MITメディアラボによるプロジェクト「ムネモ」

最近の出来事を何か1つ、思い出してみよう。どこにいたか、どんな光景が見えたか、どんなふうに感じたか。たとえば部屋の内装や、一緒にいた人の顔を思い浮かべるだろう。記憶力がいい人は、友人が着ていた服も覚えているかもしれない。
科学者のネオ・モーセンバンドの場合、最近の出来事の記憶をたどるときは少々やり方が違う。そして、はるかに正確に再現することができる。
モーセンバンドは自分が経験したあらゆる出来事について、その瞬間に立ち返ることができる。この9カ月、彼はさまざまなテクノロジーを駆使して、日常生活のあらゆることを記録しているのだ。朝食のメニューから1日の心拍数の変化まで、ほぼあらゆる記録だ。
モーセンバードはMITメディアラボの「フルイド・インターフェース」チームの一員だ。彼らはウェアラブル技術を使って、運動の制御や意思決定、記憶などをサポートする研究を行っている。
プロジェクト名は、ギリシャ神話の記憶の神ムネーモシュネーにちなんで「ムネモ」。この研究が、記憶障害に苦しむ人々の役に立つ日がくるかもしれない。

アルツハイマー患者のサポートも

そのためには、まずデータが必要だ。モーセンバードは自ら実験台となり、自分が見た人々の顔や、交流した対象、周囲のパターンなど、さまざまな情報を収集している。モーセンバードに起きたあらゆる出来事を集めたデーターベース、すなわち「記憶のコレクション」を作っているのだ。
日々の記録のために、録画機能がついた奇妙な装置と、ストレスレベルを示す皮膚反応や体温などの生理的変化を測定する機器をつねに装着している。
初めのうちは、恋人は四六時中、録画されていることに不満だったと、モーセンバードは語る。しかし、彼女もしだいに慣れて、最近は一緒に過ごす時間が記録に残ることを喜んでいる。
毎晩のように、モーセンバードはその日の出来事を超高速で見直す。1日を5分間に凝縮して「重要な瞬間」に注目し、彼の言う「記憶増幅システムのようなもの」を構築しているのだ。
おかげで、恋人のためにランチを作ったことや一緒にサイクリングをしたことなど、ちょっとした幸せに感謝するようになった。「専属の精神分析医がいるみたいだ」
モーセンバードは父方と母方の祖母が2人とも、アルツハイマー病を患った。アルツハイマーは認知症の最も一般的な原因だ。祖母の1人の世話をした経験から、アルツハイマー患者を落ち着かせたり、自傷行為を防いだりするだけでなく、機能障害の改善も助けられるようなプロダクツの開発に取り組んできた。
彼が実験台になっているようなバーチャルリアリティ体験は、自力で記憶をよみがえらせることができない人にとって、外部から記憶に直接アクセスしやすくなるかもしれない。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Natasha Frost記者、翻訳:矢羽野薫、写真:Antiv3D/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.