【ルポ】「環境」という新規事業にかけるリコーの覚悟

2019/3/15
御殿場にあるリコー環境事業開発センターは、現在リユース・リサイクルの一大拠点であると同時に、環境関連の新規事業の創出を目指す拠点となっている。複写機のマザー工場から、たった2年で新たな環境事業開発拠点に転換。リコーの新規事業を担うリコー環境事業開発センターの今を追う。
年間11万5000台の複写機を全国から回収
静岡県御殿場市にある、敷地面積約10万平方メートルのリコー環境事業開発センター。リコーのリユース・リサイクル事業の拠点として、全国から年間11万5000台の複写機がここに回収されてくる。
ずらりと並んだ回収複写機の中から、自社開発のロボットが回収された状態別に選別してリユースの工程に自動で運んでいく。ここからさまざまな工程を経て、1万5000台のリユース製品が出荷され、再利用が難しいものはリサイクル素材として再資源化する。
回収した複写機がずらりと並ぶ中、回収機保管管理システムにより識別した機種を自動搬送車が次の工程へ運んでいく
驚きと期待を集めたマザー工場からの転換
このリコー環境事業開発センターは、以前は複写機の生産拠点であり、マザー工場という位置づけを担っていた。マザー工場とは、生産拠点としての機能を持ち、さらに、国内外に生産拠点を拡大していく際、物流、技術、マネジメントなどの後方支援をする要となる工場だ。しかし、グローバルでの生産機能再編に伴い、2013年にリコーはこのマザー工場での生産を終息した。
リコー リコー環境事業開発センター事業所長・出口裕一
その複写機の生産終息から1年後の2014年、現在のリコー環境事業開発センター事業所長・出口裕一らが中心となり、国内のリコー製品のリユース・リサイクルの集約拠点として、御殿場事業所の再生に動き出すことになる。
「この御殿場で新たなチャレンジに取り組めるということに、社内からも驚きと大きな期待が集まりました」と、当時を振り返る出口。リコー環境事業開発センターを一から立ち上げた責任者だ。
リユース・リサイクルを御殿場に集約
リユース・リサイクルはコストがかかる事業だ。当時、リユース・リサイクル事業の担当者だった出口は、10カ所に分散していたリユース・リサイクル拠点をリユース機能に特化して集約することで、効率化を図ろうと考えていた。
「御殿場も、使えるんじゃないか」
東京都大田区にある京浜島を想定していた出口に、当時の直属の上司で、現社長の山下良則が言った一言。それが、御殿場再生の道につながる。
複写機のマザー工場だった御殿場事業所を、環境事業の創出をめざす拠点として再生したリコー環境事業開発センター
広大な敷地はリユース・リサイクル事業だけで使うには大きすぎる。そこで、環境技術の研究や環境関連の新規事業開発も含めて、「環境のリコー」を象徴する拠点として御殿場を再生させる。青写真はそう決まった。
廃虚同然だった事業所を1年で再生
再開が決まった御殿場事業所に、最初に乗り込んだのは出口、そして同じくリユース・リサイクル事業の担当者だった現・リコーインダストリー執行役員の花田和己ら、わずか8人だ。
しかし、出口らの目の前にあったのは、放置されたまま1年経ち、廃虚同然となった元マザー工場だった。
リコーインダストリー 執行役員 リユース・リサイクル事業部長・花田和己
出口らの奮闘もあり、3カ月後、水も電気も回っていなかった事業所で、温かいそばが食堂で出せるまでに。同じ頃、リユース・リサイクルのラインが少しずつ稼働し始める。
ここからリコーの環境事業を創り上げていく──。
そんな強い気持ちで出口たちが手がけたリコー環境事業開発センターは、1年の準備期間を経て、2016年に正式開所。今では派遣社員を含め700人以上が働く場所となっている。
リコーインダストリー リユース・リサイクル事業部 事業企画グループ シニアマネジメント・伊藤明
現・リコーインダストリー リユース・リサイクル事業部 事業企画グループ シニアマネジメントの伊藤明は、各地に散らばった元御殿場事業所の従業員を再び呼び戻す。
「多くの社員が再転勤で御殿場に帰ってきました。彼らから事業所の再開がうれしいと言ってもらえたことが、本当にありがたかったですね」(伊藤)
全社のDNAに刻み込まれた環境意識
リコーは日本の企業の中でもいち早く環境に取り組んできた会社だ。1976年には「環境対策室」を設立。リユース、リサイクル、二酸化炭素の削減、ゼロエミッションなどに取り組んできた。
その背景には、創業者・市村清の「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という三愛精神がある。その精神は今も「地球環境そして地域社会への愛として、会社のDNAに刻み込まれている」(出口)という。
リユースのラインでは、作業によるCO2削減量を数値化して表示
環境事業を牽引するのが、リユース・リサイクル事業だ。自社のコピー機の95%がメーカーであるリコーに戻ってくる。しかし、リユース・リサイクルは手間やコストがかかるのも事実だ。
リユース製品とはいえ、ユーザーの要求レベルはとても高いものとなる。そのニーズをクリアし、いかに低コストで製造するかが勝負だ。そこに挑戦する社員は、自らの技術への誇りを持つ。
技術への誇りを込めたリサイクルシールを貼って出荷
利益を産む環境事業にこだわる
今や、どの企業にとっても「環境」は重要なテーマだ。しかし、そこで忘れてはならないのが「環境経営」という概念だと、出口は言う。
「“環境のため”という錦の御旗のもとコストを度外視したり、義務でやると絶対に長続きしない。環境保全と利益確保を両立することが、我々のいう『環境経営』です」(出口)
あえて、ストレートな表現をすれば、「儲かるリユース・リサイクルしかやらない」という、厳しい線引きがあるということ。それは単純に利益を追求しているだけではない。
「リユース・リサイクルの膨大な作業の中で、利益が出るものを優先するということ。その利益を新たな環境技術の開発に投資することで、ビジネスが継続的に循環していくことになる。そういった姿勢で事業活動に取り組むことで、社会課題の解決にも貢献できるし、SDGsも達成できると考えています」と花田は強調する。
重量のある複写機もダンボール製の循環型エコ包装を活用。2台重ねられるほど強度がある
地域連携で、高評価を得た木質バイオマス利活用
現在、この広大なリコー環境事業開発センターでは、新規事業の創出に向けてさまざまな取り組みが推進されている。例えば「木質バイオマス利活用」と「照明・空調制御」だ。
木質バイオマス利活用は御殿場市と東京大学との協働プロジェクト。森林を保全するには適正な間伐が必要だが、間伐材の使い道がないという社会課題がある。
この協働プロジェクトでは、御殿場地域の間伐材から木質チップをつくり、ボイラーとしてエネルギー化。センターの空調や給湯に活用し、およそ半量のエネルギーを賄っている。これは、森林保全や低炭素化だけでなく、地域創生の取り組みにつながる。
この地産地消モデルの構築で、リコーは2017年度の「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」を受賞した。今は、森林の課題を抱える自治体、ボイラーを使う温浴施設、ゴルフ場などから問い合わせがあり、リコーでは、補助金の申請方法なども含めコンサルが可能だ。このモデルをほかの地域でも事業化させるべく、現在、約30件の商談が進行している。
敷地内にある木質バイオマスのエネルギープラント。地元の間伐材のチップを原料にエネルギーを生産する
「木質バイオマス利活用は、リコーにとってはまったくの新規チャレンジでした。リコーが社会課題を解決することで地域創生に役立ちたい、SDGsを達成したいという視点で取り組んでいます」と出口は言う。
リコーの技術を結集した照明・空調制御
一方、リコーが得意とするセンシング技術を応用した取り組みが、照明・空調制御だ。照度、人の有無、温湿度などをセンシングし、オフィス空間を最適にコントロール。大幅な省エネを実現する。リコー環境事業開発センターでも、この照明・空調制御を実証実験。LEDを使用した環境においても約半分の省エネを目指す。
天井に設置されたセンサー(赤丸で囲んだ部分)が室内の明るさや温度、湿度、人のいる場所に合わせて、照明や空調を制御する
通常、この手のシステムは新設ビルにしか導入できないケースが多いが、リコーのシステムは既存ビルにも対応。照明と空調を同時にコントロールできるのも、リコーならではの技術だ。もともとリコー自身が徹底したオフィスの省エネを進めてきたノウハウを外販するチャレンジとなる。
リコーでは、2019年春にこの照明・空調制御システムを発売する予定だが、それに先立ち、3月には販売会社であるリコージャパンの岐阜支社の新社屋でこのシステムを採用。省エネオフィス化の取り組みを実践している。
岐阜支社ではほかにも断熱建材・ガラス、太陽光発電や蓄電池など、リコー環境事業開発センターが実証してきた多くの技術を採用することで、大幅な省エネを達成。「Nearly ZEB(※)」の第三者認証を取得している。
この岐阜社屋を省エネモデル事業所と位置づけ、全国の事業所にも拡大。さらに“まるごとショールーム”として、顧客へのソリューション提案にも活用していく。
もうひとつ、1〜2年後の実用化を目指して実証実験中なのが、「マイクロ水力発電」。地震や台風を原因とする大規模停電のリスクが高まっており、今後、最もニーズの高まりが期待される事業のひとつだ。
ビルの配管や農業用の用水路などを活用して、水力発電が可能に。実用化に向け、注目を集めている。
工場やビル、用水路などの小さな水流を活用して発電できれば、緊急時対策として大きな役割を果たす。自治体や環境先進企業などを中心に注目を集めており、まだ実用化されていないにもかかわらず「販売開始はいつか」という問い合わせが後を絶たない。
オープン・イノベーションで脱自前主義
これらの環境関連の新規事業開発を支えているのが、リコー環境事業開発センターが掲げる徹底したオープン・イノベーションだ。実際、多くの企業、大学、自治体が、ひっきりなしにセンターへと見学に訪れる。来訪者は年間4000人。中には同業他社も含まれており、その徹底したオープンマインドに驚かされる。
「新規事業は“脱自前主義”でやる、というのが社長の山下の言葉です。これまでと同じ考え方では、うまくいかないと考えています」(出口)
スピード感が重要だからこそ、自分たちに足りないものを得意とする相手と組んで効率化を図る。それが新規事業の成功に欠かせないと、出口らは肝に銘じている。
「もしかしたら、このようにすべてを見ていただくことで、損をすることもあるかもしれません。しかし、このリコー環境事業開発センターに限っては、それを上回るプラスがあると確信しています」と出口は胸を張る。
リコーが唱える持続可能な社会実現のためのコンセプト「コメットサークルTM」を実際のコピー機の部品を使って展示
国連が掲げるSDGsの達成に貢献し、持続可能な社会に向けて取り組むことは、企業にとって命題となっている。脱炭素社会や循環型社会の実現に向けた一大拠点であるリコー環境事業開発センターは、「環境のリコー」を発信する場として、今後ますますシンボリックな存在となっていくだろう。
※Nearly ZEB=建築物の消費エネルギー量を削減し、自然電力の利用や設備システムの効率化でエネルギーの収支を「ゼロ」にすることを目指した建築物をZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)と定義。50%以上の省エネを実現した建物を「ZEB ready」、正味で75%の省エネを「Nearly ZEB」、正味で100%以上の省エネを「ZEB」とする。
リコージャパンの岐阜支社新社屋のリリースはこちら
(編集:久川桃子 撮影:北山宏一 デザイン:九喜洋介)