モスクワのカーシェアリングブームは、消費者たちが伝統的な「車の所有」を簡単にやめる可能性を示唆している。

起亜自動車の基本モデルから、華やかなポルシェまで

モスクワでソフトウェア販売の仕事をしている31歳のエフゲニー・バルコフは、車を所有していたとき、自宅の窓からうんざりした気持ちで車を眺めていた。
バルコフの車は90%以上の時間、使われない状態で駐車されていて、コストが高いうえに、あまり使わないと壊れやすいのではないかと心配していた。
バルコフはとうとう計算機を取り出して、コストを計算してみた。そして、グレーのプジョーを売却して「Yandex.Drive(ヤンデックス・ドライブ)」のようなカーシェアリングサービスに切り替えたほうが安上がりだと判断した。
Yandex.Driveでは、起亜自動車の基本モデルから、華やかなポルシェまで、さまざまな車を用意している。
バルコフは、シュコダ(チェコの自動車ブランドで現在はフォルクスワーゲングループ傘下)の白いセダンでモスクワの曲がりくねった雪道を走りながら「あの投資はトラブルの種でしかなかった」と語った。
セダンの側面には鮮やかな黄色のラインが入っており、ダッシュボードのコンソールにはYandexのソフトウェアが搭載されている。「今は使った分だけ支払えばいい」
Yandex.Driveは、ロシアのインターネット企業が2018年に立ち上げたベンチャー事業で、すでに7000台以上の車がロシアの首都を走っている。カーシェアリングの料金は1分当たりわずか5ルーブル(約8円)で、燃料費、維持費、駐車代が含まれている。
ニューヨークで同様のサービスを提供するダイムラーの「Car2Go」は、1分当たり41セント(45円)だ。モスクワ市民からすれば見逃す手はない。

急激な変化に震撼する自動車メーカー

モスクワのカーシェアリングは、ほとんど何もないところから急激に盛り上がり、2018年には車の数が3倍以上に増加した。今やヨーロッパ最大、世界第2位の車両数を誇る。
資金力のあるテクノロジー企業が素早く行動を起こせば、従来からの車の所有に代わる選択肢に消費者を引きつけることは可能だと証明されたわけだ。こうした急激な変化は、自動車メーカーを震撼させている。
コンサルティング企業フロスト&サリバンの英国ロンドン法人でアナリストを務めるシュウェサ・スレンダーは「自動車市場全体が、180度転換する時期に近づきつつある」と語る。
「自動車メーカーは顧客との直接的な関係を失い、カーシェアリングサービスのサプライヤーに成り下がる危機にさらされている。これは魅力的とは言えない状況だ」
もちろん、自動車メーカー各社はこのリスクを回避しようとしている。
ダイムラーとBMWは規模拡大のため、カーシェアリング事業を統合した。フォルクスワーゲンも、ドイツのハンブルクでカーシェアリングサービス「MOIA」のテストを行っている。ゼネラルモーターズ(GM)はリフトに出資している。
しかし、1200万人以上が暮らすロシア最大の都市は、なぜか見逃されてきた。ダイムラーの「Car2Go」、BMWの「DriveNow」、エイビス・バジェット・グループの「Zipcar」はいずれも利用できない。

年間5000台ペースで増加との予測

モスクワは、世界で2番目に交通渋滞がひどい都市と呼ばれるほど、道路が混雑していることで悪名高い。破壊的イノベーションを受け入れる準備は整っており、当局は事実上、カーシェアリング企業による投資を懇願している。
2013年、モスクワ中心部に有料の駐車スペースが導入され、アプリでの予約が広く用いられるようになった。これにより市民は、交通手段のためにスマートフォンの機能を使いこなすことに慣れた。
路肩の駐車スペースの料金は1日最大30ドルほどで、ロシアの運転手の多くにとって、日々の出費の最も大きな部分を占めている。一方、カーシェアリング企業は年間を通して約400ドルという割引料金で駐車できる。
このチャンスに飛びついたYandexは2018年、ルノーのクロスオーバー「Captur」からBMWのセダン「5シリーズ」、ポルシェのスポーツカー「911」まで、さまざまな車をモスクワの道路に投入した。
この積極的な投資が功を奏し、Yandexは地元のライバル「Delimobil」や「BelkaCar」を抑え、市場リーダーの座を手にした。
モスクワには2018年末の時点で、カーシェアリングの車両が1万6500台存在している。モスクワ運輸局は今後数年間にわたり、年間5000台のペースで増えていくと予測している。ユーザーの間でもカーシェアリングブームが起きており、利用数は4倍超の2300万回まで増加した。
Yandex.Driveのトップ、アントン・リャザノフは「ロシアでカーシェアリングが始まったのは他国より遅かったが、おかげで最新技術を導入できた」と述べている。Yandexは2018年12月、サンクトペテルブルクにも進出した。
「現在のロシア市場は、自国のカーシェアリング企業が牛耳っている。国際的な大企業が参入する可能性は低いだろう」

「ロシア版のGoogle」が目指すもの

Yandex.Driveの運営会社であるヤンデックスは、いわばロシア版のGoogleだ。デジタル経済の中心としての立場を戦略的に利用し、ショッピングサイトから音楽ストリーミングに至る多様なサービスで、顧客との関係を深めている。
2011年には、タクシー配車アプリ「Yandex.Taxi」で輸送サービス分野に進出。Yandex.Taxiは現在、同種のサービスではロシア最大規模を誇っている。ウーバー・テクノロジーズの事業も一手に請け負っている。
カーシェアリングは、アルファベット傘下のウェイモも目標に掲げるロボタクシーサービスへとつながる一歩だ。
カーシェアリングサービスで獲得した顧客は、ヤンデックスの車を運転する立場から、ヤンデックスの車に乗る立場にそのまま移行する可能性が高い。さらに、大量の車両を管理・維持するためのノウハウも確立できる。
「現時点では、タクシーとカーシェアリングは用途が異なると考えられている」とリャザノフは話す。「しかし数年後、自動運転技術が普及すれば、間違いなく2つのサービスは1つになるだろう。後部座席に座り、ロボットに運転させるか、自分でハンドルを握るかを選択できるだけだ」
ほとんどのカーシェアリングサービスがそうであるように、Yandexの車両はアプリで予約できる。利用可能な車が近くにあれば、「レーダー」機能でユーザーに知らせてくれる。
変動料金制が導入され、需要が高く車両が不足しているときの料金が高くなったものの、通常は基本モデルが1分間に8ルーブル(13円)、高級モデルは16ルーブル程度で利用できる。人件費、維持費、燃料代の安さも手伝い、料金設定は欧米よりはるかに安い。
冒頭で紹介したバルコフのようなユーザーにとっても、大きな利点がいくつかある。まずは、車を予約すると、あらかじめ車内を暖めておいてくれる。寒さの厳しい冬にはうれしいサービスだ。
また、バルコフは車を所有していた当時、できればもっと洗練された高級車に買い換えたいという夢があったという。しかし今は、ロシア製の「ラーダ」に乗ったり、メルセデス・ベンツを運転したり、さまざまな車を日替わりで楽しむことができる。
「自分が車を使うのは必要なときだけだ。安っぽい内装の車でも、全面革張りの車でも、運転するのに違いはない」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Ilya Khrennikov記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:©2019 Bloomberg L.P、図表:©2019 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.