アシックススポーツ工学研究所が考える、シューズづくりの未来とは

2019/3/22
人間の「歩く」や「走る」を長年にわたり研究し続けている機関がある。兵庫県にあるアシックススポーツ工学研究所では、さまざまなシーンにおける人間の運動力学、運動生理学をリサーチし、高機能なシューズを追求してきた。

「歩く」ことは、人間の活動のなかでも基本的な営みであり、日々の生活、そしてビジネスを支える行為でもある。近年、「MaaS」など移動にまつわる技術革新が盛り上がるが、人間はこの先も歩き続ける。同研究所のキーパーソンに「歩く」や「走る」の未来について聞いた。

シューズの8つの機能

現代の機能性シューズは、「環境に応じて人間が進化させてきた技術の結晶」の一つだ。そして、人間が歩き続ける限り、シューズも常に進化を続ける。
アシックスのルーツは、1949年に発足した「鬼塚商会」にある。まずバスケットボールシューズの製造販売をスタートさせ、その後多くのスポーツシューズの開発、生産、販売を行ってきた。
1977年に社名を「株式会社アシックス」に変更。1985年には、社内の関連部署を集約して「アシックススポーツ工学研究所」を設立した。
「スポーツ用品は人間が使うもの。だから、製品の前にまずは人間そのものを研究しなくては、というのが創業者の理念でした」
こう話すのは、アシックススポーツ工学研究所インキュベーション機能推進部で部長を務める勝真理氏だ。
「研究所では、スポーツ時のパフォーマンスを高いレベルで引き出す製品を作り出すために、人間の身体や動きの分析をもとに、材料や構造の研究を行っています。
さらに生産技術や、製品・素材の分析評価の研究までを行うことで、高機能のシューズを生み出しています」(勝氏)
一概にスポーツといっても、ランニングなのかサッカーなのかウォーキングなのか、競技種目によって求められるニーズは異なる。
さらに、年齢や性別によっても運動時の動作や身体の各部位にかかる負荷は変わる。
それらのデータを分析し、ターゲットごとに求められる機能を抽出することが、シューズ開発の第一歩。
要求される機能を満たす構造設計や材料開発を行い、さらには、研究所内で分析・評価試験に関する研究、生産技術に関する研究までを一貫して行う。
「アシックスは、シューズ開発に『インパクト・ガイダンス・システム(IGS)』というガイドラインを取り入れています。
これは、シューズの8つの機能であるクッション性、安定性、グリップ性、屈曲性、フィット性、耐久性、通気性、軽量性を適切に組み合わせて、パフォーマンスを向上させ快適に使用できるようにするための設計指針。
一般的なランニングシューズはおよそ40パーツで構成されていますが、それぞれに異なる機能が割り当てられています」(勝氏)
例えば、ランニングシューズとウォーキングシューズにはどちらも衝撃緩衝材を入れるが、運動動作が異なるため入れる部位が変わってくる。
「ランニングはかかとの外側で着地することが多く、ウォーキングはかかとの中央を使って着地することが多い。
また、ウォーキングの場合は足の屈曲がランニング時より大きいので、ソールがより屈曲しやすい設計になっていなくてはいけません。
こうした動きの特性に従い、パーツごとに素材や構造設計を変えることで、相反する8つの機能を高いレベルで1つのシューズに落とし込むことができるのです」(勝氏)

90万人分の足のデータを保有する

こうしたシューズ開発におけるアシックスの強みは、長年かけて集めてきた日本人の足のデータにある。その数、およそ90万人分。まさに足のビッグデータと言える。
本当にフィットする靴を作るには、平面的な寸法ではなく3次元のデータが必要だと考え、1991年に「3次元足形計測機」を、協力会社と共同開発したのだ。
(写真:アシックススポーツ工学研究所提供)
※上記の画像は1991年当時の計測機ではなく、現在アシックスウォーキング直営店などで使用されている計測機で、「株式会社アイウェアラボラトリー社製:INFOOT USB」。
「翌年のバルセロナ・オリンピックでは計測機を会場に持ち込み、選手の足のデータを大量に計測。
この時のデータが実際の製品に使われることはありませんでしたが、3次元データに着目したことがシューズ開発の可能性を広げました」(勝氏)
次に勝氏が取り組んだのは、3次元足形計測機を活用した顧客情報の収集と、得られた情報を顧客やものづくりにフィードバックし、価値ある製品を提供・製造するためのシステム開発だ。
一人ひとりのお客様にフィットしたシューズ選びを可能にするため、小売店にも計測機を置こうというアイデアだった。
だが、これは社内の猛反対に遭った。
「『そんなもの誰が営業するんだ』と言われました。そこで、自分でも営業しましたが、『場所をとる』『機械の扱いが面倒』と、反応はさっぱり(苦笑)。
ですが、シューズの未来は、商品のパーソナライズ化などプロダクトにまつわるサービスにこそ広がっていると信じていましたし、研究所としては次のビジネスへの布石となる3次元データを無料で得られるチャンスです。
幸運なことに、直営店を出すタイミングだったので、まずは直営店独自のサービスとして、3次元足形計測サービスをはじめました」(勝氏)
(写真:アシックススポーツ工学研究所提供)
結果的に、このサービスは爆発的にヒットした。折しも、この年から東京マラソンがスタート。世の中は一大ランニングブームに沸いていた。
合わないシューズで足を痛める市民ランナーも多く、それが追い風となった。
「消費者のシューズ選びの意識も変えることになった」と勝氏。
小売店もこぞって計測機を置くようになり、アシックスに膨大な量の足形データが集まる仕組みができあがったのだ。

膨大な3D足形データが生み出したシューズ

こうして集積した膨大なデータと、これまで研究開発してきたテクノロジーによって、アシックスは「名作」と呼べるシューズを数多く生み出してきた。
そうした中で、近年の代表作のひとつとして誕生したのが、ビジネスシューズ「Runwalk」である。
「コンセプトは“走れるビジネスシューズ”です。
私自身、社会人になって初めてビジネスシューズを履いたとき、『これは人が歩くための道具ではない』と感じたのを覚えています。
そこで、歩く・走るという運動特性へのアシックスの知見をビジネスシューズに落とし込むことを考えたのです」(勝氏)
まずは足へのフィット感を高めるため、3次元データを駆使してラスト(靴型)を開発した。そこで重視したのは、機能性とデザイン性だ。
デザイナーとディスカッションを重ね、足になじむ天然皮革の特性を生かした、細身で美しいフォルムが完成した。
次に、クッション性と屈曲性を兼ね備えたソールを設計。靴底には滑りにくい意匠を加えた。
さらに、ヒール部には着地時の足への負担を軽減する衝撃緩衝材「GEL」を搭載。「GEL」はやわらかな素材で、着地の際に足への衝撃を軽減してくれる。
また、歩行時の足のねじれを抑えると同時に、足裏のアーチをサポートする樹脂製のトラスティックシャンクを入れた。
モデルによっては、ランニングシューズに用いるクッション性に優れたオーソライト中敷も搭載されている。
「他社からも後追い製品が続々と誕生していますが、膨大な足形のデータから設計した日本人の足に合うラストと、ランニング&ウォーキングシューズで培ってきた技術力を結集させた『Runwalk』は、ある種の完成品だと自負しています」(勝氏)

ものづくりで培ったノウハウで未来を創造する

現在、勝氏は新しく健康関連のサービス事業の立ち上げに取り組んでいる。
「スポーツに取り組む多くの人の目的は、健康維持にあります。そこで、今年から試験的にスタートするのが法人向けの体力診断サービスです。
社員の方たちの体力診断を行い、個人に適した運動とそれにまつわるシューズやギアを提案するのです。
販促的な側面ももちろんありますが、私たち開発畑の人間としては、むしろ、この取り組みから得られるさまざまなデータに魅力を感じていますね。データは新しいビジネスを生み出す宝の山ですから」(勝氏)
例えば体力診断には歩行診断も含まれる。歩き方のクセや歩行時のフォームをチェックするのだが、これだけでも筋力や柔軟性など多くの情報が得られる。
そこからまた新しいサービスが生まれる。
(写真:アシックススポーツ工学研究所提供)
IoTを活用したシューズ開発にも可能性を感じている。
「電子デバイスをシューズの中に入れ、靴の周囲の環境や足の状態をセンシングすることで適切な機能が発現するのです。
例えば、雨の日は滑りにくくなり、晴れた気温の高い日には透湿発散性を高める。もしくは、アーチが落ちてきたら、中敷がそれを支える。未舗装路ではグリップ力が高まり、アスファルトではクッション性が向上する……。
一足あればさまざまなシーンをカバーできるシューズができたら面白いですよね」(勝氏)
その先に見えてくるのは、「歩く」を極めたシューズだ。
高齢者や障がい者が、歩行介助なしで歩けるシューズや、視覚障がいのある人が視覚障がい者用誘導ブロックを使わなくても自由に歩ける、ガイド機能を備えたシューズ。
アシックスのテクノロジーは、そんな魔法のような「歩く」の未来を実現するかもしれない。
「さなざまな年代の、さまざまな個性を持つ人が自由に歩くためのシューズを開発して、たくさんの人に喜んでもらう。ものづくりの本懐って、そこにあると思うんです」(勝氏)

「Runwalk」の世界観を伝える直営店

オーセンティックなデザインに、アシックスのテクノロジーを搭載した「Runwalk」の世界観を余すことなく伝える「アシックスランウォークギンザ」。同社初となる、ビジネスシューズを専門に取り扱うショップ「アシックスランウォーク」の旗艦店である。
(写真:株式会社アシックス提供)
店内には3次元足形計測機が設置されており、8台のカメラを駆使して、足長・足囲やかかと傾斜角度など7つのポイントを測定。
自分の足にフィットするビジネスシューズを選ぶことができる。
店舗独自のサービスとしてデザイン、素材、カラーなど、247種のバリエーションから好みに応じた一足をパターンオーダーすることも可能だ。
また、3月16日に錦糸町駅前に誕生した錦糸町パルコ内に、銀座店に続く2号店「アシックスランウォーク錦糸町パルコ」がオープンした。
(写真:株式会社アシックス提供)
アシックスランウォーク錦糸町パルコ

〒130-8535
東京都墨田区江東橋4-27-14 錦糸町パルコ 2F
TEL. 03-6659-2617
OPEN HOURS. 10:00-21:00
定休日は施設に準じる

Runwalkの詳しい情報はこちら
(執筆:倉石綾子 編集:海達亮弥 撮影:茂田羽生 デザイン:九喜洋介)