(ブルームバーグ): 野村証券の第一線で海外の機関投資家やヘッジファンドと接してきた岸本和久さん(56)は、22年間の外国駐在を終えた後、全く違った金融の在り方を考えるようになった。株主優待を利用して資本市場と社会貢献を結び付ける寄付システムだ。

きっかけは、帰国後配属された人材開発部で民間非営利団体(NPO)の事務所を訪れたこと。殺風景なオフィスで資金繰りに苦慮しながらの活動を目にした岸本氏は、NPOが継続的に資金を調達する方法はないかと考えた。思い付いたのは、海外駐在中に機関投資家が「恩恵を受けられていない」と岸本氏に語った株主優待を活用する「優活(ゆうかつ)プロジェクト」だった。

株主優待は全世代を通じて人気があり、大和インベスター・リレーションズによると、昨年度は上場企業の約39%、1450社が実施。規模は年間推計1500億円に上るが、機関投資家や外国人投資家などを対象とする推計2%程度(約30億円)については物品が廃棄されたり受け取る権利が放棄されたりしている。

岸本氏は、「全体の数パーセントだとしても廃棄・放棄分を活用すれば社会貢献には大きなインパクトがある」と語る。米国で触れた寄付文化を日本でも普及したいとの思いもあった。4年前、1人で現状を調べることから始まった活動は、三菱UFJ信託銀行の石崎浩二執行役員ら賛同者に広がり、今年1月、試験運用にこぎ着けた。メンバーは弁護士、税理士、大学教員らで、全員が有志として参加している。

現物寄付

優待寄付の難しさは、航空運賃割引や牛丼の割引券、調味料詰め合わせなどの現物をどう利用してもらうかにある。優活では、寄付推進事業に取り組むパブリックリソース財団の協力を得て、使い道をNPOに考えてもらうことにした。

同財団の寄付サイトに登録する学習支援や自然保護、障がい者支援など182のNPOに優待内容を公開し、応募時に明記された活用方法を審査する。支援を受ける人やスタッフが直接物品を消費することが条件で、給与としての充当は認めない。応募内容と活動実績の整合性も審査対象となる。

試験運用では日本たばこ産業など数社が保有証券で得た優待を寄付しており、3月末まで審査の手順確認や課題の洗い出しを行う。既に初回の選考を終えており、寄付実績はウェブサイトで公開し、4月からは一般からの寄付受け入れを予定している。

広がる寄付

優待を希望しない株主に寄付を勧める企業も増えている。アサヒグループホールディングスでは飲料詰め合わせの受け取りを望まない株主のために、東日本大震災復興支援活動への寄付などを選べるオプションを追加。また大和ハウス工業ではホテルやゴルフ場優待券を返送された場合、相当額を「吉野山の桜を保全する活動」に寄付している。

企業の寄付は、相手先が公益財団法人であることなど一定の要件を満たせば税額控除を受けられる。岸本氏は、企業が優活プロジェクトを優待制度の選択肢に入れてくれれば、個別に寄付先と交渉する手間が省け控除も受けられるため、より手軽に寄付が広がると語った。

社会貢献団体への個人寄付額は米国で30兆7000億円、国内総生産(GDP)比で1.4%に上るのに対し、日本は約7800億円(同0.14%)程度。同プロジェクトに協力するパブリックリソース財団の久住剛理事長は、日本では古くから橋や仏閣の建造を寄付で賄う文化があったが、近代は寄付の仕組みが少ないと指摘。多様な仕組みづくりは寄付市場の拡大につながるとの見方を示す。

投資判断の指針

株主優待の発行企業数は2000年ごろに増え始め、18年には約3倍となった。投資に興味を持つきっかけとして優待制度を挙げる人は全世代平均で35.6%に上る。02年から「株主優待ガイド」を発行する大和インベスター・リレーションズのコンサルティング部長、堂下誠二氏は、「株主優待の有無が、投資銘柄を決定する際の指針の一つとなっている」とコメントした。

一方で、株主優待については会社法や会計処理上の規定がないのが実態だ。発行企業はその費用を交際費や広告宣伝費のほか複数項目で計上しているケースもあり、個人投資家が拠出した資金を運用する機関投資家や信託銀行では、受け取った優待を可能な限り換金・分配している。

創価大学経済学部の安武妙子講師は、機関投資家が放棄分を寄付するためには新たな規定が必要となる可能性を指摘。優待制度を使いやすくするための法的議論の余地はあり、「優活プロジェクトはそのきっかけになるかもしれない」と述べた。

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