祖父の手書きのノート

ベン・ラインシェの一族は6世代にわたって、アイオワ州東部の風の強い平原にある人口2500人の町ジェサップの郊外でトウモロコシと大豆を作ってきた。だが今、彼は1万2000エーカーの農場で、価値のある新しい作物を収穫している。それは情報だ。
「将来はデータ分析と技術にある」と、ラインシェは言う。彼はいまだに祖父の手書きのノートを持っている。そこにはトウモロコシの収穫量や、鶏が生んだ卵の数まで細かく書かれている。
ラインシェが種子・農薬で世界最大手の独バイエルの一部門クライメート・コープとデータ分析のサービスに関する契約を結んで6年ほどの間に、購入する種子の量は6%、肥料は11%減り、収穫は飛躍的に増えた。
「以前はノートをつけ、現場を観察する以外の情報源はなかった」と、彼は言う。「今はデジタルのツールがある」
農家が集めた情報、たとえば作物の収穫、肥料の使用、輪作、降雨、その他10種類以上のデータは、バイエル、スイスの農薬世界最大手シンジェンタ、米化学大手ダウ・デュポン、化学世界最大手の独BASFといった企業にとっては垂涎の的だ。
こうしたデータをソフトウェアで解析し、収穫を最大化する種子、肥料、農薬散布の組み合わせを予測する。こうした分析に基づいて企業は種を撒く時期や農薬の使用時期について助言を提供し、農家はそれに対して定期的に料金を支払う。

「データは新たな通貨だ」

「農家を訪れ、納屋の棚のノートブックに過去15年のデータが死蔵されているのを何度見たことか」と、クライメート・コープのマイク・スターン最高経営責任者(CEO)は言う。
バイエルはそうした記録をデジタル化し、過去の情報と組みあわせて、農家に販売することができる。「データは新たな通貨だ」と、彼は言う。
農業のデジタル化はめずらしいことではない。1980年代には、必要な肥料の量を計算するために土壌のデータを6インチのフロッピーデスクに記録していた。インターネットが登場してからは、企業は農家に対する助言の精度を上げるために、巨大なデータベースを構築している。
この傾向は加速している。なにしろ今は、生産者がトラクターに設置したタブレットに直接情報を取り込み、農薬散布ドローンのような技術を使って土地の単位あたりの収穫量を最大化しようとする時代だ。
それぞれの必要に応じた助言と引き換えに、データを提供する農家は増えている。コンピュータはそうしたデータを他の農場からの情報と組み合わせ、より正確な予測をするために人口知能を使って分析する。
「このやり方が好循環を生み出している。農家からのデータが増えれば、アルゴリズムは改善され、よりよい提案をすることができ、さらにデータを得ることができる」と、米投資顧問会社サンフォード・C・バーンスタインのアナリスト、ガンサー・ゼックマンは言う。

市場はまだ流動的

デジタル農業市場は2020年代半ばごろには、年間数十億ドル規模の市場になると予測されている。ただし、1エーカーあたり1ドルという現在の情報提供料では、システムの運用コストはまかなえない。
この事業は「ビジネスとして持続可能なことは確実だ。だが一部は未来のための投資でもある。この事業を進めていけば、その内容はどんどんデータマイニングに近いものになっていく」と、BASFのハンス・ウルリッヒ・エンゲル最高財務責任者(CFO)は言う。
「そのうちに、製品とサービスの価格を設定する方法がわかるだろう。市場はまだ流動的だ」
各企業は先を争って、何千もの農場に関するデータを蓄積している。先頭をいくのはバイエルで、のべ延べ1億6000万エーカーに及ぶ農場からの情報を集めている。
BASFとシンジェンタ、ダウ・デュポンは後を追う立場にあるが、2番手を決めるのは難しい。それぞれの企業が担当する作付面積の評価方法が異なるからだ。
「データは多ければ多いほどいい」と、シンジェンタのデジタル部門を率いるダン・バーデットは言う。
シンジェンタはもともとスイスの企業だが、昨年、中国の国有総合化学メーカーである中国化工集団有限公司に470億ドルで買収されて以来、急速に事業を拡大している。

データ革命が農業を一新

農業ビジネス界の大手は数百万エーカー規模の大農家と契約を結ぶが、中小企業は小さなマーケットで、より価値の高いサービスを提供しようとしている。
1856年以来、ドイツの農家に種子を販売しているKWSサート社は、高解像度の衛星画像を使って大麦の色づき具合を調べ、どのあたりが収穫に適した状態になっているかを見つけ出すサービスを提供している。
また、ぬかるんで歩きにくい状態の農地にデータ収集ロボットを送りこみ、作物の状態を観察して、問題を早期に発見し、警告を出すプロジェクトに取り組んでいる。
「弱った植物は、表面にある葉を太陽のほうに向けようとする」と、KWSの技術開発部門を率いるロ-レライ・デービスは言う。「それは衛星やドローンでわかる部分だが、問題は葉の下に隠れていることがある」
ラインシェは、自分の子どもたちが農場を引き継ぐころには、データ革命が農業に変革をもたらすと予想している。消費者が食料の生産から消費までの一連の流れについて透明性を要求しているため、作物の栽培方法とその環境への影響に関する情報は非常に重要だ。
また、製粉業者や醸造業者が日光をより多く浴びて育った穀物や、デンプンの含有量の多い穀物がほしいという場合には、季節のはじめに農家に注文を出しておけば、作物の生育状況を逐一モニターすることも可能だ。
「こうした情報をバイヤーに提供できれば、作物の売り先を確保できる」と、ラインシェは言う。「テクノロジーのおかげで、作物の生育過程に関する情報は全部提供できる」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Andrew Marc Noel記者、翻訳:栗原紀子、写真:©2019 Bloomberg L.P)
©2019 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.