【為末大×猿田彦珈琲 大塚朝之】現実は冷静に。過去と未来は楽観的に

2019/2/18
言わずと知れた元オリンピック選手の為末大氏と、人気のスペシャルティコーヒー専門店、猿田彦珈琲の代表大塚朝之氏。元アスリートとバリスタという、一見、共通点のない二人だが、目標に近づく方法論には共通するものがあった。
挑戦者である彼らは、どのように目標設定をし、どのような新しい世界を思い描いているのか。コーヒーを飲みながら語り合った。

挑戦者には「上手な後付け」能力が必要だ

大塚 実は僕、為末さんの大学の後輩なんです。まさにオリンピックで活躍されているとき、憧れの先輩として見ていました。今は、ビジネスパーソンとしてどんな事業を手がけていらっしゃるんですか。
為末 アスリートの持つスポーツの知見をビジネスに応用したコンサルタント業に挑戦しています。あとは、スポーツとテクノロジーをかけ合わせたビジネス。スポーツ系のテクノロジー企業にシェアオフィスを提供したり、ランニングクラブも運営しています。
 トップを目指す選手たちに、テクノロジーを活用したデータを提供するサポートにも注力していきたいですね。
大塚 アスリートの方の知見がどうビジネスに役立つのか、すごく興味があります。目標設定の仕方とか、アスリートならではの方法論がありそうですね。
為末 細かく目標設定する人もいますが、僕はあんまりするほうじゃなかったですね。
 もちろん、「○秒を目指す」というような目標はありますが、特殊なのは「後付け」で考えることも多いということです。心理学用語で、ポストディクション(後付け再構成)と言うんですが、ざっくり言えば「過去を自分にいいように書き換えてそれを自信にしていく」やり方。
 ある実験で、試合の前に「勝てると思うか」と質問して、答えが「勝てる」:「勝てない」=5:5だった。でも、試合後にもう一度、「勝てると思っていたか」と聞くと、勝ったチームのメンバーの多くは、「必ず勝つと思っていた」と答えを変えるんです。
 負けたチームも同じで、「負けると思っていた」と。オリンピックにいくような一流の選手は、そういう後付け再構成の能力が優れていて、そこで自信をつけて次に向かうようなところがありますね。
大塚 めちゃくちゃ面白いですね。過去をきれいに書き換えるって、実は僕も普段からやってしまうことなんです(苦笑)。
 猿田彦珈琲を始めたとき、資本金がゼロだったんです。でも、たまたま理想の物件に空きが出て、そこから数日間、大慌てでお金をかき集めました。でも、そういう行きあたりばったりな過去も「みんなの支えで乗り越えられた」と、後付けですごくいいストーリーになっている。
為末 すごく重要な能力ですよ。何かに挑戦している人は、どうしても失敗も多くなる。それを上手く乗り越えるために、この能力が必要なんです。
 現実は冷静に見ながら、過去と未来を楽観的に捉える。それが一流のアスリートにはすごく重要だし、ビジネスの世界でも同じなんじゃないか。こういった共通点に気づいたのがコンサル業のはじまりでした。
大塚 トップがそういう発想になれるか、なれないかで、その企業の未来も変わるってことですね。

「準備を重視する競技」か、「本番が重要な競技」か

大塚 ビジネスにアスリートの知見が応用できるというのもすごく共感できます。僕はサッカーが大好きで、社内ミーティングでもサッカーに例えて話すことが多いんですよ。
為末 大塚さんはサッカー派ですか。
 実は、アスリートと一口にいっても、個人競技とチーム競技では全然性質が違ってくるというのが僕の持論です。これは、「準備を重視する競技」と「本番が重要な競技」という分け方もできますね。
 野球、サッカー、テニスは試合数が多いから、本番に強いことが重要です。陸上は最短で3試合でオリンピックのメダルを取ることも可能です。その分、どんな準備をするかにかかってきます。
 ただ、準備には評価基準がないので、「何のためにやるのか」「何をもってよしとするのか」みたいな哲学的な要素が強くなります。一方、サッカーなどのチームスポーツは、組織論との相性がいい。
大塚 僕の場合、サッカーに例えるのは正しかったんですね。安心しました。
 ぜひうちの会社でも、ビジネスにおけるメンタル的な部分を学ばせてもらいたいです。
為末 ぜひ。もうひとつ力を入れているのが、引退後のアスリートのセカンドキャリア支援です。僕のビジネスパーソンとしてのキャリアはここからスタートしました。
 アスリートのセカンドキャリアというと、コメンテーター、監督、政治家くらいしか浮かばないですよね。ロールモデルが少ないのが、非常に大きな問題だと思うんです。
 一方で、スポーツは社会を大きくマインドセットする力があります。大リーグの野茂英雄さん、セリエAの中田英寿さんみたいに道を切り開くパイオニアは、みんなのマインドセットを大きく変えてくれます。
大塚 たしかにそうですね。僕も、道を切り開いてきた先輩たちのおかげで今があると思っています。先輩の成功や実験を見てきたから、今のような活動ができる。
為末 ビジネスとスポーツの世界をうまくブリッジさせて、ビジネス界にアスリートのパイオニアが誕生すればいいと思っているんです。ひとつ上の概念でビジネスの現状を上手く分析し、アドバイスする。
 そういうことを僕一人だけではなく、オリンピアンレベルのアスリートであれば、誰でもできるようになる。そんな世界を目指しています。

日本からコーヒーの世界を変えていく

為末 僕はコーヒー好きで、以前から猿田彦珈琲のファンなんです。3、4年前にプレゼントでコーヒーパックをもらったのが最初で、「おいしいな」と思って、自分で調べて恵比寿のお店に実際に飲みに行きました。
 予想外に小さなお店でびっくりしたのを覚えています(笑)。
大塚 素直に嬉しいです。
猿田彦珈琲・恵比寿本店。店内にはいつも淹れたてのコーヒーの香りが漂う。
為末 どういう思いで猿田彦珈琲をはじめたんですか。
大塚 25歳の頃、自分がいいと思う豆で、自分たちが純粋においしい、楽しいと思うコーヒーを出す店をやりたいと思って始めたのが猿田彦珈琲です。
 その頃から、コーヒーの世界は、大きな変革期に突入していました。スペシャルティ・コーヒーとかサードウェーブと呼ばれる新しいコーヒーショップが登場して、「おいしい豆」にこだわるようになったんです。
 「おいしい豆」が市場で高く取引きされるようになった結果、貧しかったコーヒー農家にも正統な(高い)金額が支払われるようになった。
 つまり、僕たちがおいしいコーヒーを提供し続けることで、少し大げさですが、遠い国の貧困の問題を解決できるかもしれないんです。そこにやりがいを感じていますし、「日本から世界のコーヒーを変えていく」というような気持ちでいます。

「おいしいコーヒー」の条件とは

大塚 今日は僕が監修した「ジョージア 香るシリーズ」の新作も持ってきたので、ぜひ味わってみてください。香りや味にとてもこだわっています。
為末 おいしいですね。開けた瞬間にコーヒーのいい香りも感じました。コーヒーの香りは、味にどれくらい影響するものなのですか。
大塚 香りの影響はすごく大きいんですよ。特に、口に含んだときに香りが鼻に抜ける、あの感覚を大切にしています。今回の「ジョージア 香るシリーズ」は、挽きたて豆の香り高いコクを実現できるように作りました。
 この味わいは「猿田彦フレンチ」に近いのですが、150円ほどの缶コーヒーの世界で、おいしいものを作り、猿田彦珈琲という小さなブランドでは届けられない人にも、僕なりの「おいしいコーヒー」を届けるという意味で、「ジョージア 香るシリーズ」の監修にはやりがいを感じています。
為末 おいしいコーヒーには、他にどんな条件があるんですか。
大塚 僕は苦味も重視しています。苦味にもよい苦味と悪い苦味があって、悪い苦味や渋味をなくして、心地よい苦味だけを出すことが重要。そこに少しだけ酸味を加えることで、華やかな香りとフルーティな味わいが出るんです。
 「酸味のあるコーヒー=おいしくない」というイメージが強いんですが、決してそんなことはない。おいしい酸味があるんです。そういう複雑な味わいを伝えていくのも、僕の役目だと思っています。
為末 なるほど。そういったこだわりが、ボトル缶コーヒーで手軽に味わえるのがいいですね。
大塚 「ジョージア 香るシリーズ」は透明感や滑らかさがあって、飲んだ後に香りや味の余韻がしっかり残るボトル缶コーヒーになっています。
為末 実は缶コーヒーは、仕事中に脳に栄養を与えるというか、「もうひと頑張りするぞ」という気持ちで、少し甘いものを選ぶことも多いんですけど(笑)。
大塚 その気持ちもわかります(笑)。為末さんのコーヒー好きは、選手時代からですか。
為末 そうですね。選手時代は特に嗜好品に対する制限があるので、僕だけでなくコーヒー好きの選手は多いですよ。試合でいろいろな国に行くので、その国のコーヒーを飲むのも楽しみのひとつでした。もちろん今も大好きで、オフィスでしょっちゅう飲んでいますよ。
大塚 今度、為末さんのオフィスに出張しますよ。ぜひおいしいコーヒー差し入れさせてください。
(編集:大高志帆 撮影:茂田羽生 デザイン:九喜洋介)