イノベーションが生まれる生態系の育み方

2019/2/6
「イノベーション」という言葉がはやり始めて久しい。現在、どれだけの企業が革新的なサービス、商品を生み出すことができているのだろうか。博報堂ブランド・イノベーションデザイン局でシニアクリエイティブディレクターを務める吉澤到氏が語る「イノベーション」と「創造性を生み出す組織」とは。
「デザイン思考」と「イノベーション」にまつわる誤解
吉澤 広告会社がイノベーションなどと言うと、疑問に思う人もいるかもしれません。テクノロジー企業でもない、旧産業の代表みたいな広告会社にイノベーションなんかできるのか、と。
 確かに、博報堂は広告をコアビジネスにしていますが、半分デザイン会社だと私は思っています。この場合のデザインとは、単にグラフィックデザインとかプロダクトデザインとか形のあるデザインのことだけを指しているのではありません。
 デザイン理論の礎を築いた米国の経営学者ハーバート・サイモンは、「デザインとは既存の環境を、人間にとってより好ましいものに変えていくプロセス」だと定義しています。
 広告を通じて「少し先の暮らし」をデザインしてきた私たちは、そこから企業やブランドのデザイン、社会のデザイン、未来のデザインへと領域を広げながら、デザインドリブンでイノベーションを創出するということをずっとやってきたのです。
 最近、イノベーション創出の方法論として「デザイン思考」が広く知られるようになりましたが、我々が創造的なアイデアを生み出すために何十年とやってきたこととデザイン思考とは本質的な違いはありません。
 むしろ、デザイン思考をどのように組織に取り込み、カルチャーとして定着させていくかという試行錯誤を繰り返してきたのが我々であり、だからこそ、昨今「デザイン思考を取り入れれば、イノベーションを生み出せる」という誤解が生まれていることに、少し違和感を感じています。
 デザイン思考の根底にあるのは、「集団の創造性は、個人のひらめきに勝る」という概念です。
 デザイン思考というと共感やプロトタイピングといった独特のプロセスが注目されますが、肝心なのは、集団的思考からいかに優れたアイデアを生むかであり、そこには経験と技術がいります。
 「フロー理論」のミハイ・チクセントミハイに師事したキース・ソーヤーという心理学者の研究によれば、最も創造的なアイデアというのは、即興劇のようにグループ内で小さなひらめきが連鎖し「グループ・フロー」と呼ばれる状態になった時に生まれるのだそうです。
 そのためには、まずは人の意見をよく聞く傾聴の姿勢や、答えを急がない、人のアイデアには積極的に乗っかる、考えが固着しそうになったらわざと話題を別の方向に振って発想の幅を広げるといった、ゲームの流れを読んだチームプレーが重要です。
 優れたクリエイティブディレクターやファシリテーターであれば、そういう創造性が最大限発揮されるような場の空気、グループ・フローが生まれやすい会議の流れをコントロールする技を持っています。
 「デザイン思考を組織に取り入れたのにイノベーションが生まれない」という原因の一つは、このグループ・フローを創造の現場で生み出せていないことにあります。
 デザイン思考は、プロセスをなぞれば自動的に創造的なアイデアが生まれるというような魔法のツールではありません。
 行動習慣であったりマインドセットのようなものなので、時間をかけてやり方を習熟し、組織構造やカルチャーもそれに合わせた形に変えていかなければ定着しません。
 自分の感覚では、「クリエイティビティ」というのは筋肉のようなもの。鍛えれば鍛えるほどいろんな創造的なアイデアが生まれてくるようになるし、逆に、少しでもサボっていると簡単に衰えてしまう。
 だから、常にアイデアを発想する環境にいないと鍛えられないんですね。
 よってデザイン思考というのは、究極的には、創造的な組織にいかになっていくか、という方法論だと思っています。
「イノベーション」はテイラーイズムの限界によるものではないか
 発想のプロセスには、課題解決型と課題発見型の2つがあり、それぞれ全くやり方が異なります。
 課題解決型というのは、製品の歩留まりが低いといった目の前の明らかな課題があり、それを解決する場合のアプローチです。
 原因を特定し、それを解決するための最も効果的な方法を見つけるような場合には、同じレベルの専門的知識と経験を持った人間同士が集まってガッと課題に取り組んだ方が、短時間で答えを出すことができます。
 一方で、課題発見型というのは、新規事業創出やイノベーションのような、何が課題なのかもはっきりしない、でも何かアイデアを創出しなければならない時のアプローチです。
 そうした場合には、「こんな課題はないだろうか」と創造的に問いを立てていきます。
 新しい発想につながる良い「問い」を見つけるためには、なるべく多様な視点が必要で、そのためにバックグラウンドの異なる様々な専門家が議論に加わり、先ほど言ったような、アイデアの連鎖を生むような場づくりが大切になります。
 今、多くの日本企業が抱えている問題は、課題解決型のプロセスしか社内に存在しないことです。
 20世紀というのは課題解決型プロセスが大きな成果を上げた時代でした。
 フレデリック・テイラーをご存じでしょうか。彼は産業革命の頃に工場の「効率化」や「生産性」に目を向けて、科学的管理法を確立しました。今のMBAで教えるような経営手法も基本的にはこの延長線上にあります。
 当時にはなかった現代的なマネジメントの概念を発明したのがテイラーだったわけです。
 科学的管理法はコンピューターの進化とMBA教育の普及によって飛躍的に発展します。あらゆる無駄やムラをなくし、徹底的に合理化することで生産性を高めていく。
 工業製品を作れば売れる時代であれば、生産性を上げることは、利益を最大化することにもつながります。しかし、現代はどうか。
 先進国では生活者のニーズはほぼ満たされていて、生活から「何か不便だな」「あれがあったら便利なのに」、という感覚が減っている。製品の質も、これ以上改善の余地がないほど完成されている。
 そうなると、課題を解決することより、課題そのものを見つけることの方が難しくなります。
「新しい問いを立てる」──博報堂の果たす役割
 これからの時代、圧倒的に価値を持つのは課題発見型の発想です。新しい価値創造やイノベーションにつながる新鮮な問いをいかに発見できるか。
 博報堂でも、デザイン思考に続く流れとして、アートの力を使ってまだ世の中に顕在化していない未来の問いを生み出す「アートシンキング」に注目しています。
 そして、この世の中に対して新しい問いを立てるという目的において、博報堂のような広告会社の果たす役割は大きいと思っています。
 博報堂はこれまで120年以上の歴史を持っています。広告会社として、多くのクライアントと向き合ってきた中で、創造性を様々な領域に投じてきました。
 2018年末に発刊された『イノベーションデザイン ~博報堂流、未来の事業のつくり方~』では、博報堂が事業創造や社会課題の解決に向けて問いを立て、イノベーションを創出していった事例を紹介しています。
 先進国の経済というのは、今後、新しい価値を創出することでしか成長していきません。だから、イノベーションは絶対不可欠で、その時に広告会社のようなクリエイティブ産業が果たす役割は非常に大きい。
 クリエイティブ産業というと広告以外にも、メディアやコンテンツ、アート、建築、ITなど文化的な商品、サービスに関わるあらゆる産業を指しますが、問題は、それぞれが細分化していることです。
 アニメはアニメの世界で、ITはITの世界で閉じてしまいがち。日本はひとつの道を極めていく職人気質が強い国。その領域では素晴らしいものを作れるのだけど、横につながるのは苦手なんです。 
 でも、実はそこをクロスさせていくと、すごく新しいものが生まれると思っていて。
 たとえば、『イノベーションデザイン』でも紹介している博報堂グループのCRAFTARというアニメーション制作会社は制作で培った様々なテクノロジーを持っていて、それをアニメ制作だけじゃなくて、クライアントのイノベーション創出にも生かそうとしている。
 そのようにアートとテクノロジーの領域の壁を突き破って、クリエイティブ産業を横串につないでいくことができるのは、広告会社だけではないかと思っています。
  日本でオープンイノベーションというと大企業とスタートアップの協業のイメージが強いですが、そこにはスタートアップのもっている先端技術を生かそうという技術主導の発想があります。
 でも、今後はテクノロジーやビジネスの担い手だけでなく、アーティストやデザイナー、社会学者や文化人類学者といった芸術や人文科学の視点も入れた多様性の中から未来を創発していく、本来の意味でのオープンイノベーションが日本でも広がっていくでしょう。
 技術主導から人間主導へ、イノベーションの重心が移ってきているからです。
博報堂が目指すのはイノベーションのハブ、創造性の生態系
 イノベーションには多様性が重要ですが、多様性も行き過ぎるとカオスになってしまう。逆に創造性が下がってしまうんですね。
 要は多様性と同質性のあいだのバランスが大事なのですが、多様性のある組織をどのようにまとめていったら良いか、ロンドン・ビジネス・スクールの組織論の教授に聞いたことがあります。
 教授は「カルチャーです」と答えてくれました。多様な人材同士を結びつけるには「カルチャーが重要」だと。
 博報堂には「生活者発想」というフィロソフィーがあります。商品やサービスの顧客という発想ではなく、多面的な暮らしを営む “生活者”として生身の人間に共感する。そこからその人の暮らしをどう進化させ、幸せなものにデザインできるかを考えていく。
 これが博報堂や、関係してくれる多様な人たちと共有するカルチャーであり、創造性の源です。
 博報堂はフラットな環境で、誰かに命令されて動くというよりも、各人が好奇心を持って興味で動いている。私はそれを「興味駆動」と呼んでいますが、そんな人材が一堂に会するとある意味でカオスな状態になります。
 様々な意見がぶつかり合っても、それが最終的に一つのアイデアに集約するのは、「生活者発想」のような同じ志とカルチャーを皆が共有しているからです。
 それと同時に、各々が目標を高く持つことも重要です。スティーブ・ジョブズがApple社員に「宇宙に衝撃を与えよ」と言っていたことは有名ですが、自由さと多様性を許容する文化の上に、高い自己基準をもった個人が活躍するとイノベーションは生まれてくる。
 博報堂の創造性は、そんな個人と組織文化の絶妙なバランスの上に成り立っているのです。
 先ほど紹介した本の中で、博報堂のイノベーションプロセスを一本の木に見立てて説明しています。博報堂の組織もちょうどこの木のように、一つの生態系に例えることができます。
 一本の木の周りに、業界の垣根を超えてクリエイティブな思考を持った人が集まってくる。長くとどまる人もいれば、通り抜けるだけの人もいる。常にオープンです。
 最近はイノベーション分野でコンサルティング会社との競争が語られることもありますが、彼らはビジネスデザイン力、リサーチ力、スタートアップとのネットワークなど我々にないものを持っている。
 私たちとは、視点も強みとする領域も違うのでむしろ協業できるんじゃないかと考えています。
 一方で、コンサルティング会社がデザイン領域に進出してきたり、GAFAなど強力なデザイン力を持った新しいプレーヤーがいるからこそ、博報堂は変化していくことができます。
 こうしたプレーヤーを含めて各企業と切磋琢磨(せっさたくま)する、問いを発見し、イノベーションの起点を作る「イノベーションハブ」として。
 個人個人の創造性をつないでイノベーションのエコシステム、生態系を作っていくこと、これがこれからの博報堂の使命だと考えています。
多様性と自己開示できる組織がイノベーションを起こす
 イノベーションを起こしやすい組織とはどんな組織なのか。まずは多様性があることが絶対条件です。それだけではなくて、「言いたいことが言える」という自己開示ができるということも重要になってきます。
 いくら多様性があるといっても、そこで自分らしさが自由に表現できなければ、イノベーションは起きてこないのです。
 イノベーションには、デザイン思考を取り入れた経営が必要だということも、最近よく言われています。ここでいうデザインとは、バラバラに分解し、分析したパーツごとの論理を、最後に「まるっとひとつにまとめる」ということ。
 この「まるっとする」というのが難しい部分で、これは論理的に説明できるものではなく、非常に感覚的なことになります。
 その感覚的な部分を培う土壌として、その会社のカルチャーというのは大きな影響力を持ちます。
 ビジョン、ミッションが会社全体に浸透していることがカルチャーであり、そういうカルチャーを持ち合わせている会社はイノベーションを起こせる可能性が高いということです。
 吉澤さんが語っているように、これからは問題を解決する力よりも、問題を見つける力、つまり発見力こそが鍵です。
 博報堂のフィロソフィーである「生活者発想」というのは、「世の中にどう貢献していくか」という本質的な問いを発見していくことなのでしょう。
 これからは組織のあり方も大きく変わっていきます。強いリーダーのもとで放射状に人が集まるのではなく、それぞれが自由意思でネットワークを築く「ティール組織」に進化していくでしょう。
 そのとき、大事になってくるのが、より「自分らしくあること」が追求できる環境であることです。
 博報堂には長年、培ってきたクリエイティブの力に加えて、企業規模、資金力、そして強大なネットワーク(人脈)があります。イノベーションを起こす組織に何が必要なのかということも、よくわかっている。
 また、博報堂らしいカルチャーを大事にしている点も評価できます。そういう部分では、日本のほかの企業に比べると一歩先を行っているともいえるでしょう。
 だからこそ、もっとエッジを効かせて、世の中を驚かせるような新しいことにチャレンジしてほしい。「博報堂らしさとは何か」を見せてもらいたいと期待したいですね。そして、日本の未来をもっとよいものにするべく、牽引してほしいと思います。
(取材:山川譲 編集:奈良岡崇子 撮影:大畑陽子 デザイン:砂田優花)