無料の語学アプリでビッグビジネスを築いたスタートアップのDuolingoが、2020年に新規株式公開(IPO)を行うかもしれない。実現すれば、ピッツバーグ発の一大サクセスストーリーの誕生だ。

評価額7億ドル、ユーザー3億人獲得

ペンシルベニア州ピッツバーグといえば、機械学習の研究拠点として知られる街。そこでいま、最も注目を集めているのが「人間を賢くするビジネス」を展開するDuolingo(デュオリンゴ)だ。
30を超える言語のオンライン学習アプリを手がける同社は「一口サイズ」のレッスンをゲーム形式で提供している。
広告と一部の有料サービスを収入源としており、2018年の売上高は4000万ドル(約43億3000万円)。評価額は7億ドル(約757億円)にのぼる。このモデルが成功しているのは、Duolingoが非常に大きなリーチを獲得しているからだ。
2013年にAppleの「年間最優秀 iPhoneアプリ」に選ばれて以来、これまでに3億人を超えるユーザーを獲得。宣伝活動をしていないにもかかわらず、世界で最もダウンロードされている教育アプリのひとつとなっているのは、このアプリが無料で楽しく、効果的だからだ。
Duolingoの共同創設者でもあるルイス・フォン=アンCEOは「独学で何かを習得するうえで最も難しいのは、モチベーションを維持することだ。そこで、ゲーム形式にしようと考えた」と話す。「学習者を夢中にさせるような小さな工夫をたくさん仕掛けた」
カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部教授で、Duolingoを創業したルイス・フォン=アンCEO
フォン=アンは、ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部の教授でもある。これまでにマッカーサー基金の奨学金「マッカーサー・フェロー」(「天才賞」とも呼ばれる)のほか、発明者に贈られる「レメルソンMIT賞」を授与されている。
彼はまた「CAPTCHA」(キャプチャ)の考案者として、賞賛と非難を同時に浴びる人物でもある。CAPTCHAとは、ウェブサイト訪問者が自分はボットでないことの証明として入力させられる、あの歪んだ文字列だ。

本拠を置くピッツバーグの利点

2020年の新規株式公開(IPO)を見込むDuolingoが本拠を置くのは、ピッツバーグのイースト・リバティ地区にある、地味な灰色のレンガ造りの建物だ。『Inc.』誌が選ぶ「起業に適した米国の地域トップ50」で、ピッツバーグは39位にランクインしている。
「もう一度やり直すとしても、やはりピッツバーグを出発の地に選ぶだろう」と、フォン=アンは言う。ピッツバーグの利点として、シリコンバレーよりもエンジニアを雇うのが容易であることを挙げている。
スタートアップで働いた経験のある人材を見つけるのはシリコンバレーより難しいが、Duolingoは「テック業界で働き、家を持とう。さあピッツバーグへ」と書いた看板をサンフランシスコに出して「山ほどの応募者」を得るのに成功した。現在、約150人の従業員を抱えている。
Duolingoという企業のルーツはピッツバーグだが、同社の発想の原点はフォン=アンの出身地、グアテマラの首都グアテマラ・シティにある。そこでは、貧困から抜け出せる仕事を得るのに有利だとして英語の学習熱が高かったが、語学は長い間、お金のかかる教育だった。
たとえば、Duolingo創設当時に業界大手だったRosetta Stone(ロゼッタストーン)は、語学学習ソフトウェアを約250ドル(約2万7000円)で提供している(同社は売り上げが落ちているにもかかわらず、ここ何年も値下げを続けている)。
「世界最高レベルの教育にお金を払える人たちと、お金がなく読み書きを習うのがやっとという人たちの間には、大きな隔たりがある」とフォン=アンは言う。「そこで、どれだけお金を持っているかに関係なく、人々に教育の機会を平等に提供したいと考えた」
オハイオ州コロンバスにあるベンチャーキャピタル会社ドライブ・キャピタルの共同創業者兼パートナー、クリス・オールセンは同社がDuolingoに投資する理由を次のように語った(Duolingoは、クライナー・パーキンスやユニオン・スクウェア・ベンチャーズからも出資を受けており、調達資金の総額は1億800万ドル〔約117億円〕超に達する)。
「アメリカでは、語学学習は単なる趣味とみなされている。新しい言語を学ぶのは、旅行のためや、誰かと会話できるようになりたいからだ。しかし他国では、語学力はときに人生を左右するほどの問題となる。Duolingoなら、これまでよりはるかに多くの人のために、この問題を解決することが可能だ」

「私はロボットではありません」

1986年、当時8歳だったフォン=アンは母親に任天堂のゲーム機をねだった。しかし母親が買ってきたのはゲーム機ではなく、ホームコンピューターの「コモドール64」だった。一緒に数本のコンピューターゲームも買ってもらったが、すぐに遊びつくしてしまった。
遊び足りないフォン=アンは、著作権保護を回避する方法を見つけ出した。10歳になるころには、自宅で「ゲーム交換業」を始め、20代前半の顧客を相手にしていた。
「『僕がコピーしたゲームがほしいなら、そっちが持っているゲームと交換しよう』という感じで、違法コピーを通じて膨大なゲームコレクションを築いた」とフォン=アンは明かす。
その後、フォン=アンは米国へ移住。デューク大学で数学を学び、続いてカーネギーメロン大学でコンピューターサイエンスの博士号取得を目指した。
博士課程が始まって1カ月が過ぎたころ、当時のヤフーのチーフサイエンティストが講演に訪れ、当時は検索大手だったヤフーが解決策を見つけられないでいる10の問題について話をした。
フォン=アンは、そのうちのひとつに着目した。ソフトウェアを書いて無料の電子メールアカウントを大量に取得し、そこからジャンクメールをばらまくスパム業者の問題だ。指導教官だったマヌエル・ブラムとともに問題に取り組んだ結果、人間とボットの違いを識別することが解決のカギになることを突き止めた。
「人間なら、500万件もの電子メールアカウントを取得したりしない。そんな作業をすれば、退屈で死んでしまう」とフォン=アン話す。
そこで2人はCAPTCHAを考案してヤフーに提供し、さらにはこの技術を必要とするすべての人たちに提供した。「たちまち、どこのウェブサイトもこれを使用するようになった。使用は無料だった」とフォン=アンは話す。「商用化はせず、私としては使ってもらえるだけで嬉しかった」

グーグルへ技術売却で「数千万ドル」

しかしその喜びに水を差したのが、せっかくの賢い解決策が多くの人から煩わしく思われてしまったことだ。2007年、車でワシントンDCへ向かう道すがら、フォン=アンは世界中の人々が1日に何回、CAPTCHAの文字列をしぶしぶ入力しているのか計算してみた。計算した結果、推定でおよそ2億回だった。
面倒な作業であることは変えられなくても、せめて何かに役立てることはできないかだろうか。「そこで、これを書籍のデジタル化に利用するアイデアを思いついた」と、フォン=アンは話す。
テキストをデジタル化するには、スキャンして取り込んだページを解読するソフトウェアが必要だ。古い本にはよくあることだが、文字が薄くなるなどして見づらくなっていると光学文字認識(OCR)ソフトウェアで読み取ることができない。しかし、人間なら難なく読み取れる。
そこでフォン=アンは「reCAPTCHA」(リキャプチャ)を開発した。これは、ソフトウェアでは読み取れないテキストから文字を抜き取り、それをCAPTCHAを通じてサイト訪問者に読み取らせ、入力してもらうというものだ。
当初は明確なビジネスモデルをもたない発明だったが、このプロジェクトについて講演を行ったところ、『ニューヨーク・タイムズ』紙の当時のCTO(最高技術責任者)がフォン=アンに話を持ちかけてきた。
同紙はreCAPTCHA技術を提供するスタートアップの唯一の顧客となり、100年分のアーカイブをデジタル化する作業を依頼した。
2年後、フォン=アンはreCAPTCHAをグーグルに売却した。グーグルは当時、世界中の書籍をデジタル化するという、法的問題にも発展したプロジェクトに着手していた。
フォン=アンによると、reCAPTCHAは最盛期には推定で年間200万冊の書籍をデジタル化していたという(グーグルは「ストリートビュー」の読みづらい住所の解読にもreCAPTCHAを採用した)。
フォン=アンによると、グーグルへの売却額は「数千万ドル」にのぼり、彼は自身の思いつきを自由に追及できる境遇を手に入れた。その結果たどりついたのは、教育の分野だ。

ゲームより役立つと新たな顧客層

フォン=アンは、カーネギーメロン大学の博士課程で自分が指導担当だった学生、セベリン・ハッカーとともにDuolingoを開発した。
2人はエンジニアで教育が専門ではなかったため、言語教育の書籍を参考にしてカリキュラムを作り上げた。そしてユーザーが増えてくると、A/Bテストを実施して手法を改善していった。
「ある単語を別の単語より先に教えるべきかとか、過去形を未来形より先に教えるべきかといったことを知りたい場合は、実験を行うことにしていた」とフォン=アンは説明する。
同社は現在、第二言語習得に関する博士号レベルの専門家を10人雇っているが、「ユーザーの学習を観察し、データに基づく改善を図ることは、いまもわれわれの業務の大きな部分を占めている」という。
フォン=アンCEOとともにDuolingoを立ち上げた、セベリン・ハッカーCTO
Duolingoは、個々の言語を「スキル」という単位に分割。それらのスキルは食物、天気、自然、健康などのトピックで構成される。各スキルの練習問題を終えると、次のレベルが解放される。
一定の成績を上げると「クラウン」が獲得できる。また、ユーザーが連続で何日「プレイ」したかがカウントされる。
1回のレッスンはとても短く、買い物の列に並んでいる間にこなせるほどだ。こうした特性が、Duolingoの登場以前は語学学習に興味のなかった層を引きつけている。
フォン=アンは次のように説明する。「ユーザーはこんなふうに考える。以前はゲームの『キャンディークラッシュ』で遊んでいたけれど、今ではDuolingoに変えた。これなら少なくとも、完全な時間のムダにはならない」

「いずれTOEFLに取って代わる」

Duolingoは教育機関でも採用されている。フォン=アンの推定では、アメリカにおける語学クラスの約25%が、このプログラムを何らかの形で取り入れているという。
といっても無料プログラムであるため、同社は利用状況を追跡する手段をもたないのだが、追跡する必要もないという。
「学校から収益を上げるつもりはない」とフォン=アンは言う。「一般消費者を相手にするほうがはるかにやりやすい」
同社は代わりに、アメリカの大学で学びたい外国人学生を対象とした、オンラインの英語テストで収入を得ている。Duolingoのテストは1回49ドル(約5300円)。英語テストでは長年のスタンダードとされ、非営利団体が主催するTOEFLより低価格だ。
さらにTOEFLとは異なり、Duolingoのテストは試験会場へ出向く必要がない。アメリカではイェール大学、ダートマス大学、ニューヨーク大学をはじめ、何百もの教育機関がすでにDuolingoのテスト結果を採用している。
「Duolingoはテクノロジーを教育機関の合格基準と結びけることで、いずれTOEFLに取って代わるだろう」と、ドライブ・キャピタルのオールセンは述べている。

5年以上続けているユーザーも

Duolingoの一部の練習問題は、何かを教える目的ではなく、習熟度を評価するために作られている。数年前にはニューヨーク市立大学などの研究チームが、Duolingoを34時間利用することは大学で語学を1学期間学ぶのに等しい効果があるとの研究結果を発表した。
フォン=アンは、システムに変更を加えたおかげでこの効果は現在さらに向上していると考えている。システム変更などが功を奏し、Duolingoのリテンション(ユーザー定着)率は大幅に上昇しているのだ。
「ローンチ当初は、登録を完了して翌日に戻ってくるユーザーは15%だった。それが今では60%に達している。楽しさも大幅にアップしている」とフォン=アンは述べている。
Duolingoを継続利用しているひとりが、ニューヨーク市で公共テレビ局のマネージャーを務めるジェイ・シルバーマンだ。Duolingoに2100日以上も連続ログインしている。
普段は、家を出る前に15分から1時間ほど利用しているという。「大陸横断のフライトを利用することが多いのだが、飛行機から降りるとすぐにDuolingoを使い始める」とシルバーマンは話す。
この5年あまりの間に、シルバーマンはフランス語とスペイン語のプログラムを終了し、それらを引き続き復習するかたわら、ドイツ語とイタリア語の勉強も始めている。今後も、2年ごとに新しい言語を習い始める計画だ。
またDuolingoで学んだ経験が刺激になり、一緒に練習できる世界中の語学学習者をほかのサイトで探すようになった。「そのうち何人かとは、実世界でも友人になった」とシルバーマンは話す。「Duolingoで学んだことは、私の人生を変えてくれた」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Leigh Buchanan、翻訳:高橋朋子/ガリレオ、写真:www.duolingo.com)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.