今、シリコンバレーでは「STEAM人材」が注目を集めている。「STEAM」とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、アート(Art)、数学(Mathematics)の5つの言葉の頭文字を取ったものだ。

ポスト情報社会に必要不可欠とされる「STEAM人材」をどう育てていけばいいのか。第4回は、公立校が企業と密接に連携したチャーター・スクールの例を紹介する。

第1回【STEAM人材】ポスト情報社会を支える、STEAM教育「5つの特徴」
第2回【STEAM人材】心と頭をともに育てる──オローニ小学校
第3回【STEAM人材】一貫教育にデザイン思考を取り入れる──ヌエバ・スクール

デザイン思考の応用と実践

公立校が企業と密接に連携した事例として、アメリカ国内で注目を浴びている高校が、 サンマテオのチャーター・スクール「デザイン・テック・ハイスクール」(通称「d.tech」)です。
チャーター・スクールとは、個人やグループが教育の理念やゴールを掲げて設立申請を行い、国や州からの公的資金で学区が運営する「公募型研究開発校」を指します。アメリカで1990年代から増えつつある新しいタイプの教育機関です。
もともとはスタンフォード出身の英語教師ケン・モンゴメリー(Ken Montgomery)の 「高校生を対象にしてものづくりの心と創造性を育むための環境を提供しよう」という発案で、ミルブラエの高校校舎の一角で、139名の生徒を対象に2014年に始まった小規模なプログラムでした。
デザイン思考の応用と実践というd.techのユニークなミッションに、地元に本拠地を置くソフトウェア大手企業のオラクル(Oracle)が目をつけます。
4300万ドル(約48億円)を投じて2017年に本社の敷地内に新築した校舎が、同校に貸与されて、抽選で選ばれた135名の生徒が学んでいます。
オラクルの社員がメンターとして教育活動にも参加し、ビジネス企画書の作成スキルや、ユーザー体験を基にしたデザインの仕方など、社会に直結した実践的なテーマを指導しています。

エンパシーの育成も教育の柱

ヌエバ同様、d.techのカリキュラムにはデザイン思考のフィロソフィーとメソッドが組み込まれており、教員は全員スタンフォードのd.schoolでトレーニングを受けています。
広さ8000平方フィート(約225坪)の工房「デザイン・リアライゼーション・ガレージ」は、デザイン思考を実施するためのメーカースペースです。卒業に必要とされる単位の約6分の1の学習活動が、この工房を使って行われています。
STEM領域の学びだけでなく、エンパシーの育成もd.techの大切な教育の柱であり、 例えば上級生が下級生に機材の使い方を指導するといったカリキュラムが、必修授業の中に組み込まれています。
年に4回実施される2週間プログラムの「インターセッション」もd.techの特徴の一つです。
この期間中には基礎科目の授業は一旦中断されて、生徒は、ビルディング設計、ウェアラブル端末、VR(バーチャル・リアリティ)、コーディング、ロボティクスなど、従来のカリキュラムにはないトピックの中から、自らの興味に基づいてクラスを選択して、 学びの幅を広げます。

官民連携の壮大なプロトタイプ

d.techは、エンジニアリングなどのSTEM教育を特色とする高校ですが、インターセッション中はアートやデザイン系の選択科目も数多く用意され、生徒は幅広い選択肢の中から、STEAM的な独自のカリキュラムを自ら構築することができるのです。
中には、 美術館めぐりという経験をデザインするクラスなど、社会や生活に根付いたユニークなテーマもあります。
通常授業の期間に履修する従来型の基礎科目と、インターセッション中に受講する選択科目を交互に経験することで、生徒にとってもメリハリが生まれ、学びの効率が高まるという指摘もあります。
d.techの試みは、教育関係者の間で様々な議論を醸し出しています。税金を使って運営される教育機関に、一企業が深く関わることの正当性を疑問視する声も少なくありません。
とはいえ、デザイン思考を強力に推進する学校を支援するとして、地域の老舗企業がいち早く名乗り出て4300万ドルもの投資をしたことは注目に値します。
第4章で述べた通り、シリコンバレーの企業群はデザインやデザイン思考に、近年深い興味を示しています。d.techは官民連携で行う壮大なプロトタイプであり、今後も注目していく価値のある教育機関だといえるでしょう。
※ 次回は日曜日掲載予定です。
(バナーデザイン:大橋智子、写真:kertlis/iStock)
本書は『世界を変えるSTEAM人材 シリコンバレー「デザイン思考」の核心』(ヤング吉原麻里子〔著〕、木島里江〔著〕、朝日新聞出版)の第5章「シリコンバレーの教育最新レポート」の転載である。