丸亀製麺で知られるトリドールはライフスタイル・グローバル企業を目指す一手として、香港で圧倒的知名度を誇る雲南ヌードルを買収した。この買収の背景には香港で展開を支援したYCPというプロフェッショナル・ファームの存在があった。
YCPは、2011年にヤマトキャピタルパートナーズとして日本で創業。戦略コンサルティングやM&A、海外進出支援といったアドバイザリーサービスから自社投資先の企業経営まで手がける中、2013年に本社を香港に移すとともにYCPに社名を変更、多くの日本企業の海外展開を支援している。所属するプロフェッショナルの多くが現地で採用されたローカルメンバーで、多くの日本企業に、現地から「迎え入れる」海外展開支援を提供している。
今回は香港の雲南ヌードルの買収 の舞台裏を、YCPのパートナーであるKen氏とトリドールの戦略企画部の酒井氏が語る。後半では、日本から香港へ赴任し、当プロジェクトを推進したYCPの長谷川氏に本件を通じて何を得たのか、話を聞いた。

YCPが挑むハンズオン支援の真骨頂

ー 雲南ヌードルの買収における、酒井さんとKenさんの役割について教えてください。
酒井:私は、トリドールの戦略企画部で東アジアを中心とする海外案件、国内の子会社支援、マーケティング戦略を担当してきました。香港雲南ヌードルのディールにトリドール側の担当者として参画し、PMIの初期段階まで担当し、ディールマネジメントと後進の育成を担いました 。
Ken:私は、YCPのパートナーとして、YCP 香港オフィスの共同代表を務めております。以前はデロイトコンサルティングに勤めていたのですが、設立間もないYCP香港オフィスに、初めての現地社員として入社しました。雲南ヌードルは2社の同時買収というユニークな案件だったのですが、その1社目の「譚仔(タムジャイ)雲南米線」買収におけるビジネスデューデリジェンスから参画し、2社目の「譚仔三哥(タムジャイ サムゴー)米線」のFAプロジェクトを経て、今でもトリドールの戦略企画部の皆様と協働しながらPMIやPMOといった形で買収後も支援を続けています。
Ken Or
YCP香港オフィス パートナー/共同代表
Imperial College Londonシステム・エンジニアリング修士号取得。YCPではビジネスデューデリジェンス、ターンアラウンド戦略、企業買収後の統合プラクティスを主導。YCP参画前は、デロイトコンサルティングで金融機関や小売企業の事業戦略計画およびプロセス・リエンジニアリングを担当。またデロイトデジタルチームの一員として、顧客管理システムの導入やデジタルマーケティング戦略策定も実施。
― 買収後、トリドールは、どんな取り組みを行っているのでしょうか。
酒井:今回の買収では、創業オーナーが経営から退くため、次の経営体制をどうするか、ガバナンスをいかに担保するかが、最初の課題でした。雲南ヌードルでは2つの競合ブランドをブランド名はそのまま残し内部的に統合する組織再編だったので、予想はしていたものの、やはりいくつかの問題が顕在化しました。
Ken:今回一番記憶に残っているのは、買収直後に、店舗を統括するゼネラルマネージャーの女性が退職を申し出てきた時です。買収直後は経営陣が替わりガバナンスが効かなくなることが多く、また従業員のモチベーションが下がったり、理由もなく不安になったりするものですが、いざ起きてみると要のポジションの方だったので大変でした。
酒井:あの時は大変でしたね。トリドールとしても、日本から人材を派遣するのか、同時に進行していた現地のプロ経営者の任命を急ぐのか検討しました。ただ、申し出から退職まで1カ月足らずしかなく、香港に精通しかつマネージャー職が務まる人材は、そう簡単に見つかりません。そのときYCPから提案いただいたのが、Kenさんのゼネラルマネージャー就任でした。
Ken:本件では、M&Aをクローズする前から、後継となるプロ経営者のサーチには着手していました。弊社が懇意にするヘッドハンティング会社を通じて素晴らしい方が見つかったのですが、就任までに約半年の期間がどうしても必要でした。一方で、現場を考えるとゼネラルマネージャー不在のまま経営を続けることはできず、YCPとしても長期的な雲南ヌードル事業の成功にコミットしていきたく、よりハンズオンな形で経営に参画させてほしいと提案しました。私自身が、香港におけるYCPグループの飲食事業を統括していた点も背中を押しました。
酒井:ゼネラルマネージャーは店長やスタッフとも接するポジションです。香港の文化やビジネスに対する理解の他、英語を話さないスタッフとの広東語 でのコミュニケーションが必要です。ほかの海外展開時もそうですが、トリドールの意思や想いを現場に伝達する重要なポジションで、毎回人選には苦労しています。香港に関しては、Kenさんの尽力とトリドールチームがうまく連携できたことで離職の影響を最小限に抑えられたと思います。その後も会社や店舗に訪問して、店舗オペレーションの標準化 やさらなる成長戦略の実行支援をお願いしています
Ken:最近では現場も落ち着き、徐々にプロパーの社員の皆様に引継ぎを進めています。一方で、粟田社長・小林常務の掲げるVISIONは非常に高く、どうやって雲南ヌードルを他の国々に持って行くか、どう成長戦略を描くかと言う点にフォーカスが移ってきています。

海外展開のルールは「郷に入っては郷に従え」

― 香港ローカルのルールに精通したKenさんがゼネラルマネージャーに就任したことは、心強かったですね。
酒井:そうですね。トリドールは買収した海外企業に対して、現地の商習慣やスタッフのローカルルールを尊重するのが基本方針です。その上で、個別の店舗視察で、ホールだけでなくキッチンに入り「この器具はどう使われているのか、非効率だと感じることは無いか」などをヒアリングし、トリドールの知見で改善できる点を提案していきます。Kenさんはトリドールの方針を理解した我々の代弁者でありつつ、事業の要でもある店舗マネジメントを含めて現地事情を汲み取りながらうまく捌いてくれました。
Ken:酒井さんを始めとしたトリドールの皆様の迅速な意思決定には大いに助けられました。いまトリドールおよび雲南ヌードルの皆様と取り組んでいるのは、統合した2社における、店舗マネジメントとオペレーションの標準化です。家族経営の会社2社の統合ですので、個社ごとに、場合によっては店舗ごとに、業績管理や店舗オペレーションすらもが全然異なっていて、何が正しいかが分からない。店舗スタッフや元のオーナーにも話を伺い、業務をひとつずつ理解すると共に、トリドールの知見を活かして形式知化を進めています。今ようやく、100店舗を超える事業のオペレーションが標準化され、タイムリーに業績を把握できる体制が整いつつあります。
酒井 洵 氏 
トリドールホールディングス 経営企画本部 戦略企画部 ジュニアディレクター
東京大学経済学部卒業後、パナソニックにて海外マーケティングに従事。ASEAN地域担当として事業戦略の策定・実行を主導。内2年間はインドネシアに駐在し、現地スタッフとともにマーケティング業務に留まらず、SCM、新規顧客開拓等の幅広い業務に従事。その後、ボストンコンサルティンググループにて、大手通信会社、製造業企業に新規事業立上げや成長戦略の立案・実行を支援。2017年にトリドールに参画。トリドールでは、入社時より東アジア地域を中心に、海外事業体支援やM&A、グループ編入後の統合業務を担当。現在は、全社マーケティング戦略も担当。
― 現地の人を巻き込んで組織を変革させるには、なにが重要でしょうか?
Ken:現地の文化を踏まえて、組織変革の理由を正しく伝えることにあります。なぜ調理方法や店舗のルールを変える必要があるのか、店長やスタッフへの説明を徹底しました。特に香港はイギリスの影響が強いため、広東語で正しくYes・Noを伝える必要があります。トリドールは一緒に働いている経営企画チームだけでなく、経営陣の意思決定も早く、現地に合わせるべき事柄とそうでないことをスムーズに判断いただきました。また新たに着任したプロ経営者の方には、グループCEOの石田と共に、香港と日本のビジネス感覚の違いを説明し、日本親会社との密な関係を構築することに努めてまいりました。
酒井:香港のローカルルールとビジネス感覚、そして広東語でのコミュニケーションは、トリドールが社員を派遣するだけで解決できる問題ではありません。これを他のコンサルティング会社に頼むと、状況把握から解決策提案まで3カ月、提案したら仕事終了というケースも少なくないと思います。しかし、YCPの場合は、例えば1カ月でデューデリジェンスの結果を出した上で、クローズまでの買収実務をし、さらには買収後の経営統合や戦略策定、実際の運営にも一気通貫で取り組んでいただけます。このフレキシブルで迅速な動き方は、トリドールが掲げるオープンイノベーションと合致します。
Ken:ありがとうございます。やはり、現地に精通した我々のような香港人がいることは大きいと思います。特に飲食はトレンドの変化が激しく、日本から着任された方が国民性や文化、商習慣の違いを理解する間に、様変わりしてしまいます。YCPの強みのひとつは、ローカル市場に根を張り、「現地から迎え入れる」形で海外展開を支援できることにあります。昨年10月には、主に欧米企業をクライアントに戦略コンサルティングを提供するSolidiance Asia Pacific社を統合し、アジアを中心に、18オフィスで250名体制となりました。今後も、アジア全域に拠点を有する強みを活かし、クライアントの海外展開を支援していきたいと考えております。
酒井:確かに我々の足りない面や、手の届かない部分をしっかりケアしてもらっているイメージです。今後の雲南ヌードルの目標は、香港で150店舗以上、その他の海外で800店舗以上、グローバル展開後はタムジャイとサムゴーそれぞれ500店舗以上のブランドとし、合計1,000店舗にすることです 。各国のビジネスに精通し、結果までのスピード感があるYCPには、今後もご一緒できればと思います。

海外赴任で見えた自分の新しいキャリア

雲南ヌードルの組織再編に取り組むYCPメンバーに、日本から香港へ赴任し、参画した人物がいる。以前Newspicksでも特集した、日本オフィスにて買収した企業の代表取締役として経営を経験した長谷川氏だ。その後、香港オフィスへ転任し、新しいキャリアを歩み始めている。長谷川氏は、このプロジェクトに参画し何を感じたのか。話を聞いた。
― そもそも何故、長谷川さんは香港へ行こうと思ったのでしょうか。
長谷川:YCPの日本オフィスでは、コンサルティングに加え、YCPが自社で買収し運営していた企業の代表を担っていました。YCPとして当該事業の再生及びイグジットを終えて一区切りがつき、プロフェッショナル・経営者としてさらなる成長できる環境は何かと考え、グローバルでの実務経験を積みたいという結論から香港赴任を決めました。
― 今回の香港の案件では、どのような役割を担ったのでしょうか。
長谷川:雲南ヌードルブランド傘下にある10を超えるグループ会社の組織再編のプロジェクトマネジメントや現地製造機能のトリドールによる管理体制の再構築を手がけています 。特に足元では現地CEOやパートナーのKenを中心とするローカルチームと連携して、組織再編に関する実務に関わっています。単にPMIというだけでなく、2ブランドを統合するグループ再編を、トリドールの皆様と進めています。
長谷川 慧 氏
YCP香港オフィス ディレクター
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。在学中に公認会計士の資格を取得し、有限責任監査法人トーマツに入社。金融事業部に所属し、大手金融機関グループに対する財務諸表監査/内部統制監査を担当。その後、エネルギー関連企業にて、新規事業の立ち上げから戦略立案、管理業務などを担当。2015年よりYCPグループに参画し、コンサルティング業務に従事しながら、株式会社セルフィユの代表取締役として事業を運営。事業再生及びイグジットを完了、その後香港オフィスへ転任。
― 今回の案件を通して、どんな学びを得たのでしょうか。
長谷川:日本で事業再生をしていく中で非常に大切だと感じていた「組織メンバーとのコミュニケーション」は、国境を超えて要点は同じだと感じることができたのはとても良い経験でした。雲南ヌードルの現地CEOと連携して、将来目標に向かって最短で到達するための事業展開を支援しているのですが、経営者の真横で実行支援をできるため、自身の経営者としての目線を引き上げてくれる機会が多いです。
― トリドールと協働する中で気がついたことはありますか?
長谷川:「仕事の任せ方」です。グローバルで事業展開をするトリドールは、現地の商慣習や経験を大事にした上で、海外での事業展開をされています。実際に現地CEOやマネージャー層などに与える権限を明確にし、「任せるものは任せる」としたうえで、丸亀製麺で培ってきたトリドールならではの知見・ノウハウを付加することに専念されています。特に意思決定の速さは、板挟みになりがちな立ち位置の中でずいぶん助けられました。
― 長谷川さん自身としては、どんな展望を描いていらっしゃるのでしょうか。
長谷川:今は香港・中国を中心に事業展開されている企業様の経営課題の解決のお手伝いをできればと思っております。その中で、会計士としてのキャリアから積み重ねてきたファイナンスという軸と、ベンチャー・事業再生での事業・経営経験に加えて、グローバルでの経験を掛け合わることで、経営者としての力を磨いていければと考えています。将来は香港を軸に、中国圏へ進出し、更にはグローバルな経営へと自身の枠を拡げていければ理想的ですね。
(社名は取材時点のものを使用しております。YCPは、Solidiance Asia Pacific社との経営統合を機に、3月1日よりYCP Solidianceに社名変更しております)
(インタビュー・文:松田政紀[アート・サプライ]、写真:有坂政晴/小島マサヒロ)