「ベンチャー市場は、まるで18世紀」

不平等に関する問題には、実は2つの問題がある。ひとつは、富の分配が偏っていることだ。少なくともアメリカでは、収入にしろ資産にしろ、富裕層は数十年前よりもかなり豊かになっているが、中間層や労働者階級は苦しくなる一方だ。
もうひとつは、機会の不平等だ。富を生み出す原動力へのアクセス自体が、不平等に分配されている。その結果、アメリカでは他の先進国よりも社会経済的な流動性が低いし、さらに悪化の一途をたどっている。
富を創造する原動力として、テクノロジー業界ほどパワフルなものはない。しかし、チャンスの輪を広げたその功績には、少々の問題がある。
起業に向けてベンチャーキャピタルからの投資を受けたり、高収入のエンジニア職を得たりするのは男性で、白人(またはアジア人)のエリート大学卒業生に偏りがちなのだ。もし10億ドル規模のアイデアがあったとしても、給料ぎりぎりの生活をしているとしたら、仕事を辞めて起業することは難しいだろう。
ボストンカレッジ・ロースクール・アントレプレナーシップ&イノベーションクリニック(EIC)のディレクターを務めるリニーズ・E・パンタンが最近発表した論文から引用すると「起業家精神は、富の不平等に対する説得力のある解決策だが、富の不平等は、起業成功における障害となりうる」
おそらく問題は、起業家の才能を見出すことに関しては、シリコンバレーがまったくシリコンバレーらしく振舞わないということだろう。同窓生ネットワークやコーヒーミーティング、プレゼンによって決まるのだ。
「実際、ベンチャー市場は、まるで18世紀のビジネス界のようにまわっている」と語るのは、アップルとYコンビネータを経験してきたダニエル・グロスだ。
「並外れた生産性と野心を持った外部の人間を見つけ、支援するという課題に対して、インターネットのスケールを持ち込もうとする人は誰もいない」

毎月、大規模なトーナメントを開催

それはまさに、グロスが自らの新しい企業、パイオニア社でやりたいと思っていることだ。
パイオニア社は毎月、あらゆる種類のプロジェクトを追求している人たちに対して、大規模なオンライントーナメントを開催している。スタートアップ、NPO、学術調査、小説、どんなものでもだ。
参加者はお互いのプロジェクトに投票し、進捗の証拠がわかる近況報告を評価する。月末には、最もスコアの高かったプロジェクトについて、テーマに関する一流の専門家がレビューし、一握りから十数名ほどの受賞者を選ぶ。
審査員には、ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンや、ストライプ共同創業者のパトリック・コリソン、数学者のスティーブン・ウルフラム、経済学者のタイラー・コーエンらが名を連ねる。
2019年1月中旬、第2期となる「パイオニアたち」が発表された。
サムタック(Thumbtack)に似た、選りすぐりの地元サービス業者を予約できるプラットフォームの構築に取り組むガーナ出身の24歳や、デジタル運転アシスタントを開発するインドの22歳コンビ、天才たちの若い頃について文章をまとめている23歳のマレーシア人ジャーナリストなどが受賞した。
グロスは受賞者たちを「X-メンコレクション、つまり彼らが今いる場所にまったく適合していない、奇妙でパワフルな人々」と呼ぶ。
グロスはパイオニア社について、ポップカルチャーから表現を借りて話すのが好きだ。『ハリー・ポッター』に出てくる「魔法使いトーナメント」についても引用する。
自分に一番影響を与えたのは、エイリアンと戦うためにビデオゲームを通して訓練を行うティーンエイジャーたちについてのSF小説『エンダーのゲーム』だという。
受賞者には、それぞれ1000ドルに加えてサンフランシスコ行きの航空券が与えられ、そこでお互いに面会したり、メンターと交流したりするチャンスを得る。会社を始めようとしている場合には、ストライプとアンダーセンの支援のもと、パイオニア社の投資対象になることもできる。

イスラエル出身、超宗教的なコミュニティで育つ

グロス自身の履歴は、一見したところ、シリコンバレーを変えようとしている誰と比べても、型にはまった考え方を持っていそうに見える。
たしかにグロスは、成功しているベンチャー企業の割合が非常に大きく、つねに生産性の高い国イスラエルで育ち、Yコンビネータに受け入れられたのちに兵役義務を保留。その結果生まれたベンチャー企業「キュー(Cue)」を2013年アップルに売却した。その額は4000万ドル強と報じられている。
しかしグロスは、イスラエルの起業家界隈の出身ではない。エルサレム旧市街のすぐそばにある、超宗教的なコミュニティで育った。父がコンピューター科学の教授であったにもかかわらず、両親は家でインターネットの利用を許可しなかったという。
もしYコンビネータに受け入れられていなかったら、「私はいまだにイスラエルに住んでいただろう。きっと正統派ユダヤ教徒として結婚して、12人の子どもを育てている可能性が高い」と、グロスがいう。
そうした偶然的な運の感覚は、グロスがシリコンバレーで何度も出会い、興味をもったものだった。シリコンバレーは、スケーラブルで反復可能なソリューションのために実力主義や厳しい試練を実践していると考えているが、そうした業界でもじつは運の力は大きいのだ。
「物ごとを偶然に任せる必要はないと思う」と、グロスは話す。「私たちはインターネットがない時代はそうしていたけれど、今は何十億人もの人々にリーチできる。以前の方程式から運の要素を除いて、才能と野心があれば成功できるように、新しい方程式を作ることができる」

「パレート分布」問題の解決に向けて

起業するパイオニアたちも、会社の成功を通して他の人々に善意をつなげていくだろう。
コンテストの条件によると、賞金を受け取るにはパイオニア社に対して、どの資金調達イベントでも他の投資家と一緒に10万ドルまで投資する権利を与える必要がある。パイオニア社の投資は、該当する資金調達ラウンドの20%という制限付きだ。
グロスによると、グローバルな方法でチャンスを拡大するには「多くのお金がシステム内部を動くこと」が必要だ。
そのためのパイオニア社の方法は「自分たちが作り上げる価値の幾分かを掴んでおく」ことだという(なおYコンビネータも、同社のアクセラレータープログラムを通過したスタートアップ各社の株を所有している)。
「このシステムが機能すれば、富と収入に関するパレート分布という大きな社会問題を解決できるということになる」とグロスは述べる。
「将来有望な若い才能を人生の早い段階で見出す体系的な方法が整えられ、目標達成のための金銭的なサポートが提供されれば、今日私たちが抱えるこの大きな課題を基本的に解決できることになる。つまり、富が次第に1%のごくわずかな富裕層に偏ってしまうという問題だ」
世界の最も大きな問題のひとつを「ビデオゲーム」で解決できるとしたら、それはハリー・ポッターさながらの魔法と言えるだろう。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jeff Bercovici、翻訳:新多可奈子/ガリレオ、写真:gremlin/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.