音声認識技術は向上したが

コンピューターの画面に向かって座り、キーボードを叩くことがかなりダサくて、失笑を買うほど古くさくなるときが来る。人間とコンピューターのやりとりの次のフェーズは、たとえば海を眺めたりしながら「空中で」タイプすることだろうと研究者らは言う。
コンピューターの小型化が進み、究極的には大部分がバーチャルになっていくにつれ、研究者らはコンピューターとやりとりする新たな方法を考案することを迫られている。
現代のスマートフォン世代のユーザーは両手の親指だけでタイプするのを好むかもしれないし、電車での移動やカンファレンスなどにBluetoothのキーボードを持ち歩いている人もいる。
しかし、スマートウォッチにキーボートを接続したがる人はいない。また、音声認識技術は向上していても、ユーザーにとっては人前でコンピューターに話しかけることにはかなり抵抗がある。
アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)が予測したように、未来のコンピューター画面が拡張現実になって、目の前の現実世界と画面の中の「物体」が重ねて見ることができるようになったら、私たちはどうやってコンピューターとやりとりするのだろうか。

現代病も解消される可能性

これは哲学的な疑問というより、商業的な課題だ。
英ケンブリッジ大学インタラクティブシステム工学部のペール・オーラ・クリステンソン教授は、将来はデスク上にハードウエアはほぼなくなるだろうと言う。ノートPCも電話も、もちろんキーボードもだ。
人間工学に基づいておらず、制限のあるキーボードから解放されることは、現代病とも言われる手根管症候群や反復運動過多損傷、腰痛、眼精疲労などを患う人々の助けとなる可能性がある。
拡張現実における人間とコンピューターのやりとりの設計には大きな課題が2つあると、クリステンソンは指摘する。
ユーザーが見るもの(従来の画面の「ピクセル・スペース」とクリステンソンは呼ぶ)をもはやコントロールできないということ。そして、従来のようなボタンもなければスワイプする画面もないスペースで作業が行われる際に、ユーザーが何をしたいのかをどうやって認識するかだ。
クリステンソンは新しい研究論文で、こうした課題に対する解決案を提示している。
研究では、バーチャルな画面とユーザーが「タイプする」バーチャルなキーボードを映し出す頭部装着型の機器を使用。ユーザーの指は何にも触れることなく、その動きはタイプした位置と、バーチャルな面をどれだけ深く押したかを追跡する深度センサーによって検知された。

キーがなくてもタイピングできる

しかし問題は、バーチャルなキーのタイピングは実際のキーを使ったときよりも不正確で、ミスが多いことだった。
そこで研究者らは、ツイッターやブログなどオンライン上の何十億という単語のデータを使用し、機械学習によって使用頻度の高い文字の組み合わせをプログラムに学習させた。
ユーザーがバーチャルでタイプするスピードは興味深いものだった。ユーザーが目に見えるキーボードで練習した後、すべての文字を取り除いても、タイピングのスピードはほとんど変化しなかった。
「人々はQWERTY配列のキーボードを非常によく記憶していることがわかった」と、クリステンソンは言う。「だからキーを表示させなくてもいいのだ。それでも人々はタイプすることができる」
しかし、ある疑問が生じる。キーボードをなくすのなら、キーボードをタイプしているかのように指を動かす必要性もなくすべきではないのか。
実際、文字を見るだけでタイプできる技術は存在する。認知機能は正常でも運動機能が低下した人に向けて開発された初期の視線入力装置は、スピードが遅くユーザーに負担がかかるものだったが、大きく進化している。

考えるだけで入力できる技術

ケンブリッジで最近開かれた人工知能(AI)のカンファレンスで、クリステンソンは視線追跡技術と予測機能を組み合わせたタイピングの方法を発表した。
ユーザーは入力したい文字に視線をとどめる必要がなく、また意図しない文字を視線で「タッチ」してしまう心配をすることもなく、文字から文字へと視線を移すことでタイプできるというものだ。
同様の技術を使い、運動機能障害がある人を対象にすでに販売されている装置としては、タブレット型コンピューターのトビー・ダイナボックスがある。
こうした装置は、少なくともキーボードの「概念」は維持している。でもそれは必要だろうか。考えるだけでコンピューターとやりとりできる未来のことを考えると、ワクワクする。
実際、思考のみでタイピングをすることは技術的には可能だが、過去の実験から明らかなように、いまだ長い時間と労力を要する開発過程にある。
フェイスブックは一時期、頭で考えるだけでテキスト化できる技術の開発に真剣に取り組んでいたが、この野心的な事業を率いていたレジーナ・ダガンは同社を去っている。

脳にハードウエアを埋め込む

思考によるタイピングは高い関心を集めたが、非常に微弱な信号に依存しており正確さに欠けるとクリステンソンは指摘し、「コンサート会場の外からフルートの音色を聴こうとするようなもの」だと言う。
実際に機能させるには、頭にポートを埋めこなければならないだろうと彼は話す。
そうした開発に意欲を見せる人もいる。イーロン・マスクは、AI開発では将来、必然的に人間の脳にハードウエアを移植することになるだろうと述べ、時間をかけて脳細胞と融合する微細な電極を脳に埋め込むというアイデアを発表した。
居心地のよいソファーに座って天井を見つめ、視線追跡デバイスを装着しながらメールや小説を書くことが当たり前になるのはいつのことだろうか。
IT企業は秘密主義的だが、「それを実現し、利用可能にする方法を誰もが競って見つけようとしている」と、クリステンソンは話している。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Cassie Werber記者、翻訳:中丸碧、写真:SIphotography/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.