[東京 29日 ロイター] - 日銀は、2008年7─12月の金融政策決定会合の議事録を29日に公表した。同年9月に発生したリーマン・ショックは、米欧の金融・資本市場の動揺を起点に、短期間に世界中の市場と実体経済に大きな下押し圧力として波及する。海外経済の悪化と株安・円高の進行に伴って日本の経済指標も大きく落ち込み、日銀は半年間で4回の臨時の金融政策決定会合を開くなど異例の対応を迫られた。

利下げや流動性対策など政策総動員で危機封じ込めに動くが、低金利下で対応余地が限られる中、ボードメンバー(政策委員)の判断も揺れ動いた。(肩書きはすべて当時)

<フェーズは変わった、ドル市場は機能不全>

2008年9月15日、米大手投資銀行のリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻。米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題が、世界的な金融危機に発展する幕が開いた。

「全くフェーズが変わってしまった」──。翌16日から2日間の日程で開かれた定例の金融政策決定会合は、中曽宏金融市場局長の説明から始まった。世界的に金融株を中心に株価が急落し、外国為替市場では投資家のリスク回避姿勢の強まりで円高が進行。日銀は同日早朝から2兆5000億円の即日の資金供給オペレーションを実施し、短期金融市場の緊張緩和に動いた。

会合では、西村清彦副総裁が「金融商品の複雑化と取引の個別化のため、どこに本当にロスが発生しているのか見えない。思わぬ地域の思わぬ投資家に思わぬ影響を与える可能性もある」と述べ、危機の広がりを暗示している。

もっとも、この段階では流動性懸念など混乱する金融市場への対応が最優先課題。特にドル市場は機能不全の状態に陥り、日銀は9月に2回の臨時の金融政策決定会合を開き、欧米中銀との協調による米ドル資金供給オペの導入と拡充を決定。国際協調も含めて市場安定に努めながら、危機の震源地である米欧当局による金融機関への資本注入など根本的な対応に期待する状況だった。

<協調利下げ不参加で円高に拍車、高まる緩和圧力>

しかし、10月に入ると、金融市場の不安定化による日本経済への悪影響が顕在化する。米国の金融システム不安が欧州にも飛び火する中で、世界的に株価の下落が継続、相対的に金融システムが安定している日本円が、リスク回避的に買われる動きが続く。

10月6、7日の金融政策決定会合では、景気は「設備・雇用面での過剰を抱えているわけではないため、大きく落ち込む可能性は小さい」(白川方明総裁)との認識のもと、金融政策の維持を決めたが、翌8日に米連邦準備理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)など米欧の6中銀が協調利下げを実施。日銀の参加見送りを受け、内外金利差縮小の思惑で円買いに拍車がかかり、ドル/円は100円を割り込んだ。

14日には臨時会合を開いて無制限のドル資金供給オペなど決めたが、政策金利が0.5%という低さの中で、利下げカードを温存する日銀に対して緩和圧力が次第に強まっていく。

日経平均株価が26年ぶりに7000円(取引時間中)を割り込んだ28日、与謝野馨経済財政担当相が「利下げは国際協調の重要な証し」と発言。市場の緩和期待も急速に高まる中、日銀は10月31日の決定会合で7年7カ月ぶりの利下げを決定する。

<利下げ幅めぐり攻防、最後は異例の議長決裁>

31日の会合では、株安・円高の進行も背景に「国内景気への下振れリスクが、ここにきて急速に顕現化したことは否めない」(須田美矢子審議委員)、「さらなる株安、円高の進行は企業経営者のマインド面へも大きな負の影響を与えている」(野田忠男審議委員)、「日本においても、金融と実物経済の負のフィードバック・ループが起こる可能性を全く否定できる状況ではなくなってきている」(西村副総裁)と、政策委員の議論は一気に利下げに傾く。

無担保コールレートの誘導目標の0.50%から0.25%への引き下げを須田審議委員、中村清次審議委員、亀崎英敏審議委員が共同提案したが否決。0.2%引き下げの議長提案が賛成4・反対4の同数となり、異例の議長決裁で決まった。

わずか0.05%の利下げ幅を巡る攻防は、市場に強いメッセージを送りたいものの、緩和余地の限界と市場機能の低下の狭間で苦悩する政策委員の姿を浮かび上がらせる。

亀崎委員は利下げ幅について「0.25%であれば出し惜しみということではなく、毅然と手を打ったというメッセージがある。0.2%だともう1回あるという印象を与え、追い込まれる」と語ったが、その懸念は的中する。

11月20日、21日の会合で水野温氏審議委員が「毎回何か手段があればよいが、政策金利はもうここまで下がっている」と緩和余地に言及し、「マーケットが利下げや量的緩和をというのは勝手だが、やるのはこちらである」と、市場の緩和期待に苦言を呈する一幕もあった。

<円高受け追加利下げ、効果と市場機能で激論>

利下げ後も日本経済は悪化を続け、金融機関の貸出姿勢も慎重化する。日銀は12月2日に臨時会合を開いて企業の資金繰り支援策を決めたが、12月16日にFRBが事実上のゼロ金利政策に移行したことを受け、円高が一段と進行する。

輸出や生産など実体経済のさらなる落ち込みが鮮明になる中、12月18・19日の会合は、白川総裁が「量的緩和を開始した2001年3月のように、今回はターニングポイントになる決定会合」と発言するほど緊迫したものとなる。

会合では景気判断の大幅下方修正とともに、政策金利の0.3%から0.1%への引き下げが決まった。

反対は野田委員だけだったが、すんなりと決まったわけではない。「正直言って、金利引き下げには多少躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない面があるというのが、私の率直なところ」と迷う山口広秀副総裁と、「やらねばならないことを、強い信念のもとで、迅速かつ積極果敢に手を打つことが求められている」と主張する亀崎審議委員らとの間で、利下げの余地と効果、市場機能への影響を巡って激論が展開された。

その亀崎委員も、0.1%という金利水準自体は「死守しなければならない一線」と強調。白川総裁は、過去の量的緩和政策について「量をがんがん増やしても、それ自体として景気、物価に対する刺激効果は、ほとんど観察されなかった」と発言するなど、先行きの政策運営への不安もにじむ。

2009年には消費者物価の前年比が大幅なマイナスに転落。デフレ脱却に向け、白川日銀はさらなる金融緩和の強化に突き進むことになる。

(清水律子、伊藤純夫)