【経営戦略論】プロに任せるという選択。ムダなこだわりはもう捨てよう

2019/1/31
オープンイノベーションやデジタルトランスフォーメーションによって新たな価値を生み競争力を高めようとする動きが日本でも顕著だ。だが、日本は経営を支える「基幹」を担う業務やそのシステムの戦略に行き詰まり感が顕著になってきているという。

世界の製造業を熟知するローランド・ベルガーの長島聡社長と、企業経営に欠かせないシステム全体のビジネスを手がける日本オラクルの桐生卓常務執行役員に「企業の基幹」の競争戦略を語ってもらった。
大胆なイノベーションを求める日本企業
──長島さんは製造業を中心に企業の経営戦略立案・実行をサポートしています。ここ最近の企業の動きで何に注目をしていますか。
長島 AI、IoT、それらのテクノロジーを実装したロボットなど、新技術を活用して生産性を上げようとする取り組みは引き続き旺盛でした。
それに加えてここ最近で顕著なのが、新しいビジネスに対して「長期的な目線で」チャレンジしようとする機運が高まっているように思います。
早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手を経て、ローランド・ベルガーに参画。自動車、石油、化学、エネルギー、消費財などの製造業を中心として、グランドストラテジー、事業ロードマップ、チェンジマネジメントなどのプロジェクトを担当。日本法人の代表取締役社長を務めながら、アスタミューゼ株式会社、株式会社エクサウィザーズ、株式会社エクシヴィなど複数企業のアドバイザーも務める。
長島 経営者は、いつの時代も新しいビジネスを当然生み出そうとしていますが、ここ最近では以前にも増してコミットレベルが高く、そして全く新しいプロダクトやサービス、ビジネスモデルを生み出そうと考えています。
たとえば、自動車産業であれば、単なる物売りではなく、サブスクリプション型でプロダクトを提供するサービスモデルへの転換がそれに当たるでしょう。
全く違う発想で新たなビジネスを生みたいと考えていますから、経営陣も我慢強くというか、すぐに結果を求めていなく、着実にステップを踏み、長期的な視点でイノベーションを待っているように思います。
桐生 長島さんがお話しされた通り、AIなどのテクノロジーを活用した収益性の高いビジネスにリソースを投じる企業は増えているように思います。
それに加えて、就労人口の減少や高齢化によって人材不足は深刻になる一方ですから、テクノロジーを活用して生産性を上げ、収益性を高めようとする動きが、以前にも増して旺盛です。
私は前職、そしてオラクルで、企業経営の根幹となるヒト・モノ・カネ・情報を司るERP(Enterprise Resource Planning)のビジネスに20年以上、携わっていますが、ERPに対する日本企業のスタンスも変わってきていると実感しています。
大学卒業後、大手外資系アプリケーションベンダーに入社。2009年、日本オラクルに入社し、30代で執行役員としてFusion Middleware事業統括本部長に就任。2015年より常務執行役員クラウド・事業統括ERP/EPMクラウド統括本部長として、SaaS事業戦略を牽引している。
企業が直面する“2025年の崖”
──生産性向上、経営効率化の代名詞であるERPの活用に変化が生じている、と。
桐生  経済産業省が2018年9月に発表した「デジタルトランスフォーメーション・レポート」、通称「DXレポート」に、ITシステムの“2025年の崖”と、その克服に向けた実現シナリオが述べられています。既存システムのブラックボックス化、高額な保守・運用費など、2025年以降、毎年12兆円の経済損失が出る可能性を示唆しています。
このような報告書が公開される背景には、やはりテクノロジーの活用が上手く行かずに競争力が低下していくのでは、と危機感を感じる日本企業が増えているからではないでしょうか。現に、長年使い続けてきたERPを見直したい、という相談を受ける機会が多くなりました。
ERPの利用でも異質な日本
桐生 このような状況に陥った背景を説明させていただくと、元々、ERPシステムには企業経営に必要不可欠な業務をサポートする機能があらかじめ搭載されていて、システムを改良しなくても利用できるようになっています。
海外の企業では、ベンダーが提供するERPに変更を加えずにそのまま利用するのが一般的です。業務にERPシステムの機能が合わなければ、ERPシステムに業務を合わせるように業務プロセスや仕事の進め方を変えていきます。
長島 ここが、日本企業とは異なるところですよね。
桐生 おっしゃるとおりで、かつて日本企業は自分たちの業務に合わせてシステムをカスタマイズ、改良してきました。
つまり、海外企業は「業務をERPシステムに合わせる」のに対し、日本企業は「ERPシステムを業務に合わせる」。
経営の中枢を担う計画や進捗状況という貴重な情報が詰まっているシステムですから、自分の業務に合わせて構築したくなるのはわかるのですが、カスタマイズするのに当然、人と時間、コストがかかる。
そうなれば、スピードと収益を圧迫してしまいますよね。加えて、一度カスタマイズを重ねたシステムは、もしほかのシステムに乗り換えようとしたときに、移行作業が膨大にかかってしまう。それでも日本はERPシステムの独善的な“改良”を進めてきたのです。
そこで、先ほどの経済産業省のレポートにつながるのですが、レガシーなERPシステムから発生する“負債”と決別するためにも、なるべくカスタマイズを行わず、常に最新の状態で使えるクラウド(SaaS=Software as a Service)型ERPシステムに移行しようとする動きが顕著になってきました。そして、限りある人と資金を、テクノロジーを活用した収益向上のために充当する、とても健全な方向に向かっています。
──10年ほど前からクラウドは徐々に浸透してきましたが、ERPのような経営に直結する貴重な情報が詰まったシステムは、クラウド化がなかなか進まなかったように思います。
桐生 確かにOfficeなどに代表されるフロント系アプリケーションに比べたらクラウド化の波は遅かったでしょう。しかし、ネットワークやコンピュータの進化、高度なセキュリティ技術が登場してきたことで徐々に実績が出てきて、クラウド型ERPへの移行は一気に動き始めています。
システム立ち上げの早さ、メンテナンスのしやすさ、コスト、常に最新の機能を利用できる利便性など、クラウドにはさまざまな利点がある。そうした優位性がERPの分野でも効果を発揮してきています。
──桐生さんのお話の通り、日本におけるERPシステムのカスタマイズ文化は、世界でみても異例だと聞いたことがありますが、長年カスタマイズしてきた考え方がなぜ変わったのでしょうか。
桐生 誤解を恐れずに言えば、ERPシステムへの「自社のこだわり」への強度が弱まったためと感じています。
企業経営において使いやすいERPシステムを構築すること自体が、その企業の競争力、差別化ポイントを伸ばすこととイコールではありません。ERPは企業収益の源泉となるプラットフォームですから、そこに膨大なお金と時間と人を投じるより、そのプロセスの先にある、収益に直結する事業に資源を投入しなくてはならないと気づいたのだと思います。
新規事業の創出や研究開発、プロダクト・サービス開発など企業の競争力、コアコンピタンスになる部分にもっと経営資源を投じなければならない時代だからこそ、ようやく日本企業もERPシステムへの考え方を転換し、「自社に合わせるためにここまでしてカスタマイズして、費用や労力をかける必要はないよね」という結論にたどりつき、「標準」に合わせようとしているのです。
「ERP」に対する世界と日本の違い
長島 ローランド・ベルガーが本社を構えるドイツは、日本と同様に製造業が強いですが、製造というコアコンピタンス以外の領域における考え方が違うと私も実感しています。
ドイツは非常に合理主義者が多くて、新たなプロジェクトやプロセスがスタートする時、コアコンピタンスを見定めて、それ以外の領域ではルール化・標準化し、ベストプラクティクスなプロセスやツールを採用します。つまり、手間も時間も金も極力かけないのです。
私の感覚ですが、日本は「標準化」の意識が多少薄い気がします。書類のフォーマットひとつ取っても多岐にわたっていて、社内であっても部署間で違ったものを使っていることが結構ありますよね。
些細なずれかもしませんが、たとえばそれをシステムに入力する際にはデータを書き換えたりする作業が発生したり、いろいろムダなことが生じる。また、部門間で同じ意味なのに別の言葉や略称を使っていたりして微妙に話が通じない時があってミスコミュニケーションが生じることもある。
少し話はそれますが、細かな業務を自動化するRPAが日本では流行していますが、欧米ではそれほどの勢いがないのですよ。
それって、日本はこうした標準化されていない業務を標準化するために、簡便な業務自動化ツールとしてRPAが使われているような気がします。もともと、標準化をベースに仕事が設計されている欧米は、RPAは必要ないのではないかな、と。つまり、RPAは標準化されていない業務プロセスやルールがある企業にこそ、必要な気がしています。
SaaS型ERPが競争の源泉となる
──「標準化」領域だと見定めるためにはどうすればいいでしょうか。
長島 どこを競争力と見定めるか。どこで勝負するのか。それをしっかり見定め、そして時代の変化と他社の動きに合わせて進化させていくこと。ある意味これができれば、ほかは「標準領域」です。
決まったデータを集めて決まった分析をする。こうした効率がものを言うところは、非競争領域になると考えています。そして、この領域では徹底して手間と時間をかけない、つまり力を抜くようにしていくべきだと思います。
桐生 ERP自体の構築・運用に企業が最も力を注ぐことではないということです。
ERPには、オラクルのように長年お客様との対話の中で得た知見をしっかりと蓄積し、標準機能を開発し搭載しています。手前味噌ですが、企業経営を支えるベストプラクティスが詰まっています。
そして、クラウド(SaaS)型であれば運用や保守の手間は省け、AIやセキュリティといった進化するテクノロジーを惜しみなく搭載していくので、常に最新の環境でお使い頂けます。
多くの企業がクラウドERPの利点を感じてもらい、競争領域でのチャレンジをもっと進めていって欲しいと思います。私たちは、経営の基幹を担うシステムについて最も競争力のある「デファクトスタンダード(事実上の業界標準)」をご提供します。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:竹井俊晴、デザイン:田中貴美恵)