょうか。
川端 東南アジアの場合、どこかで創業したスタートアップは、その国内だけにとどまらず、スタートと同時にサービスを多国展開、多言語展開するのが主流です。地域でユニバーサルなサービスを使っています。
東京外国語大学外語学部東南アジア課程卒。1999年に外務省入省、在マレーシア日本国大使館などで東南アジア関連業務に従事。2010年、SMBC日興証券のASEAN担当シニアエコノミストに転じ、機関投資や事業会社向けに情報提供。2015年、NewsPicksに参画し、2016年にユーザベースのシンガポール拠点に異動し現職。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員。同志社大学嘱託研究員。共著書に「マハティール政権下のマレーシア」「東南アジアのイスラーム」「ポスト・マハティール時代のマレーシア」。
 一方で東南アジアのスタートアップは、欧米で成功したサービスを地域ニーズに合わせて変化させたものが多い。Uberの東南アジア事業を買収・合併したGrabのような事例です。
 これは、ローカライゼーションというよりは、中国のネットビジネス事情に詳しいインターネットプラス研究所が主張するような「社会実装」のイメージですね。
 「マーケットが実験の場であり、それが機能している」というのが、東南アジアの特徴だと言えます。それにより、本来なら手に入れるのに時間がかかるインフラを、ごく短期間で実装することができているのです。

アジアのスタートアップと「組む意義」

杵渕 そうした変化について、政府や規制の観点からはどう分析されますか?
川端 スタートアップシーンは、各国政府にとっても非常に重要な項目です。東南アジア諸国は経済成長が比較的順調に進んでいて、中程度の所得まで増えてきました。
 そこで頭打ちになってしまう「中所得国の罠」を飛び越えるために、段階を追った成長ではなく、今までと違う順番で、新しい発展のあり方を求めている。そこでデジタルテクノロジーが非常に重要な役割を果たしています。
 実際、各国政府はスタートアップへの支援策を次々と打ち出しています。シンガポールでは、スタートアップ同士や大学、企業、投資家とのマッチングを支援していますし、マレーシア、タイ、インドネシアでは政府がスタートアップ支援組織を設置したり、振興策を打ち出したりしています。
杵渕 投資家から見て、東南アジアのスタートアップシーンにどんな変化を感じますか?
Kuan 以前は「ぜひ投資してください」という姿勢だったスタートアップが多かったのが、今では「投資家を選ぶ」という状況に変化していますね。
 投資側のプレーヤーも、以前は日本の投資家など限られた人たちでしたが、今は政府による積極的な誘致政策の影響もあり、世界各国から投資が集まっているという状況です。
杵渕 そうした変化の中で、日系事業会社が「東南アジアのスタートアップと組む」ことに、どんな意義があるでしょうか。
川端 日本の企業は、まず「成長パターンが変わった」ことを認識しなくてはいけません。スタートアップと組むことが、新たな経済成長の流れにエントリーするうえでの必須条件になってきている。
 次に、どうやって組めばいいか。今は東南アジアにおいても、スタートアップ側が投資家を選べる状態ですから、彼らが日系事業会社に求めるのは、マネー以外の部分になってきます。
 東南アジアのスタートアップ全般に言えるのは、組織運営のノウハウがまだ未成熟だということ。そういった組織面や技術面のナレッジの共有が期待されるケースが多いと思います。

中韓の動向、日本マーケットの評価は

杵渕 面白いですね。一方、中国や韓国の企業の動向はいかがでしょうか。
Kuan 両国の企業は政府のあと押しもあり、スタートアップとの組み方についても、かなり強気なスタンスです。
 中国には「一帯一路」というシルクロードや東南アジアから中東、アフリカまでを含む経済・外交圏構想があります。これは物理的に大規模なインフラですが、それと同時にオンラインのインターネット経済圏も形成しつつあります。
 韓国も同様で、韓国開発銀行は韓国企業が海外のスタートアップとのエコシステムに参入することを推進しています。
 つまり、両国ともに海外のエコシステムへの進出をゴールに設定し、オンラインとオフラインを組み合わせながらスケールしていくことに、国ぐるみで取り組んでいるのです。
杵渕 中国、韓国の企業が積極的に攻めている中で、東南アジアのスタートアップが日系企業と組むメリットはあるでしょうか。
Kuan 日本市場は特殊で、海外企業には進出が難しいマーケットです。日系事業会社が海外スタートアップと組むのであれば、「日本市場参入への手助けができる」ということが大きなアピールポイントになります。
 一方で、日本の事業会社側が東南アジアに進出するときは、そのソリューションが本当に東南アジアで需要があるのか、コストはどうなのか。そこのローカリゼーションを見極めなくてはなりません。
川端 少子高齢化が進む日本市場ですが、マーケットとしては魅力的だという声は東南アジアでもよく聞かれます。そのマーケットエントリーに、障害となるのが日本の規制です。
 東南アジアは規制がない中でビジネスが生まれ、そこから規制をアジャストしていくというやり方。そこの発想が全然違います。
 規制が多い日本市場への参入の橋渡し役となることは、日本企業の国内における成長の新たなモデルにもなると思います。

チャイナマネーの強い影響力

杵渕 東南アジアスタートアップシーンでは、中国の影響力がかなり大きいと思いますが、その実情はどうでしょうか?
Kuan 中国のVCが東南アジアに拠点を移すケースも増えています。そのバックには中国政府がいて、非常に大きな影響力を与えています。東南アジア政府はこれを脅威と捉えるか、パートナーと見るか、今後の展開が興味深いですね。
川端 チャイナマネーといっても、その中身は色々です。中国からも、社会の仕組みを変えるという強い意志を持ったスタートアップがたくさん出てきているので、単純に国単位でものごとを考えすぎないほうがいい。
 政治的にも、「中国と付き合わない」という選択肢は東南アジアにはありえないわけで、どう付き合っていくかを模索しています。
 そういう中で、例えば中国系のOTT(※動画・音声・SNSなどのコンテンツサービスを提供する通信事業者以外の企業)は、東南アジアのスタートアップ市場ですでに大きな影響力を持っているのが現状です。
 テンセントの投資ディレクターの話で印象的だったのが、「お金は出すけどローカルポリシーに口は出さない。現地には現地のやり方があるから、中国人を送るのではなく、ローカルで優秀な経営者や社風を見て投資をしている」ということ。そういうやり方で中国の影響力が東南アジアに根づきつつあります。

これから伸びる国/業界はどこか

杵渕 最後に、これから注目すべき国や業界があれば教えていただけますか?
Kuan 東南アジアは全体が1つの地域なので、どこかの国の話としてとどめるのが難しいですね。
 国別のGDPへのインターネット経済の貢献度は、東南アジアの平均が3%。そこから考えると、インドネシアの2.5%は、まだまだ伸びる余地があります。フィリピンは1.6%、タイも2.7%と平均以下なので、どこに課題があるのかを考える必要があります。
 実体経済では、製造業、農業、物流などにまだまだ大きなチャンスがある。まだ誰も手を付けていない、これらの分野をどう攻めるのか。GO-JEKやGrabも当然、次の展開として狙っています。大量の資金調達をし、彼ら自身がメガベンチャーへと変貌していくための戦略を考えているはずです。
川端 東南アジアでは、スタートアップはスタートして即、リージョナル化、グローバル化が求められます。それを同時にやらないと成長できません。
セッションは即、グラフィックレコーディングでまとめられ、会場に展示された
 東南アジアのBtoBの分野は、まだまだアナログで開拓の余地があります。高度なものより、もっとデイリーの、例えば給与支払いシステムというようなサービスもほとんど普及していません。インターフェースがシンプルでローテクな部分はまだまだ手つかずで、チャンスがあります。

アジアのスタートアップと出会う

 今回のイベントでは、インドネシア、マレーシア、ベトナムの3カ国から選ばれたスタートアップの精鋭9社が登壇し、来場者に向けてそれぞれの事業をプレゼンするピッチが行われた。
 参加者の投票でベストピッチに選ばれたのは、ベトナム発の「Triip」。旅行情報を本人の同意の下でパートナーに提供し、見返りとして旅行者にトークンやクーポンを提供する「情報銀行」というビジネスだ。
 また、イベントの最後には、国別に分かれて、各スタートアップの代表と参加者たちが交流するネットワーキングも実施。
 各国のスタートアップ事情や具体的なビジネスチャンスについて質疑応答が行われ、登壇者と参加者がコミュニケーションを深める貴重な機会となった。
 驚異的なスピードで進歩する東南アジアの社会環境と、スタートアップシーンの最新事情について、日本国内に流通している情報量は決して多くない。
 そのリアルな変化をキャッチアップすることが、新たなイノベーション創出の第一歩になる。その可能性を大いに感じさせた「NTT Com Startup Challenge Summit」だった。
(編集:呉琢磨 撮影:岡村大輔 デザイン:黒田早希)
NTT Com Startup Challengeに関するお問い合わせはstartup-inquiry-gl@ntt.comまでご連絡ください。
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