創業から10年、ダイレクトリクルーティングの概念を日本で創った、即戦力人材と企業をつなぐ転職プラットフォーム「ビズリーチ」を皮切りに、SaaS型人材活用プラットフォーム「HRMOS」、事業承継M&Aプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」など次々に新規事業を立ち上げ続けてきた。ビズリーチが新規事業を創り続ける狙いとは、各々の新規事業を成功に導く秘訣とは何か。代表取締役 南 壮一郎氏に、新たにリリースされたSaaS型従業員データベース「HRMOS Core(ハーモス コア)」に込めた想いと共に、話を聞いた。

働く仲間との約束は、「社会にインパクトがある事業を創り続ける」こと

――ビズリーチが創業以来、新しい事業を立ち上げ続けているのはなぜでしょうか。
この10年間、ビズリーチが成長していくうえで、数多くの仲間たちが会社に加わってきてくれました。そんな新しい仲間を採用していくにあたって、ビズリーチ社の大切な価値観として「社会にインパクトがある事業を創り続ける」ことを、創業期から何度も伝えてきました。
新規事業を創り続けることは、ビズリーチという会社の存在意義そのものですし、私が働く仲間たちと交わし続けてきた、会社の未来の姿に対する大切な約束です。毎年のように新サービスをゼロから立ち上げてきましたが、これからもこのスタンスは変わりません。
――様々なサービスを運営されていますが、どのようなことを考えながら、新規事業を立ち上げていらっしゃるのでしょうか。
新規事業を立ち上げるうえで、最も意識することは、事業を通じて解決していくべき課題を明確に抽出することです。我々は、その課題を磨くため、徹底的に社会動向や市場分析に時間を割きますし、業界の専門家へ直接ヒアリングにも出向きます。
その後は、どのようなビジネスモデルで課題解決していくのか、どのような打ち出し角度で事業をスタートさせるのかを議論していきますが、我々が取り組むべき課題を明確に意識できなければ、スタートすらできません。事業を創るうえでは、タイミングや運というような不可抗力と直面する場面はありますが、徹底的な情報収集は、努力で実現できることです。私自身、努力不足で失敗することだけはしたくありません。
――多くの世の中の会社が事業を新しく創ろうと志しますが、なかなか成長する事業を立ち上げることに苦労されます。ビズリーチは、立て続けに成長事業を立ち上げられていますが、その差はどのようなところにあるのでしょうか。
大きな転機は、今から4年前にありました。従業員400名の会社を明確に2つの組織に分断し、経営チームも2つに分けました。
既存事業の成長を促進する組織を「キャリアカンパニー」、そして、新規事業の立上げだけを担う組織を「インキュベーションカンパニー」と名付け、経営チームと組織の役割を明確にしました。特に象徴的だったのは、創業の取締役3名が全員、インキュベーションカンパニーに所属し、それに伴い、自身もチームも本社ビルを離れ、近くの雑居ビルに全員で引っ越したことです。
インキュベーションカンパニーでは、創業時からの取締役3名を中心に、新しい事業をゼロから立ち上げたいという強い想いと高い能力を持った新しいメンバーが集まり、当時から少数精鋭のチームで活動をしています。事業上の目標設定に対して、自身で考え、自身で動くことができるタイプの人材に特化して採用し、有機的な推進力を生み出すことを重要視しています。
キャリアカンパニーを担う経営チームのおかげで、我々は、既存事業のグロースマネジメントから完全に身も心も離し、新しい事業を立ち上げることだけに集中しています。会社全体の経営人材が、それぞれに得意な能力や経験を活かし、役割分担を明確にしているという状況が、新しい事業を立ち上げ、軌道に乗せていくという流れを生んでいるのではないかと思います。
株式会社ビズリーチ 代表取締役社長 南 壮一郎
1999 年、タフツ大学の数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社し、2004 年、楽天イーグルスに創業メンバーとして参画。2009 年、株式会社ビズリーチを創業し、従業員1300名のHR Techベンチャーへと成長。2014年、世界経済フォーラム(ダボス会議)から「Young Global Leaders」の一人に選ばれる。

人材活用プラットフォーム「HRMOS」が生まれた背景

――新たにリリースされたSaaS型従業員データベース「HRMOS Core」も、インキュベーションカンパニーから生まれた事業だと聞いております。どのような背景から誕生したのでしょうか。
弊社の創業事業である「ビズリーチ」は採用企業と個人を可視化し、いかに効率的にマッチングさせるべきか、といった観点から生まれたサービスです。私たちは、企業が主体的・能動的に採用を行う「ダイレクトリクルーティング」という概念を提唱し、今ではこの採用の在り方は日本でも一般化しつつあります。
このような採用手法が、一般化する背景に、日本における個人の働き方の変化があると考えています。最近、働く個人は、ひとつの会社に限定してキャリアの最適化を図るのではなく、社会全体の中で自身の「選択肢と可能性」を知ったうえで、社会全体の市場原理に沿った形でキャリアの最適化を考え始めています。
また「人生100年時代」という言葉に象徴されるように、60歳、65歳まで働く約40年間のキャリアではなく、我々の世代は、80歳、85歳まで、約60年も働き続けなくてはなりません。社会保障制度の状況や人口動態の変化からしても、一つの会社で働き続ける時代が終焉を迎えることは、一目瞭然です。
そのような働き方の変化により、結果的には、自身の能力を生産的に活用でき、さらに働きがいのある会社にどんどん人は転職するようになり、雇用の流動化が自然と起こっていきます。そうなった場合、一生退職しない社員が属する組織や事業を経営するよりも、明らかに、経営の難易度が上がり、人事業務の重要性が増します。もはや、人事は経営そのものになると言っても過言ではありません。
――そういった変化の中では今後、経営において何が重要となるのでしょうか?
雇用の流動化に伴う経営のあり方の変化とともに重要になってくるのが、従業員の生産性向上を目的とした人材の活用です。
生産性向上は、日本における大きな課題でありますが、じつは経済全体の生産性の観点で申し上げると、日本における製造業の生産性は、世界各国と比較しても大きな差はありません。しかし、サービス業の生産性は圧倒的に低いのが現状です。
歴史を辿ると、製造業は、資材を仕入れ、「ヒト」の労働力を中心に工場で「モノ」をつくってきました。メーカーは工場におけるヒトの仕事を可視化し、機械(ハードウェア)や自動化(ソフトウェア)技術に置き換え、コストを抑えながら、品質の高い製品をより多く生産できるようにしてきました。企業は、生産性を向上させるために、業務を可視化し、組織や人材活用そのものの改善を行っています。
一方でサービス業は、「ヒト」そのものが企業にとって最も重要な経営資源ですが、日本ではその活用が合理的かつ効率的に行われていないことが、生産性の低さの原因となっているように感じています。世界のサービス業は、製造業同様、業務プロセスや人材活用に最新のテクノロジーを採り入れることによって、飛躍的に生産性を伸ばしています。
テクノロジーには社会、そして経営を再定義する力があります。生産性の観点からも、この人材活用の領域でテクノロジーを活用するべきであると考えています。
私たちは、人材活用に関する課題をテクノロジーで解決する事業として、今から2年半前に、人材活用プラットフォームである「HRMOS」を立ち上げました。まずは採用業務を可視化し、採用に関するデータを蓄積することで採用の効率化を実現したのが、SaaS型の採用管理システムである「HRMOS 採用管理」です。その次のステップとして、点在化していた従業員情報を一か所に集めて一元管理を行い、可視化するための「HRMOS Core」というSaaS型従業員データベースを開始するに至りました。

人材活用プラットフォーム「HRMOS」が描く未来

――従業員データベース「HRMOS Core」は、具体的にはどのような課題を解決するサービスなのでしょうか。
私たちは、採用のマッチングプラットフォームを運営しているため、会社と働く個人の関係性について、創業から10年間、考える機会がたくさんありました。
採用という業務を本質まで徹底的に追求していくと、本来であれば、採用活動時の職務経歴等のデータからはじまり、入社後の目標・評価データやサーベイ情報が蓄積し、それらの相関性などのデータが採用現場にフィードバックされ、「この会社にとって採用すべき人材は、一体どのような人材なのだろうか?」という問いを中心に、PDCAサイクルが回るべきなのです。
そもそも、入社後の従業員データは、さまざまな場所やフォーマットで格納されています。時には、人事部の頭の中に属人的に保管されてもいます。従業員のデータが点在化し、可視化されていないことは、多くの企業で認識されている課題です。
人事のあらゆる判断を実施するときにデータが活用されず、決裁者の直観や主観によって異動や配置が行われる、といったケースが多くありました。それでは、従業員が本来持っている能力や経験を生かしきれているとは言い難い状況にあります。従業員の能力や経験、また入社前や後の評価データを適切に活用したうえで経営ができれば、人材の生産性は飛躍的にアップする可能性があります。
また会社によって能力や経験を活かされた従業員は、パフォーマンスが向上するだけではなく、会社に対する働きがいも上がり、退職リスクの軽減にも確実に寄与します。経営における人事の重要度はこのように飛躍的に上がっていくでしょう。従業員データベース「HRMOS Core」は、このような人材活用に必要な従業員データの可視化を実現するサービスです。データで可視化し、客観的なデータを基にした判断により、採用や配置のミスマッチを軽減。人材のパフォーマンスを最大限に引き出すことが、大きな期待される効用だと思っています。
――「HRMOS Core」も、「HRMOS」シリーズの構想の中から生まれたものだと思いますが、将来的には、どこまで発展していくイメージでしょうか?
私たちは、すべての新規事業を通じて、社会の課題解決に取り組み、社会に大きなインパクトを残したいと考えています。事業を創るというのは、その事業を通じて、どのような未来を創りたいのかという「願い」でもあります。
私たちは、「HRMOS」を通じて、日本の企業経営を再定義していきます。最新技術を活用したうえで、会社と働く個人の想いを滑らかにつなげ、企業の生産性を劇的に向上させていくことにコミットしていきます。
「HRMOS」は、これまでのような画一的な人事管理ではなく、一人ひとりに適した「人材活用」を目指しています。採用だけでなく、目標や評価管理などを中心としたパフォーマンスマネジメントなどといった、人材のあらゆるデータを活用でき、様々な場面で価値を提供できる人材活用プラットフォームを、「HRMOS」という冠のもとで提供していきます。
SaaS型の採用管理システム「HRMOS採用管理」からスタートしたHRMOSシリーズの全体構想。2019年1月29日、採用後の人材を可視化し、自動化する新サービス「HRMOS Core」をリリース。

求める人材は自ら課題を設定し、強い信念をもって行動できる人

――現段階において、御社が求めている人材像はどのようなものでしょうか。
新規事業の立ち上げは、日々、移り変わっていく事業の状況に対して、チームと連携しながら、自ら課題を設定し、自ら行動しなくては仕事が成立しません。特に重要なことは、事業の状況が物凄いスピードで変わっているわけで、それに伴い、目標設定も、進め方も、ビジネスモデルそのものも変わり続けていることです。そのような変わり続ける環境で、強い信念を持ちながら、柔軟に自身のモチベーションや行動をコントロールできる人を求めています。
さらに、チームワークも大切です。チームの一人一人が、担っている役割分担に対して全力疾走する中、お互いの動きが全く見えないため、自ずと背中を預けあい、成果・結果にコミットして行動しなくてはなりません。自分がやりたいこと、自分ひとりだけのことを考えて行動していても、新規事業は新しく生み出されません。
また、ゼロから立ち上げるフェーズの事業と、大きなスケールを目指して成長させていくフェーズの事業とでは、全く仕事の性質が違います。むしろ、ゼロから立ち上げる こと以上に、事業のグロースマネジメントは、要素も多く、組織の人数も増えていますので、難易度が高まると感じています。
事業の成長に伴い、ビジネスモデルや組織の仕組化を進め、ビジョンを磨きこんでいかなくてはなりません。事業に関わるあらゆる部分の再現性を高め、より多くの仲間が生産的に働ける状態を整える必要もあります。新しい事業の成長フェーズでの業務は、ゼロから立ち上げる業務とは全く異なる種類の難しさがあり、このフェーズにおける成功体験や能力を持っている人材は、事業を成長させることに再現性が高いため、市場価値も高いのではないでしょうか。
――今後ビズリーチという会社は、どんな姿を目指していくのでしょうか。
現在、私たちが取り組んでいるのは、データとテクノロジーを活用し、未来の働き方や企業経営の在り方を創っていくことです。「HRMOS」シリーズを中心として、採用した後の企業内の人材活用に本格的に取り組んでいきます。
創業からこれまでの10年は、市場や時代と向き合い、新しい事業を創り続けました。これからの10年は、私たちも想像すらもできない姿になっていると思います。
そのためにも、展開する新規事業の領域を更に広げていくつもりです。
一緒に働く仲間たちに約束した「社会の課題を解決し、社会に大きなインパクトを与える事業を創り続ける」という思いを胸に、圧倒的なスピードで成長していきます。
(インタビュー・文:伊藤秋廣[エーアイプロダクション]、写真:岡部敏明)