爆発的に成長するeスポーツ市場。後進国・日本が世界に追いつくカギは?

2019/3/24
 今、すさまじいスピードで世界中に熱狂が拡散し、爆発的に成長している市場がある。
 人と人がゲームの中で戦う「eスポーツ」だ。
 たかが「ゲーム」と思った、かつてゲームを体験したNewsPicks読者も多いかもしれない。しかし、現状のeスポーツは、かつてのゲーム世代が知るゲームの本質とはまるで違うところに、核心がある。
 それを裏付けるように、市場の成長速度は目覚ましい。
 2018年、世界のeスポーツ市場は14兆8390億円。2021年には19兆円を超えると予想される。
 オーディエンスは現在の約4億人が4年後には6.4億人になる。
 eスポーツ後進国と言われた日本でも、2018年の市場規模見通しは48億円に上り、実に前年の約13倍になった。
 なぜ人々はeスポーツに熱狂しているのか? 
 eスポーツビジネスのポテンシャルの核はなんなのだろうか?

「eスポーツ元年」を迎えた日本の課題

1961年生まれ。京都大学経済学部卒。慶應義塾大学で博士号取得。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年 スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。内閣官房知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会座長などの委員を務める。
──世界で超成長市場とされるeスポーツですが、なぜこれほどまでに成長しているのでしょうか。
中村伊知哉 スポンサー料が全体の8割と言われています。要は企業から出てくるお金ですね。ゲーム市場がみな、eスポーツによる認知の拡大に、勝機を見いだしている。
 すでにグローバルではその実績があるので、日本も後追いで、そのポテンシャルを確信できているということだと思います。
──日本は「ゲーム大国」とも言われているのに、なぜeスポーツについては後進国になってしまったのでしょうか。
 eスポーツはPCを使ったオンラインゲームから生まれて発展したものです。一方、日本では任天堂やソニーが家庭用ゲームを作り続けて、世界を制しました。日本がガラパゴっている間に、eスポーツの後進国になったわけです。
 でも、今は家庭用ゲームも全部ネットワークにつながって、日本でもeスポーツの認知が急速に広がってきています。昨年の調査では、eスポーツを「知っている」と答えた人の数は一昨年に比べて約2倍になりました。
──2018年にようやく日本は「eスポーツ元年」を迎えたとおっしゃっていますが、そこに至るまでにどのような課題があったのでしょうか。
 まず2017年の末の段階で2つの課題がありました。「消費者庁による景表法の大会賞金上限10万円という規制をクリアすること」と「3つある関連団体を統一して国際進出の道を開くこと」。
 昨年2月に3つの団体が解散して「日本eスポーツ連合JeSU」という団体が発足しました。その後、JeSUがプロライセンス制度を始めた一方、プロには「賞金上限10万円」という消費者庁のルールを適用しなくていいという見解が政府から出ています。
 また、昨年12月にはサイゲームスが優勝賞金100万ドル(約1億1000万円)のeスポーツの大会を開催しました。日本国内でこういう大会を開くことができるようになったのは、eスポーツの市場拡大にとってとても大きなことです。
 2018年はビジネスだけでなく、スポーツとしても注目度が高まりました。昨年ジャカルタで開催されたアジア競技大会では公開競技として行われましたが、22年に中国の杭州で開かれるアジア大会では正式競技になります。
 今年の茨城国体ではeスポーツの大会が行われることになりました。近い将来、オリンピックの競技になることも見込まれています。
──では、日本のeスポーツ市場が大きく成長していく準備は整ったということですか。
 はい。日本はゲームをずっと作ってきて、世界を楽しませてきたという実績も力もある。市場を作ることを阻んできたいくつかの壁は、全部解き放たれます。これをホップにして、ステップ、ジャンプしていかなくてはいけません。ここから日本は本来のポテンシャルを発揮していくでしょう。

「ゲームなんか」から「もっとゲームをやりなさい」へ

──日本でeスポーツ市場が成長していく上で、もっとも大きな課題は何でしょうか。
 最大の課題は、この分野への認知です。日本はゲーム大国ですが、ゲームに対してネガティブな見方をする人が少なくありません。
 認知を広げるためにはJリーグが認知されていったように、業界だけでなく、学校や地域での取り組みも必要になります。
 今は早稲田大学など多くの大学が盛んにeスポーツに取り組んでいます。高校でも取り組みが始まっており、カドカワが運営するN高ではアジア大会の金メダリストを輩出しました。高校の次は中学とeスポーツの裾野を作っていくことが我々の仕事だと思っています。
 もう一つはパブリックの取り組みです。まずは茨城国体。東京都のような大きな自治体からもeスポーツの大会を開きたいという申し出がありました。ほかにも、かなりの自治体から問い合わせがJeSUに来ているそうです。大会を開くだけでなく、自治体にeスポーツを楽しむ場所を作るなどの環境整備をしていきたいですね。
──認知拡大という点でいうと、例えば将棋界は、藤井聡太さんの登場で盛り上がりました。そうした人材の台頭も求められるのでしょうか。
 はい、将棋界はモデルですね。藤井聡太さんもいれば、加藤一二三さんのような方もいる。そういう厚みを出していければと思います。
 実は僕が「これは日本ヤバいぞ」と思った瞬間は、何年も前に韓国でeスポーツ専用のスタジオを見たときなんです。韓国政府やソウル市、メディア企業がお金を出して、毎日eスポーツの試合をする場所をソウルにいくつも作っています。
 そこでの試合は毎日ケーブルテレビやネットで配信されています。この前は政府がeスポーツの博物館を作りました。韓国は本気度が違います。
 学校や自治体の取り組み、さらに国際大会でのエポックなどを経て、「ゲームなんかやっているのか」という認識が、どれぐらいのスピードで「もっとゲームをやりなさい」になっていくか。ゲームで勝つことが格好いいと思われるようになったり、立派な人だと思われるようになったりする必要がありますね。
──人々をこれほどまでに熱狂させる、eスポーツが持っているポテンシャルの核は一体なんでしょうか。
 やはり核は「コミュニケーション」です。
 たとえば、今ビジネスパーソンの中核を担う30代〜40代ぐらいの人たちは、ほとんど「自分とゲームの世界」で遊んでた人だったと思うんです。
 でも今のゲームは完全に、他人とやるコミュニケーションが真ん中にあります。スポーツにもコミュニケーションの楽しさがありますが、eスポーツも同じで、プレーをする人も、見ている人も、コミュニケーションを楽しんでいます。mixiの「モンスターストライク」も、僕は制作当時mixiの役員でしたが、いかにコミュニケーションのゲームにするかを徹底的に考えて作られていました。
 これから日本独特の、もっと間口が広くて、敷居が低い、おじいちゃんもおばあちゃんもプロも楽しめるような、気楽なeスポーツが広がっていくとおもしろいと思います。
 今年の大きなエポックは国体と5Gです。茨城国体でeスポーツの認知度が高まり、5Gで誰でも気軽にスマホを使って、eスポーツを見たり、プレーしたりすることができるようになっていくと思います。
※5G:第5世代移動通信システム(5th Generation)
──今、5Gというワードが出ましたが、eスポーツにおいてインフラやネットワーク環境はどのぐらい重要なのでしょう。
 eスポーツは0.0何秒を争うものなので、高速のネットワークと高速のPCが不可欠です。
 5Gは高速大容量以上に遅延が少ないことが大きな魅力です。これまではみんなで1つの会場に集まって有線でつないでプレーしてきましたが、これからは遠隔地にいてもeスポーツの競技に参加できるようになります。
 5Gの登場は、日本のeスポーツにとってタイミングが非常に良いことです。盛り上がりはじめたところに新しいテクノロジーが出てきて、東京で五輪が行われる。さらに大阪万博も控えている。このチャンスを全部生かしていく必要がありますね。

会場に1万人の発信者がいるeスポーツ

5Gなどのネットワークインフラについて、大きな投資を続ける、NTTドコモのゲームビジネス担当である瀬崎氏にも話を聞いた。
──ドコモは、eスポーツの領域でどのような取り組みを行っているのでしょうか。
瀬崎隆明 eスポーツにおいては通信領域が非常に重要になります。ドコモでは独自大会の開催や5Gネットワーク環境の構築などを行っています。オンラインで人と人が対戦を行い、さらにコミュニケーションも生まれます。
 eスポーツは通信との親和性があり、そこに我々がコンシューマービジネスをやる上でのビジネスチャンスがあると考えています。
「EVO Japan 2018」という格闘ゲームのeスポーツの大会で、世界中から集まっているプロプレーヤーの方たちに5G回線でゲームをやっていただいたり、直近の「EVO Japan 2019」では特別協賛を行い、5G回線を通したゲームのオンラインレクチャーを実施しました。
福岡国際センターで行われた「EVO Japan 2019 Presented by NTT DOCOMO」の様子(© EVO Japan 2019実行委員会)
 格闘ゲームは低遅延性が求められるゲームで、1フレームすなわち1/60秒を争う勝負になるので、その中で5Gという技術を生かすことができるのかどうかを試してみたかったのです。
──今までの4GやWi-Fi接続では、eスポーツの環境として十分ではなかったのでしょうか。
 そうですね。eスポーツはPCベースのオンライン対戦から発展したものなので、これまでは大会でも有線での環境の中で対戦をしていました。
 昨年10月には自社でeスポーツのイベント(「DIG INTO GOOD GAMES SHIBUYA TRYOUT」)を開催しました。自分たちで大会をやってみたところ、やはり通信環境が非常に重要だということがわかりました。
 観戦者が自由に通信する中で、会場全体のネットワークのコントロールをどのように行うかが課題として浮かび上がってきたんです。
 大きな大会になると1万人以上の観戦者がいるわけです。音楽ならステージを見ているだけでいいですが、eスポーツの場合、1万人の観戦者が発信者になることもありえます。また、VRやARなどを使って観戦体験の質を上げる試みもあるでしょう。そんな状況にも対応できる通信環境が必要です。
 5Gの導入によって同時に多くの方が接続しても高速通信が可能となります。今後、観戦者が自分のスマホでeスポーツに参戦できるようになるかもしれない。
 つまり、自分のシューズで市民マラソンに参加して走るのと同じですね。ステージに上がる選手が2人いたら、それぞれのファン同士も一緒に戦うのもおもしろいと思います。

eスポーツの核は「コミュニケーション」

──今後eスポーツがさらに発展していくためには、何が鍵になるのでしょうか。
 やはりコミュニケーションだと思います。プレーヤー同士のコミュニケーションもあれば、観戦者同士のコミュニケーションもあります。
 僕自身もそうなのですが、ゲームはしないけどeスポーツを見るのを楽しんでいる層も確実にいます。コミュニケーションがeスポーツの楽しみをさらに広げていくと思います。
 eスポーツといえば大会などで使われている既存のゲームタイトルを思い浮かべがちなのですが、私自身はもっと広いものなんじゃないかと思っています。オンラインで対戦を楽しめるものなら何でもいい。将棋でも良いですし、子どもがプログラミング教室とかで作ったゲームでもいい。
 外にいてもオンラインでじゃんけんするような遊びでもいいと思います。結局、遊びなんですから、楽しければいいんです。ゲームというのはコミュニケーションだし、対戦というのもコミュニケーションだと思うので、そこを重要視していくと良いサービスにつながっていくのではないかと考えています。
──オンラインでの対戦を介して、何千万、何億人がコミュニケーションを楽しめるようになっていくというのが、eスポーツの未来ということですね。
 はい。5Gの通信環境さえあれば、どこでもeスポーツが楽しめるようになる。大きな会場も不要ですし、国境も年齢差も関係なくなります。そんな未来に5Gの技術が寄与できればいいなと思っています。
(編集:中島洋一 構成:大山くまお 撮影:岡村大輔 デザイン:國弘朋佳)