EdTechのユニコーンが巻き起こす、15世紀以来の教育革命の鍵とは

2019/2/5
 いま中国を中心に教育事業に新風を巻き起こしている、世界最大級のEdTech企業がある。
 教育ビジネス業界でも珍しいユニコーン、つまり企業評価額10億米ドルを超える企業「iTutorGroup」(アイチューターグループ)だ。同社が調達した投資額は、3億1500万ドルにも上る。
 「オンライン英会話」と聞けば、ただビデオ通話で英会話をする格安なサービスを想像する人はきっと多いだろう。しかし同社が提供しているオンライン英会話「vipabc」(ブイアイピーエービーシー)は、他の英会話サービスと一線を画している。
 自社開発のビデオ通話プラットフォームやAIによるデータ分析によって、それぞれの生徒にとって最も適した先生、クラスメート、そして教材を自動的にマッチングしてくれる。
 また、有資格者しか採用しない厳格明瞭な採用基準で一流のレベルの講師を30000人以上、グローバルで確保。その数字がいかに大きいかは、日本全国のすべての語学講師人数の合計が約1万人であり、日本国内のオンライン英会話トップ10の講師合計人数よりも多いことから理解できるだろう。
 現在、iTutorGroupは135の国でサービスを提供している。また、そのコースは英語から始まり、今や中国語、数学、コーディングなど多岐にわたる。
 上海に本拠を置く同社を率いるのは、創業者でありCEOでもあるエリック・ヤン博士だ。
 パーソナライゼーションと、ハイスキルな人材をマッチングすることで、リアルで行われる英会話教室よりも質の高い英語教育を実現していると、胸を張る。
 中国版ニューズウィークの「中国で最も影響力を持つビジネスパーソン」の一人にも選ばれたヤン博士が見ている未来の教育とはいったいどんな景色なのだろうか?

教育は、印刷の発明以来あまり進化していない

──そもそもなぜ教育分野で起業しようと思われたのでしょうか?
エリック・ヤン 私は1990年代に東京大学で1年間教鞭を執っていました。幸運なことに、UCLAで化学の博士号を取得した直後に東京大学に雇われたんです。
 もちろんそれまでの研究成果が認められたから雇われたのだと思いますが、私が英語を話すということも雇われた理由として大きかったように思います。
──その時に日本人の生徒に英語で化学を教えながら、教育について考え直すことになった。
 そうですね。私はあの時代に実に多くのことを学びました。というのも、過去100年の間に交通やコミュニケーション、医療サービスなどは格段に進化してきましたが、“教育”はさほど変わっていないからです。
 今の教育システムの大本を作り上げたのは、15世紀の活版印刷の発明です。これは確かに最初の教育革命と言うべき出来事でした。活版印刷によって大規模かつ高速で知識を伝えることができるようになったのです。
──当時のインパクトは大きかったのでしょうね。
 しかしその一方で教育は標準化され、生徒一人ひとりに個別対応できるものではなくなってしまいました。誰もが異なった興味や才能を持っているのに、みんなが同じ教材を使っているんです。
 それは例えば、病院に来た患者さん全員に対して、たった1種類の治療を施すようなものです。症状や体質はみんなバラバラだというのに。私はこの状態はフェアではないと考えています。生徒はもちろん先生にとってもフェアではない。
──今の教育システムが抱えている問題が、オンラインでは解決できる?
 我々はオンラインが持つ3つの重要な特徴を教育に応用しました。まず1つ目の特徴は、“分散されていること”。すべての決断は中央で決められるのではなく、ユーザーによって決められますよね。これはつまり生徒が自分で必要なものを決められるということを意味しています。
──自分に合った学習方法や先生を選べるということですね。
 そうです。次に“中間業者の排除”。例えばeコマースを見てみると、この特徴によって流通の効率が良くなって、エンドユーザーのためにもメーカーのためにもなっていますよね。これはすなわち学校の排除です。先生が直接生徒に必要なものを提供することができるということです。
──なるほど。
 そして最後に“ボーダーレスであること”。これは世界各地のリソースが自由に移動できるようになったことを意味しており、それらの使い道が増えることにつながります。先生というリソースも場所を選ばなくなりました。教育はもはや場所に基づいたサービスではなくなったんです。
──オンライン上には常に先生がたくさんいるんですね。
 そこで私はこれら3つの特徴を踏まえて、教育を再設計したんです。
 私が起業した1998年当時、eラーニングやオンライン学習と呼ばれるものはすでにあったのですが、それらはただインターネットの動画を見て勉強するというスタイルのもので、オンラインの本質を捉えたものではありませんでした。ただのコンテンツです。私は、先生と生徒の交流こそがオンライン教育の鍵だと考えています。
──ヤン博士が取り組んでいるのは、学習ではなく教育ということなのですね。
 その通りです。活版印刷の発明以来、教育が抱えてきたスケーラビリティと個別性の問題を解決できるのは、先生と生徒の交流です。
 それをテクノロジーでサポートするのが我々の使命だと考えています。そのために我々は膨大な数の授業をビッグデータとして収集し、AIを用いることで生徒にとって最適な教育を提供できるシステムを開発しました。
 我々が過去20年やってきたことはこれなんです。我々以前にオンライン教育という用語はなく、我々がその言葉を作りました。
──ビッグデータを使って、ベストな先生、クラスメート、そして教材をマッチングしていると。
 そうです。オンライン教育には数多くの利点があります。生徒それぞれに特化したカリキュラムが組まれるので、学校のように決まった線形のカリキュラムを受ける必要もなく、他の生徒の歩調に合わせる必要もないので、時間も節約できます。
 我々はオンライン教育によって、教育のあり方を根本から変えたいと思っています。人類みんなにとって、よりフェアな教育を実現したいんです。

5Gで迎えるオンライン教育のビッグバン

──今後の教育は、どのような形に進化するとお考えですか?
 私の予測では、中国は5年以内にオンライン教育が学校外教育の主流になると考えています。
 中国ではオンライン教育への投資が非常に盛んで、また政府の方針もとてもオンライン教育寄りなんです。そして中国に続く形で、他の国々でも10年以内にオンライン教育が主流になると見ています。
 さらにもうすぐ次世代通信5Gの時代が始まります。そうなると、ますますオンライン上でできることが増えるでしょう。データ量が多くなるVRなどはその好例ですね。
 そして同時に、我々が収集できるデータも多くなることを意味しています。例えば、生徒がどれだけレッスンに集中しているかといった、これまではただ流れていくだけだった情報もデータとして集めることができるようになるんです。そしてそれに対応した、先生のための補助教材を作ることもできるようになります。
──5Gでよりきめ細かい教育ができるようになるんですね。
 そうです。リアルよりもきめ細かくなるのは間違いないでしょう。
 さらに先生でいうと将来こんなことも起きるでしょう。現在の学校では、ひとりの先生は担当科目のことをすべて知っていなければなりませんよね? したがって教員を養成するのにとにかく時間とコストがかかります。
 ところが将来は、先生はもはや全範囲を網羅しなくてもよくなります。将来の先生は、非常に断片的になるんです。
──断片的?
 つまり、高等教育を受けたことのある人間であれば、おそらく数日から数週間の訓練である特定の教材をきちんと理解し、教えることができるようになります。数日でその単位の専門家になるんです。
──なるほど。誰でも先生になることができるし、同時に誰でも生徒になることができるということなんですね。
 その通りです。しかもそれで質が下がることにはなりません。誰もが非常に狭い範囲の何かの専門家になり、先生のコストも下がります。
 こういった先生の断片化はビジネススクールや医学部などで、すでに起こりつつあるんですよ。おそらく将来、小学校のレベルでもそうなってくるのではないかと思います。

教育革命のための3つの挑戦

──日本人に向けてメッセージをお願いします。
 お互い漢字を使う仲ですし、せっかくなので中国語で言いましょう。
学英语最大的困难就是你还没有开始学
「英語を学ぶ上で一番の困難は、まだ始めていないということだ」
 いったん始めれば、あなたの英語はすぐに上達します。それを我々はかつてないレベルのオンラインサービスで手助けできる。
──ありがとうございます。最後に、ビジネスで圧倒的な結果を出しつつある、その秘訣はありますか。
 弊社はユニコーン企業だなんだと言われますが、実はまだ成功しているとは思っていませんし、学んでいるところです。
──とはいえこれだけのビジネスを拡大しているモチベーションの根源はなんなのでしょうか。
 我々は常々3つのことに挑戦しないといけないと思っています。それが世界の教育格差をなくすことにつながる革命だと思って、この事業をやっています。
──革命のための3つの挑戦。
 まずは“伝統への挑戦”です。伝統に従ってもそこにビジネスはありませんよね。
──教育そのものの伝統を変える。
 そして“自分自身への挑戦”。特に自分自身の過去の成功に挑戦することです。過去に成功した方法を使うなと、私自身と私のチームに常に言い聞かせ続けてきました。
 初歩の初歩に戻って考え直せと。市場では毎日別の課題や別の力学が起こっていますからね。
──勝利の方程式などないんですね。
 最後に“不可能への挑戦”です。偉大な会社に本当になりたければ、これら3つの挑戦に向き合わなければなりません。そして人類の問題を解決しなければなりません。FacebookやYouTubeといった企業を見てください。人類が抱える大きな問題を解決しています。我々もまた人類が抱える教育の問題を解決しようとしています。
 それには若い人材を育てることに集中することが大切です。伝統的な大企業などでは彼らは軽視されがちですが、これは会社の将来を無駄遣いすることにつながります。若い人たちに責任を持たせ、彼らに失敗する機会を与えるべきです。一度経験させてみたら、きっと驚くばかりの成長を見せるでしょう。彼らの脳はより速く、学習もまた速いのです。
──とりわけデジタル関係においては彼らの発想にはかないません。
 そして彼らの熱意はより強い。彼らは指示には従わず、自分の心に従います。十分な訓練を受け、力をつければ、彼らはあなたが世界を変える力になってくれるでしょう。
(編集:中島洋一 通訳・構成:木下拓海 デザイン:星野美緒)