働き方改革を阻む、複雑化・属人化した業務フローの壁とは

2019/3/13
食品メーカー、老舗旅館、ITベンチャー。共通した課題は「業務の属人化による長時間労働」だった。年月をかけて複雑化した「業務フロー」は本当にやめられないのか。抜本的な業務フロー改善に乗り出した3社がぶつかった壁に迫ります。
 1945年に創業。業界初の調理済みハンバーグ「チキンハンバーグ」を発売するなど、日本の「中食文化」を支えてきた石井食品。1997年からは食品添加物を使わない、「無添加調理」の取り組みをスタートし、リブランディングを行った。
 3代目社長である石井智康氏は、2017年の代表就任後、すぐに業務フロー改善に乗り出し、現在業務改善の真っ最中だ。老舗企業ならではの苦労を聞いた。
石井 智康(いしい・ともやす)石井食品株式会社 代表取締役社長:1981年生まれ。千葉県船橋市出身。ソフトウェアエンジニアとして、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズで大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年からフリーランスとして、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発とチームづくりを行う。2017年から祖父の創立した石井食品株式会社に参画。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。現在のライフスタイルに合った「豊かな食」のあり方を模索中。認定スクラムプロフェッショナル。

「人に頼めない」仕事があふれていた

──業務フロー改善に乗り出したきっかけとは?
石井智康 直接的なきっかけは、基幹システムの旧OSのサポート切れです。新たなバージョンのOSを購入する必要がありましたが、膨大なデータ移行をするとなると、開発費も高額に……。それだけお金をかけて現行の業務フローを保守する意味があるのだろうかと、見直しを考え始めました。
──以前の業務フローにはどんな問題がありましたか?
 業務の属人化問題に尽きます。社内に課題を聞いて回ると、「教えるよりは自分がやった方が早い」と一人ひとりが抱え込み、業務過多が常態化していました。
「この業務の細かいことは、あの人しか知らない」というものばかりで、季節変動や突発的な事象で業務の負荷が高まっても、ほかの人に頼れない。長期休暇も取りにくい。
 仮に休みが取れても、情報共有ができていないので、休みの間も連絡が行ってしまう。社員の満足度も下がっていく。そんな悪循環が生まれていましたね。
──業務フローの改善に向け、まず取り組んだことは何ですか?
 まずは「業務フローを可視化」していきました。
 経営陣で会社として向かうべきゴールを議論すると、解決したい課題はいくつも浮かび上がってきました。
・属人化解消による業務の効率化
・経営数値のリアルタイム把握
・保守費用の削減
……などなど。
 現在の経営状況から顧みて、改善したいものから優先順位をつけ、そのために何をすべきかという議論を進めていきました。
──業務フローの可視化はどのように行ったのですか。
 まずは現場業務の棚卸しをするため、メンバーへのヒアリングを行いました。属人化されてテキストになっていないものは、業務カテゴリーに分けながら箇条書きに。
 フローとして描けないほど業務が複雑化していれば、そのこと自体が課題です。スプレッドシートに記入し、それをメンバーにレビューしてもらいながら整理する作業を一緒に行いました。
──フローの改善は、経営陣が指揮を執っていったのでしょうか。
 現場の若手です。彼らが率先してやるべきことを決めていきました。
 経営陣と現場とで業務の課題を出していく中で、システム移行に意欲を感じるメンバーが出てきてくれました。現場と経営層が頻繁にコミュニケーションをとり、チームとして動く体制を作りました。
──業務フロー改善をする中でどのような壁にぶつかりましたか。
 ある程度完成されたフローを捨てなければいけないという、現場の葛藤は大きいと思います。旧システムも、小さな改善を重ねて最適化してきたものですので、現場では使い勝手がいいんです。つまり変化には痛みが伴う。
 例えば経理業務においては、データ移行作業中も新業務プロセスの作成中も、毎月の締めは来る。経理処理や四半期決算をやりながら、業務フローの見直しに取り組まなくてはいけないので、短期的に見れば既存のやり方を変えない方が負担は少ないんですよね。
──どう現場を調整していったのでしょう。
「必要があれば何でもフォローする」という経営層の覚悟を伝えました。経営層だけで考えるのもダメですし、現場だけで悩んでいるのでもダメ。
 経営層が期待することと、現場の思いはズレることも多々ありますので、経営側が思いを伝え、現場の障壁を聞いて、それを崩す努力をすることが必要だと思います。
 システムへの慣れもありますので、まだ道半ばです。ただ、乗り越えるべき課題と優先順位にぶれがないようにする、というのは最初から決めています。
 現在、経費精算処理はテスト運用を一部部署で行い、課題の抽出作業を進めていますが、現場で無理があればフロー改善の全体像から見直すことも検討します。
──新たな業務フローの浸透には何が必要だと思いますか?
 業務フローはいずれ陳腐化していきます。フローを作成すること以上に、「定期的に見直して改善する」という意識を、文化としていかに昇華できるか。これこそがキーになっていくでしょう。
 現在経理システムには、freeeの導入を決めていますが、そういう意味でも、SaaSのサービスに期待しているのは、世の中の実情に応じて機能がアップデートされていくスピード感。その変化をチャンスと捉えて、常にフローの改善を検討していく流れが出てくると理想的ですね。
 大正7年創業の老舗温泉旅館「元湯 陣屋」。女将・宮﨑知子さんが夫とともに旅館を継いだ2009年当時、陣屋の経営は、売り上げ2億9000万円に対し10億円超もの借入金を抱えた火の車状態。
 メスを入れたのは、長時間労働になりがちなバックオフィス業務だった。システム導入による業務効率化で、9年間で利益を2.8倍にした宮﨑さんに、どう改善を進めてきたのか話を伺った。
宮﨑知子(みやざき・ともこ)元湯 陣屋 代表取締役 女将:大学卒業後メーカー系リース会社で営業職に7年間従事し、結婚を機に退職。サービス業未経験のまま2人目の出産2カ月後の2009年10月に、倒産の危機にあった鶴巻温泉元湯陣屋の女将に就任。夫・宮﨑富夫氏とともに業務改善のため、クラウド型ホテルシステム「陣屋コネクト」を独自開発し、ICTを活用したデータ分析とおもてなし向上を実現。
2012年「CRMベストプラクティス賞」(CRM協議会)受賞。2015年には、宿泊業で初となる「攻めのIT経営中小企業百選」(経済産業省)に選定される。2018年「はばたく中小企業・小規模事業者300社」(中小企業庁)選定。2018年「日本サービス大賞 総務大臣賞」(日本生産性本部)受賞。

クラウド導入後、3年間で黒字に転換

──赤字経営だった老舗旅館を立て直すために、まず何に取り組みましたか?
宮﨑知子 「陣屋」は当時、稼働すればするほど赤字になる悪循環に陥っていました。インターネットの予約サービス主導の価格競争のあおりを受け、宿泊料金を下げてしまったんです。この負のサイクルから脱却するために、売り上げを上げて経費を下げるシンプルな取り組みを行いました。
──具体的にどんなことを?
 お客様の少ない月・火・水に、週3日間、旅館を閉めるという大胆な改革を行いました。休館日のある旅館は全国的に見てもほとんどありません。日々の業務負担が減ったことで、従業員に余裕が生まれ、結果的にサービスレベルの向上につながりました。
──他に大きな課題はありましたか。
 従業員同士の情報共有がまったくできていなかったことです。すべての仕事が属人化されていて、部署ごとの横の連携ができていなかったため、「陣屋」を構成する旅館業務の全体フローが把握できない。
 また、会計はアナログの月次管理だったので日、週単位の経営状況が見えない。結果、どんぶり勘定です。経営の見える化は、すぐに取り組むべき事案でした。
──経営の見える化はどう進めたのでしょう。
 旅館業務システムの自社開発を決め、一元管理を目指しました。その際、経理業務はクラウド会計システムにすることに決め、freeeを導入し、会計士に業務をアウトソース。P/L(損益計算書)、B/S(貸借対照表)が可視化されるようになりました。
 どこにいてもクラウドで経営数値が見られるので、出張中でも経営状況を日次で確認できます。インプットのために、他業種や他の旅館の方とのディスカッションをする時間もしっかり取れるようになりました。
──具体的にどれくらいの業務時間の削減につながりましたか?
 導入前は4人で担当していた経理業務が、1/3以下に圧縮されました。今では1人のアルバイトスタッフが、週3日、1日あたり4時間で業務を終えています。
 それまでは、すべて手書きの伝票処理を行っていました。勘定科目のハンコを推しながら伝票作成。勤怠管理も紙で行っていたので、給与計算もすべて手集計。毎月の総合振込も振込用紙を何枚も記入。支払いを一部の業者さんへ小切手で手渡し。一事が万事、紙の山でした。
 こうしたものがシステムを開発、導入したことにより一元管理され、デジタル化されました。支払い関連以外の業務を会計事務所さんが引き受けてくださっています。
──自社開発システムや会計ソフトの導入など、業務フローの改善によって現場に戸惑いはありましたか?
 それまでの慣習で続けてきたことなので、変えることに多少なりとも心理的な抵抗感はあったんじゃないかと思います。ただ、業務の一つひとつに対して「どうしてこれをやっているの?」とヒアリングしてもとくに理由がないことが多かった。従業員の方も「説明できないけれど今までやってきたから」と続けていたんです。
 そこで、ペーパーレスによって具体的にどの業務が削減されるのか、同じ時間でどれだけのマルチタスクが実現できるようになるのかを提案し、業務上不都合がないかを確認していきました。
──マルチタスクの実現というと、任される業務が増えて忙しくなるというイメージにもなりそうです。
 そうですね。ですので、従業員の方とはほぼ毎週のように面談し、理由があって行っている業務に関しては現場の意見も聞いていきました。
 システムの導入によって、旅館としてどうなっていきたいか、といった将来像の話もしながら、経営者と従業員がともに事業の全体最適を見られるようなコミュニケーションを心がけました。
──業務削減の結果として、3年目に黒字経営に転換しています。
 旅館単体の売り上げも、9年間で2.1倍になりました。オペレーション業務の削減による大きな成果は、従業員がみな、お客様へのサービス提供にフォーカスできるようになったことです。お客様に喜んでいただくことはスタッフの満足度につながり、お客様満足度の向上によって売り上げも安定します。結果、従業員の平均年収も100万円以上増加しました。
──今後、旅館業を続ける上で実現したいこととは?
 旅館業には、長時間労働で低賃金というイメージがあります。しかし、属人化している業務を整理しIT化ができれば、仕事はいくらでも効率的になり、売り上げも上がっていく。
 従業員の生活を安定させ、キャリアに対する将来のイメージを持てるようになれば旅館サービスの質はさらに安定するはずです。これからも、この仕事の本質である接客に力を注ぎ、働く側もお客様もみんながハッピーになる環境を作っていきたいですね。
 個人向けレンタルサーバー「ロリポップ!」ほか、「カラーミーショップ」「minne」など、インターネット初期からさまざまなインターネットサービスを展開するGMOペパボ
 サービスの種類は多岐にわたり、事業規模が拡大すればするほど業務フローは複雑になっていた。キャパシティオーバーを訴える社員の声に、会社が決断したことは何だったのか。
名和俊輔(なわ・しゅんすけ)GMOペパボ株式会社 執行役員 経営戦略部長:慶応義塾大学経済学部卒業後、監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)に入所。トータルサービス1部に配属され、主に株式公開支援業務を担当。退職後、税理士法人プライスウォーターハウスクーパースで移転価格税制、株式会社ANAPではIPOを経験した後、2015年にGMOペパボ株式会社に入社。経営戦略部 経理財務チームマネジャー、経理財務部長を歴任し、2017年3月から現職。2015年6月、公認会計士登録。

あらゆる“定型業務”を一度ストップ

──業務フローの見直しのきっかけとは?
名和俊輔 当社は10種類以上のサービスを展開し、中には10年以上も続くサービスもたくさんありました。オペレーション業務に追われて1日が終わり、現場からは「仕事が回らない」「もっと人を配置できないのか」という悲鳴が上がっていたんです。
 というのも、各サービスの担当部署において、会議の報告書作成や日報提出などの定型業務は、事業規模が大きくなるにつれて、歴史があるほど、膨らんでました。本来力を注ぎたいのは、開発や企画、プロモーションといった仕事なのに、それらは手付かずのままです。
 業務削減を早急に進めなくてはいけないという危機感から、業務の徹底した見直しに迫られました。
──どのように、「スーパーリセット」を決めたのでしょう。
 2016年6月の幹部合宿で、代表の佐藤健太郎が全部署への「スーパーリセット」を提案したのです。
 それは、「日報や定例会議、定期的に送られる自動配信メールなど、あらゆる“定型業務”を一度ストップしよう」というもの。すべての定型業務の一時中断が決まり、ここから、徹底した業務フローの見直しが進みました。
──すべて止めるとは、ドラスティックな提案ですよね。
 そうですね。創業から14年経ち、社内が既存の業務フローに慣れ切っていました。本当に必要なのか?という議論がされないまま思考停止になっていた。
 すべてを止めるくらいの大きな変化がなければ、何が必要な業務なのか、何に時間が割かれていたのかを客観的に見られなくなっていたんです。
──リセットによって名和さん自身にも気づきがありましたか?
 止めてみて初めて、次から次と降りかかる定型業務をただこなしていた自分に気づき愕然(がくぜん)としましたね。
 経理部門ではそれまで、10以上のサービスの会計処理がすべて異なっており、そのすべてを4人で担当していました。月初は夜遅くまで残業するのが当たり前で、定型業務が自分たちの首をしめていた。それでも「最善を尽くしているのだから仕方ない」と思っていました。

無駄なチェックを一新

──業務フローの抜本的な改善に向けて、最初に取り組んだこととは?
 経理部門で行ったのはフローチャートによる業務フローの可視化です。それによって、同じような作業の重複がこんなにたくさんあったのかと驚きました。
 例えば、売り上げに関する業務だけでも、稟議(りんぎ)申請、請求書発行、売上計上、債権管理台帳作成、入金消込という多くのプロセスが発生します。このプロセスの途中で使用ツールが変わると、情報の形が変わってしまい、同じ内容の入力やチェックが複数回発生するんです。
──サービスごとにシステムが別々なので二度手間が多発してしまう、と。
 そうです。個別の事務作業をデジタル化していても、システムが別なので同じようなデータを再度手作業で入力しなければいけなかった。ミスの防止にこだわるあまり、必要以上にダブルチェック・トリプルチェックを義務化していたことも分かりました。
──業務フローのリデザインはどう進めていきましたか?
 システムを統一すれば、業務時間は大幅に削減されるだろうと考えました。業務効率化に向けて、会計ソフトfreeeの活用を決めました。
 業務フローの可視化をする前は、仕事が回らない一因は人材不足にあると思っていました。でも、サービスを横断して一気通貫で経理処理ができれば、業務の重複は生まれません。人的リソースをこれ以上投入しなくても、社内でできるようになると思ったんです。
──具体的に部門間の調整は、どのように実行に移していきましたか?
 経営層との認識合わせは私が経営会議で行い、実務は経理財務グループのマネジャーに一任。freeeの導入の全社的な了承は私がとり、セキュリティやシステム連携、帳票出力についてはマネジャーが担当しました。
 それによって売り上げプロセスなどの各フローを一括管理し、これまでダブルチェック・トリプルチェックを行っていた部分を削減、経理4人の業務の合計時間は月間で約70時間以上も削減されました。
──新たな業務フローをデザインする際、意識していることとは?
 2つあります。全体最適を考えてマクロな視点を持ちつつ、システムを一新すること。そして業務が定量的にどう変わるのかを、現場にきちんと説明することです。
 これは、現場とコミュニケーションをとる上でとても大切なことだと思います。実務担当者はどうしても細部への意識が強くなるので、使い慣れた旧システムを継続できた方が短期的にはラクだと思いがちです。
「新しくシステムを導入すれば、今後の業務改善につながる」といってもなかなか賛同が得られない。そこで、「今は毎月〇時間かかっている工数が〇時間減少する。年間で〇〇時間の業務改善が図れる」などと、具体的な数字で動機付けをするように心がけました。
──業務フローの改善を考えている会社に向けて、アドバイスはありますか?
 管理部門は「ミスを起こさない」ことが重視されるあまり、膨大な仕訳量や振り込み作業に追われて業務をこなすことに精いっぱいになりがちです。しかし、これらのオペレーション業務は今後AIやRPAが担うようになるでしょう。
 経理部門に求められるのは、過去の数値を分析し将来を予測するといった付加価値の高い非定型業務です。経営戦略に携わるバックオフィスとして創造的なアウトプットを生み出せるように、定型業務の削減は、どの企業においてもすぐに取り組むべきだと思います。
(編集:中島洋一 構成:田中瑠子 デザイン:田中貴美恵)