【解剖サブスク】満足は厳禁。サービスは永遠に完成させない

2019/3/26
 生活者の購買思考が“所有”から“利用”へ変化する中、サブスクリプションモデルが注目され、市場が拡大を続けている。

 その背景として挙げられるのが、テクノロジーの進化により、企業と生活者が容易に中長期的な関係を築きやすくなったことだ。そして、これは事業者にとって単なる課金形態の変化ではなく「ビジネスモデルの変革」を意味する。

 このビジネスモデルで勝ち抜くためには何が必要なのか。会員数22万人を突破した、日本最大級のファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット、以下エアークローゼット)」を創業した天沼聰氏にそのヒントを聞いた。

技術革新によって拡大したサブスクビジネス

──現在、サブスクリプション(以下サブスク)ビジネスはC(Consumer)向け、B(Business)向けともに拡大しています。拡大の背景には何があるのでしょうか。
天沼 事業者目線では、大きく2つの理由があります。
  1つは、デジタル化を含めて技術革新が進み、サービスやモノを「コンテンツ化」しやすくなったこと。
 2つ目は、月額利用だから積み上げ型の売り上げを見込めることです。そのぶん、大胆な投資をしやすくなりました。
 一方、消費者目線では、スマホの普及によってインターネットが生活の一部になっていることが挙げられます。
 ライフスタイルがリアルからデジタルまで広がったことで、あらゆるモノやコトのコンテンツを生活の一部として取り入れやすくなりました。
 たとえば、洋服は購入して「所有」する選択肢しかなかったのが、今は購入以外にもインターネットを通して「利用」する選択肢が増えた。
 モノを定額利用できる仕組みが消費者の生活に受け入れられるようになってきたのです。
──グローバルと日本では、サブスクサービスの内容や広がり方に違いはあるのでしょうか。
 商習慣や文化によって違いが生まれるというよりは、各国のインターネット環境などの技術基盤とクレジットカードやモバイル決済などの金融基盤によって、違いが生じます。
 たとえば、ブラジルはファッションに対しての興味・関心度は高いのですが、インターネット上でのクレジット決済が好まれない風潮があったため、eコマースが他国よりも遅れていました。
 また、中国ではモバイル決済が世界一と言われるほど浸透していますが、日本はもともとクレジット決済基盤がしっかりしていることなどから、モバイル決済がなかなか浸透しません。
 各国でインターネット環境も違いますし、PCやスマホなどデバイスの利用率も異なっている。こうした基盤の違いによって、生まれてくるサブスクサービスも少しずつ違ってくるのだと思います。

目的はライフスタイル変革。「サブスク」は変革の手段

──天沼さんは2014年に洋服のレンタルサービス「エアークローゼット」を創業されました。もともとサブスクでビジネスをやろうと考えていたのでしょうか?
 いえ、目的としたのはライフスタイル変革で、その手段としてマッチしたのがサブスクモデルでした。
 エアークローゼットのきっかけは、妻や友人が出かける際の「着る服に困る」という発言です。
 人はライフスタイルが変化し、自分の時間が減っていくと、新しい洋服やコーディネートを知るきっかけと時間は減る一方で、増えることはほとんどありません。
 休みの日に妻と買い物に出かけても、買うお店が決まっていて、買う洋服も似通っている。
 その幅が広がらないのは自分の固定観念が広がらないからであり、それを変えるには、発想にないデザインや色の洋服を着てみることだと考えたんですね。
 忙しい女性が今のライフスタイルを変えることなく、生活に溶け込むサービスでこの課題を解決できないか。
 そこで、洋服はスタイリストが選び、着た洋服をクリーニングに出す必要もなく、返す期限も設けないサービスを考えました。
 単純に自分の固定観念にない新しい洋服を着てもらうことにフォーカスした結果、最適なビジネスモデルが月額レンタルサービスだったのです。

現状に満足できない、しない。それがサブスクの神髄

──事業を成長させるために、どのような工夫をされてきたのか教えてください。
 最も注力したのは、優れたユーザー体験を生み出すための倉庫やクリーニング工場、物流などの「基盤」作りです。
 サービス開始時から専門チームが毎日のように提携している倉庫やクリーニングの現場に出向き、オペレーションが円滑なのか、属人化していないかなどを細かくチェックして改善提案をしてきました。
 通常、委託した業務の中身を見に行くことはあまりしないと思います。
 だけど、最終的にお客様にモノが届くサービスだからこそ、倉庫や物流、検品、クリーニングなどの細かい部分を最適化する必要がある。そうしないと、優れたユーザー体験は生まれません。
 だから委託側の立場ではありますが、業務改善やサービス向上の提案をし、共同でオペレーション改善をしてきました。
 クリーニングに関しては、独自に開発した洗剤を使い、独自の洗い方をしてもらっているほどです。バックのオペレーションこそ成長を支える根幹なので、創業以来ずっとこだわっています。
──委託先の業務まで細かくチェックして、改善してきたのですね。
 私は、サブスクビジネスのコアとなる部分は、事業者側がサービスクオリティに満足せず改善を続けることだと思っているんですね。
 積み上げ型の売り上げを拡大の理由の一つとして挙げましたが、お客様はいつでも解約できる。
 生活に欠かせないほどの価値を感じてもらうためには、徹底したユーザー視点で細かい改善をする必要があり、それを地道に続けることが他社との競争優位性につながっていきます。
 今後、さまざまな領域でサブスクサービスは増えていくと思いますが、サービスレベルを高められる企業だけが生き残り、最終的に同じ領域で複数社が乱立することはないでしょう。
 この現象は、B向けサービスほどシビアになると思います。
 たとえば1社が労務管理のサブスクサービスをいくつも導入することはありません。すると当たり前ですが、優れたユーザー体験のサービスが選ばれ、一時的に複数社が乱立したとしてもやがて淘汰されていくはず。
 だから絶対に事業者は現状に満足してはいけないと思っています。

お客様の声は「ネクストアクション」ではない

──選ばれ続けるために満足せず、日々の改善を積み重ねていく。健全な競争ができるフェアな世界ですね。
 それがサブスクビジネスの魅力ですね。
 よく社内でウォルト・ディズニーの言葉「ディズニーランドは永遠に完成しない。世界に想像力がある限り、成長し続ける」というのを社員の仲間に向けて話すのですが、この概念は半強制的にサブスクビジネスにも入ってくると思うんです。
 だから安易に「売り上げを積み上げられるからサブスクビジネスをやろう」と始めてしまうと、すぐに伸び悩むことになると思います。
 大切なのは、サービスを高め続けるための改善活動と、それができる体制を“最初”から作ること。ある程度の基盤なら、ある程度の成長しか実現できないと思います。
 加えて、サブスクで圧倒的に必要となるのは「サブKPI」の設定です。
 サービスを提供する中で、継続利用してもらうためのフックとなるサブKPIは何なのか。そして、どんな体験をしてもらえば、サブKPIは達成できるのかを運営しながら自分たちで見つけないといけません。
 エアークローゼットの社長室にはデータサイエンティストのチームがいて、どんなデータが何と相関関係があるのかなどを日々研究していますよ。
──事業成長のために、他に気をつけるべきことはありますか?
 お客様からの声を聞くためのアンケートやグループインタビューを実施する際、目的をお客様理解以外に置いてしまうことです。
 よくあるのが、お客様からの声で上がったものを新機能として追加していくこと。
 お客様にネクストアクションを聞くようになると事業者側は思考停止し、改善されなくなります。
 わくわくするような感動体験を提供したいなら、お客様を理解して、お客様がまだ気づいていないようなサービスを体験してもらうことが大切。
 ネクストアクションを聞き始めるとサービスはそこで停滞するでしょう。
 私は昨年12月に立ち上がった日本サブスクリプションビジネス振興会の理事でもあるので、改善体制の作り方やKPIの見つけ方など、知識やノウハウを共有する勉強会を定期開催して、サブスクビジネスを展開する企業のサポートをしたいと考えています。

コア業務とノンコア業務を見極めよ

──これからサブスクビジネスを始めようとしたとき、ゼロからすべてのフローを作るのは大変です。積極的に外部に任せていくとしたら何でしょうか。
 業種や業界で違うとは思いますが、プラットフォーマーがサービス提供しているような、クラウドでのデータ管理や決済周りは標準化されるかもしれません。
 私がエアークローゼットを立ち上げた当時、決済フローを含めてすべての業務フローがなく自前で作ったので相当苦労しました。
 通常の小売りは倉庫から配送した商品が戻ってくることは返品以外にありませんが、戻ってくることを前提とした物流フローを考えないといけません。
 しかも戻ってきて終わりではなく、クリーニングや検品、倉庫での管理、次の配送といったフロー作りも必要でした。
 モノを動かすサブスクの場合、必ずこうしたロジスティクスが必要になるので、汎用性のある基盤はプラットフォーム化できるといいですね。
 決済周りにしても、今後の消費税増税対応をどうするかなど、各社でバラバラに考えるよりも、どこかのプラットフォーマーが課題を吸収してサービスとして提供する方が効率的です。
 委託できる部分は委託し、事業者は優れたユーザー体験を追求する。そういったエコシステムができれば、サブスクビジネスはもっと進化するのではないでしょうか。
 いずれにしても、お客様のことを本当に考えた細やかな改善を続けられる体制と仕組み、サービスクオリティに満足しない覚悟が必要不可欠。
 サブスクは、お客様にとって優しくなければ成功しないビジネスだと思っています。
(取材・文:田村朋美 編集:木村剛士 写真:北山宏一 デザイン:國弘朋佳)